雪と聡美は顔を見合わせた。
二人はたった今、教授室から出てきたところだ。
結局、清水香織は教授室に現れなかった。おそらく彼女はこの授業の単位を落としたことだろう。
聡美が「あの子、あんたに勝つってあんなに燃えてたのにね」と言ってククッと笑う。
二人はもう一度顔を見合わせて、今度は大きな声で笑い合った。
ヤッタヤッタとはしゃぎながら、ハイタッチをして喜び合う。
度々清水香織にイライラさせられてきた二人にとって、今回の結末は胸のすく思いがした。
色々と深く考えると微妙な気持ちになるものの、とりあえず今はただスッキリとした気分で笑い合っていたい。
「あんた先輩と久しぶりに会うんでしょ?グルワも終わったことだし、
ちょっとデートでもしてくれば」
聡美はそう言って上機嫌で雪と腕を組んだ。聡美はこれから父親のお見舞いに行くらしい。
夏休みに脳出血で倒れ、一時はどうなることかと思った聡美の父も、今は治療も上手くいき順調に回復しているそうだ。
もう少しで退院出来るらしく、聡美の表情も明るかった。
久しぶりに見た互いの笑顔が、なんだか嬉しかった。
そして二人は腕を組みながら、仲良く昼下がりの廊下を歩いて行った。
風が冷たくなったな、と呟く雪の髪の毛を、秋の風がたなびかせていく。
課題にアルバイトにと必死で日々を生きている間に、季節は移ろいすっかり秋の最中だった。
傾斜の低い秋の陽射しが、色付いた木々に降り注いでいる。
雪はぼんやりとその風景を眺めながら、自身の心の中の海が、すっかり凪いだのを感じていた。
雪は携帯を取り出し、メールを一通打った。
先輩 どこに居ますか?と一文だけ。
すぐに返信が来た。
XX館近くの木の前にと、やはり一文だけ。
秋の陽射しは明るかった。
それは彼と付き合い始めた夏のそれのように眩しくは無いけれど、どこか柔らかくほっとする光だ。
雪は先輩が待っているという建物の前まで、息を切らせて走って行った。
そして遠目から彼を見つけた。大きな木の下で、携帯に視線を落とす長身の彼。
色付いた木々の前に佇む彼の、サラサラとした髪を秋の風が撫でていく。
美しく秋に染まった背景に、彼の端正な横顔が浮かび上がっていた。
大学の構内に居る彼を見るのは、何だか久しぶりのような気がした。
軽く息を吐きながら、雪は淳の前に姿を現す。
携帯から顔を上げ、淳が彼女に気がついた。
彼はニッコリと微笑んで手を上げる。目尻の下がった、あの懐かしい笑顔で。
「ここだよ」
淳は雪に、
「一週間ぶりだね」と声を掛ける。
付き合い始めてから、一週間も会わないのは初めてだった。
雪はなんだか少し緊張し、「お久しぶり‥」と何故か挨拶を口にした。
ちょっとオーバーだったかなと、頭を掻きながらぎくしゃくする雪を見て、
淳は可笑しくて目を細めて、笑った。
「はは」
電話で何度もその笑い声は耳にしていたが、実際目にすると心がぎゅっとなった。
彼は電話先で自分と話をしながら、こんな顔をして笑っていたんだ‥。
雪は心の従うままに、彼に向かって手を伸ばした。
ガチガチに着込んでいた鎧を脱ぎ捨てて、裸のままで彼の胸へと。
「もう‥顔忘れちゃうかと思った‥」
甘えるようにそう口にする彼女に、淳は「俺の顔忘れる人、見たこと無いけど?」と笑顔で返した。
