お客様の電話をお繋ぎすることが‥

何度掛けても、健太先輩は電話に出なかった。
時刻はもう真夜中近く。グループワーク発表の前日の夜だった。

雪は自宅にて、発表の最終確認をしているところだった。
健太先輩からの連絡は無い。勿論レポートも送られて来ていなかった。

雪はゆっくりと、覚悟を決めていった。
打ち寄せるさざ波を堰き止める防波堤を、敢えて自分から外していく。
そして雪はプレゼン資料の冒頭部分に、グループメンバーの名前を書き込んだ‥。

翌朝雪は、授業開始の前にプレゼン資料を人数分コピーした。
大あくびをする雪の元に、携帯メールが一通届く。
今日はちょっと遅れそうだから先に行ってて!後でね!

先輩からのメールだった。雪はその文面を見ながら、しょんぼりとした気分になる。
授業の前に、一緒にコーヒーでも一杯と思っていたのだ‥。

これではすぐに教室に向かわなければならない‥。
足が、おもりがぶら下がっているかのように重い。雪は項垂れながら歩いた。
うう‥行きたくない‥。間違いなく今日荒れるもん‥

この先に待ち受けている波乱を思って、雪は憂鬱だった。
そして教室に入るやいなや、健太は予想通りの態度で雪に接した。
「いや~赤山ァ~!どした?スネちゃった?」

むっつりと黙り込んだ雪に対して、健太は軽い調子で冗談を口にする。
そして大げさな身振り手振りを交えての言い訳が始まった。
「連絡つかなくてマジごめんな~!昨日はさぁ~家で問題があってさぁ~。
おっ!これがアレか?俺等の課題か?」

調子良く口が回る健太に対して、雪は低い声で話を切り出そうとする。
しかし健太はバンバンと雪の背中を叩きながら、見え透いたおべっかで雪をおだてた。
「さすが赤山!このスッキリしたスプリング!当然パワポの方もよく出来てんだろうな~?」

ワハハと大きな声で笑う健太に、聡美も思わず白目である。
そして雪は静かに物々しく、遂に健太に向かって口を開いた。
「‥健太先輩。今回の課題、先輩は殆ど取り組んでないってこと、ご存知ですか?」

雪から事実を告げられた健太は身をすくめ、しおらしく俯くと素直に頷いた。
「ああそうさ‥その通りだ‥。すまない赤山‥。
だけど本当に仕方が無かったんだ‥」

そして健太は、ねちっこい視線を佐藤の方へと向ける。
「俺は家の方の問題でごたついてるから、佐藤にお願いしておいたんだが‥。
あの野郎、何も寄越さねぇで‥」

健太の背後には怒りのオーラが立ち上るが、佐藤はそれを見て見ぬフリをした。
そして雪は健太が何を言っているのか訳が分からず、正直に自分の意見を口にした。
「はい?佐藤先輩は他の班じゃないですか。
何で佐藤先輩が健太先輩の課題をするんです?」

思わず強い口調になる雪に、健太は小狡い表情で弁解する。
「それはほら‥赤山も知っての通り、俺と佐藤って仲良いからさ‥。
全部任せたってわけじゃないし‥」

そして次の瞬間、健太は高い位置から厳しい視線で雪を睨んだ。
「それに‥この頃俺は失恋の痛みにやられて‥」

何度か首を横に振りながら、健太は雪に向かって刺々しく自分の気持ちを口にする。
「恵ちゃんに彼氏が出来たんなら、もっと早く言ってくれ。俺知らなかったじゃんよ。
赤山がもっと俺のことを考えてくれてたらこんなことには‥」

突然語られた恵の話だが、雪には訳が分からなかった。
そして健太が口にしたその内容よりも、彼が未だに恵にこだわっていることに対して雪は憤った。
「まだ恵につきまとってるんですか?!」

