授業が終わって雪が聡美からの質問を受けていると、
むっつりとした表情の健太が立ち上がる際に机を強く押した。

思いの外大きなその音に、雪を始め聡美も柳も幾分身を強張らす。
そして健太は笑顔を浮かべると、雪に向かって耳当たりの良い言葉を口にした。
「赤山のお陰で、俺らの班は絶対好成績取れるだろうな!」

見え透いたおべっかに、思わず雪はげんなりだ。
そしてそのまま健太は彼らに背を向けた。ファイティン!とわざとらしい激励を残して。

しかしその本心は、悔しさと憎さで煮え滾っていた。ギリギリと歯噛みしながら、雪の態度に憤る。
ムカつくぜぇ‥!はぁ?除名だと?!

健太はどうしても雪の提案した”やってこなかった場合グループから除名”に納得出来ないでいた。
苛立ちながら再び彼女の方を振り向いた時、目の前の彼が健太のことを呼んだ。
「先輩」

音もなく突然目の前に現れた青田淳に、健太は心底驚き驚愕の声を上げる。
「ひいぃ~っ!?!」

健太は心臓をバクバク言わせながら、「な、何だ?!」と口を開いた。
淳はそんな健太を前にして、鉄壁の笑顔の盾で彼と向き合う。

そして淳は健太の肩に手を掛けると、ポンポンと軽く叩きながら彼に言葉を掛けた。
「先輩、最後のグルワ課題頑張りましょうね」

淳の言葉に健太は眉を寄せると、ハッ!と吐き捨てるように息を吐き反論した。
「てか頑張んのはお前だろ?
お前こそインターンとか言ってグループの足引っ張んじゃねーぞ?」

目には目を、笑顔には笑顔を。健太と淳は互いに笑顔で向き合った。
しかしその雰囲気はピリピリと張り詰め、健太は次第に眉間に皺が寄っていく。
「見てっと佐藤に全部押し付けてるみてーだが、佐藤除いた残りの二人はヤバそうじゃねーか。
お前今回自分の彼女に負けんじゃねー?」

嫌味を込めた健太の言葉を受けても、淳は怯まず尚も微笑んだ。
そして健太の肩に再び手を置くと、グッと力を込めて圧力を送る。
「それでも皆、少なくとも自分の持ち分くらいはやってきますよ」

そして淳はニヤリと笑った。
健太の耳元で、彼にしか聞こえないようその言葉を呟く。
「インターンにも落ちてグルワ課題まで出来ない人よりは良いでしょう?」

淳が言った台詞は、単純に言うと”お前よりはマシ”という意味だったのだが、
健太はそれに思い至る前に、インターンに落ちたことを淳が知っていることに衝撃を受けていた。
動揺のあまり言葉がスムーズに出てこない。
「テメ‥誰に向かって‥」

ヒクヒクと口角を震わす健太に、淳はキョトンとした顔でオウム返しをする。
「え?誰?」

淳はそのまま健太と二言三言交わし、会話が終わると健太は勢い良く淳に背を向けた。
傍目から見ると淳はそのまま笑顔だが、健太は明らかに気分を害した体だった。

健太は苛立ちながら教室の出口へと向かった。
いけすかないカップルが自分に圧力をかけてくることが気に食わず、課題一つに恩着せがましくされることも気に障った。

ドスドスと大きな足音を立てて歩いていた健太だが、ふと教室の出口付近で佐藤広隆の姿に目を留め、声を掛けた。
「よぉ佐藤!ちょっと顔貸せよ!コーヒー奢っちゃるからよ!」

突然健太から呼び止められた佐藤は当惑しながらも、結局健太に引き摺られるようにして連れて行かれた。
遠くで淳はそんな二人の会話を聞きながら、微かな笑みを口元に湛える。

目の前の同期はそれには気がつかない。
何もかもが計算通りだった。

自分の思惑通りに物事が進行することは、退屈な反面滑稽でもあった。
淳は自分一人の暗い世界で、悪戯を面白がる少年のように笑っていた。

そんな折だった。

顔を上げた淳の目に、彼女の姿が入って来たのは。

誰も見ていないと思っていた世界の中で、彼女だけが淳を見ていた。

不意に舞台は淳の意識の内部へと飛び、淳と雪しか居ない空間が突如広がる。
二人きりの世界の中で、真っ直ぐに自分を見つめる彼女と淳は向かい合う。

その切れ長で澄み切った大きな目に凝視された淳は、そのままその場で立ち尽くした。
まるで悪戯が見つかって驚いている、小さな少年のように。

雪はそんな彼のことを、依然として真っ直ぐ凝視していた。
彼女はその鋭敏な性分でその不穏を感じ取るも、言語化出来るところまでは意識の触手は届いていない。

すると不意に、淳が微笑みを浮かべた。
目尻の下がったその笑みは、彼がいつも浮かべているそれだ。
雪は見慣れた表情を浮かべる彼に、笑顔を返した。
しかし不穏を感じた胸中が、雪が先ほど目にした光景をフラッシュバックさせる。

