OMOI-KOMI - 我流の作法 -

For Ordinary Business People

日本史世界史同時代比較年表 (楠木 誠一郎)

2005-08-31 00:51:35 | 本と雑誌

 歴史というと時間軸を基本に整理されるのが通常で、中学高校においても、基本的には過去から現代という時代の流れに沿って教えられています。」

 が、「○世紀の世界」とかという切り口で、その当時の世界地図(世界史地図帳)を俯瞰する(同時代の別空間を一覧する)と、意外に思うことや改めて気づくことが結構あります。
 たとえば、紀元前、欧州と比較した時の西アジアの先進性とか、近代の米国・日本の急速な立ち上がりとかです。

 そのような関心から、たまたま図書館の書架で見つけたのがこの本です。

 日本史年表と世界史年表とを単純に対比させた内容ですが、その分、同時代をストレートに俯瞰できます。また、著者の目で史実の意外な組み合わせをピックアップして簡単なコメントを加えています。

 その中でいくつか「そうだったっけ」という気づきがありましたが、特にミーハー的に、私が「へぇ~」と思ったものをいくつか挙げてみます。

790年ごろ : ヴァイキングがイングランドを襲ったころ、桓武天皇が平安京に遷都
 ヴァイキングの荒々しい活劇と平安貴族社会の幕開けの対比が意外な取り合わせです。

1500年ごろ : 水墨画の雪舟の晩年、ダ・ヴィンチがモナ・リザを描いていた
 これは、何となく納得感があります。美術的な側面では(外来文化流入の影響もあるのでしょうが、)日本の後進性はあまり感じられないです。

1850年ごろ : 「赤城の山も今宵限り・・・」の国定忠次が捕縛されたころ、ドーヴァー海峡に電信用海底ケーブルが敷設された
 これは、全く異質のペアです。ちょんまげの任侠道の忠次とテレコミュニケーションのはしりが同時代だったとは・・・

1853年 : ペリーの黒船が来航したころ、リーバイ(リーバイスの創業者)によりジーンズが発売された
 これも違和感がありますが、そもそもジーンズはアメリカ西部開拓のゴールドラッシュ時代の作業着として生まれたものです。そういう点では、いずれも「アメリカのフロンティア開拓・海外進出」の動きの産物だということでしょう。

コメント (2)
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余裕の源泉 (氷川清話(勝 海舟))

2005-08-29 23:35:50 | 本と雑誌

 勝海舟西郷隆盛、幕末の時代、二人は敵味方の間柄ではありましたが、海舟は西郷の底知れない大きさに敬意を抱き、また彼の判断・行動に全幅の信頼をおいていました。

 その西郷の大きさ、人としての余裕の源泉を次のように語っています。

(p307より引用) 彼(西郷)は常に言つて居たヨ。「人間一人前の仕事といふものは高が知れる」といつていたヨ。どうだ。余裕といふものは、ここだヨ。・・・全体自分が物事を呑み込まなければならないのに、かへつて物事の方から呑まれてしまふから仕方がない。これもやはり余裕がないからの事だ。

 西郷は、「ひとりの人間ができることには限界がある」ことを理解し、それを所与の前提としていました。決して、人の能力が無限であると考えていたのでもなく、また無限であるが故の「余裕」を感じていたわけではありません。むしろ、人のできることは「どうせ高が知れている」と「見切っていた」ところから、心の余裕を産み出していたのです。

 物事をすべて自分の手の内に包含しようと思うこと自体が、もう対象を大きなものとして意識していることになる、そして、その姿はすでに心の余裕が失われているということなのでしょう。

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BPOができるなら

2005-08-27 22:43:53 | ブログ

 業務のアウトソーシングは、数年前社内IT部門を対象にしたものがブームになりました。

 最近では、もう少し広い業務を対象にしたBPO(Business Process Outsourcing)が注目されています。その対象は経理・人事・営業・カスタマケア等、企業の中核業務以外のすべての業務に広がっています。(知らず知らずのうちにコアコンピタンスとすべき業務も切り出し対象にしている場合も無きにしもあらずです)

 導入推進の謳い文句は「BPOを導入することにより、企業は顧客に提供する製品やサービスのレベルを落とすことなく、人的資源の最適な配置やコスト抑制を実現することができる」というものですが、これは、よほどうまくやらなくては「幻想」になってしまいます。

