
バァーン!と亮は、鍵盤を叩きつけるように強く弾き終えた。
心の中に不満のモヤモヤが充満し、思わずピアノをペシッと叩いて声を上げる。
「ちくしょー!!」

そんな亮の隣で、先生は満足そうに微笑んでいた。一度も止まらずに全部弾けたじゃないかと言って。
「そろそろリハビリの成果が出てくる頃かな」

先生は前向きなコメントを口にするが、亮は堪らず頭を抱えて悶絶する。もどかしくて堪らないのだ。
「あーもう!のたうち回っちまうぜ!もうハノン弾きたくねー!!」

そう言ってぐるぐる回る亮に、先生は笑顔でゲンコツを一発お見舞いした。
亮は頭に手をやりながらうずくまる。結構痛かったようだ。
「そこの椅子の蓋を開けてみなさい」

げんなりとした表情の亮が、言われた通り椅子の蓋を開ける。
するとそこには、いくつかの楽譜が入っていた。
「一つ選びなさい」

「乙女の祈り」、「~ワルツ」‥。見るからに初心者向けの楽譜だった。
「最近頑張ってるから、次のステップに進んでみようか」

堪らず不平を鳴らしかける亮だが、先生は「嫌ならバイエルだ」とそっけなく言い放つ。
亮はくさくさした。

昔、神童と呼ばれていたのだ。シューベルトもベートーベンもお手の物、かつては超絶技巧だって弾きこなしていた。
そんな自分が、ハノンだのバイエルだの‥。亮はため息を吐きながら、しぶしぶ楽譜を手に取った。
「こんなん自慢気に弾いたところで‥一体いつまともに‥」

ブツブツと愚痴をこぼしながら楽譜を繰っていた亮だが、ふとその手が止まった。
目に止まったのは、一枚の楽譜だ。

亮の脳裏に、先日雪が口にした言葉が蘇る。
お前、好きな曲とかねーの? う~ん‥イルマの「Maybe」とか?

雪が好きだと言っていた曲‥。
亮は無言のまま、ペラペラと楽譜を捲る‥。


休憩時間になり、亮はトイレに行くために席を立った。
廊下を歩いていると、様々な楽器を持った音大生達とすれ違う。

女子学生達が、亮の方を振り返ってはヒソヒソと話をした。
「志村教授の個人的な生徒さんみたい」、「最近よく来てるよ」とどこで知ったか亮について噂する。


亮は彼女達の方へと振り返り、ニヤッとニヒルな笑みを浮かべて見せた。
女学生達は頬を赤らめ、キャアキャア言いながら去って行く。

若い女子達などチョロいぜと、そう思いながら亮は廊下を歩く。
頭の中に、同じ様に自分を見て頬を染める雪の姿が思い浮かんだ。
ダメージヘアー‥。あの鈍感女もドギマギしてたっけな‥

初めて会った時も、そして先日彼女に微笑みかけた時も、雪は自分を見て顔を赤らめていた‥。
そんな記憶を辿りながら、亮は得意気に息を吐いた。


トイレにて鏡を前にした亮は、改めてじっくりと自身を眺めてみた。
濡れた手で前髪を掻き上げると、端正な顔立ちが露わになる。

半分以上異国の血が入った彼。独特の雰囲気があった。
亮は水の滴る自身を見ながら、何度か角度を変えてポーズを取ってみる。
最近忘れてたけど‥イケメンだよな?

そうなのだ。自身でも忘れていたが、亮はイケメンなのだ。
それこそ高校生の時は彼女が途切れなかったし、地方で暮らしていた時も色々な女性が世話を焼いてくれた。
けど上京してからは‥しゃかりきダメージヘアの影響で、なんだかんだ巻き込まれて‥

亮の脳裏に、雪と出会ってからの自分が思い浮かんだ。
ただ中途半端に、真面目に働くフリーターになって‥

塾の講師に、食堂の店員に‥。
気がつけば、毎日同じ時間に起きて仕事に行って、真面目に働いて疲れて帰る。
そんな自分の姿を、以前の亮は望んでいなかった。飽きたら辞めて、また次の場所へと移動して‥。

深い人間関係だなんて面倒だと、
人はいつか裏切ると、あんなにも警戒していたのに‥。

亮の脳裏に、そんな自身の変化に影響を与えた場面が思い浮かぶ。

自身が求めたものを手に、突然目の前に現れた彼女。
ワイワイと騒がしい職場。家族の団欒のような、その温かさ。

飾らない笑顔。
自分の方を見て楽しそうに目を細める彼女‥。

亮はぼんやりと自身の変化について思いを馳せていた。
その場面場面には必ず、彼女の姿があった。彼女との接点は幾点にもなって、繋いでいくと幾重もの線になる。
まぁ‥それも別に悪くねぇけど‥

亮は以前は受け入れがたかった自身の変化を、寛容に受け止めている自分に気がついた。
毎日を一生懸命生きている雪と過ごす内に変化した自分が、そうさせているらしかった。
繋いだ線に名前を付けるとしたら何だろう?
友情? 親愛? それとも‥。
心の中に刺さった、小さな刺がチクリと痛んだ。
脳裏に、先日淳と相対した際の場面が浮かぶ。
テメーの彼女が大変なことになるかもしんねーんだ!

静香が雪に攻撃を仕掛けるかもしれない、と亮が忠告した時、淳は顔色一つ変えずにこう言った。
それじゃあお前がここから離れろ。無駄に俺と雪との間に割り込むな。

腹が立った。
全部自分のせいにして、彼女のことを心配すらしない淳のことが。
そして心配になったのだ。何よりも雪のことが。

ピアノを弾きたいことがバレた時、淳は亮に向かってこうも言った。
でなきゃ、留学に行きたいか?

見せかけの親切を口にしながら、淳の瞳は語っていた。
”雪から離れろ”

亮は鏡の中の自己を見つめながら、同時に自身の内面をも真っ直ぐと見据えていた。
薄茶色の瞳の中に、複雑な感情が渦巻いている。

深い人間関係なんて面倒臭いと、その関わりを避けてきた自身。
けれど今、鏡の中の自分はハッキリとその意志を表していた。
彼女との繋がりが切れてしまうことが、何よりも嫌なのだと。
亮は険しい表情のまま、練習室に帰って行った。
それきり不満を言うこと無く、先ほど手にした楽譜を手にピアノを弾き始める‥。
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<彼女との繋がり>でした。
気になったところ‥。
直訳だとここで教授が「そろそろリハビリが光を放つか」と言っており、

ここで「こいつめどこで発光するか!」

とゲンコツをゴツン。
この”光を放つ、発光する”というのが掛詞になって面白い箇所なんだと思うんですが、
こういった表現が韓国語ではあるんでしょうかね~^^? ネイティブや韓国語に詳しい方々、解説お待ちしております!
そして今回は姉様訳の”しゃかりきダメージヘアー”を使わせてもらいました!姉様、Thanxです!

アンド、最後の険しい表情の亮さん。
3部33話と3部54話の鼻の高さ検証‥。


どんどん鷲鼻になっていく亮さん‥。
高くなっても大きくはならないでというのは、いつかコメ欄にて繰り広げられた乙女の祈り‥。笑
<乙女の祈り>
てかこれはため息を吐くほど簡単な曲なんですか?!ピアノを全くやったことがないので分からないんですが‥。
亮さんどんだけ!
そして

明日5月23日で、当ブログ開設一周年です~


ですので通常記事はお休みで、明日はささやかながらの挨拶にさせて頂きます‥

明日、よろしければコメント残して行って下さい~

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