OMOI-KOMI - 我流の作法 -

For Ordinary Business People

わがままこそ最高の美徳 (ヘルマン・ヘッセ)

2010-05-29 17:45:32 | 本と雑誌

Hesse ヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse 1877~1962)。1946年にはノーベル文学賞も受賞した有名なドイツの詩人・作家です。とはいえ実を言うと、「車輪の下」「ガラス玉遊戯」等の作品名は知っていても、恥ずかしながら私はヘッセの著作を通読したことがありません。

 以前から気になる作家の一人だったのですが、今回は、興味深いタイトルに惹かれて手にとってみました。内容は、ヘッセのエッセイ・書簡・詩文等で構成されています。
 「わがまま」とタイトルにもあるように、ヘッセは「自己の考え」をとても大事にしました。その姿勢は、本書の中でいろいろな文芸スタイルを通して顕れています。

 ヘッセは、14歳から15歳にかけての3ヶ月間、シュテッテンの精神病院に入れられたことがあるとのこと。そのとき、両親に対して書いた手紙の一節です。

 
(p86より引用) 「敬虔な人」であるあなた方は言うでしょう。「ことはまったく簡単だ。私たちは親で、おまえは子供なのだ。それでおしまいだ。私たちがよいと認めることは、たとえ何であろうと、よいことなのだ」と。
 けれどもぼくは自分の立場からこう申します。「ぼくは人間です。シラーが言っているように『一個の人格』なのです。ぼくを生んだものは、ただひとつ、自然だけです。そして自然は、決して、一度もぼくをひどい目にはあわせませんでした。ぼくは人間です。そしてぼくは、自然に対して真剣に、そして厳粛に、普遍的人権をさらに、ぼく固有の人権を要求します」と。

 
 親から、他者から、自分対して向けられた決定に対する一人の「人間」としての反抗の意志表明です。15歳にして、すでに非常に鋭く激しい筆致です。

 また、ヘッセが50歳を過ぎた1932年12月の書簡の中には、こういうくだりがあります。

 
(p228より引用) 共同体に関わる一切のものが、個人に関わるものよりも本質的かつ無条件に価値があり、神聖なものであるという見解には、私は賛成できません。社会的なものに適応する素質と社会的なものに対する義務は、私たちのもつ素質と義務のひとつで、重要なものですが、唯一のそして最高のものではありません。

 
 この「自己」に重きを置く考えは、自己を取り巻く環境である「現実」に対する無関心さにも繋がっていきます。それは、ヘッセ自身も自覚しているところでした。

 
(p183より引用) 私に対する世人のもうひとつの非難は、私自身にもごく当然だと思われる。それは、私には現実に対する感覚がない、と指摘されることである。私のつくる詩も、私の描く絵も、現実に相応していないのだ。創作するとき、私はしばしば、教養ある読者が正しい書物に求める一切の要求を忘れてしまう。とりわけ私には、現実に対する尊敬が欠けている。現実は、最も気にかける必要のないものだ、と私は思っている。

 
 ヘッセは1919年執筆の「ツァラトゥストラの再来」という作品の中で、若者に対しても「自己の心に従う」ことを訴えています。

 
(p175より引用) このことを私は別れに際して君たちに言う。君たち自身の心の中から来る声に従うがよい!これが、この声が沈黙するならば、何かが間違っていることを、何かが正常でないことを、君たちが間違った道を歩んでいることを知るがよい。

 
 自己の心に従う者たち、独自の生き方をする者たちは、人類に対して大きな使命を担っているのだとヘッセは考えています。ヘッセの晩年、1961年7月の書簡の一節です。

 
(p238より引用) 私たち各自は、自分自身について、自分自身の天分、可能性と特殊性を究明する努力をし、各自の生命を、これらのものの完成に、自我の個性的覚醒への過程のために捧げなくてはなりません。私たちがそれをするならば、私たちは同時にまた人類に貢献しているのです。なぜならば、すべての文化財(宗教、芸術、詩文、哲学等々)は、この途上で成立するからです。しばしば誹謗の的になっている「個人主義」は、この途上で共同体に貢献し、利己主義の汚名を雪ぐのです。

