「おっ、雪。来たのかい?」

叔父の経営するカフェは午後4時オープンだが、彼は快く雪を迎えてくれた。
「叔父さん‥コーヒーを特大サイズで下さいな‥。濃い~のを沢山‥」

そう口にする雪を見て、叔父は心配そうな表情を浮かべた。
「なんか疲れてるね~。試験期間でも、そんなに沢山飲んじゃダメだよ~。
カフェインの多量摂取は体に良くないよ?」

叔父はそう言いながらも、大きな保温器にコーヒーを沢山入れてくれた。
雪が受け取ろうとすると、叔父は続けて口を開く。
「あ、亮君来てるよ」 「えっ?」

以前雪は叔父に「ピアノを捨てないで」と頼んでいた。叔父は姪の言う通りピアノをそのままにしておいたわけだが、
それからというもの亮は何度も倉庫に足を運び、ピアノの練習をしているそうだ。掃除もしてくれるんだと言って、叔父は喜んでいた。
「昔は有名だったそうだけど、上手く弾けそうならいつか無料ライブでもさせないとな。
これも全部それなりの投資ってもんだ。ふふふ‥」

隣の倉庫で、河村氏がピアノの練習をしている‥。
雪の心が、好奇心でウズウズする。

そして雪はこっそりと、倉庫に足を運んだ。
少し埃っぽい室内はそんなに広くもなく、すぐに彼の姿を見つけた。

亮はピアノの前に座っていた。
鍵盤に向き合う彼の横顔は、いつもの亮とは少し違って見える。

今にも何かを弾き出しそうな彼を見て、雪の心は躍った。
キラキラと目を輝かせながら、元天才ピアニストを前にする。

そんな好奇心ウズウズオーラを出しながら、雪は一人テンションが上がった。
気‥気になる!話には聞いてたけど、あの人が実際ピアノを弾くの見たことないもん‥!
正直想像すらしたことなかった‥。叩き壊す姿ならいざ知らず‥

そんなオーラを背後に感じ、亮は振り返らずに彼女に声を掛けた。
「ダメージヘアー、何見てやがる」

雪はヒィッと息を飲んだが、亮に向かって「見ちゃダメですか?」と恐る恐る言った。
暫し考えていた亮だが、やがて雪に向かって微笑みかける。
「フン‥見てけよ」

亮からお許しが出たので、雪は椅子を持って来て亮の隣に並んで座った。帽子のツバが当たらぬよう、後ろ向きにかぶり直す。
そんな雪の様子を、亮はじっと見つめていた。
「あ、そういえば」

ふと思いついて雪が口を開いた。亮は雪の実家の麺屋でもこの倉庫でも仕事をしているみたいだが、時間は大丈夫なのかと。
「ぜ~んぶコントロールしています
」

亮は自慢気に、幾分慇懃な態度で雪に接した。
雪はふぅん、と息を吐いたが、好奇心の方が勝り、亮に質問を続ける。
「あっそうだ河村氏!最近うちの大学に通ってるでしょ?!」

雪からの質問に、亮は曖昧に頷いた。オレもA大生みたいなもんよと自慢気だ。
「やっぱり!あの時のあの教授にもう一度ピアノを習うんですか?!わぁ~!
」
「はいはい、わ~わ~
」
「‥‥‥‥
」

どこか冷静な亮の態度に雪は膨れたが、それ以上に彼がピアノを始めたことが嬉しかった。
夏の始め頃はあんなにも、未来を悲観していた彼が‥。

雪は矢継ぎ早に質問を繰り出した。
「もうどれくらい習いました?あ、習うことなんて無いのかな?
教授はどうやって教えて下さるんですか?」

雪の質問に、亮は冷静に返答する。小さく指を動かしながら。
「まぁ‥ほとんどまだトレーニング。指定された病院通いながら‥」

亮の方を見て相槌を打っていた雪であったが、次の瞬間亮がギロリと彼女を睨んだ。
「お前がくれたハノンも弾いてんよ」

亮は以前、雪が昔使っていたハノン教本をくれたことをまだ根に持っていた。
けれど実際今のレッスンは延々ハノンということで、亮は雪に恨み節を続ける。
「お陰でと~っても上手く弾けてるぜぇ?指が容赦なく潰れそうで‥」