膨れる彼女に笑いかけ、冗談だよと口にする。
彼は背を屈めると、ぎゅっと雪のことを包み込むように抱き締めた。
俺に会いたかったんだね、と口にして、愛おしそうに抱き締めた。
二人はその姿勢のまま、暫し囁くように会話を交わした。
元気だった?とか、会いたかった、とか、きっと内容は何気ないものだっただろうけど。
そしてそんな二人に、灼けつくような視線を送る人物が居た。
草の影から彼等を睨みつけるのは、不服そうな顔をした横山翔だ。
しかし雪はその視線には気づかず、埋もれていた彼の胸から顔を上げ、そのまま彼を見上げた。
「‥‥‥‥」
少し気がかりなことがあったのだ。雪は申し訳なさそうな口ぶりで、彼に小さく謝った。
「あの‥ごめんなさい」 「ん?何が?」
目を丸くする淳に、雪は謝った。
自分のせいで先輩の班の発表が、メチャクチャになってしまったと。
それを聞いた淳はニッコリと笑って、優しく雪の頭を撫でた。
「皆一生懸命やってるのに、一人だけ近道しちゃ駄目だろう」と言って。
「それに、」
淳は雪を抱き締める力を強め、彼女の顔を自分の胸に埋めるようにして抱え込んだ。
そして先ほどから嫌な視線を送ってくる横山を見据えると、彼の方を見てキッパリと言い切った。
「自分も同格になれるなんて勘違い、愚の骨頂だと思うね」
横山が手に入れられなかった赤山雪を抱きながら、淳はその台詞を言い切った。
清水香織のことを言っているようでありながら、実質横山翔に向けたその台詞を。
「え?」
その言葉の意味を汲み取れなかった雪は聞き返したが、淳は笑顔で首を傾げるだけだった。
雪からは見えない角度に居る横山が、くさくさしながらその場を後にする。
誰かが去って行く気配はしたものの、今がどういう状況なのか雪は掴めずに居た。
頭に疑問符を浮かべる雪の前で、先輩が大あくびをする。
「あ~疲れた‥」と言って、彼はそのまま雪に凭れ掛かってきた。
どんどん力の抜けていく彼を支えながら、雪は「ちょっと待って」と慌てふためく‥。
二人はその後ベンチに移動し、缶ジュースを片手に暫し休憩した。
「会社はどうですか?」
「まぁ疲れるよね。ルーチンワークだし」
「来年私も就職かって考えると‥うぅ‥」
「とか言って実際上手くやるくせに」 「そうですかねぇ?」
仲良く肩を並べる二人は、カップルであると同時に同じ学科の先輩後輩だ。
淳は彼女の優秀さを認めて、先輩としてアドバイスをする。
「躊躇うのは、やってみたことがないからだよ。ほら、今日だって上手くやったじゃないか」
きっと全部上手くいくよと、彼は度々そんな意見を口にするが、それは自分の正しさを信じている彼故の自信だ。
いつも霧の中を手探りで進むような日々を送っている雪には、その言葉はどこか自分の心とは噛み合わない。
「‥‥‥‥」
雪が黙りこんでいると、彼はゆっくりと彼女の方へ身を寄せて来た。秋の風はさわさわと、二人を包んで駆け抜けていく。
すると不意に、雪が大きな声で提案を始めた。
「お昼食べに行きましょっか!私奢りますよ!」
心地良い疲れに身を委ねていた淳は、雪の声にビクッと幾分驚いた。
久しぶりに彼に会えたことが嬉しい雪は、ハイテンションで何を食べに行くかの会話を続ける。
デート!デート!
