「あ‥」

香織は力なく淳の服から手を離すと、その冷淡な眼差しの前で絶句した。
足元が何かに捕らえられているかのように動かない。まるで罠に嵌った動物のように。
てか、マジでコピペかよ

不意に聞こえてきた声に、ビクッと香織は身を強張らせた。そろりと教室内を窺うと、学生達がヒソヒソと話をしている。
バカじゃねーの てか清水、何でまた赤山のを‥
私も時々あのサイトで買うことあるけどさぁ、文章完全パクるなんてありえないって

彼等は顔を顰めながら、思い思いのことを口にしていた。
ヒソヒソと話す言葉が、バカにしたように嗤う声が、まとまり集まってノイズとなる。
そしていつしか、香織の目には彼等がこう見えていた。

顔のない群衆が、皆こちらを向いて笑っている。
香織は身を震わせながら、必死に弁解の言葉を口に出そうとした。
「ち、違うの‥私は‥」

暗い空間の中に、不気味な笑い声が反響する。
そして笑う群衆の中から、彼女の姿が浮かび上がって来た。

彼女はゆっくりと香織の方へと向かってくる。
身の竦んだ香織はその場から動けぬまま、群衆を引き連れて近付いて来る赤山雪を前にした。

雪は香織の全てを見透かすように、彼女のことを真っ直ぐに見据えていた。
切れ長の大きい瞳は鏡のようで、雪の前でたじろぐ自分が映って見える。

自身にかけた魔法が、だんだんと解けていく。
素敵なドレスを着ていた自分は再び貧しい衣服に身を包み、冴えない現実に戻されるのだ。
そして赤山雪はそんな香織を目にしながら目の前で、嗤った。

「いやぁぁぁーっ!」

頭を押さえて絶叫する清水香織を前にして、雪を始めとする学生全員が驚いた。
一体何事かと、皆一様に香織の方を見る。
「わ‥私が何で‥何でアイツを真似して‥私が何で‥」

香織は震えながら、ブツブツと独り言を口にし俯いていた。
学生達は一体何が起こったのかさっぱり分からず、眉を寄せて香織の方をじっと窺う。

香織が目にした彼等は、先ほどの暗闇の中で笑っていたあの群衆では無かった。
見慣れた同期や後輩、先輩達からの視線に我に返った香織は、そのまま走って教室を後にする。

雪は呆気にとられながら、バタバタと駆けて行く香織の後ろ姿を見ていた。
隣で聡美が、「メンヘラ女、メンタル崩壊ね」と吐き捨てるように口にする。

依然として教室は騒然としていたが、当事者である香織が居なくなったことで徐々に普段の空気に戻って行った。
お‥終わったのか‥?これで‥?

清水香織が引き起こしたレポートパクリ事件‥。一応その問題には決着がついたものの、何とも後味の悪い終わり方だった。
曰く言い難い感情を抱えながら雪が立ち尽くしていると、不意に彼と目が合った。

淳は先ほどの事件など無かったかのように、スッキリとした顔をしていた。
そして雪が自分を見ていることに気がつくと、彼女の方を見て穏やかに、笑った。

彼はおそらく心の中で、「スッキリしたでしょ?」と彼女に向けて言っているはずだ。
雪が抱えるこの後味の悪さなど、きっと露ほども知らぬまま。

そして雪には、彼が微笑んだ意味が分からなかった。
何か不穏なものを感じながらその場で立ち尽くしていると、同期達が雪の方へと駆け寄って来た。
「超ざまぁ!よくやった雪!」 「スカッとしたよぉ!」

彼女達は興奮しながら、雪に労いと賞賛を浴びせた。
「あたしなんてレポート徹夜したのに!
他人のを丸々出して単位貰おうなんて虫が良すぎだって!」
「あの子、一度痛い目見ないとって思ってたんだぁ。
けど最後までパクリ認めないなんてありえなくない?」

彼女らの勢いに圧倒され何も言えない雪の周りで、彼女達は口々に香織を悪く言って笑った。
するとそんな彼女達の言葉を聞いていた直美が、「やめなよ」と声を上げる。
「皆言い過ぎだよ!それに雪ちゃん、あなたこそありえないよ。
わざわざ皆が見てる発表の最中に、話さなきゃいけないことだったの?」

話すなら授業が終わってから個人的に話せば良いことだと、直美は雪に意見した。
皆の前で晒し者にするように香織を問い詰めるなんて、同じ学科の同期同士でひどいじゃないか、と。