 
 幼い頃から一生涯、その間ドイツに取って非常に大きな社会的苦難であった二度の世界大戦を経ても、ヘッセの信念は不変でした。
 
 

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平和をつくった世界の20人 (K.ベラー/H.チェイス)

2010-05-23 15:36:08 | 本と雑誌

Gandhi  本書は「岩波ジュニア新書」のシリーズですが、自分にあまり馴染みのないテーマについて学ぶには、分りやすくて手ごろだと思います。

 登場するのは、様々な取り組みで「平和」を築くことに貢献した20人の人物です。
 ノーベル平和賞等の受賞者で誰でも知っているような人もいれば、功績に比してそれほど人口に膾炙されていない人も紹介されています。

 たとえば、私にとって、本書を読むまで恥ずかしながら知らなかった人物、ヘンリー・デイヴィッド・ソロー
 19世紀を生きた人ですが、「平和で簡素な生活」の必要性を説いたとのこと。彼のエッセイ「一市民の反抗」は、後に、「非暴力による差別撤廃」を訴えたマハトマ・ガンディーやキング牧師にも大きな影響を与えたそうです。
 そのソローの言葉です。

 
(p12より引用) 悪の小枝を切り払おうとする人は数え切れないが、悪の根を断ち切ろうとする人は少ない。
There are a thousand hacking at the branches of evil to one who is striking at the root.

 
 そして、非暴力により人種差別撤廃を訴え続けたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア

 
(p36より引用) 暗闇は暗闇を追い払うことはできません-光のみがそうできるのです。憎しみは憎しみを追い払うことはできません-愛のみがそうできるのです。
Darkness cannot drive out darkness; only light can do that. Hate  cannot drive out hate; only love can do that.

 
 キング牧師と同様に南アフリカのアパルトヘイト撤廃に尽力したデズモンド・ツツ大主教
 彼がとった「自らが犯した人権侵害を謝罪した加害者を赦す」というやり方に対しては、彼を支持する人々の中からも非難する声があがりました。これに対するツツ大司教の言葉です。

 
(p123より引用) 「おそらく正義にはならない、と言う人もいるかもしれませんが、それは、正義と聞いて思い浮かべる概念が〈応報的司法〉で、その主な目的が罰することである場合のみです」「私たちにはもう一つの正義があるのです。それは〈修復的司法〉です・・・。その主なねらいは、不和を解消し、不公平を正し、壊れた関係を元にもどすことなのです・・・」

 
 「赦す」ということは、単に「過去のことを水に流す」といったことではありません。「赦す」ことの代償は「新しくやり直すこと」であり、「赦す」ことはそのための重要なプロセスだというのです。

 さて、最後にご紹介するのは、「非暴力主義」で有名なマハトマ・ガンディーの言葉。

 
(p25より引用) 私の人生こそが、私のメッセージです。
My life is my message.

 
 自信をもってこう語れる生き様は、想像を絶する苦難の連続だったはずです。
 本当に素晴らしい言葉だと思います。
 
 

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PATAGONIA―野村哲也写真集 (野村 哲也)

2010-05-21 23:50:28 | 本と雑誌

Patagonia  いつもの図書館の「新刊書」の棚で見つけました。
 こういう大型本を気軽に手にとることができるのは、図書館のよさですね。写真集や美術書の類は、いま話題の「電子書籍」でもなかなか代替できないジャンルです。

 パタゴニア(Patagonia)、百科事典によると、「アルゼンチン南部、アンデス山脈の東側、コロラド川より南に位置する地域の総称。総面積77万7000km2におよぶ広大な地域で、北から、ネウケン、リオ・ネグロ、チュブト、サンタクルスの4州からなる。南アメリカ大陸最南端のフエゴ島東側のアルゼンチン領もふくむ。不毛な台地が多く、経済活動の中心はヒツジの飼育で、羊毛・羊肉の輸出が盛ん。石油・天然ガスも豊かで産出量が多い。」との説明。