疲れているならスタミナのある物を食べに行こう、その後一緒にあそこに行こう‥。
雪は心を踊らせながら彼に向かって色々提案した。しかし彼は、申し訳無さそうに声を落とす。
「ごめん、すぐに戻らなきゃいけないんだ」
実は彼は、今日もインターンに行っており、先ほどのグループワークの発表だけ特別に抜けさせてもらって大学に来たらしい。
あと二十分程しか居られない、と続けて言われ、雪はキョトンとした表情で彼を見た。
「あ‥」
弾んだ心がしぼんでいく。彼はもうすぐ行ってしまう‥。
しかし、雪は諦めなかった。
限られた時間の中で、精一杯彼と一緒に楽しみたいと。
雪は彼の手を引っ張って、足早に大学を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<色付いた木の前で>でした。
先輩の持っていたファイルが消える件(笑)
前も持っていたビタミンウォーター消しましたし、先輩はきっと魔法使いなんでしょうね!(作者様には寛容に)
次回は<遠くなった記憶>です。
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二人はたった今、教授室から出てきたところだ。
結局、清水香織は教授室に現れなかった。おそらく彼女はこの授業の単位を落としたことだろう。
聡美が「あの子、あんたに勝つってあんなに燃えてたのにね」と言ってククッと笑う。
二人はもう一度顔を見合わせて、今度は大きな声で笑い合った。
ヤッタヤッタとはしゃぎながら、ハイタッチをして喜び合う。
度々清水香織にイライラさせられてきた二人にとって、今回の結末は胸のすく思いがした。
色々と深く考えると微妙な気持ちになるものの、とりあえず今はただスッキリとした気分で笑い合っていたい。
「あんた先輩と久しぶりに会うんでしょ?グルワも終わったことだし、
ちょっとデートでもしてくれば」
聡美はそう言って上機嫌で雪と腕を組んだ。聡美はこれから父親のお見舞いに行くらしい。
夏休みに脳出血で倒れ、一時はどうなることかと思った聡美の父も、今は治療も上手くいき順調に回復しているそうだ。
もう少しで退院出来るらしく、聡美の表情も明るかった。
久しぶりに見た互いの笑顔が、なんだか嬉しかった。
そして二人は腕を組みながら、仲良く昼下がりの廊下を歩いて行った。
風が冷たくなったな、と呟く雪の髪の毛を、秋の風がたなびかせていく。
課題にアルバイトにと必死で日々を生きている間に、季節は移ろいすっかり秋の最中だった。
傾斜の低い秋の陽射しが、色付いた木々に降り注いでいる。
雪はぼんやりとその風景を眺めながら、自身の心の中の海が、すっかり凪いだのを感じていた。
雪は携帯を取り出し、メールを一通打った。
先輩 どこに居ますか?と一文だけ。
すぐに返信が来た。
XX館近くの木の前にと、やはり一文だけ。
秋の陽射しは明るかった。
それは彼と付き合い始めた夏のそれのように眩しくは無いけれど、どこか柔らかくほっとする光だ。
雪は先輩が待っているという建物の前まで、息を切らせて走って行った。
そして遠目から彼を見つけた。大きな木の下で、携帯に視線を落とす長身の彼。
色付いた木々の前に佇む彼の、サラサラとした髪を秋の風が撫でていく。
美しく秋に染まった背景に、彼の端正な横顔が浮かび上がっていた。
大学の構内に居る彼を見るのは、何だか久しぶりのような気がした。
軽く息を吐きながら、雪は淳の前に姿を現す。
携帯から顔を上げ、淳が彼女に気がついた。
彼はニッコリと微笑んで手を上げる。目尻の下がった、あの懐かしい笑顔で。
「ここだよ」
淳は雪に、
「一週間ぶりだね」と声を掛ける。
付き合い始めてから、一週間も会わないのは初めてだった。
雪はなんだか少し緊張し、「お久しぶり‥」と何故か挨拶を口にした。
ちょっとオーバーだったかなと、頭を掻きながらぎくしゃくする雪を見て、
淳は可笑しくて目を細めて、笑った。
「はは」
電話で何度もその笑い声は耳にしていたが、実際目にすると心がぎゅっとなった。
彼は電話先で自分と話をしながら、こんな顔をして笑っていたんだ‥。
雪は心の従うままに、彼に向かって手を伸ばした。
ガチガチに着込んでいた鎧を脱ぎ捨てて、裸のままで彼の胸へと。
「もう‥顔忘れちゃうかと思った‥」
甘えるようにそう口にする彼女に、淳は「俺の顔忘れる人、見たこと無いけど?」と笑顔で返した。