聡美が反論しようとし、雪が気まずい気持ちで頭を掻く。
直美の言うことにも一理あるが、雪だって最初からそうしようと思って今の状況になったのではない。
全ては成り行きなのだ。
「さっきの健太先輩のことにしてもそうよ」

雪が黙っていると、直美は続いて健太先輩の除名のことについてまで話を広げ始めた。
「普通ああいう場合、柔らかくスルーして済ませるでしょう?
敢えて除名までして戦う必要あったの?」
「そりゃお前も無賃乗車したんだからそこはスルーよなぁ?」

ククク、と笑いながら柳が去り際に言った。
直美は赤面しながら黙りこみ、それきり雪への意見を飲み込む。

そして彼等は口々に、各々が思うところを口にし始めた。
清水のしでかしたことには賛成しかねるけど、衆人環視の中でフルボッコはなぁ‥
ちょ、レポートパクったのもアリだって?
パクったのは勿論ナシだけど、皆が見てる前で晒すのはちょっとさぁ‥

様々な意見が飛び交っていた。
雪はザワザワと騒がしい教室の中に立ち尽くしたまま、今の状況と自分の気持ちを省みる。
皆が見ている前で、ひどいことをしたということは分かってる。

脳裏に、頭を抱えて絶叫した香織の姿がこびりついている。
自分が決して褒められた存在ではないということを、雪は自覚していた。
そして自身が販売した課題を購入した人に対して、何も言う資格は無いということも。
立ち上がって話したことで、こんな風に騒がしくなることも予想していた。

けれど‥

雪はただ闇雲に、こんな騒ぎを起こした訳ではなかった。
それは清水香織に於いても言えることだし、柳瀬健太に於いても言えることだった。
雪は強い決意を持って、大波の押し寄せる高い塀を自ら開門したのだ。
清水香織に対しても柳瀬健太に対しても、これ以上は耐えられなかった。
他の人々が私の事を何と評価しようが、どのような目で眺めようが。
あの瞬間、全てが吹っ飛んだ。他人の視線なんてどうでも良かった。

立ち尽くしたまま、ぎゅっと強く拳を握った。
私から、離れてくれさえすれば‥。
そのくらい私は、彼等のことが嫌いなのだ。

どうしても譲れないものが、握り締めた手のひらの中にあった。
それを守るために雪は、いつもは何よりも気にする他人の目や評価を捨てた‥。
私は雪ちゃんの行動理解出来るけどな
清水香織って最近雪ちゃんの真似してたじゃん。結局課題までとはね~
そんで、それがウザかったから袋叩きってこと? え?誰がどうしたって?

雪に賛成する意見、反対する意見、様々な意見が口々に囁かれた。
そして更なる議論がなされようとした瞬間、鶴の一声が発せられた。
「止めよう」

よく通る凛とした声が、皆を一瞬で黙らせた。
全員の視線が集まる中、彼は真っ直ぐに皆を見据えて口を開く。
「どんな場合でも、他人の物をそのまま出した方が間違ってると思うけど。
違う?」

有無を言わせぬ威厳と、口にされたその正当性。
青田淳に意見しようとする学生など一人も居なかった。彼等は口々に言葉を濁し、皆散り散りに教室を後にする。

時刻はもうすでに次の授業の開始時刻に迫っていた。
「雪!あたしらも教授室行こ!」「あ、うん」

ガヤガヤとした流れに乗るように、雪は聡美と連れ立って教室を後にする。
教授室に向かう聡美は、どうやって香織を痛めつけてやろうかとワクワクしていた。

雪は先輩の姿を探した。キョロキョロと先ほど彼が居た辺りを見回す。
しかし思わぬところから、雪は肩を叩かれた。

振り返ると、いつの間にか彼がそこに居た。思わず雪はビックリだ。
「後で連絡して?」 「はっ、はい!」

いつも彼は気がついたら現れ、気がついたら消えている。
去って行く雪を見送る彼は、じっと彼女を見つめて微笑んでいた。

雪は心の中に何か気になる刺が刺さっていたのだが、教授室へ行くほうが先決でそれについて考える暇が無かった。
目には見えない大きな海流に押し流されるように、雪は学生の間を泳いで教授室へと向かって行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<笑う群衆>でした。
最後の淳の満足そうな顔ときたら!
ミッションコンプリート、といったところでしょうか。
そして香織の妄想‥やばいですね^^;
空想と現実の区別がつかず、どんどん変な子に‥。
雪もまさか自分が彼女の妄想の中でブラックに笑っているとは思っていないでしょうね‥。
次回は<色付いた木の前で>です。
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香織は力なく淳の服から手を離すと、その冷淡な眼差しの前で絶句した。
足元が何かに捕らえられているかのように動かない。まるで罠に嵌った動物のように。
てか、マジでコピペかよ

