猫猿日記    + ちゃあこの隣人 +

美味しいもの、きれいなもの、面白いものが大好きなバカ夫婦と、
猿みたいな猫・ちゃあこの日常を綴った日記です

いつか来る道、帰る道。【5月5日中編】チャリの大三角形<旧小机領三十三所観音霊場>二十七~二十九番

2008年05月24日 18時29分16秒 | 旧小机領三十三所観音霊場巡り

さて。

いつも畑作業の合間に眺めるお寺である二十六番さんを後にし、
一路、次を目指した我々ですが。

 

そういえば子供の頃。
近所に『地蔵祭』というお祭りがあったのだけど.....
エスパー妹となぜか意味もなく、自転車に乗りながら、
「お地蔵さん!お地蔵さん!」とくり返し叫んで、
それがなぜかおかしくって仕方がなく.....
大笑いしながら延々と繰り返したことがあるのだが、
あれってなんだったんだろ?自分でも意味がわからない(笑)
お地蔵様、ごめんなさい。

 

この日は始めから、
「行くのは三十二番さんまでで、最後のひとつ三十三番さんは明日に残しておこう」
と、そう決めていましたので、適度なペース配分と、固い決意を持って(笑)
目標達成を目指すこととあいなりました。

 

二十七番【長源寺】<天平十一年>(739年)
雨乞いのお寺としても知られるこちらには、
祈願により事実雨を降らせたという記録も残されているとか。
今も残る『常香盤』(文化三年の記述あり)は時間を計る香炉で、
これにより時を知り、梵鐘を鳴らし、周辺に知らせていたのだそう。
また、こちらの子年観音様は非常にその曲線が美しく.....
いつまでも眺めていたい思いを振り切り出発するのが大変でした。
ところで、写真奥に見える一休狸さんですが。

近くで見ると、手に持った器のみならず、
口の中にまでお金を入れられてました。
寺社に行くと、どこにでもお金置きたがる人がいるけど.....
これってどうなんだろ!?(笑)

 

なんといっても、先日の地図の写真でもおわかりいただきましたように、
この巡礼路は行ったり来たり。

特にここから、二十七、二十八、二十九番さんまでは、
お寺とお寺間の距離が長く、かなりの気合が必要となります。

 

こちらにはこの子の他にも可愛いカラーをつけてもらった猫ちゃんが。
まだ幼さを残す顔。

 

また、逆にいえばそれは、
ここらがこの旅の正念場になるということにも繋がるわけで.....

ゴールがうっすら見えてきた我々は、いよいよここにきて昼食もとらず、
ひたすら自転車のペダルを踏むのです。

 

一生懸命ペダルを踏んで到着したのは

二十八番【三佛寺】<開創元和五年>(1619年)
当初『観音寺』といったこちらは、真言宗から、慶長の頃、浄土宗に改宗。
三佛寺の名は、創建当初にこの地にあった、
弥陀、観音、地蔵の三堂を合併したことによるとか。
関東大震災によりずべてが倒壊したが、再建、今に至る。

 

ええ。
ですから.....

御朱印をいただいたあとに勧めていただくお茶の、おやつの、
どれほど美味しかったことか!(笑)

 

この可愛らしい紋は、手水鉢や、
境内のいたるところに散りばめられていましたが.....
この鳥さんは何の鳥さんかな~。
境内にある刷毛塚には、仏教と深いかかわりのある経師さんたちが、
動物供養のために訪れるとか。
(刷毛の材料はヤギ・シカ・タヌキ等の毛、ですものね.....)

 

また、大して若くない我々に皆さんがかけて下さる、

「若いのに偉いねぇ!」

「順番どおりに周ってる!?そりゃあすごいねぇ~!」

という言葉も、二人を勇気百倍にしてくれます。

 

巡礼後記にも登場したこの子は、ゴンザと大の仲良しになってしまい、
ず~っと彼の手をぺろぺろ、すりすり。
で、ついには、階段の下までついてきて車にひかれそうになり、
ゴンザに抱っこされて、境内まで連れ戻されました。
(抱っこされてる間もゴンザの手をぺろぺろ&甘噛み)
でも、聞けばこの子はこのお寺の子ではなく(笑)
階段下の民家の子、なんですって。
なんだ~、おうちに戻ろうとしてたんだね。

 

『人と、場所と、小さな動物たちと出会い、
        挨拶を交わし、会話し、別れる。』

そんな当たり前のことが、全身の喜びに変わる旅路。

 

大きな三角形を描くように移動して、再び畑近くに戻ってやってきたのは
二十九番【慈眼寺】<開創年代不明>
細長い坂道の上にあるこちらがあるのは、文字通り『寺山町』。
1633年の文献には記述が見られることから、それ以前の開創と推察されるそう。

裏山一面に植えられたヤマツツジも美しく、
静かで鳥の声の声のみが響くこちらからは、町を見渡すことも出来ます。

 

.....人は生まれながらに誰かを求め、集うもの。

小ぢんまりしたお寺の境内で皆が揃って笑い、
ご住職がそこにいらっしゃる様は、
きっといにしえよりの寺院の姿、役割そのものなのでしょう。

 

文化四年に奥地神の谷に祭祀された、
倶利伽羅不動尊は農作物の守護水神。
今は遷座され、山には滝の跡だけが。

 

信ずるものがなんであっても、人は寄り添い生きていくもの。

だからこそ、小さな美しいお寺は不思議な引力を持って、
そこにあり続け、誰かを待つのかもしれません。

ずっとずっと。

 

祈りは大きさではなく、『想い』ですね.....

 

.....と、いうことで、まだまだ続きます。

 

二十七番 【長源寺】 横浜市旭区上川井町214
二十八番 【三佛寺】 横浜市旭区本村町76
二十九番 【慈眼寺】 横浜市緑区寺山町229