河村亮は玄関に座りながら、上機嫌で靴を履いていた。
小さな声で鼻歌まで歌いながら。

するとそんな弟の姿を見た静香が、後ろから不意に声を掛ける。
「バイトじゃない時間にも、毎日ウキウキ出てくのね」

その声を聞いた亮は、ビクッと身を震わせた。こんな早い時間に、静香が家に居るとは思っていなかったのだ。
夜中に酒でもかっくらって、てっきり午後にでも忍んで帰ってくると思ったと。
「アンタ、最近ピアノ弾いてんの?」

静香は亮の言葉には特に反応せず、そう質問した。
その突然の静香からの問いに、亮はギクッと身を強張らせる。
「は‥はぁ?」

すると静香は後ろ手に隠し持っていた物を取り出し、翳して見せた。
「これを見よ、これを~」

それは”Maybe”の楽譜だった。
亮が言葉を紡げずにいると、静香は楽譜をマジマジと見ながら口を開く。
「マジで弾いてんだ~。どうせ口だけだと思ってたのに」

結局このために上京して来たのかよ、と静香はポツリとこぼす。

亮は彼女から目を逸らし、言葉を濁した。
「あ‥いやただ‥前から知り合いの教授がいて‥偶然‥」

静香も亮の方を見ない。代わりに楽譜を眺めながらこう言った。
「ふ~ん‥。誰かさんは助けてくれる人も沢山いるのね~」

いいわねぇ、と静香は続けて言った。
その口調と表情を目にした亮は、嫌な予感を全身で感じる。

大きな爆弾に続く導火線が、チリチリと点火しようとしている。
自分の理想郷へと向かう進路が、炎から出る煙で煙って行く‥。
「ぐっ‥ぐぐぐぐ‥」

その頃雪は、横山が翳し持つ携帯を奪い取ろうと必死だった。
横山はあくまでも携帯を”見せる”だけで、雪に手渡す気は毛頭ないようだった。

暫し力を均衡させていた二人だが、やがて雪が携帯から手を離すと、
横山は雪に見えるように画面を表示した。
「このメールから見ろよ」

そう言って翳された画面に、雪は胡散臭そうに目を落とす。

そこにはこう書かれていた。
”正直に告白するのが、やっぱり一番良いんじゃないかな”

チリッ、と身体のどこかで小さな火が燃えた。
しかしまだそれに雪自身は気づいていない。

雪は横山の持つ携帯画面をスクロールし始めた。
ようやく食いついて来た雪を見て、横山がニヤリと口角を上げる。

そのフォルダには、幾つものメールが保存されていた。
”告白が難しいなら、ぬいぐるみやアクセサリーを送ってみたら?”
”そうか、夏休みだと会うこと自体大変だろうね。
同じ塾に通って、一緒に勉強してみたら良いんじゃない”

”心から想ってくれてる人を、嫌がる人間なんて居ないだろう”
”プレゼントを贈ったのに怒ったの?もしかして変な物を選んじゃったんじゃない?”

チリ、チリ、チリ。
燃え始めた小さな炎が、導火線の下で徐々に勢いを増して行く。

雪の鋭敏な部分はそれに気が付き始めていたが、いつもの彼女がそこから目を逸らした。
「‥で、これが何なの?」

その雪の反応を見て、横山は激昂した。これを見てもまだ分からないのかと。
「おい!このメールの数々が目に入んねぇのかよ?!見ろよ、一通じゃ二通じゃねぇんだぞ?!
先輩の仕業なんだって!先輩が俺にお前を追いかけさせたんだって!」

しかし雪は冷静に返した。
「当たり障りないアドバイスじゃん。
てかこういうメールを真に受けてあんな行動したアンタが‥」

訝しげな視線を送る雪に、慌てて横山はもう一通表示し、翳して見せた。
”そう?雪ちゃんは翔の事好きみたいだけど”

ボッ、と導火線に火が点いた。
見開いた目の奥深いところに、炎が燃える。

浮かんで来たのは、去年横山が口にしていた言葉だった。
”淳先輩が言ったんだ、お前が俺を好きなんだってー‥”

夏休み明け、先輩の所へ談判しに行った時の記憶も蘇った。隣に居た健太先輩が笑ってこう言った。
”落ち着けって!どうせ横山のことだから、
せいぜい電話で言い寄るくらいしか出来なかったんじゃないのか?”

それを受けて先輩は、確かこう言ったはずだ。
もしもっと酷いことされたなら言ってな。出来る限り償いは‥

あの言葉を聞いた時に、まず始めに感じた印象を思い出した。
何も知らなかった出来事なのに、あんなにすんなりと認めた上で償うの何だのっておかしくないか?
「俺はよく分からないけど俺のせいってことにしといてやるよ」って適当にあしらわれたようなもんじゃん

鍵の掛かった扉の向こうに、押し込めてある彼への不信。
導火線に続く爆弾は、その扉の前に置かれている。
”そう?雪ちゃんは翔の事好きみたいだけど”

先ほど目にしたそのメールが、火が走る時間を格段に早めていく。
爆発してしまったなら、扉は壊れてしまう。
押し込めてあった彼への不信が、知らないフリをして来た真実が、露わになって突きつけられてしまう‥。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<導火線>でした。
ヒリヒリするような展開ですね。
徐々に核心に迫って行く展開は火が走る導火線のような感じを受けて、そう記事を名づけました。
これから一週間、題名を連鎖させますのでお楽しみに~^^
次回は<炎上>です。
物々しい雰囲気になってまいりましたね‥。
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小さな声で鼻歌まで歌いながら。