不意に聞こえてきた声に、ビクッと香織は身を強張らせた。そろりと教室内を窺うと、学生達がヒソヒソと話をしている。
バカじゃねーの てか清水、何でまた赤山のを‥
私も時々あのサイトで買うことあるけどさぁ、文章完全パクるなんてありえないって

彼等は顔を顰めながら、思い思いのことを口にしていた。
ヒソヒソと話す言葉が、バカにしたように嗤う声が、まとまり集まってノイズとなる。
そしていつしか、香織の目には彼等がこう見えていた。

顔のない群衆が、皆こちらを向いて笑っている。
香織は身を震わせながら、必死に弁解の言葉を口に出そうとした。
「ち、違うの‥私は‥」

暗い空間の中に、不気味な笑い声が反響する。
そして笑う群衆の中から、彼女の姿が浮かび上がって来た。

彼女はゆっくりと香織の方へと向かってくる。
身の竦んだ香織はその場から動けぬまま、群衆を引き連れて近付いて来る赤山雪を前にした。

雪は香織の全てを見透かすように、彼女のことを真っ直ぐに見据えていた。
切れ長の大きい瞳は鏡のようで、雪の前でたじろぐ自分が映って見える。

自身にかけた魔法が、だんだんと解けていく。
素敵なドレスを着ていた自分は再び貧しい衣服に身を包み、冴えない現実に戻されるのだ。
そして赤山雪はそんな香織を目にしながら目の前で、嗤った。

「いやぁぁぁーっ!」

頭を押さえて絶叫する清水香織を前にして、雪を始めとする学生全員が驚いた。
一体何事かと、皆一様に香織の方を見る。
「わ‥私が何で‥何でアイツを真似して‥私が何で‥」

香織は震えながら、ブツブツと独り言を口にし俯いていた。
学生達は一体何が起こったのかさっぱり分からず、眉を寄せて香織の方をじっと窺う。

香織が目にした彼等は、先ほどの暗闇の中で笑っていたあの群衆では無かった。
見慣れた同期や後輩、先輩達からの視線に我に返った香織は、そのまま走って教室を後にする。

雪は呆気にとられながら、バタバタと駆けて行く香織の後ろ姿を見ていた。
隣で聡美が、「メンヘラ女、メンタル崩壊ね」と吐き捨てるように口にする。

依然として教室は騒然としていたが、当事者である香織が居なくなったことで徐々に普段の空気に戻って行った。
お‥終わったのか‥?これで‥?

清水香織が引き起こしたレポートパクリ事件‥。一応その問題には決着がついたものの、何とも後味の悪い終わり方だった。
曰く言い難い感情を抱えながら雪が立ち尽くしていると、不意に彼と目が合った。

淳は先ほどの事件など無かったかのように、スッキリとした顔をしていた。
そして雪が自分を見ていることに気がつくと、彼女の方を見て穏やかに、笑った。

彼はおそらく心の中で、「スッキリしたでしょ?」と彼女に向けて言っているはずだ。
雪が抱えるこの後味の悪さなど、きっと露ほども知らぬまま。

そして雪には、彼が微笑んだ意味が分からなかった。
何か不穏なものを感じながらその場で立ち尽くしていると、同期達が雪の方へと駆け寄って来た。
「超ざまぁ!よくやった雪!」 「スカッとしたよぉ!」

彼女達は興奮しながら、雪に労いと賞賛を浴びせた。
「あたしなんてレポート徹夜したのに!
他人のを丸々出して単位貰おうなんて虫が良すぎだって!」
「あの子、一度痛い目見ないとって思ってたんだぁ。
けど最後までパクリ認めないなんてありえなくない?」

彼女らの勢いに圧倒され何も言えない雪の周りで、彼女達は口々に香織を悪く言って笑った。
するとそんな彼女達の言葉を聞いていた直美が、「やめなよ」と声を上げる。
「皆言い過ぎだよ!それに雪ちゃん、あなたこそありえないよ。
わざわざ皆が見てる発表の最中に、話さなきゃいけないことだったの?」

話すなら授業が終わってから個人的に話せば良いことだと、直美は雪に意見した。
皆の前で晒し者にするように香織を問い詰めるなんて、同じ学科の同期同士でひどいじゃないか、と。

