目の前がグラグラと揺れていた。息が出来なかった。海の中に居るみたいだった。
清水香織は手元の資料に目を落としながら、今の状況を前にしてただ狼狽していた。
薄い膜を隔てたような感覚で、周りの声が耳に入って来る。
「赤山のレポートだって?」 「清水のじゃなくて?」
ブルブルと手が震えていた。彼等の言っていることが、香織には理解出来なかった。
否、理解することから彼女は逃げていたのだ。
手元にあるこの優秀なレポートは、自分が手がけたものだと香織は信じていた。
彼女の信じる、盲目的な思い込み。それは彼女が自分自身に掛ける暗示のようなものだ。
美しく優秀で、オシャレで人気者な、自分は誰よりも特別な存在であるという暗示。
香織の脳裏に、何度も思い描いた理想の自分が浮かぶ。
その暗示が解ける時が来るなど、今の彼女には思い至ることが出来ない。
何故ならば魔法にかけられた人間は、現実世界が信じられなくなるからである。
「な‥何言ってるの?!言いがかりは止めて下さい!これは私が書いた物です‥!」
香織は声を裏返しながらそう主張した。
しかし目の前にある雪の顔を目にした途端、ギクリとして口を噤む。
それきり香織は俯いて歯噛みした。
そんな香織を見ている雪の脳裏に、爆発している自分の姿が妄想となって浮かぶ。
うぉぉおんどりゃああ!私のだって言っとんだろうがぁぁ!!
そう言って机をぶん投げて大暴れしたい程雪は憤っていたのだが、すんでのところで理性が彼女を押し止めた。
雪が震えながらも耐えていると、教授が口を開いた。
「止めましょう」
その瞬間、教室はしんと静まり返った。学生達は口を噤み、教授が采配を振るのを待つ。
「本当にそのまま転載されているかどうかの確認は、授業中である今は出来ませんので、
授業終了後に関係している学生達は教授室に来て下さい」
教授からの指示に聡美と雪は返事をしたが、香織は俯いたまま何も言わなかった。
そして教授は佐藤達のグループの方へと向き直ると、残念そうにこう口にする。
「ふぅむ‥今日のあなた方のグループ発表はリーダーシップ分析も上等でしたし、
各リーダー達のリーダーシップ類型をグラフにして整理したのも良かった。皆発表も上手でしたし‥」
けれど、と教授は強い口調で言った。香織の方をチラと窺う。
「最後の発表者の発表内容が先ほどの話通りなら、該当学生に点数はありません」
香織はビクッと身を強張らせ、顔面蒼白した。
そして教授は学生達の方へ向き直り、尚も話を続ける。
「当校の学生達が自分達の課題を販売し、小遣い稼ぎをしていることは良く知っています。
それが良いと思うか悪いと思うかという私の個人的意見は置いといて、
自身の課題を自身が販売することを敢えて指摘するつもりはありません」
雪は俯きながら、少し身を固くした。
販売サイトにレポートを売るということは、大学側からしたら決して推奨される事ではないからである。
以前からそれについては度々議論がなされてきた問題だったので、雪はある程度叩かれることは覚悟して販売を行っていた‥。
そのまま雪が口を噤んでいると、教授は再び清水香織のことへと論点を戻す。
「重要なのは、それを購入した人がどのように利用するかということでしょう‥」
香織の足は震えていた。血の気が下がり、目の前が揺れている。
そして教授は、香織の方へと向き直って最後に口を開いた。
「清水‥香織さん? 今話していることがもしも事実ならば、
あなたは一体‥何を期待してこのようなことをしたのですか?」
香織の脳裏に、思い描いていた理想の未来が過った。
赤山雪より優れた発表をする自分、皆に囲まれて輝いている自分‥。
ガラガラと、音を立てて虚像は崩れていく。
自らに暗示をかけ手に入れたその魔法は、哀しい程あっけなく解けてしまった。
手元にある優秀な出来のレポート。
それはコピーとペイストを繰り返すと簡単に出来上がるが、逆に言えばすぐに消えてしまうのだ。
人差し指の先が、一度デリートキーに触れるだけで。
目の前が真っ暗になって、深く冷たい海の底へと沈んでいく。
絶望の表情で俯いた香織を、雪はその場からじっと見つめていた。
しん、と教室は静まり返っていた。誰一人として話す者は居ない。
皆清水香織の方へ視線を送りながら、その問題の決着を見届ける。
そして時計の針は授業終了時刻を差した。
教授は次の授業での指示を簡単に出し、そのまま挨拶を済ませて教室を出て行った。
教室の中が学生達だけになると、佐藤広隆は激しい剣幕で香織に詰め寄った。
「おい、どういうことだ?!どうしてこんなことになったんだ?!」
香織はヒッと息を飲み、ガクガクと激しく震え始めた。隣では直美が「個人評価で良かった」と呟いて胸を撫で下ろしている。
首を横に振りながら何度も「違うんです」と口にする香織だが、佐藤は容赦しなかった。
人指し指で彼女を指しながら、声を上げて追及する。
「お前、この授業が個人評価だとしても今の問題が俺等に影響しないと思うか?!