 そもそもきちんとした企業であれば、アウトソース先の方が(業務内容の習熟度は低いので、その)品質は落ちるのが普通です。

 業務と人材を一体で切り出す場合はこの品質の低下は回避できますが、今度はコストダウンが図りにくくなります。切り出された社員は、根本的なメンタリティは旧会社のDNAを引き継ぎますし、切り出し前の給与水準との関わりが出てくるからです。

 アウトソーシングが成功するのは、切り出せる業務が特定化でき、そのプロセスがキチンと整備されているもののみです。
 そもそもプロセスがキチンと整理されていないと「どの部分を出すべきか」の判断もできないはずです。また、未整理のプロセスだと習熟度の相対的に低い外部リソースに任せることもできません。

 さらにもっといえば、キチンとプロセス整備ができるのであれば、何もアウトソーシングしなくても自社内でかなりの効率化は図れるものです。

 かといって私はアウトソーシング反対論者ではありません。
 手垢のついたフレーズですが、企業が生き残りを賭けて「選択と集中」を進めるには、何がしかのプロセスのアウトソーシングは不可欠です。アウトソーシングを受ける企業でもその業務がコアコンピタンスであるならば、依頼する企業との間でValue Chainが繋がりWin-Winの関係が築けるものと思っています。

 企業をまたがるプロセスのValue Chainをうまく築くことが、そのValue Chainを構成する企業群の生き残りの分水嶺になります。
 この動きを進めていくと、関連プロセスはValue Web(価値連鎖によるクモの巣)状となり、結局のところ、負け組(この言葉は嫌いですが)への転落を防ぐ「防護ネット」になるのです。

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海舟の中国観 (氷川清話(勝 海舟))

2005-08-26 23:54:46 | 本と雑誌

 海舟のころの中国(清)は、アヘン戦争後欧米列強からの圧力が強まる中、日清戦争の敗北、義和団事変による混乱を経て実質的に列強の植民地と化しつつある時代でした。

 日本はといえば、明治維新後、欧州列強に伍してゆくべく富国強兵を推進、国会開設・大日本帝国憲法の制定等近代化への歩みを速めていました。

 特に、当時大国であった中国(清)との戦いの勝利は、広く国民に列強と肩を並べたとの自信を抱かせ、国全体が高揚した空気に包まれていたものと思われます。

 そういう時代に、海舟は、中国を「民力」という視点から、その市場としての位置づけと国家の本質を冷静に観ていたようです。

(p249より引用) 日本は支那と組んで商業なり工業なり鉄道なりやるに限るよ。
 一体支那五億の民衆は日本にとつては最大の顧客サ。

(p258より引用) 世間では百戦百勝などと喜んで居れど、支那では何とも感じはしないのだ。・・・支那人は、天子が代らうが、戦争に負けうが、殆ど馬耳東風で、はあ天子が代わつたのか、はあ日本が勝つたのか、などいつて平気でゐる。風の吹いた程も感ぜぬ。

(p265より引用) 支那人は昔時から民族として発達したもので、政府といふものにはまるで重きを置かない人種だよ。これがすなはち堯舜の政治サ

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世界の名著 (河野 健二)

2005-08-24 23:29:03 | 本と雑誌

 「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか ニ、ニ、ニーチェかサルトルか みーんな悩んで大きくなったー♪」

 この本を読んでいる最中、何度もこのフレーズが頭の中で流れていました。ご存知の方は少ないでしょうが、遥か昔(1976年(昭和51年))、一世を風靡した野坂昭如氏のサントリーのCMソングです。

 ともかく誰でも(タイトルぐらいは)知っている超有名本の紹介集です。
 が、哲学系の著作の解説は、私にとっては全くもって解説の用をなしませんでした。情けないことに、私の読解力不足と基礎知識の欠如のため、いくら読み返しても(解説部分ですら)ほとんど意味不明状態に陥ってしまいました。

 何とか少し理解できたのは、いくつかの著作のその当時の時代背景ぐらいでしょうか。
 かなり勉強しないと著作そのものへの挑戦は無理だということを思い知らされた本でした・・・

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官府語 (氷川清話(勝 海舟))