膨れる彼女に笑いかけ、冗談だよと口にする。
彼は背を屈めると、ぎゅっと雪のことを包み込むように抱き締めた。
俺に会いたかったんだね、と口にして、愛おしそうに抱き締めた。
二人はその姿勢のまま、暫し囁くように会話を交わした。
元気だった?とか、会いたかった、とか、きっと内容は何気ないものだっただろうけど。
そしてそんな二人に、灼けつくような視線を送る人物が居た。
草の影から彼等を睨みつけるのは、不服そうな顔をした横山翔だ。
しかし雪はその視線には気づかず、埋もれていた彼の胸から顔を上げ、そのまま彼を見上げた。
「‥‥‥‥」
少し気がかりなことがあったのだ。雪は申し訳なさそうな口ぶりで、彼に小さく謝った。
「あの‥ごめんなさい」 「ん?何が?」
目を丸くする淳に、雪は謝った。
自分のせいで先輩の班の発表が、メチャクチャになってしまったと。
それを聞いた淳はニッコリと笑って、優しく雪の頭を撫でた。
「皆一生懸命やってるのに、一人だけ近道しちゃ駄目だろう」と言って。
「それに、」
淳は雪を抱き締める力を強め、彼女の顔を自分の胸に埋めるようにして抱え込んだ。
そして先ほどから嫌な視線を送ってくる横山を見据えると、彼の方を見てキッパリと言い切った。
「自分も同格になれるなんて勘違い、愚の骨頂だと思うね」
横山が手に入れられなかった赤山雪を抱きながら、淳はその台詞を言い切った。
清水香織のことを言っているようでありながら、実質横山翔に向けたその台詞を。
「え?」
その言葉の意味を汲み取れなかった雪は聞き返したが、淳は笑顔で首を傾げるだけだった。
雪からは見えない角度に居る横山が、くさくさしながらその場を後にする。
誰かが去って行く気配はしたものの、今がどういう状況なのか雪は掴めずに居た。
頭に疑問符を浮かべる雪の前で、先輩が大あくびをする。
「あ~疲れた‥」と言って、彼はそのまま雪に凭れ掛かってきた。
どんどん力の抜けていく彼を支えながら、雪は「ちょっと待って」と慌てふためく‥。
二人はその後ベンチに移動し、缶ジュースを片手に暫し休憩した。
「会社はどうですか?」
「まぁ疲れるよね。ルーチンワークだし」
「来年私も就職かって考えると‥うぅ‥」
「とか言って実際上手くやるくせに」 「そうですかねぇ?」
仲良く肩を並べる二人は、カップルであると同時に同じ学科の先輩後輩だ。
淳は彼女の優秀さを認めて、先輩としてアドバイスをする。
「躊躇うのは、やってみたことがないからだよ。ほら、今日だって上手くやったじゃないか」
きっと全部上手くいくよと、彼は度々そんな意見を口にするが、それは自分の正しさを信じている彼故の自信だ。
いつも霧の中を手探りで進むような日々を送っている雪には、その言葉はどこか自分の心とは噛み合わない。
「‥‥‥‥」
雪が黙りこんでいると、彼はゆっくりと彼女の方へ身を寄せて来た。秋の風はさわさわと、二人を包んで駆け抜けていく。
すると不意に、雪が大きな声で提案を始めた。
「お昼食べに行きましょっか!私奢りますよ!」
心地良い疲れに身を委ねていた淳は、雪の声にビクッと幾分驚いた。
久しぶりに彼に会えたことが嬉しい雪は、ハイテンションで何を食べに行くかの会話を続ける。
デート!デート!
疲れているならスタミナのある物を食べに行こう、その後一緒にあそこに行こう‥。
雪は心を踊らせながら彼に向かって色々提案した。しかし彼は、申し訳無さそうに声を落とす。
「ごめん、すぐに戻らなきゃいけないんだ」
実は彼は、今日もインターンに行っており、先ほどのグループワークの発表だけ特別に抜けさせてもらって大学に来たらしい。
あと二十分程しか居られない、と続けて言われ、雪はキョトンとした表情で彼を見た。
「あ‥」
弾んだ心がしぼんでいく。彼はもうすぐ行ってしまう‥。
しかし、雪は諦めなかった。
限られた時間の中で、精一杯彼と一緒に楽しみたいと。
雪は彼の手を引っ張って、足早に大学を後にした。
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<色付いた木の前で>でした。
先輩の持っていたファイルが消える件(笑)
前も持っていたビタミンウォーター消しましたし、先輩はきっと魔法使いなんでしょうね!(作者様には寛容に)
次回は<遠くなった記憶>です。
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