徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

舞台衣装随想 ~ 笠編 ~

2013-09-22 20:30:58 | 音楽芸能
 舞踊団花童の舞台を見る楽しみの大きな一つは彼女たちが身にまとう衣装である。色鮮やかな着物類はもちろん、頭に着ける笠や烏帽子や袱紗、手拭い、かんざしなどから足もとの脚絆や足袋、草履に至るまで、ことヴィジュアルに関して中村花誠先生は一切手を抜かない。いつもこれには感心する。
 僕は昔の女性の風俗について専門的に研究したわけではなく、映画などで得た豆知識しかないのだが、今回は「笠」について思いついたまま。
 花童がよく使う「笠」に下の写真のような「黒塗笠(くろぬりがさ)」と「鳥追笠(とりおいがさ)」がある。「黒塗笠」はスギやヒノキなどの木をへいだものを編み、黒漆で塗った笠で、平安時代から江戸時代まで年齢に関係なく女性が使っていたそうだ。さらに笠のふちに「からむし(植物繊維)」織の薄い布で作った「虫垂衣(むしたれぎぬ)」つまり虫よけ用の布を垂らすことでぐっと風情が増す。映画などでは高貴な女性が「市女笠(いちめがさ)」に「虫垂衣」を垂らしたスタイルがおなじみだ。
 もう一つの「鳥追笠」はい草を編み上げて作ったもので、その名のとおり、もともとは田畑を荒らす鳥獣を追い払う作業に従事する人が被っていたものだが、江戸時代になると門付芸人たちが用いるようになったらしい。映画の中でこれを被ったお姉さんはだいたいやんちゃな役柄が多い。


「黒塗笠」と「虫垂衣」を着けた演目「水前寺成趣園」


「鳥追笠」を着けた演目「やまが湯の町 恋の町」


 映画の中で、僕が最も印象深い「笠」が黒澤明監督の名作「羅生門」の1シーンである。この映画の原作である芥川龍之介の「藪の中」にはこう書かれている。それは検非違使(けびいし)で多襄丸が白状する場面だ。

 わたしは昨日の午(ひる)少し過ぎ、あの夫婦に出会いました。その時風の吹いた拍子に、牟子(むし)の垂絹(たれぎぬ)が上ったものですから、ちらりと女の顔が見えたのです。ちらりと、――見えたと思う瞬間には、もう見えなくなったのですが、一つにはそのためもあったのでしょう、わたしにはあの女の顔が、女菩薩(にょぼさつ)のように見えたのです。わたしはその咄嗟の間に、たとい男は殺しても、女は奪おうと決心しました。


馬で通り過ぎようとした瞬間、「市女笠」の「虫垂衣」の蔭からちらりと女の顔が


その瞬間、多襄丸に男への殺意が芽生える