2005-08-22 23:13:07 | 本と雑誌

(p223より引用) 昔、幕府が、種々の規則を出す時には、人民に分り易い文字を、成るべく用ゐるやうにして、掛りの人は、始終この事に心掛けて居た。しかるに、今はその反対で、成るべくむつかしい文字を用ゐるやうになつて、なかなか通常の人には分らない。・・・日本にもこれからは、次第に官府語が、出来るだらうヨ。

 指導するためには、相手に対して、何をするのか、どうしてそうするのかを理解させなくてはなりません。相手が理解してはじめてその規則は自発的に守られるようになるのです。
 したがって、規則は相手に理解されるように(理解させようという気持ちをもって)示されなくてはなりません。

 相手を理由なく(何らかの力(権力・圧力・暴力等)で)服従させるのであれば、相手の理解は不要です。そうなると規則は相手に分かりにくいものであっても全く問題なくなります。相手に理解されなくても、規則を示す側だけの都合でいいのですから。

 分かりにくい言葉の使用は、相手の軽視・無視の姿勢に繋がるものです。
 「日本にもこれからは、次第に官府語が、出来るだらうヨ」との海舟の予言は、政府の民衆軽視の風潮への警鐘でもあります。

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ペーパーは「情報密度」に気をつける

2005-08-21 23:30:32 | ブログ

 プレゼンテーション資料の作り方を書いたHow to本には、ときどき「プレゼン資料は○ポイント以上のフォントで作ること」とかと勧めています。
 もちろん、見えないほど小さな文字を使うことは論外ですが、かといって現実的には、「大きな文字の簡潔なプレゼン資料」というものには、めったにお目にかかりません。
 「大きな文字で」というのは、言いたいことを簡潔に表現せよとの心と考えるべきです。
(その意味では正しい勧めだと思います)

 私は、文字の大きさよりも、1枚のスライドの中の「情報密度」に気をつけるべきだと思います。
   情報密度 = 情報量/スペース(面積)

 言わんとする中身の薄い表やグラフはスペースの無駄です。資料自体が幼稚に見えます。
 かといって、小さい字でたくさん書いてあるのが良いわけでもありません。
  (ポイントを掴んだシンプルな無駄のない表現がベストです)

 1ページ内のレイアウト上でも、プレゼンテーション全体の各スライド間でも、情報密度に気をつけてコンテンツの量を調整しましょう。
 そうするとバランスのとれたアウトプットができあがります。

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改革の心得 (氷川清話(勝 海舟))

2005-08-20 23:33:41 | 本と雑誌

(p221より引用) 行政改革といふことは、よく気を付けないと弱い者いぢめになるヨ。・・・全体、改革といふことは、公平でなくてはいけない。そして大きい者から始めて、小さいものを後にするがよいヨ。言ひ換へれば、改革者が一番に自分を改革するのサ。

 以前も書きましたが、海舟の言葉は、明治に語られたとは思えないほど今の世の中にも活きています。

 今回紹介した言葉は、為政者側にいた海舟の台詞だけに相応の重みがあります。
 改革は、公平に、大物から手がけること、そしてその改革の実を挙げるにはまず自らが変わること。

 今のご時世、いろいろなところで○○改革が喧しく議論されていますが、改革を進める心得は、須らく「弱者の目線で率先垂範を旨とすべし」ということでしょう。
 これは、昔も今も変わりなく、行政に限らずどんな組織体においても箴言です。

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知識→推論→判断

2005-08-19 23:17:36 | ブログ

 より適切な判断をするためには、いろいろな知識をもっていることは有益なことです。

 ですが、「知識の質・量がそのまま判断の適否と相関関係があるか」といえば、必ずしもそう簡単なものではありません。

 知識はある意味、すべて過去の情報であるか、もしくは二人称・三人称の情報です。したがって、「現在の我が事としての課題」に対して、そういった知識をそのまま単純にあてはめられるとは限らないのです。

 たとえば、ベンチャー企業の成功手法を「知識」として知っていたとしても、それがトラディショナルな企業にそのままあてはまるとは限りませんし、また、外国の著名な経営学者の指摘をそのまま鵜呑みにして金科玉条のごとく崇め奉るのもいかがか、というわけです。
 (かなり無理やりの例ではありますが)織田信長が今川義元を桶狭間にて奇襲戦法で破りましたが、太平洋戦争の日本軍はガダルカナルで夜間奇襲戦法を採り大敗したのです。

