徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

菊池川ノスタルジー

2024-01-23 22:54:52 | 

大浜橋から菊池川河口方向を望む。

 玉名市大浜町の母の生家には年に5,6回は訪れる。玉名駅を過ぎて車を走らせていると小浜で菊池川右岸の道に入る。この道を走っていると高瀬駅(現玉名駅)から母に手を引かれ、てくてく歩いた幼い頃を思い出す。
 しばらく菊池川を眺めながら走っていると必ず思い出すのが海達公子の「川口」という詩である。この詩に歌われているのが菊池川だとはひと言も書いていない。しかし、公子は高瀬高女時代、親友で同級生の規工川澄さんの岱明町の家に度々遊びに行き、小浜から大浜まで小舟で川下りを楽しんだと書き残している。川口というのはおそらく菊池川河口のことだと思われる。澄さんの甥で海達公子研究の第一人者として永年活躍された規工川佑輔先生も7年前に他界され、今となってはそれを証明する人は誰もいない。


かつて玉名市小浜の菊池川右岸に「一本榎」と呼ばれていた大木があった。