清水香織に向けた、あの奇妙な笑み。
佐藤広隆をまるでどこかに誘導するような素振りで話す、その姿‥。

小さな小さな刺が刺さるような、ほんの僅かな引っ掛かり。
彼女が感じたその不穏が、だんだんと心の中に黒い影を落とす‥。

すると不意に、手を取られた。大きな手のひらが、雪のそれを強く包み込む。
「もう行くんだよね」

俯いていた雪の頭上から、彼の声が降ってきた。その口調は何かを暗喩する。
まるで何かを包み隠すような、まるでこの場から彼女を追い立てるような。縋るような、そして確認するような。

顔を上げた瞬間、雪は突然意識が普段の空間に引き戻される感がした。
二人きりだったあの静寂な世界は消え、ガヤガヤと騒がしいいつもの教室の中で雪と淳は向かい合う。
「君ら次授業あるんだよね」

彼からの質問に聡美が頷き、雪を次の授業へと促した。
淳は微笑みながら雪のことを見つめている。

すっかりいつも通りの淳を目の前にして、雪は暫しキョトンとしていたが、
やがてニッコリと笑顔を返した。

そのまま雪と聡美と淳は、連れ立って教室を後にした。
雪は自分の心に広がった黒い影を、心の中で自ら打ち消す。
ただグループのメンバーと話をしてただけじゃん‥。私ったらまた穿った見方を‥。

雪は彼の隣で笑顔を浮かべながら、心に引っかかったその小さな刺を無視することにした。
何を考えているのか分からない隣の彼の、いつものその笑顔を信じて‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<彼女だけが見ている>でした。
暗闇で立ち尽くす淳の真顔カットを見て、裏目氏(淳父)の顔を思い出しました。
並べてみます↓

こうして見ると二人似てますねぇ。さすが親子です。
さて今回は雪が淳のニヤリを目にして、二人だけの空間になるところが肝な感じですね。
己を看破された居心地悪さと、自分を見る雪の視線を受けて更に感じる孤独感と‥。
そんな静寂が絵から伝わってきましたね。。
次回は佐藤マニアにはたまらない!(い、いるのか‥?)
<佐藤広隆の受難>です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!
むっつりとした表情の健太が立ち上がる際に机を強く押した。

思いの外大きなその音に、雪を始め聡美も柳も幾分身を強張らす。
そして健太は笑顔を浮かべると、雪に向かって耳当たりの良い言葉を口にした。
「赤山のお陰で、俺らの班は絶対好成績取れるだろうな!」


見え透いたおべっかに、思わず雪はげんなりだ。
そしてそのまま健太は彼らに背を向けた。ファイティン!とわざとらしい激励を残して。

しかしその本心は、悔しさと憎さで煮え滾っていた。ギリギリと歯噛みしながら、雪の態度に憤る。
ムカつくぜぇ‥!はぁ?除名だと?!

健太はどうしても雪の提案した”やってこなかった場合グループから除名”に納得出来ないでいた。
苛立ちながら再び彼女の方を振り向いた時、目の前の彼が健太のことを呼んだ。
「先輩」

音もなく突然目の前に現れた青田淳に、健太は心底驚き驚愕の声を上げる。
「ひいぃ~っ!?!」


健太は心臓をバクバク言わせながら、「な、何だ?!」と口を開いた。
淳はそんな健太を前にして、鉄壁の笑顔の盾で彼と向き合う。

そして淳は健太の肩に手を掛けると、ポンポンと軽く叩きながら彼に言葉を掛けた。
「先輩、最後のグルワ課題頑張りましょうね」

淳の言葉に健太は眉を寄せると、ハッ!と吐き捨てるように息を吐き反論した。
「てか頑張んのはお前だろ?
お前こそインターンとか言ってグループの足引っ張んじゃねーぞ?」

目には目を、笑顔には笑顔を。健太と淳は互いに笑顔で向き合った。
しかしその雰囲気はピリピリと張り詰め、健太は次第に眉間に皺が寄っていく。
「見てっと佐藤に全部押し付けてるみてーだが、佐藤除いた残りの二人はヤバそうじゃねーか。
お前今回自分の彼女に負けんじゃねー?」

嫌味を込めた健太の言葉を受けても、淳は怯まず尚も微笑んだ。
そして健太の肩に再び手を置くと、グッと力を込めて圧力を送る。
「それでも皆、少なくとも自分の持ち分くらいはやってきますよ」