 そこには、今回の案件にそれらの知識が適用できるかの「チェック・推論のステップ」が必要です。

 このステップなしでは、折角の豊富な知識も判断を誤らせるノイズになりかねません。
 知識は材料であり、判断はプロセスなのです。

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方針を固定するな (氷川清話(勝 海舟))

2005-08-17 23:30:37 | 本と雑誌

 幕末から明治にかけて活躍した勝海舟の談話を取りまとめたものです。
 今流のまさにBlogのような体裁・内容で、海舟の率直な思想・評論が面白く語られています。

 巻末の解説にもありますが、世に出ている「氷川清話」は吉本襄によるものが流布している、ただ、その内容は吉本襄により(彼のスケールで)勝手にリライトされているところが多く、それの是正版でもあるとのこと。その是正箇所を本文の注において各々詳らかにしている体裁も変っています。

 語っている内容は、現代においてもそのまま当てはまるものが多くあり有用な示唆に富んでいます。明治のころと進歩していないのか、それとも歴史は繰り返しているのか・・・ですが。

(p220より引用) 人はよく方針々々といふが、方針を定めてどうするのだ。およそ天下の事は、あらかじめ測り知ることの出来ないものだ。網を張つて鳥を待つて居ても、鳥がその上を飛んだらどうするか。我に四角な箱を造つておいて、天下の物を悉くこれに入れうとしても、天下には円いものもあり、三角のものもある。円いものや、三角のものを捕へて、四角な箱に入れうといふのは、さてさて御苦労千万の事だ。
 おのれに執一の定見を懐き、これをもつて天下を律せんとするのは、決して王者の道でない。(中略)
 マー世間の方針々々といふ先生たちを見なさい。事が一たび予定の方針通りに行かないと、周章狼狽して、そのざまは見られたものではないよろしくお願いいたしますヨ。

 このような場合の海舟流の対応方法は「無我」「無用意」です。

(p302より引用) 元来人間は、明日の事さへ解らないといふではないか。それに十年も五十年も先きの事を、劃一の方針でもつてやらうといふのは、そもそも間違ひの骨頂だ。・・・いはゆる心を明鏡止水のごとく磨ぎ澄ましておきさへすれば、いついかなる事変が襲ふて来ても、それに処する方法は、自然と胸に浮んで来る。いはゆる物来りて順応するのだ。おれは昔からこの流儀でもつて、種々の難局を切り抜けて来たのだ。

 予め準備をしておくのではありません。頭を「中立」の状態にしておいて臨機に判断してゆくのです。
 これはものすごく難しいことです。頭の中を予見もなく何もバイアスのかかっていない状態にするのも大変ですし、その上で瞬間の判断を下すのも簡単にできることではありません。
(野球でいえば、自然体で構えて、来た球に自在に反応するという感じでしょうか)

 海舟は、同じような趣旨のことを「海舟座談」の中でも話しています。

「外国へ行く者が、よく事情を知らぬから、知らぬからと言うが、知って往こうというのが、善くない。何も、用意をしないで、フイと往って、不用意に見て来なければならぬ。」

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私の個人主義 (私の個人主義(夏目漱石))

2005-08-15 23:25:53 | 本と雑誌

(p145より引用) 第一に自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに附随している義務というものを心得なければならないという事。第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴う責任を重んじなければならないという事。つまりこの三カ条に帰着するのであります。

 漱石の「個人主義」のエッセンスを凝縮したものです。

 よく言われることですが、「個人主義は利己主義とは全く別のもの」です。むしろ対極にあるといってもいいでしょう。

 自分は大事です。自分という「個」は大事です。他人も他人からみると「(自分という)個」です。「自分の『個』」を大事にするのなら、当然、同じく「他人の『個』」も大事にしなくてはなりません。そういう「個人主義」は決して利己主義ではないのです。むしろ自分と同じく他人を尊重するという考えです。

 かといって、謙遜主義でもありません。他人に諂っているわけではありません。自分は自分で「個」として自立し、権利も有し義務も果たすという姿勢です。

(ただ、最近読んだ本には次のような記述がありました。サルトルによると「『自他の自由を尊重しあえ』などとの近代観念論の欺瞞的な人格主義モラルも瓦解する」のだそうです。さすがに、今からサルトルを読む元気はありません・・・)