そして思わず大きな声で口にした雪の言葉に、健太はカチンと来た。
さっきの媚びへつらう態度から一転、凄むようにして雪を睨み、低い声で反論する。
「あ?んだと? 赤山、お前口に気をつけろよ。どんなに腹立ったとしても、
”つきまとう”だと? 俺がストーカーするような男に見えるか?そんなゴミと一緒にすんじゃねぇ!」

雪はその迫力に身が震えそうであったが、ズレていく論点をとりあえず修正する。
「だから‥佐藤先輩と私のせいだって言うんですか?」

そんな雪の冷静な問いに、聡美が援護射撃をしてくれた。
「そうですよ!ただ健太先輩が課題をして来てないってだけの話じゃないですか!」

二人の後輩から論点を是正された健太はブツクサ言ったが、再びアメとムチのアメの態度に逆戻りだ。
「ま‥まぁまぁ!もう過ぎたことだしよ、皆もちゃんと課題やって来てるみてーだし!
俺がどうにか良い様に収拾すっからよ!」

結局媚びるような態度で治めようとする健太に、柳もドン引きで彼を眺める。
健太は再び白々しい程雪を褒め称えながら、机の上に置いてあった課題に手を伸ばした。
「うわ~!さっすが赤山!この出来の良さ!毎度スッキリまとめてフォントも凝って‥」

しかしそこまで褒め文句を口にしていた健太も、それ以上言葉を続けることが出来なくなった。
何故ならば、信じられないものが目に入って来たからである。

プレゼン資料冒頭。そこに、柳瀬健太の名前は無かった。
柳楓、伊吹聡美、赤山雪、三名の名前がそこに書かれているだけであった。
「‥先輩の名前は抜かせて頂きました」

顔を青くした健太を見て、雪は彼が除名されたことに気づいたと察知し、そう冷静に言葉を紡いだ。
健太の後ろでは柳が冷や汗を流しながら、マジで除名キタコレ‥と小さく口にする。雪が健太を除名したことは、柳も知らなかったのだ。
顔面蒼白する健太に向かって、雪は彼の方を窺うことなく言葉を続けた。
「この前申し上げたじゃないですか。参加しない人については除名しますと」

そう淡々と語る雪を前に、健太の顔がみるみる怒りに歪んで行く。
まさか本当に除名されるとは、夢にも思っていなかったのだ。

バンっと大きな音を立てて、健太は両手で机を叩いた。
「おい赤山!ふざけてんのかっ?!」

健太の怒号が教室内に響くが、雪にとっては想定内の反応だ。尚も健太の方を見ること無く、冷静に言葉を続ける。
「グルワ課題に一つも参加しなかったじゃないですか。無賃乗車者は容認しないと教授が仰っていました」
「俺がわざとしなかったと思うのか?!」

健太は言い返すも、気がつけば教室中の学生が自分達を見ていることに気がついた。
健太は一旦気を落ち着けた後、怒りを抑えて冷静に弁明する。
「‥話したじゃねーか、家の方で問題があるんだって。
大学に家の問題に人間関係に‥もう考える余裕も無かったんだよ。四年になって、父親は退職して、俺は長男で‥。
そんなことまで恥を忍んで言わなきゃいけねーのか?」

赤山はこんなに思いやりの無い人間だったのか、と最後に健太は口にして雪を睨んだ。
すると今まで俯いていた雪は遂に健太に向き直り、口を開いた。
「それは先輩の事情です」

は? と健太が眉を寄せて聞き返す。
雪は健太を真っ直ぐに見据えながら、もう一度キッパリとした口調でその言葉を口にした。
「それは、先輩の事情ですよ」

防波堤を取り除いたその場所に、波を寄せ付けない高い塀を築いた。
雪はじっと健太を見据えながら、決意の塀の前で開戦を受け入れる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<彼女の覚悟>でした。
雪ちゃんやってやった!彼女の強さが見ていて気持ち良いですね~。
しかしやはり直球すぎて、読者は心配になりますね。早く先輩、助けてあげて~!
次回は<相対>です。
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何度掛けても、健太先輩は電話に出なかった。
時刻はもう真夜中近く。グループワーク発表の前日の夜だった。