 この写真集の冒頭にも簡単に、「南米チリ、アルゼンチン両国にまたがる南緯40度以南の大地を『パタゴニア』と呼ぶ」と書かれていますが、こちらの方が何となくイメージが湧きますね。

 さて、この写真集、四季折々、興味深いパタゴニアの様々な風景が数多く採録されていますが、ともかく、空の青さ、水の清らかさがとても印象的です。

 形容し難い濃いブルーの空と雪を頂いた険しい山々、麓の澄んだ湖にその天地の姿が反転像で映しこまれているショット。
 空が澄んでいると、太陽の光もストレートにその色彩を顕にします。赤、オレンジ、ピンク。山肌を、夕空を照らし出します。

 「こんな風景は日本では絶対見られないな」と思いましたが、野村哲也氏によるこの写真集の「あとがき」にはこう書かれていました。

 
(「あとがき」から引用) パタゴニアの森の中に住んで感じたこと、それは「全てのものは同じ」という想いだった。差異を見つけるのは刺激的で面白い。けれど、同じものを見つけ理解し、お互いを尊敬し、愛していくほうが、より重要なことのように思えてくる。

 
 確かにそうかもしれないですね。
 
 

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人類の星の時間 (シュテファン・ツヴァイク)

2010-05-15 11:56:04 | 本と雑誌

Napoleon  先に読んだ「斎藤孝のおすすめブックナビ 絶対感動本50」で紹介されていたので手にとってみました。
 シュテファン・ツヴァイクの著作ははじめてです。

 本書は12の短編からなっていますが、それぞれ興味深い歴史上のエピソードを材料に、運命的な瞬間を多彩なプロットで描き出しています。登場するのは、ゲーテ、ヘンデル、レーニン、ドストエフスキー、トルストイ・・・。
 それらの中から、特に私の関心を惹いたものをいくつかご紹介します。

 まずは、「ビザンチンの都を奪い取る 1453年5月29日」、オスマン帝国のメフメト2世によるコンスタンティノープル占領のときの様子です。

 
(p85より引用) ケルカポルタが開いていたばかりにあの運命的な瞬間にどれほど大きなわざわいが入り込んでしまったか、ローマとアレクサドリアとビザンチンの掠奪に際してどれほど多くのものが精神の世界からうしなわれ去ったか、それを決して人類は知りつくせないだろう。・・・歴史の中でも人生の中でも、後から悔いてももはや取り逃した瞬間を取り返すことはできない。そしてただひとときの怠慢の結果をつぐなうには千年の歳月がかかる。

 
 どう間がさしたのか、堅牢な城壁のただ1箇所の門の錠がかけ忘れられていたのです。その小さな門からあの東ローマ帝国は滅びゆきました。と同時に貴重な歴史遺産も蹂躙され、取り返しのつかない「人類の時間」が失われてしまったのです。

 もうひとつ、「ウォーターローの世界的瞬間 1815年6月18日のナポレオン」の章です。
 ウェリントン軍とナポレオン主力軍とが雌雄を決したワーテルローの戦(Battle of Waterloo)。ナポレオン敗北という運命は、主力軍に合流できなかったグルシーの一瞬の躊躇にあったといいます。

 
(p170より引用) 彼の帝国、彼の治世、彼の運命は終った。もっとも果敢な、もっとも先見の明に富んでいた人物が勇ましい20年間に建て上げていたものを、平凡な一人の人間の臆病さが挫折させてしまったのであった。

 
 グルシーが凡庸でなく勇猛な知将であったなら前途軍を取って返したでしょう。そしてその結果、もしワーテルローでナポレオンが勝利していたら・・・。ひとりの人間の一瞬の心の在り様が、その後の歴史を大きく動かしたということです。