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2500年前も同じ (論語の読み方(渋沢栄一))

2005-08-14 23:24:13 | 本と雑誌

 論語の有名な一節で、私が特に今でも人口に膾炙していると思うものを1・2挙げてみます。

 まず、「子曰く、君子はこれを己に求め、小人はこれを人に求む(衛霊公)」

 この節について竹内均氏は、「すべて自分のことと考えれば問題はおのずから解決する」とリードをつけています。

 本節は今流に言えば「自責と他責」の話です。
 自分が存する環境下において何らかの事が起こったとき、その事に対してまったく自分に関係がない(自分に責任がない)ということはまずありません。程度の差はあれ何がしか事に影響を与えているはずです。少なくともそうである以上、その関わっている部分については「自己責任」が生じます。

 真に他者の責任である部分まで負う必要はありません。ただ、自己の責任部分をどれだけ我が事として認識し、それをトリガーにしてどんな能動的なアクションをとるかが君子と小人の大きな差になるのです。

 もうひとつ、「子曰く、それ恕か。己の欲せざる所は、人に施すことなかれ。(衛霊公)」

(p312より引用) 己の欲せざるところは、人に施すことなかれということは、裏返せば、己の欲するところは人に施せということになり、このように解釈すれば、西洋流の積極的道徳の意味と一致する。

 渋沢氏も講釈の中でこのように述べていますが、この点は、ほぼ同時代の漱石の言う「近代個人主義」と一脈通じるところがあります。

 しかしながら、私は、根本ではやはり異なるように思います。
 「自己の個を尊重するのであれば、同じく他者の個も尊重すべき」というのが漱石の「個人主義」だと私は理解しています。その意味では、「自己」と「他者」の明確な峻別がその前提にあります。
 他方、孔子はその前提を「恕」においています。「恕」とは「思いやりの心」であり、これは「他者との同化」といった感覚に近いものだと思うのです。

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「イメージ図」や「矢印」

2005-08-13 23:54:51 | ブログ

 プレゼンテーションで使うスライドは、そのパーツである1枚ごとが「言いたいことの完結ペーパ」でなくてはなりません。(というか、そういうつもりで作らなくてはポイントがぼやけた紙になってしまいます)

 しかしだからといって、文字ばかりのスライドで「言いたいこと」を(文字どおり)「言う(=説明する)」のはスマートな方法ではありません。
 プレゼンテータは、「言葉」で説明を行います。同じ調子の説明文をスライドに書いておくのは無意味です。(淡々とスライドを読み上げるプレゼンテーションほど退屈なものはありません)
 スライドには、「プレゼンテータの声(語りや訴え)」を確認・強調・補完する情報を、「イメージ」の形で見やすく分かりやすく配置しておけばいいのです。

 その趣旨で言えば、「文字」は文章ではなく、「単語」もしくは「箇条書き」の形が基本です。また、「イメージデータ」をうまく使いましょう。
 「イメージ図(ポンチ絵)」で「説明の範囲(スコープ)」を、「矢印」で「論理の流れ」を表します。

 表やグラフも有効ですが、プレゼンテーション用には「すっぴん」よりもちょっと「お化粧」を施すべきです。生のデータを単純に示しても効果はありません。論旨で使った数字部分を切り出したり、注目すべきポイントを強調したりしておきます。

 プレゼンテーションは、虚偽でないことが絶対条件ですが、多かれ少なかれ「イメージデータによる誘導や錯覚」をうまく活用しているのです。

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文芸と道徳 (私の個人主義(夏目漱石))

2005-08-11 19:58:37 | 本と雑誌

(p111より引用) 普通一般の人間は平生何も事の無い時に、大抵浪漫派でありながら、いざとなると十人が十人まで皆自然主義に変ずるという事実であります。という意味は傍観者である間は、他に対する道義上の要求が随分と高いものなので、ちょっとした紛紜でも過失でも局外から評する場合には大変に苛い。すなわち己が彼の地位にいたらこんな失体は演じまいという己を高く見積る浪漫的な考えがどこかに潜んでいるのであります。さて自分がその局に当ってやって見ると、かえって自分の見縊った先任者よりも烈しい過失を犯しかねないのだから、その時その場合に臨むと本来の弱点だらけの自己が遠慮なく露出されて、自然主義でどこまでも押して行かなければ遣り切れないのであります。だから私は実行者は自然派で批評家は浪漫派だと申したいくらいに考えています。