どこに他人のレポートを丸々写すバカがいるんだよ!一人じゃ何も出来ないのか?!」
香織の目に涙が浮かんだ。震える声で何度も否定する。
これは私が自分で探し、正当にその対価を払って手に入れた物だと。
しかし佐藤は受け入れない。他人の課題を転載して大きい顔をするなとピシャリと言う。
「で、でも!皆あのサイトを参考にするでしょう?!」
そこまで言ったところで、香織はとあることに思い至った。
香織がレポートを見つけたあのサイトは、とある人物から教えてもらったサイトであるということに。
「せ、先輩!」
香織は彼の方へと向き直った。同じグループであるに関わらず、終始沈黙を貫いていた彼。
香織は彼に向かって大声を上げる。
「せ、先輩が‥!先輩が私にこうさせたんじゃないですか!そうですよね?!」
青田淳はキョトンとした顔で、香織のことを見下ろしていた。
何も言わない彼に向かって、香織は尚も追及を続ける。
「先輩が私に教えたサイトじゃないですか!」
香織は青田淳のカーディガンを掴みながら、必死にその責任の在処を彼に見出そうとする。
「良い点が貰えるといいなって‥!先輩がそう言ったんじゃないですか!
私にそう言ったじゃないですか!自分もよく参考にするから、あのサイトに行ってみろって!」
そうでしょう?!と言って香織は彼を揺さぶった。藁にもすがる思いで。
そして見上げた彼の顔からは、いつもの笑顔が消えていた。
彼は、まるで自分とは無関係の場所から俯瞰するような、そんな眼差しで香織を見ていた。
淳は視線を落とし、閉口するように息を吐いてから話を始めた。
「‥清水。俺は、君があまりに資料の整理が出来ないから、
あのサイトで他の人達のまとめ方を参考にしてごらんって言ったんだよ。
パワーポイントもあってとても参考になるからね」
そして淳の瞳は、見下しの意を含んだ眼差しで彼女を見た。
ピッと引いた先の向こう側に、足を踏み入れてしまった彼女を見放す。
「少なくとも常識ある人間ならば‥他人の物を助詞一つ変えずに提出なんてしないじゃないか。
そんなことまで、俺は言わなければならなかった?」
侮蔑を孕んだ冷たい視線。
その冷ややかな態度の前に、香織は茫然自失する。
一体誰のせいでこうなったのか?