雪は自宅にて、発表の最終確認をしているところだった。
健太先輩からの連絡は無い。勿論レポートも送られて来ていなかった。

雪はゆっくりと、覚悟を決めていった。
打ち寄せるさざ波を堰き止める防波堤を、敢えて自分から外していく。
そして雪はプレゼン資料の冒頭部分に、グループメンバーの名前を書き込んだ‥。

翌朝雪は、授業開始の前にプレゼン資料を人数分コピーした。
大あくびをする雪の元に、携帯メールが一通届く。
今日はちょっと遅れそうだから先に行ってて!後でね!

先輩からのメールだった。雪はその文面を見ながら、しょんぼりとした気分になる。
授業の前に、一緒にコーヒーでも一杯と思っていたのだ‥。

これではすぐに教室に向かわなければならない‥。
足が、おもりがぶら下がっているかのように重い。雪は項垂れながら歩いた。
うう‥行きたくない‥。間違いなく今日荒れるもん‥

この先に待ち受けている波乱を思って、雪は憂鬱だった。
そして教室に入るやいなや、健太は予想通りの態度で雪に接した。
「いや~赤山ァ~!どした?スネちゃった?」

むっつりと黙り込んだ雪に対して、健太は軽い調子で冗談を口にする。
そして大げさな身振り手振りを交えての言い訳が始まった。
「連絡つかなくてマジごめんな~!昨日はさぁ~家で問題があってさぁ~。
おっ!これがアレか?俺等の課題か?」

調子良く口が回る健太に対して、雪は低い声で話を切り出そうとする。
しかし健太はバンバンと雪の背中を叩きながら、見え透いたおべっかで雪をおだてた。
「さすが赤山!このスッキリしたスプリング!当然パワポの方もよく出来てんだろうな~?」


ワハハと大きな声で笑う健太に、聡美も思わず白目である。
そして雪は静かに物々しく、遂に健太に向かって口を開いた。
「‥健太先輩。今回の課題、先輩は殆ど取り組んでないってこと、ご存知ですか?」

雪から事実を告げられた健太は身をすくめ、しおらしく俯くと素直に頷いた。
「ああそうさ‥その通りだ‥。すまない赤山‥。
だけど本当に仕方が無かったんだ‥」

そして健太は、ねちっこい視線を佐藤の方へと向ける。
「俺は家の方の問題でごたついてるから、佐藤にお願いしておいたんだが‥。
あの野郎、何も寄越さねぇで‥」

健太の背後には怒りのオーラが立ち上るが、佐藤はそれを見て見ぬフリをした。
そして雪は健太が何を言っているのか訳が分からず、正直に自分の意見を口にした。
「はい?佐藤先輩は他の班じゃないですか。
何で佐藤先輩が健太先輩の課題をするんです?」

思わず強い口調になる雪に、健太は小狡い表情で弁解する。
「それはほら‥赤山も知っての通り、俺と佐藤って仲良いからさ‥。
全部任せたってわけじゃないし‥」

そして次の瞬間、健太は高い位置から厳しい視線で雪を睨んだ。
「それに‥この頃俺は失恋の痛みにやられて‥」

何度か首を横に振りながら、健太は雪に向かって刺々しく自分の気持ちを口にする。
「恵ちゃんに彼氏が出来たんなら、もっと早く言ってくれ。俺知らなかったじゃんよ。
赤山がもっと俺のことを考えてくれてたらこんなことには‥」

突然語られた恵の話だが、雪には訳が分からなかった。
そして健太が口にしたその内容よりも、彼が未だに恵にこだわっていることに対して雪は憤った。
「まだ恵につきまとってるんですか?!」

