福井太一は、大学のPCルームで一人PCと向き合っていた。
何をしているかは分からないが、とても真剣に。

隣に座っていた同じ科の女学生が、PCルームに居た同期達に声を掛ける。
「ルームカフェ一緒に行く人~?」

彼女の呼びかけに、何人かの手が挙がった。そのまま連れ立って席を立つ彼等であったが、
ルームカフェを言い出した女学生は、隣の席に座っている太一に気づいて声を掛ける。
「あ‥太一君も一緒に行く?」

しかし太一は首を横に振った。太一のそっけない仕草と端的な言葉に、
同期の男子学生は「そっか、課題頑張ってな」と声を掛けて背を向ける。
しかし太一に聞こえないように彼は、声を潜めて同期にこぼした。
「アイツ最近ちょっとおかしいよな‥何か怖ぇよ。授業中に暴力振るうし‥」

同期達は「しばらく放っとこ」とヒソヒソ話し、教室を後にした。
彼等の横で横山翔は、携帯と睨めっこをしながら浮かない表情だ。
「直美さんとメール?」

友人の冷やかしにも、横山は曖昧な返答をする。メールの送信先は直美ではなく、赤山雪だった。
何度メールを打っても、無視されるのだが‥。

横山は憤りを抱えながら、先に行くわと言って彼等の群れから離れようとした。
直美さんと勉強するのか、という友人からの質問に頷く。
「俺ら図書館行くわ」 「席予約した?」 「おお」

そんな彼等の会話を、太一は振り返らずに耳をそばだてて聞いていた。
彼等の喧騒が去ってから、観察するようにそちらを向く。その視線は厳しかった。

虎視眈々と、太一は来るべき時の為に息を潜めていた。
一人PCに向かいながら、着々と何かを手に入れる‥。


一方、ここは聡美の父親が入院している病院である。
伊吹聡美は父親の見舞いの為にここを訪れ、今りんごを剥いているところだ。

大学のこと、友達のこと、聡美は面白おかしく父親に近況を報告した。
しかし父親は危なっかしい娘の手つきと、どんどん小さくなっていくりんごが気がかりだ。

最終的に手渡されたりんごは、その大きさの半分くらいになってしまっていた。
ありゃりゃと口に出しながら、父はりんごを受け取る。
「太一は男の子だが、すげぇ綺麗に剥いてくれたけどなぁ」

太一の名が父の口から出たことに、聡美はピクリと反応した。
「ったくアイツは‥また授業サボってここに‥」

何度もここを訪れているという太一を思い、溜息を吐く聡美。
父はりんごを食べ終わると、娘に向かって一つ質問をした。
「太一とは何で付き合わねぇんだ?俺はあいつのことかなり気に入ってっけどなぁ」

父は聡美に向かって話を続ける。
「姉ちゃんもアメリカ戻ったし、お前も大学があるし、親戚らも皆忙しいだろ。
もうヘルパーさんくらいしか俺の世話してくれる人はいねぇけど、太一の奴はよくここに来て俺のリハビリも手伝ってくれたよ。
それ以外にも沢山手助けしてくれてんだぜ?お前それ知ってっか?」

知ってる、と聡美は口を尖らせながら小さく答えた。父は尚も話を続ける。
「図体はデケェが気が良くて、話もすごく上手で面白いしな。まだ若いのに考え方もしっかりしてる」

父が語る太一は、聡美が良く知っている太一そのものだった。聡美は俯きながら、小さく言葉を口に出す。
「分かってるよ‥」

俯いた娘を見て、父親は優しく声を掛けた。
「うちの娘のお眼鏡には敵わねぇか?だけど人間ってぇのは見てくれだけが全てじゃ‥」
「そうじゃないの」

聡美の強い否定に、父親は不思議そうな顔をした。
そのまま聡美は、あまり話したことのないことを父親に向かって口に出す。
「あの子が良い子だってことは、あたしも分かってる。
正直‥あの子があたしの事を好きだって思ってくれるのも、他の子がそうだった時より嫌じゃないし‥」

じゃあ何でだ、と父が問うと、聡美は小さな声で答えた。
今まで友達として過ごして来た相手と、交際を始めたらどうなるか不安なこと。
これから行くであろう軍役の二年間、果たして自分は待てるだろうかということ。
「それに‥」