 「他人に厳しく、自分に甘く」というのは、私自身もそうですが、どんな人でも知らず知らずに陥る姿です。
 また、自分(のみ)を基準にして考えやすいので、自分が得意とするジャンルについての「他人に対する評価」は厳しくなりがちで、逆に、自分が不得意なジャンルについての「他人に対する評価」は(自分ができない分)甘くなってしまいます。

(p114より引用) それやこれやの影響から吾々は日に月に個人主義の立場からして世の中を見渡すようになっている。従って吾々の道徳も自然個人を本位として組み立てられるようになっている。すなわち自我からして道徳律を割り出そうと試みるようになっている。・・・昔の道徳すなわち忠とか孝とか貞とかいう字を吟味して見ると、当時の社会制度にあって絶対の権利を有しておった片方にのみ非常に都合の好いような義務の負担に過ぎないのであります。

 漱石の言う「個人主義」は、私なりに極めて簡略化してみると、「自分も他人も『個人』という観点からみると同じく公平なものだ」との考えだと思います。これは、ある種の相対論的考えであり、バランス論でもあります。自分と他人とがバランスする、権利と義務とがバランスするといった感覚です。

(p117より引用) けれども自然主義の道徳というものは、人間の自由を重んじ過ぎて好きな真似をさせるという虞がある。本来が自己本位であるから、個人の行動が放縦不羈になればなるほど、個人としては自由の悦楽を味い得る満足があるとともに、社会の一人としてはいつも不安の眼を睜って他を眺めなければならなくなる、ある時は恐ろしくなる。その結果一部分の反動としては、浪漫的の道徳がこれから起こらなければならないのであります。・・・けれども・・・大体の傾向からいえばどうしても自然主義の道徳がまだまだ展開して行くように思われます。

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よくある仕事の優先度の話

2005-08-10 23:30:14 | ブログ

 会社では、いくつかの仕事を抱えてそれらを一定の時間の中で処理することが求められます。

 しかしながら、「時間は有限」です。したがって取り組む順序を考えなくてはなりません。来た順番で順次こなして行けばいいわけではなく、「優先順位」をつけなくてはなりません。この優先順位は上司から指示がある場合がありますし、自分で判断しなくてはならない場合もあります。

 「優先順位」をつける場合の基本軸は「緊急性」と「重要性」の2軸です。

 この2軸でできた4つの象限に、今抱えている仕事を分類整理して優先順位を考えればいいのです。

 当然、「緊急かつ重要」な仕事から手をつけます。

 さて、つぎが問題です。「緊急かつ非重要」と「不急かつ重要」のどちらを先にやるか。
 通常の場合「緊急度の高いもの」を手がけます。が、このとき注意すべき点が2点あります。

 ひとつ目は、「緊急度の現行化」をするということです。

 実際の場では、次の仕事に取り掛かるまでにはある程度時間が過ぎています。したがって、残りの仕事のうちいくつかのものは期限が迫ってきて「緊急度」のポイントが上がっているはずです。
 次の仕事に取り掛かる際には、その時点で「緊急/重要マップ」を現行化して、新たな緊急度の優先順位に従わなくてはなりません。

 ふたつ目は、(原則「緊急度」が優先だとしても、)「緊急の程度」と「重要の程度」とを冷静に判断するということです。

 「緊急」の定義を「期限がより迫っているもの」だとすると、極端な話、
・「今日の夕方が近所の商店街の6等(石鹸1こ)の福引券の交換期限だ」という件と
・「明日が卒業がかかっている期末試験の試験日だ」という件を比べて、
石鹸1このために落第リスクを犯すようなことになってしまいます。
 その意味では、本質的には「重要度」の方が大事な軸かもしれません。

 このように「緊急/重要マップ」を現行化して仕事を進めていくと、「緊急でもなく重要でもない仕事」が底溜まりのように沈殿していきます。
 結局こういう仕事は「する必要がない仕事」なのです。

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