 さて、最後は、「南極探検の闘い スコット大佐、90緯度 1912年1月16日」
 南極点に到達の帰路、命を落としたスコット大佐が妻に宛てて記した最後の手紙のくだりです。

 
(p353より引用) あなたも知っているとおり、わたしは自分を是非とも勇猛心へうながすように努力せざるをえなかった。それというのも、自分がいつでも、安逸に流れたがる天性の傾向を持っていたからである。・・・この旅についてのすべてのことをあなたに話すことはとうていわたしにできはしない!しかも、自国で安楽にじっとしているよりは、この旅をしたことのほうが、ずっとよかった!

 
 そして、著者は、この章をこう結んでいます。

 
(p357より引用) 単に偶発的な成功や、安易な成就は野心を強めること以上には出ないのであるが、全能の運命と十分に取り組んだ結果としての敗北は心情をもっとも崇高な仕方で高めるものであり、あらゆる悲劇のうちのもっとも堂々たるものである。

 
 命尽きる「瞬間」を前にした、まさに本書のタイトルにある「星」をイメージする物語です。
 
 

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斎藤孝のおすすめブックナビ 絶対感動本50 (斎藤 孝)

2010-05-10 18:27:02 | 本と雑誌

 会社の方から借りて読んでみた本です。

 「本の偏食」にならないように、時折、読書案内的な内容の本を読んでいます。「世界の名著」「学問がわかる500冊」「あらすじで読む 日本の名著」等々・・・。

 さて、本書は、斎藤孝氏が、「自伝・エッセイ」「ノンフィクション」「身体・心理・哲学」「歴史」「神話の世界」「絵本・漫画」「文学・小説ほか」の7つのジャンルから選んだ50冊を紹介したものです。

 
(p301より引用) 50冊のなかには、好みに合うものもあれば、どうしても好きになれないものもあるでしょう。しかし、本との出会いが自分を広げるチャンスであると考えるなら、本を投げ出す前にもう少しだけ、文字を追ってみてください。次にあなたの目に映る一文が、思いがけないほど人生を豊かにするものでないとは、だれもいえないのですから。

 
 著者によると、本書で取り上げたお薦め本はを「人間の器を大きくする」という基準から選んだとのこと。私が読んだことのある本は、2冊しかありませんでした。
 そんな状況ですから、著者が言うような「一文」で世界が変わるような本には、私はまだ出会ったことがありません。いつ出会えるのか待ち遠しい気持ちがしますね。

 
(p301より引用) 読書とは、今ある自分とはまったく異なる性質の人間を心の中に住まわせることであり、その分だけ、自分の器を大きくしてくれるものなのです。

 
 器が大きくなるかどうかは別にして、どんな本を読んでも、何かひとつふたつ、何らかの「気づき」があります。もちろん、全く新たなものもありますが、本来なら気づいていて当然といった示唆・指摘の場合もあります。そういうときには、自分の視座がいかにも硬直化してしまっているのを思い知らされて、本当に情けなくなります。

 だからこそ、この手のブックガイドは、私にとってはたいへん参考になるのです。自分からは決して手を伸ばさないだろう本を、半ば強制されて知ることができるからです。

 今回も、何冊か今後の読書リストに追加したい本が見つかりました。
 
 

斎藤孝のおすすめブックナビ 絶対感動本50 斎藤孝のおすすめブックナビ 絶対感動本50
価格:¥ 1,365(税込)
発売日:2003-09

 
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菜根譚―中国の処世訓 (湯浅 邦弘)

2010-05-07 18:41:07 | 本と雑誌

 「菜根譚」は以前、岩波文庫版を読んでみましたが、今度の本は概説書です。

 冒頭では、「菜根譚」の中国思想史における位置づけが説かれています。
 著者といわれている洪自誠は明代の役人であったので、基本的には儒教思想がベースではあります。が、道教・仏教的思想もかなりの程度漂っています。