雪は思わず顔を青くした。てっきりベートーベンやシューベルトを弾いてるとばかり思っていたからだ。
雪は頭を掻きながら、決まり悪そうに弁解した。
「い、いやそれは私のせいじゃ‥わざとそうしたわけでも‥」

そんな雪の様子を見て、亮が意地悪そうに笑う。
申し訳ないと思うんなら社長に掛けあって給料上げてくれよ、と冗談を口にして。

雪は彼のことを見ながら、内心ビクビクしていた。
昔は上手くいってた人だろうに、今は基礎練だけなんて‥。
あの性格だし、かなりプライド傷つけられてるハズだよね‥。

雪がハノン教本を持って来ただけでこうもグチグチ言われるのだ。
その心の内はいくばくだろうかと、雪は彼を慮る。
ついついピアノ弾く所を見たいなんて言って来ちゃったけど‥

軽いノリで来てしまったことを後悔しつつ、雪は亮と肩を並べて座っていた。
しかしそんな思いも、次の瞬間吹っ飛ぶことになる。
元天才ピアニストが、遂にピアノを弾いたのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<ピアノの前で>でした。
先輩には遠回しの要求しかしない雪ちゃんの、無邪気な質問攻めの可愛さよ‥。
姉様が以前「帽子のツバを後ろに回したのは亮と雪の距離が縮まっていることの象徴」という解釈をしてらっしゃったかな?
二人の親しさが表れた回でしたよね~。
そして倉庫‥キレイになりましたね。亮さん、お掃除もお疲れ様です!
次回は<Maybe>です。
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叔父の経営するカフェは午後4時オープンだが、彼は快く雪を迎えてくれた。
「叔父さん‥コーヒーを特大サイズで下さいな‥。濃い~のを沢山‥」

そう口にする雪を見て、叔父は心配そうな表情を浮かべた。
「なんか疲れてるね~。試験期間でも、そんなに沢山飲んじゃダメだよ~。
カフェインの多量摂取は体に良くないよ?」

叔父はそう言いながらも、大きな保温器にコーヒーを沢山入れてくれた。
雪が受け取ろうとすると、叔父は続けて口を開く。
「あ、亮君来てるよ」 「えっ?」

以前雪は叔父に「ピアノを捨てないで」と頼んでいた。叔父は姪の言う通りピアノをそのままにしておいたわけだが、
それからというもの亮は何度も倉庫に足を運び、ピアノの練習をしているそうだ。掃除もしてくれるんだと言って、叔父は喜んでいた。
「昔は有名だったそうだけど、上手く弾けそうならいつか無料ライブでもさせないとな。
これも全部それなりの投資ってもんだ。ふふふ‥」

隣の倉庫で、河村氏がピアノの練習をしている‥。
雪の心が、好奇心でウズウズする。

そして雪はこっそりと、倉庫に足を運んだ。
少し埃っぽい室内はそんなに広くもなく、すぐに彼の姿を見つけた。

亮はピアノの前に座っていた。
鍵盤に向き合う彼の横顔は、いつもの亮とは少し違って見える。

今にも何かを弾き出しそうな彼を見て、雪の心は躍った。
キラキラと目を輝かせながら、元天才ピアニストを前にする。

そんな好奇心ウズウズオーラを出しながら、雪は一人テンションが上がった。
気‥気になる!話には聞いてたけど、あの人が実際ピアノを弾くの見たことないもん‥!
正直想像すらしたことなかった‥。叩き壊す姿ならいざ知らず‥