そして思わず大きな声で口にした雪の言葉に、健太はカチンと来た。
さっきの媚びへつらう態度から一転、凄むようにして雪を睨み、低い声で反論する。
「あ?んだと? 赤山、お前口に気をつけろよ。どんなに腹立ったとしても、
”つきまとう”だと? 俺がストーカーするような男に見えるか?そんなゴミと一緒にすんじゃねぇ!」

雪はその迫力に身が震えそうであったが、ズレていく論点をとりあえず修正する。
「だから‥佐藤先輩と私のせいだって言うんですか?」

そんな雪の冷静な問いに、聡美が援護射撃をしてくれた。
「そうですよ!ただ健太先輩が課題をして来てないってだけの話じゃないですか!」

二人の後輩から論点を是正された健太はブツクサ言ったが、再びアメとムチのアメの態度に逆戻りだ。
「ま‥まぁまぁ!もう過ぎたことだしよ、皆もちゃんと課題やって来てるみてーだし!
俺がどうにか良い様に収拾すっからよ!」

結局媚びるような態度で治めようとする健太に、柳もドン引きで彼を眺める。
健太は再び白々しい程雪を褒め称えながら、机の上に置いてあった課題に手を伸ばした。
「うわ~!さっすが赤山!この出来の良さ!毎度スッキリまとめてフォントも凝って‥」

しかしそこまで褒め文句を口にしていた健太も、それ以上言葉を続けることが出来なくなった。
何故ならば、信じられないものが目に入って来たからである。

プレゼン資料冒頭。そこに、柳瀬健太の名前は無かった。
柳楓、伊吹聡美、赤山雪、三名の名前がそこに書かれているだけであった。
「‥先輩の名前は抜かせて頂きました」

顔を青くした健太を見て、雪は彼が除名されたことに気づいたと察知し、そう冷静に言葉を紡いだ。
健太の後ろでは柳が冷や汗を流しながら、マジで除名キタコレ‥と小さく口にする。雪が健太を除名したことは、柳も知らなかったのだ。
顔面蒼白する健太に向かって、雪は彼の方を窺うことなく言葉を続けた。
「この前申し上げたじゃないですか。参加しない人については除名しますと」


そう淡々と語る雪を前に、健太の顔がみるみる怒りに歪んで行く。
まさか本当に除名されるとは、夢にも思っていなかったのだ。

バンっと大きな音を立てて、健太は両手で机を叩いた。
「おい赤山!ふざけてんのかっ?!」

健太の怒号が教室内に響くが、雪にとっては想定内の反応だ。尚も健太の方を見ること無く、冷静に言葉を続ける。
「グルワ課題に一つも参加しなかったじゃないですか。無賃乗車者は容認しないと教授が仰っていました」
「俺がわざとしなかったと思うのか?!」

健太は言い返すも、気がつけば教室中の学生が自分達を見ていることに気がついた。
健太は一旦気を落ち着けた後、怒りを抑えて冷静に弁明する。
「‥話したじゃねーか、家の方で問題があるんだって。
大学に家の問題に人間関係に‥もう考える余裕も無かったんだよ。四年になって、父親は退職して、俺は長男で‥。
そんなことまで恥を忍んで言わなきゃいけねーのか?」

赤山はこんなに思いやりの無い人間だったのか、と最後に健太は口にして雪を睨んだ。
すると今まで俯いていた雪は遂に健太に向き直り、口を開いた。
「それは先輩の事情です」

は? と健太が眉を寄せて聞き返す。
雪は健太を真っ直ぐに見据えながら、もう一度キッパリとした口調でその言葉を口にした。
「それは、先輩の事情ですよ」

防波堤を取り除いたその場所に、波を寄せ付けない高い塀を築いた。
雪はじっと健太を見据えながら、決意の塀の前で開戦を受け入れる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<彼女の覚悟>でした。
雪ちゃんやってやった!彼女の強さが見ていて気持ち良いですね~。
しかしやはり直球すぎて、読者は心配になりますね。早く先輩、助けてあげて~!
次回は<相対>です。
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