まるで見えない糸に引かれるかのように陥った今の状況に、香織は呆然とする。
騒然とする教室の中で、雪はことの成り行きを静観していた。
口をあんぐりと開ける香織の前で、笑顔の仮面を外した淳が彼女を見据える‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<誰のせいで>でした。
ここで小さなミス発覚‥。
佐藤達の班はグループEのハズですが‥。
「次、グループE」
なぜか今回グループCに‥。
「今日のグループCの発表は‥」
グループEのレポートが「Cのカリスマ的リーダーシップ」というテーマだったので、こんがらがったんでしょうね。
ということで細かいクラブでした。
そして今回一番ゲンナリしたコマがこちら↓
直美さん‥。香織を庇ったりはしないのな。「個人点数で良かった」って胸を撫で下ろすなんて‥orz
先学期のあの言葉が蘇りますね。
「だけど大学に通っている以上、Dを貰うこともあると思うの」
そう言って個人のレポートはやって来ていたこの人‥。とことん自分が良ければ良い、という考えですね‥。
残念すぎる‥
次回は<美しき策略>です。
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清水香織は手元の資料に目を落としながら、今の状況を前にしてただ狼狽していた。
薄い膜を隔てたような感覚で、周りの声が耳に入って来る。
「赤山のレポートだって?」 「清水のじゃなくて?」
ブルブルと手が震えていた。彼等の言っていることが、香織には理解出来なかった。
否、理解することから彼女は逃げていたのだ。
手元にあるこの優秀なレポートは、自分が手がけたものだと香織は信じていた。
彼女の信じる、盲目的な思い込み。それは彼女が自分自身に掛ける暗示のようなものだ。
美しく優秀で、オシャレで人気者な、自分は誰よりも特別な存在であるという暗示。
香織の脳裏に、何度も思い描いた理想の自分が浮かぶ。
その暗示が解ける時が来るなど、今の彼女には思い至ることが出来ない。
何故ならば魔法にかけられた人間は、現実世界が信じられなくなるからである。
「な‥何言ってるの?!言いがかりは止めて下さい!これは私が書いた物です‥!」
香織は声を裏返しながらそう主張した。
しかし目の前にある雪の顔を目にした途端、ギクリとして口を噤む。
それきり香織は俯いて歯噛みした。
そんな香織を見ている雪の脳裏に、爆発している自分の姿が妄想となって浮かぶ。
うぉぉおんどりゃああ!私のだって言っとんだろうがぁぁ!!
そう言って机をぶん投げて大暴れしたい程雪は憤っていたのだが、すんでのところで理性が彼女を押し止めた。
雪が震えながらも耐えていると、教授が口を開いた。
「止めましょう」
その瞬間、教室はしんと静まり返った。学生達は口を噤み、教授が采配を振るのを待つ。
「本当にそのまま転載されているかどうかの確認は、授業中である今は出来ませんので、
授業終了後に関係している学生達は教授室に来て下さい」
教授からの指示に聡美と雪は返事をしたが、香織は俯いたまま何も言わなかった。
そして教授は佐藤達のグループの方へと向き直ると、残念そうにこう口にする。
「ふぅむ‥今日のあなた方のグループ発表はリーダーシップ分析も上等でしたし、
各リーダー達のリーダーシップ類型をグラフにして整理したのも良かった。皆発表も上手でしたし‥」
けれど、と教授は強い口調で言った。香織の方をチラと窺う。
「最後の発表者の発表内容が先ほどの話通りなら、該当学生に点数はありません」
香織はビクッと身を強張らせ、顔面蒼白した。
そして教授は学生達の方へ向き直り、尚も話を続ける。
「当校の学生達が自分達の課題を販売し、小遣い稼ぎをしていることは良く知っています。
それが良いと思うか悪いと思うかという私の個人的意見は置いといて、
自身の課題を自身が販売することを敢えて指摘するつもりはありません」
雪は俯きながら、少し身を固くした。
販売サイトにレポートを売るということは、大学側からしたら決して推奨される事ではないからである。
以前からそれについては度々議論がなされてきた問題だったので、雪はある程度叩かれることは覚悟して販売を行っていた‥。
そのまま雪が口を噤んでいると、教授は再び清水香織のことへと論点を戻す。
「重要なのは、それを購入した人がどのように利用するかということでしょう‥」
香織の足は震えていた。血の気が下がり、目の前が揺れている。
そして教授は、香織の方へと向き直って最後に口を開いた。
「清水‥香織さん? 今話していることがもしも事実ならば、
あなたは一体‥何を期待してこのようなことをしたのですか?」
香織の脳裏に、思い描いていた理想の未来が過った。
赤山雪より優れた発表をする自分、皆に囲まれて輝いている自分‥。
ガラガラと、音を立てて虚像は崩れていく。
自らに暗示をかけ手に入れたその魔法は、哀しい程あっけなく解けてしまった。
手元にある優秀な出来のレポート。
それはコピーとペイストを繰り返すと簡単に出来上がるが、逆に言えばすぐに消えてしまうのだ。
人差し指の先が、一度デリートキーに触れるだけで。
目の前が真っ暗になって、深く冷たい海の底へと沈んでいく。
絶望の表情で俯いた香織を、雪はその場からじっと見つめていた。
しん、と教室は静まり返っていた。誰一人として話す者は居ない。
皆清水香織の方へ視線を送りながら、その問題の決着を見届ける。
そして時計の針は授業終了時刻を差した。
教授は次の授業での指示を簡単に出し、そのまま挨拶を済ませて教室を出て行った。
教室の中が学生達だけになると、佐藤広隆は激しい剣幕で香織に詰め寄った。
「おい、どういうことだ?!どうしてこんなことになったんだ?!」
香織はヒッと息を飲み、ガクガクと激しく震え始めた。隣では直美が「個人評価で良かった」と呟いて胸を撫で下ろしている。
首を横に振りながら何度も「違うんです」と口にする香織だが、佐藤は容赦しなかった。
人指し指で彼女を指しながら、声を上げて追及する。
「お前、この授業が個人評価だとしても今の問題が俺等に影響しないと思うか?!