聡美はチラッと、父の姿に視線を移した。倒れてから少し痩せた、年を感じるその姿に。
ママも去って行った‥。お姉ちゃんも行ってしまった‥。

大好きな人達が、皆背を向けて去って行く。
聡美の心の中に言い様のない寂しさが募り、そのまま黙って俯いた。
「‥‥‥‥」

父親が声を掛けると聡美は顔を上げたが、それでも尚気持ちは沈んでいた。
目を逸らしながら、手持ち無沙汰に肩の辺りを触る。

そのまま暫し沈黙していた聡美だが、やがてポツリポツリと語り始めた。
それを聞く父親は、真っ直ぐに娘を見つめている。

「パパ、あたし今まで何人か付き合ったけどさ、どの人とも長く続かなかったんだよね。
あの子と付き合ったら、あの子ともそんな風に終わっちゃうんじゃないかな?
そんな風に終わっちゃったら、二度と顔も見れなくなっちゃう。そうでしょ?」

心の扉から、寂しさが言葉となって零れ落ちる。
父は何も口にすることなく、静かに娘の吐露を聞いていた。

「あの子は‥太一は‥、本当に本当に良い子で、本当に本当に大切な友達なの。
あの子と一生仲良くしていたい。本当よ‥」

聡美の願いはそれだけだった。
太一を失いたくない、ただそれだけなのだ‥。

俯いた娘の背中を、父は優しく撫でてくれた。温かな体温が伝わってくる。
傍にいることのありがたさと温かさが、聡美の心を落ち着かせる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<伊吹聡美の心の内>でした。
冒頭に出てくる「ルームカフェ」とは‥

こんな風に個室部屋になっているカフェだそうですね。くつろげそうですね~。
行ったことの有る方、レポお待ちしてますヨ~^^
そして今回の聡美の心の内‥。
何だか切なくなっちゃいましたね。大切な人が去って行くことに、すごく恐怖感がある聡美。
太一と結婚しちゃえばいいのに‥と思いました^^ この二人は良い夫婦になりそうだけどなぁ~^^
好きな人のお父さんのお見舞いに何度も顔を出し、リハビリもお手伝いする太一にホロリ‥。
間違いなくこの漫画の中で一番いい男ですよね、太一‥。
次回は<こじれゆく真実>です。
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何をしているかは分からないが、とても真剣に。

隣に座っていた同じ科の女学生が、PCルームに居た同期達に声を掛ける。
「ルームカフェ一緒に行く人~?」

彼女の呼びかけに、何人かの手が挙がった。そのまま連れ立って席を立つ彼等であったが、
ルームカフェを言い出した女学生は、隣の席に座っている太一に気づいて声を掛ける。
「あ‥太一君も一緒に行く?」

しかし太一は首を横に振った。太一のそっけない仕草と端的な言葉に、
同期の男子学生は「そっか、課題頑張ってな」と声を掛けて背を向ける。
しかし太一に聞こえないように彼は、声を潜めて同期にこぼした。
「アイツ最近ちょっとおかしいよな‥何か怖ぇよ。授業中に暴力振るうし‥」

同期達は「しばらく放っとこ」とヒソヒソ話し、教室を後にした。
彼等の横で横山翔は、携帯と睨めっこをしながら浮かない表情だ。
「直美さんとメール?」

友人の冷やかしにも、横山は曖昧な返答をする。メールの送信先は直美ではなく、赤山雪だった。
何度メールを打っても、無視されるのだが‥。

横山は憤りを抱えながら、先に行くわと言って彼等の群れから離れようとした。
直美さんと勉強するのか、という友人からの質問に頷く。
「俺ら図書館行くわ」 「席予約した?」 「おお」

そんな彼等の会話を、太一は振り返らずに耳をそばだてて聞いていた。
彼等の喧騒が去ってから、観察するようにそちらを向く。その視線は厳しかった。

虎視眈々と、太一は来るべき時の為に息を潜めていた。
一人PCに向かいながら、着々と何かを手に入れる‥。


一方、ここは聡美の父親が入院している病院である。
伊吹聡美は父親の見舞いの為にここを訪れ、今りんごを剥いているところだ。

大学のこと、友達のこと、聡美は面白おかしく父親に近況を報告した。
しかし父親は危なっかしい娘の手つきと、どんどん小さくなっていくりんごが気がかりだ。

最終的に手渡されたりんごは、その大きさの半分くらいになってしまっていた。
ありゃりゃと口に出しながら、父はりんごを受け取る。
「太一は男の子だが、すげぇ綺麗に剥いてくれたけどなぁ」

