「タバコ7つあの神話という神話(2)」の続きです。太字はこちらのサイトからの引用です。
二つ目の神話「煙草はやめようと思ったらいつでもやめられる」
煙草はやめようと思っても自分ではやめられないということでしょう。そこで禁煙外らにでも行って医者に頼って禁煙をしろということでしょう。禁煙しないと平均寿命が10年短いですよということを示しながら。
しかし禁煙外来に行って禁煙できるまで通い続けられる人がどのくらいの割合でしょうか。そして1年以内に再び喫煙してしまう人の確率は?
禁煙外来に行けばどのような「治療」をされるのかわかりませんが、そもそも喫煙は病気なのでしょうか?
煙草に限らず自分が好きなものはよほどの理由が発生しなければやめようとしません。禁煙運動はこの禁煙しなければならない『よほどの理由』を作り出して禁煙を進めます。
家計を圧迫するほどのたばこ増税を行うのもその一つですし、肺がんの罹病率が非喫煙者の何杯だとか、今回のサイトのように平均寿命が10年短いとか。ひどい例では喫煙夫は妻を肺がんにして殺しているといった圧力も。
この健康面への影響を見て禁煙外来も医者による治療とされる理由になるのでしょう。
「事実は残酷で、やめようと思ってもタバコは自力ではやめられず、吸い続けていると10年早死にする。」
まず、なぜ喫煙者はたばこをやめたいと思うのか?
上に書いたように、高い煙草税による経済的理由です。そして何か病気をするとまずは禁煙といわれる。肺癌になるぞといわれる。これらは自分の意志や考えではなくて外圧によるもので、外圧なら喫煙者個人は自分の意志による禁煙はしないでしょう。禁煙運動は企業の中にも入り込んで会社組織の一員としての圧力もあります。
「タバコ7つの神話という神話(2)」で次のように書きました。
「ですから「生理学的に体はストレス状態にあるにもかかわらず、本人は主観的に「リラックスできている」というパラドックス」というパラドクスは逆立ちした神話です。生理的にストレスが発生したときにコルチゾールが分泌され対処されるのですから、ストレスのある時にたばこでコルチゾールが増えるということはある意味リラックスをさせるということです。」
無理に禁煙をさせられるわけですから、煙草の紅葉は身に染みているのですからまた喫煙がはじまります。もちろん依存症となれば少し話は別ですが。
禁煙を治療とするとはいえ、根っこにあるものは喫煙者の意志ではないところで行われています。
平均寿命が10年短い(一説では4年ともいわれていました)というのも、喫煙者も非喫煙者と同じ理由で短命になったという人がいるわけです。すると、煙草を吸っているかいないかで、たばこ以外の要因をたばこを吸っていたからに入れてしまうわけです。よく肺癌が例に出されて喫煙者は非喫煙者の〇倍だと言われます。しかし喫煙者も非喫煙者と同じ要因で肺癌になっている人が多いわけです。これと同じことが平均寿命が10年短いとなります。
ヘビースモーカーも禁煙したとか、長生きしたとか、「その人に当てはまったことが、自分にも当てはまるとは限らないし、そのような「極端な例外」を一般化するのは、われわれが陥りやすい代表的な認知のゆがみであり、「過度の一般化」と呼ばれる。」と書かれていますが、今長生きをしている世代は喫煙率が高いころに若い時代を過ごしていました。喫煙者も長生きしているのです。喫煙率がたしか50%という時代もあったと記憶しますが、よく、肺がんは喫煙率が下がっているのに肺がん罹病者数は増えているということへの反論として、禁煙運動は肺癌に罹病するのは数十年してから影響が出るからだといった反論をします。そうならば、喫煙率が高い時代に受動喫煙もひどい時代に生きた高齢者が長生きしていることをどう見たらよいのでしょうか?
親父は喫煙のほか、これという病気にかかったことがなかった。それで平均寿命以上生きた。僕も今のところ入院というものをしたことがなく医者も眼科に行く程度です。親父は70のころに、もう煙草は高くて買えないよと言っていた。何も親父や僕が「過度の例外」なのでしょうか?