そして淳はニヤリと笑った。
健太の耳元で、彼にしか聞こえないようその言葉を呟く。
「インターンにも落ちてグルワ課題まで出来ない人よりは良いでしょう?」

淳が言った台詞は、単純に言うと”お前よりはマシ”という意味だったのだが、
健太はそれに思い至る前に、インターンに落ちたことを淳が知っていることに衝撃を受けていた。
動揺のあまり言葉がスムーズに出てこない。
「テメ‥誰に向かって‥」

ヒクヒクと口角を震わす健太に、淳はキョトンとした顔でオウム返しをする。
「え?誰?」

淳はそのまま健太と二言三言交わし、会話が終わると健太は勢い良く淳に背を向けた。
傍目から見ると淳はそのまま笑顔だが、健太は明らかに気分を害した体だった。

健太は苛立ちながら教室の出口へと向かった。
いけすかないカップルが自分に圧力をかけてくることが気に食わず、課題一つに恩着せがましくされることも気に障った。

ドスドスと大きな足音を立てて歩いていた健太だが、ふと教室の出口付近で佐藤広隆の姿に目を留め、声を掛けた。
「よぉ佐藤!ちょっと顔貸せよ!コーヒー奢っちゃるからよ!」

突然健太から呼び止められた佐藤は当惑しながらも、結局健太に引き摺られるようにして連れて行かれた。
遠くで淳はそんな二人の会話を聞きながら、微かな笑みを口元に湛える。

目の前の同期はそれには気がつかない。
何もかもが計算通りだった。

自分の思惑通りに物事が進行することは、退屈な反面滑稽でもあった。
淳は自分一人の暗い世界で、悪戯を面白がる少年のように笑っていた。

そんな折だった。

顔を上げた淳の目に、彼女の姿が入って来たのは。

誰も見ていないと思っていた世界の中で、彼女だけが淳を見ていた。

不意に舞台は淳の意識の内部へと飛び、淳と雪しか居ない空間が突如広がる。
二人きりの世界の中で、真っ直ぐに自分を見つめる彼女と淳は向かい合う。

その切れ長で澄み切った大きな目に凝視された淳は、そのままその場で立ち尽くした。
まるで悪戯が見つかって驚いている、小さな少年のように。

雪はそんな彼のことを、依然として真っ直ぐ凝視していた。
彼女はその鋭敏な性分でその不穏を感じ取るも、言語化出来るところまでは意識の触手は届いていない。

すると不意に、淳が微笑みを浮かべた。
目尻の下がったその笑みは、彼がいつも浮かべているそれだ。

雪は見慣れた表情を浮かべる彼に、笑顔を返した。
しかし不穏を感じた胸中が、雪が先ほど目にした光景をフラッシュバックさせる。


清水香織に向けた、あの奇妙な笑み。
佐藤広隆をまるでどこかに誘導するような素振りで話す、その姿‥。

小さな小さな刺が刺さるような、ほんの僅かな引っ掛かり。
彼女が感じたその不穏が、だんだんと心の中に黒い影を落とす‥。

すると不意に、手を取られた。大きな手のひらが、雪のそれを強く包み込む。
「もう行くんだよね」

俯いていた雪の頭上から、彼の声が降ってきた。その口調は何かを暗喩する。
まるで何かを包み隠すような、まるでこの場から彼女を追い立てるような。縋るような、そして確認するような。

顔を上げた瞬間、雪は突然意識が普段の空間に引き戻される感がした。
二人きりだったあの静寂な世界は消え、ガヤガヤと騒がしいいつもの教室の中で雪と淳は向かい合う。
「君ら次授業あるんだよね」

彼からの質問に聡美が頷き、雪を次の授業へと促した。
淳は微笑みながら雪のことを見つめている。

すっかりいつも通りの淳を目の前にして、雪は暫しキョトンとしていたが、
やがてニッコリと笑顔を返した。

そのまま雪と聡美と淳は、連れ立って教室を後にした。
雪は自分の心に広がった黒い影を、心の中で自ら打ち消す。
ただグループのメンバーと話をしてただけじゃん‥。私ったらまた穿った見方を‥。

雪は彼の隣で笑顔を浮かべながら、心に引っかかったその小さな刺を無視することにした。
何を考えているのか分からない隣の彼の、いつものその笑顔を信じて‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<彼女だけが見ている>でした。
暗闇で立ち尽くす淳の真顔カットを見て、裏目氏(淳父)の顔を思い出しました。
並べてみます↓


こうして見ると二人似てますねぇ。さすが親子です。
さて今回は雪が淳のニヤリを目にして、二人だけの空間になるところが肝な感じですね。
己を看破された居心地悪さと、自分を見る雪の視線を受けて更に感じる孤独感と‥。
そんな静寂が絵から伝わってきましたね。。
次回は佐藤マニアにはたまらない!(い、いるのか‥?)
<佐藤広隆の受難>です。
人気ブログランキングに参加しました