聡美が反論しようとし、雪が気まずい気持ちで頭を掻く。
直美の言うことにも一理あるが、雪だって最初からそうしようと思って今の状況になったのではない。
全ては成り行きなのだ。
「さっきの健太先輩のことにしてもそうよ」

雪が黙っていると、直美は続いて健太先輩の除名のことについてまで話を広げ始めた。
「普通ああいう場合、柔らかくスルーして済ませるでしょう?
敢えて除名までして戦う必要あったの?」
「そりゃお前も無賃乗車したんだからそこはスルーよなぁ?」

ククク、と笑いながら柳が去り際に言った。
直美は赤面しながら黙りこみ、それきり雪への意見を飲み込む。

そして彼等は口々に、各々が思うところを口にし始めた。
清水のしでかしたことには賛成しかねるけど、衆人環視の中でフルボッコはなぁ‥
ちょ、レポートパクったのもアリだって?
パクったのは勿論ナシだけど、皆が見てる前で晒すのはちょっとさぁ‥

様々な意見が飛び交っていた。
雪はザワザワと騒がしい教室の中に立ち尽くしたまま、今の状況と自分の気持ちを省みる。
皆が見ている前で、ひどいことをしたということは分かってる。

脳裏に、頭を抱えて絶叫した香織の姿がこびりついている。
自分が決して褒められた存在ではないということを、雪は自覚していた。
そして自身が販売した課題を購入した人に対して、何も言う資格は無いということも。
立ち上がって話したことで、こんな風に騒がしくなることも予想していた。

けれど‥

雪はただ闇雲に、こんな騒ぎを起こした訳ではなかった。
それは清水香織に於いても言えることだし、柳瀬健太に於いても言えることだった。
雪は強い決意を持って、大波の押し寄せる高い塀を自ら開門したのだ。
清水香織に対しても柳瀬健太に対しても、これ以上は耐えられなかった。
他の人々が私の事を何と評価しようが、どのような目で眺めようが。
あの瞬間、全てが吹っ飛んだ。他人の視線なんてどうでも良かった。

立ち尽くしたまま、ぎゅっと強く拳を握った。
私から、離れてくれさえすれば‥。
そのくらい私は、彼等のことが嫌いなのだ。

どうしても譲れないものが、握り締めた手のひらの中にあった。
それを守るために雪は、いつもは何よりも気にする他人の目や評価を捨てた‥。
私は雪ちゃんの行動理解出来るけどな
清水香織って最近雪ちゃんの真似してたじゃん。結局課題までとはね~
そんで、それがウザかったから袋叩きってこと? え?誰がどうしたって?

雪に賛成する意見、反対する意見、様々な意見が口々に囁かれた。
そして更なる議論がなされようとした瞬間、鶴の一声が発せられた。
「止めよう」

よく通る凛とした声が、皆を一瞬で黙らせた。
全員の視線が集まる中、彼は真っ直ぐに皆を見据えて口を開く。
「どんな場合でも、他人の物をそのまま出した方が間違ってると思うけど。
違う?」

有無を言わせぬ威厳と、口にされたその正当性。
青田淳に意見しようとする学生など一人も居なかった。彼等は口々に言葉を濁し、皆散り散りに教室を後にする。

時刻はもうすでに次の授業の開始時刻に迫っていた。
「雪!あたしらも教授室行こ!」「あ、うん」

ガヤガヤとした流れに乗るように、雪は聡美と連れ立って教室を後にする。
教授室に向かう聡美は、どうやって香織を痛めつけてやろうかとワクワクしていた。

雪は先輩の姿を探した。キョロキョロと先ほど彼が居た辺りを見回す。
しかし思わぬところから、雪は肩を叩かれた。

振り返ると、いつの間にか彼がそこに居た。思わず雪はビックリだ。
「後で連絡して?」 「はっ、はい!」

いつも彼は気がついたら現れ、気がついたら消えている。
去って行く雪を見送る彼は、じっと彼女を見つめて微笑んでいた。

雪は心の中に何か気になる刺が刺さっていたのだが、教授室へ行くほうが先決でそれについて考える暇が無かった。
目には見えない大きな海流に押し流されるように、雪は学生の間を泳いで教授室へと向かって行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<笑う群衆>でした。
最後の淳の満足そうな顔ときたら!
ミッションコンプリート、といったところでしょうか。
そして香織の妄想‥やばいですね^^;
空想と現実の区別がつかず、どんどん変な子に‥。
雪もまさか自分が彼女の妄想の中でブラックに笑っているとは思っていないでしょうね‥。
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