喫煙をしていても若いころから内臓を壊さない生活をしていた方が長生きできるでしょう。
二つ目の神話「煙草はやめようと思ったらいつでもやめられる」
煙草はやめようと思っても自分ではやめられないということでしょう。そこで禁煙外らにでも行って医者に頼って禁煙をしろということでしょう。禁煙しないと平均寿命が10年短いですよということを示しながら。
しかし禁煙外来に行って禁煙できるまで通い続けられる人がどのくらいの割合でしょうか。そして1年以内に再び喫煙してしまう人の確率は?
禁煙外来に行けばどのような「治療」をされるのかわかりませんが、そもそも喫煙は病気なのでしょうか?
煙草に限らず自分が好きなものはよほどの理由が発生しなければやめようとしません。禁煙運動はこの禁煙しなければならない『よほどの理由』を作り出して禁煙を進めます。
家計を圧迫するほどのたばこ増税を行うのもその一つですし、肺がんの罹病率が非喫煙者の何杯だとか、今回のサイトのように平均寿命が10年短いとか。ひどい例では喫煙夫は妻を肺がんにして殺しているといった圧力も。
この健康面への影響を見て禁煙外来も医者による治療とされる理由になるのでしょう。
「事実は残酷で、やめようと思ってもタバコは自力ではやめられず、吸い続けていると10年早死にする。」
まず、なぜ喫煙者はたばこをやめたいと思うのか?
上に書いたように、高い煙草税による経済的理由です。そして何か病気をするとまずは禁煙といわれる。肺癌になるぞといわれる。これらは自分の意志や考えではなくて外圧によるもので、外圧なら喫煙者個人は自分の意志による禁煙はしないでしょう。禁煙運動は企業の中にも入り込んで会社組織の一員としての圧力もあります。
「タバコ7つの神話という神話(2)」で次のように書きました。
「ですから「生理学的に体はストレス状態にあるにもかかわらず、本人は主観的に「リラックスできている」というパラドックス」というパラドクスは逆立ちした神話です。生理的にストレスが発生したときにコルチゾールが分泌され対処されるのですから、ストレスのある時にたばこでコルチゾールが増えるということはある意味リラックスをさせるということです。」
無理に禁煙をさせられるわけですから、煙草の紅葉は身に染みているのですからまた喫煙がはじまります。もちろん依存症となれば少し話は別ですが。
禁煙を治療とするとはいえ、根っこにあるものは喫煙者の意志ではないところで行われています。
平均寿命が10年短い(一説では4年ともいわれていました)というのも、喫煙者も非喫煙者と同じ理由で短命になったという人がいるわけです。すると、煙草を吸っているかいないかで、たばこ以外の要因をたばこを吸っていたからに入れてしまうわけです。よく肺癌が例に出されて喫煙者は非喫煙者の〇倍だと言われます。しかし喫煙者も非喫煙者と同じ要因で肺癌になっている人が多いわけです。これと同じことが平均寿命が10年短いとなります。
ヘビースモーカーも禁煙したとか、長生きしたとか、「その人に当てはまったことが、自分にも当てはまるとは限らないし、そのような「極端な例外」を一般化するのは、われわれが陥りやすい代表的な認知のゆがみであり、「過度の一般化」と呼ばれる。」と書かれていますが、今長生きをしている世代は喫煙率が高いころに若い時代を過ごしていました。喫煙者も長生きしているのです。喫煙率がたしか50%という時代もあったと記憶しますが、よく、肺がんは喫煙率が下がっているのに肺がん罹病者数は増えているということへの反論として、禁煙運動は肺癌に罹病するのは数十年してから影響が出るからだといった反論をします。そうならば、喫煙率が高い時代に受動喫煙もひどい時代に生きた高齢者が長生きしていることをどう見たらよいのでしょうか?
親父は喫煙のほか、これという病気にかかったことがなかった。それで平均寿命以上生きた。僕も今のところ入院というものをしたことがなく医者も眼科に行く程度です。親父は70のころに、もう煙草は高くて買えないよと言っていた。何も親父や僕が「過度の例外」なのでしょうか?
喫煙をしていても若いころから内臓を壊さない生活をしていた方が長生きできるでしょう。
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