そんなオーラを背後に感じ、亮は振り返らずに彼女に声を掛けた。
「ダメージヘアー、何見てやがる」

雪はヒィッと息を飲んだが、亮に向かって「見ちゃダメですか?」と恐る恐る言った。
暫し考えていた亮だが、やがて雪に向かって微笑みかける。
「フン‥見てけよ」

亮からお許しが出たので、雪は椅子を持って来て亮の隣に並んで座った。帽子のツバが当たらぬよう、後ろ向きにかぶり直す。
そんな雪の様子を、亮はじっと見つめていた。
「あ、そういえば」

ふと思いついて雪が口を開いた。亮は雪の実家の麺屋でもこの倉庫でも仕事をしているみたいだが、時間は大丈夫なのかと。
「ぜ~んぶコントロールしています


亮は自慢気に、幾分慇懃な態度で雪に接した。
雪はふぅん、と息を吐いたが、好奇心の方が勝り、亮に質問を続ける。
「あっそうだ河村氏!最近うちの大学に通ってるでしょ?!」

雪からの質問に、亮は曖昧に頷いた。オレもA大生みたいなもんよと自慢気だ。
「やっぱり!あの時のあの教授にもう一度ピアノを習うんですか?!わぁ~!

「はいはい、わ~わ~

「‥‥‥‥


どこか冷静な亮の態度に雪は膨れたが、それ以上に彼がピアノを始めたことが嬉しかった。
夏の始め頃はあんなにも、未来を悲観していた彼が‥。

雪は矢継ぎ早に質問を繰り出した。
「もうどれくらい習いました?あ、習うことなんて無いのかな?
教授はどうやって教えて下さるんですか?」

雪の質問に、亮は冷静に返答する。小さく指を動かしながら。
「まぁ‥ほとんどまだトレーニング。指定された病院通いながら‥」

亮の方を見て相槌を打っていた雪であったが、次の瞬間亮がギロリと彼女を睨んだ。
「お前がくれたハノンも弾いてんよ」

亮は以前、雪が昔使っていたハノン教本をくれたことをまだ根に持っていた。
けれど実際今のレッスンは延々ハノンということで、亮は雪に恨み節を続ける。
「お陰でと~っても上手く弾けてるぜぇ?指が容赦なく潰れそうで‥」

雪は思わず顔を青くした。てっきりベートーベンやシューベルトを弾いてるとばかり思っていたからだ。
雪は頭を掻きながら、決まり悪そうに弁解した。
「い、いやそれは私のせいじゃ‥わざとそうしたわけでも‥」

そんな雪の様子を見て、亮が意地悪そうに笑う。
申し訳ないと思うんなら社長に掛けあって給料上げてくれよ、と冗談を口にして。

雪は彼のことを見ながら、内心ビクビクしていた。
昔は上手くいってた人だろうに、今は基礎練だけなんて‥。
あの性格だし、かなりプライド傷つけられてるハズだよね‥。

雪がハノン教本を持って来ただけでこうもグチグチ言われるのだ。
その心の内はいくばくだろうかと、雪は彼を慮る。
ついついピアノ弾く所を見たいなんて言って来ちゃったけど‥

軽いノリで来てしまったことを後悔しつつ、雪は亮と肩を並べて座っていた。
しかしそんな思いも、次の瞬間吹っ飛ぶことになる。
元天才ピアニストが、遂にピアノを弾いたのだ。
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<ピアノの前で>でした。
先輩には遠回しの要求しかしない雪ちゃんの、無邪気な質問攻めの可愛さよ‥。
姉様が以前「帽子のツバを後ろに回したのは亮と雪の距離が縮まっていることの象徴」という解釈をしてらっしゃったかな?
二人の親しさが表れた回でしたよね~。
そして倉庫‥キレイになりましたね。亮さん、お掃除もお疲れ様です!
次回は<Maybe>です。
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