無明転為明
無明は転ずれば、明となる。
半紙
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「無明」とは、
「存在の根底にある根本的な無知をいう。真理にくらい無知のことで、最も根本的な煩悩。」
(「日本国語大辞典」)
氷が解けて水となるように
「無明」も転じて「明」となるということは
実は「無知」そのものの中に、すでに「知恵」が含まれているということかもしれません。
人間には、もともと、「知恵」がある。
けれども、それが氷のように固まっている。
いってみれば「固定観念」のように、凝り固まり
自由を奪われている。
しかし、それが解けたとき
「知恵」は水のように流れだす。
そういうことだとしたら、
それでは、「知恵」を固まらせているもの、
「知恵」の存在を隠し、「無明」としてしまっているもの
それは何か?
ひょっとしたら、それは「我執」つまり「自我への執着」なのかもしれません。
自分の利益、自分の快楽、自分の拘り
それらを捨てることができれば
「知恵」が自然と流れ出すのかもしれません。