どこに他人のレポートを丸々写すバカがいるんだよ!一人じゃ何も出来ないのか?!」
香織の目に涙が浮かんだ。震える声で何度も否定する。
これは私が自分で探し、正当にその対価を払って手に入れた物だと。
しかし佐藤は受け入れない。他人の課題を転載して大きい顔をするなとピシャリと言う。
「で、でも!皆あのサイトを参考にするでしょう?!」
そこまで言ったところで、香織はとあることに思い至った。
香織がレポートを見つけたあのサイトは、とある人物から教えてもらったサイトであるということに。
「せ、先輩!」
香織は彼の方へと向き直った。同じグループであるに関わらず、終始沈黙を貫いていた彼。
香織は彼に向かって大声を上げる。
「せ、先輩が‥!先輩が私にこうさせたんじゃないですか!そうですよね?!」
青田淳はキョトンとした顔で、香織のことを見下ろしていた。
何も言わない彼に向かって、香織は尚も追及を続ける。
「先輩が私に教えたサイトじゃないですか!」
香織は青田淳のカーディガンを掴みながら、必死にその責任の在処を彼に見出そうとする。
「良い点が貰えるといいなって‥!先輩がそう言ったんじゃないですか!
私にそう言ったじゃないですか!自分もよく参考にするから、あのサイトに行ってみろって!」
そうでしょう?!と言って香織は彼を揺さぶった。藁にもすがる思いで。
そして見上げた彼の顔からは、いつもの笑顔が消えていた。
彼は、まるで自分とは無関係の場所から俯瞰するような、そんな眼差しで香織を見ていた。
淳は視線を落とし、閉口するように息を吐いてから話を始めた。
「‥清水。俺は、君があまりに資料の整理が出来ないから、
あのサイトで他の人達のまとめ方を参考にしてごらんって言ったんだよ。
パワーポイントもあってとても参考になるからね」
そして淳の瞳は、見下しの意を含んだ眼差しで彼女を見た。
ピッと引いた先の向こう側に、足を踏み入れてしまった彼女を見放す。
「少なくとも常識ある人間ならば‥他人の物を助詞一つ変えずに提出なんてしないじゃないか。
そんなことまで、俺は言わなければならなかった?」
侮蔑を孕んだ冷たい視線。
その冷ややかな態度の前に、香織は茫然自失する。
一体誰のせいでこうなったのか?
まるで見えない糸に引かれるかのように陥った今の状況に、香織は呆然とする。
騒然とする教室の中で、雪はことの成り行きを静観していた。
口をあんぐりと開ける香織の前で、笑顔の仮面を外した淳が彼女を見据える‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<誰のせいで>でした。
ここで小さなミス発覚‥。
佐藤達の班はグループEのハズですが‥。
「次、グループE」
なぜか今回グループCに‥。
「今日のグループCの発表は‥」
グループEのレポートが「Cのカリスマ的リーダーシップ」というテーマだったので、こんがらがったんでしょうね。
ということで細かいクラブでした。
そして今回一番ゲンナリしたコマがこちら↓
直美さん‥。香織を庇ったりはしないのな。「個人点数で良かった」って胸を撫で下ろすなんて‥orz
先学期のあの言葉が蘇りますね。
「だけど大学に通っている以上、Dを貰うこともあると思うの」
そう言って個人のレポートはやって来ていたこの人‥。とことん自分が良ければ良い、という考えですね‥。
残念すぎる‥
次回は<美しき策略>です。
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