するとそんな弟の姿を見た静香が、後ろから不意に声を掛ける。
「バイトじゃない時間にも、毎日ウキウキ出てくのね」

その声を聞いた亮は、ビクッと身を震わせた。こんな早い時間に、静香が家に居るとは思っていなかったのだ。
夜中に酒でもかっくらって、てっきり午後にでも忍んで帰ってくると思ったと。
「アンタ、最近ピアノ弾いてんの?」

静香は亮の言葉には特に反応せず、そう質問した。
その突然の静香からの問いに、亮はギクッと身を強張らせる。
「は‥はぁ?」

すると静香は後ろ手に隠し持っていた物を取り出し、翳して見せた。
「これを見よ、これを~」

それは”Maybe”の楽譜だった。
亮が言葉を紡げずにいると、静香は楽譜をマジマジと見ながら口を開く。
「マジで弾いてんだ~。どうせ口だけだと思ってたのに」

結局このために上京して来たのかよ、と静香はポツリとこぼす。

亮は彼女から目を逸らし、言葉を濁した。
「あ‥いやただ‥前から知り合いの教授がいて‥偶然‥」

静香も亮の方を見ない。代わりに楽譜を眺めながらこう言った。
「ふ~ん‥。誰かさんは助けてくれる人も沢山いるのね~」

いいわねぇ、と静香は続けて言った。
その口調と表情を目にした亮は、嫌な予感を全身で感じる。

大きな爆弾に続く導火線が、チリチリと点火しようとしている。
自分の理想郷へと向かう進路が、炎から出る煙で煙って行く‥。
「ぐっ‥ぐぐぐぐ‥」

その頃雪は、横山が翳し持つ携帯を奪い取ろうと必死だった。
横山はあくまでも携帯を”見せる”だけで、雪に手渡す気は毛頭ないようだった。

暫し力を均衡させていた二人だが、やがて雪が携帯から手を離すと、
横山は雪に見えるように画面を表示した。
「このメールから見ろよ」

そう言って翳された画面に、雪は胡散臭そうに目を落とす。

そこにはこう書かれていた。
”正直に告白するのが、やっぱり一番良いんじゃないかな”

チリッ、と身体のどこかで小さな火が燃えた。
しかしまだそれに雪自身は気づいていない。

雪は横山の持つ携帯画面をスクロールし始めた。
ようやく食いついて来た雪を見て、横山がニヤリと口角を上げる。

そのフォルダには、幾つものメールが保存されていた。
”告白が難しいなら、ぬいぐるみやアクセサリーを送ってみたら?”
”そうか、夏休みだと会うこと自体大変だろうね。
同じ塾に通って、一緒に勉強してみたら良いんじゃない”

”心から想ってくれてる人を、嫌がる人間なんて居ないだろう”
”プレゼントを贈ったのに怒ったの?もしかして変な物を選んじゃったんじゃない?”

チリ、チリ、チリ。
燃え始めた小さな炎が、導火線の下で徐々に勢いを増して行く。

雪の鋭敏な部分はそれに気が付き始めていたが、いつもの彼女がそこから目を逸らした。
「‥で、これが何なの?」

その雪の反応を見て、横山は激昂した。これを見てもまだ分からないのかと。
「おい!このメールの数々が目に入んねぇのかよ?!見ろよ、一通じゃ二通じゃねぇんだぞ?!
先輩の仕業なんだって!先輩が俺にお前を追いかけさせたんだって!」

しかし雪は冷静に返した。
「当たり障りないアドバイスじゃん。
てかこういうメールを真に受けてあんな行動したアンタが‥」

訝しげな視線を送る雪に、慌てて横山はもう一通表示し、翳して見せた。
”そう?雪ちゃんは翔の事好きみたいだけど”

ボッ、と導火線に火が点いた。
見開いた目の奥深いところに、炎が燃える。

浮かんで来たのは、去年横山が口にしていた言葉だった。
”淳先輩が言ったんだ、お前が俺を好きなんだってー‥”

夏休み明け、先輩の所へ談判しに行った時の記憶も蘇った。隣に居た健太先輩が笑ってこう言った。
”落ち着けって!どうせ横山のことだから、
せいぜい電話で言い寄るくらいしか出来なかったんじゃないのか?”

それを受けて先輩は、確かこう言ったはずだ。
もしもっと酷いことされたなら言ってな。出来る限り償いは‥

あの言葉を聞いた時に、まず始めに感じた印象を思い出した。
何も知らなかった出来事なのに、あんなにすんなりと認めた上で償うの何だのっておかしくないか?
「俺はよく分からないけど俺のせいってことにしといてやるよ」って適当にあしらわれたようなもんじゃん

鍵の掛かった扉の向こうに、押し込めてある彼への不信。
導火線に続く爆弾は、その扉の前に置かれている。
”そう?雪ちゃんは翔の事好きみたいだけど”

先ほど目にしたそのメールが、火が走る時間を格段に早めていく。
爆発してしまったなら、扉は壊れてしまう。
押し込めてあった彼への不信が、知らないフリをして来た真実が、露わになって突きつけられてしまう‥。

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<導火線>でした。
ヒリヒリするような展開ですね。
徐々に核心に迫って行く展開は火が走る導火線のような感じを受けて、そう記事を名づけました。
これから一週間、題名を連鎖させますのでお楽しみに~^^
次回は<炎上>です。
物々しい雰囲気になってまいりましたね‥。
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