太一の名が父の口から出たことに、聡美はピクリと反応した。
「ったくアイツは‥また授業サボってここに‥」

何度もここを訪れているという太一を思い、溜息を吐く聡美。
父はりんごを食べ終わると、娘に向かって一つ質問をした。
「太一とは何で付き合わねぇんだ?俺はあいつのことかなり気に入ってっけどなぁ」

父は聡美に向かって話を続ける。
「姉ちゃんもアメリカ戻ったし、お前も大学があるし、親戚らも皆忙しいだろ。
もうヘルパーさんくらいしか俺の世話してくれる人はいねぇけど、太一の奴はよくここに来て俺のリハビリも手伝ってくれたよ。
それ以外にも沢山手助けしてくれてんだぜ?お前それ知ってっか?」

知ってる、と聡美は口を尖らせながら小さく答えた。父は尚も話を続ける。
「図体はデケェが気が良くて、話もすごく上手で面白いしな。まだ若いのに考え方もしっかりしてる」

父が語る太一は、聡美が良く知っている太一そのものだった。聡美は俯きながら、小さく言葉を口に出す。
「分かってるよ‥」

俯いた娘を見て、父親は優しく声を掛けた。
「うちの娘のお眼鏡には敵わねぇか?だけど人間ってぇのは見てくれだけが全てじゃ‥」
「そうじゃないの」

聡美の強い否定に、父親は不思議そうな顔をした。
そのまま聡美は、あまり話したことのないことを父親に向かって口に出す。
「あの子が良い子だってことは、あたしも分かってる。
正直‥あの子があたしの事を好きだって思ってくれるのも、他の子がそうだった時より嫌じゃないし‥」

じゃあ何でだ、と父が問うと、聡美は小さな声で答えた。
今まで友達として過ごして来た相手と、交際を始めたらどうなるか不安なこと。
これから行くであろう軍役の二年間、果たして自分は待てるだろうかということ。
「それに‥」

聡美はチラッと、父の姿に視線を移した。倒れてから少し痩せた、年を感じるその姿に。
ママも去って行った‥。お姉ちゃんも行ってしまった‥。

大好きな人達が、皆背を向けて去って行く。
聡美の心の中に言い様のない寂しさが募り、そのまま黙って俯いた。
「‥‥‥‥」

父親が声を掛けると聡美は顔を上げたが、それでも尚気持ちは沈んでいた。
目を逸らしながら、手持ち無沙汰に肩の辺りを触る。

そのまま暫し沈黙していた聡美だが、やがてポツリポツリと語り始めた。
それを聞く父親は、真っ直ぐに娘を見つめている。

「パパ、あたし今まで何人か付き合ったけどさ、どの人とも長く続かなかったんだよね。
あの子と付き合ったら、あの子ともそんな風に終わっちゃうんじゃないかな?
そんな風に終わっちゃったら、二度と顔も見れなくなっちゃう。そうでしょ?」

心の扉から、寂しさが言葉となって零れ落ちる。
父は何も口にすることなく、静かに娘の吐露を聞いていた。

「あの子は‥太一は‥、本当に本当に良い子で、本当に本当に大切な友達なの。
あの子と一生仲良くしていたい。本当よ‥」

聡美の願いはそれだけだった。
太一を失いたくない、ただそれだけなのだ‥。

俯いた娘の背中を、父は優しく撫でてくれた。温かな体温が伝わってくる。
傍にいることのありがたさと温かさが、聡美の心を落ち着かせる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<伊吹聡美の心の内>でした。
冒頭に出てくる「ルームカフェ」とは‥

こんな風に個室部屋になっているカフェだそうですね。くつろげそうですね~。
行ったことの有る方、レポお待ちしてますヨ~^^
そして今回の聡美の心の内‥。
何だか切なくなっちゃいましたね。大切な人が去って行くことに、すごく恐怖感がある聡美。
太一と結婚しちゃえばいいのに‥と思いました^^ この二人は良い夫婦になりそうだけどなぁ~^^
好きな人のお父さんのお見舞いに何度も顔を出し、リハビリもお手伝いする太一にホロリ‥。
間違いなくこの漫画の中で一番いい男ですよね、太一‥。
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