 
(p20より引用) 『菜根譚』には、『老子』『荘子』などの道家系文献や仏教経典の思想も色濃く見えている。・・・だが、洪自誠は、ぎりぎりのところで踏みとどまり、道家や仏教とは一線を画している。枯れることをよしとしながら、枯れきってしまうことを戒めているのである。隠遁を進めながら、俗世と断絶してはならないと説くのである。

 
 この点、「三教の融合」が見えつつも、とはいえ現実社会との関わりを踏まえた儒家としての洪自誠の生涯を反映しているようです。

 
(p23より引用) 儒家の従でありながら、道教・仏教にも共鳴し、しかし、そこには決して埋没しない。このきわどい儒・仏・道の融合が『菜根譚』を深みのある処世の書として支えている。

 
 さて、「菜根譚」ですが、まさに前集・後集あわせて357条からなる「処世訓」なので、関心を惹くくだりは数多くありました。
 その中からいくつか覚えとして書き記しておきます。

 まずは、儒家思想のひとつの基本的なコンセプトである「中庸」について触れているフレーズです。

 
(p77より引用) 花は半開を看、酒は微酔に飲む。此の中に大いに佳趣有り。(後集123)

 
 これは、明代ならずとも現代でも感ずる風情です。

 もうひとつ、「拙の極意」との章から。

 
(p137より引用) 文は拙を以って進み、道は拙を以って成る。一の拙字に無限の意味有り。

 
 「拙」であるからこそ謙虚であり、「拙」であるからこそ地道な努力を厭わない、「拙」に積極的な価値を認めた心に残る言葉です。

 その他にも、典型的な処世訓的な教えをいくつかご紹介します。

 ひとつめは、「心の持ちよう」について。「菜根譚」では釈迦のことばを引用して説いています。

 
(p241より引用) 人生の幸不幸の境界を作り出しているのは、他人や周囲のものごとではない。自分自身の心のあり方である。・・・
 人生の福境禍区は、皆想念より造成す。故に釈氏云う、「・・・一念清浄ならば、烈焔も池となり、・・・」

 
 この考え方は、中村天風氏が「人生は心ひとつの置きどころ」と説いている姿勢と同一のものですね。

 そして、もうひとつの覚えは「信用」についてのくだりです。

 
(p243より引用) 人を信用することは、儒家思想の基本であり、教育の原点である。・・・まず人を信じてみようという心は、それだけで美しい。裏切られることもあるだろう。・・・しかし、信ずる、それ自体が美しい誠の心であるといえる。・・・とにかく相手を信じてみたという時点で、少なくとも自分だけは誠実であったと評価できるのである。・・・
人を信ずる者は、人未だ必ずしも尽くは誠ならざるも、己は則ち独り誠なり。・・・

 
 これは、しっかりと心に留めておきたいと思います。

 最後に、著者が指摘する「菜根譚」の処世訓として広く読み継がれている要諦です。

 
(p288より引用) 『菜根譚』は全体を前集と後集に大別するのみで、章や見出しは一切付けていない。・・・各条をどのような意識で読み、そこからどのような処世の教訓を受け取るかは、読者の問題である。洪自誠は、そこに下手な介入はしないと、心に決めたのではなかろうか。

 
 時代に応じて、また、環境に応じて、「処世」の前提は相違・変遷していきます。
 そういう変化に対応した柔軟な解釈の「遊び」をもっていることが、時や国を超えた有益の書として伝えられている因なのでしょう。
 
 

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本当は恐ろしいアメリカの真実 反面教師・アメリカから何を学ぶか (エリコ・ロウ)

2010-05-05 10:06:06 | 本と雑誌

 「現代アメリカのレポート」としては、このところ、小林由美氏の「超・格差社会アメリカの真実」 、堤未果氏の「ルポ 貧困大国アメリカ」等を読んでいますが、本書もその流れで手に取った一冊です。

 著者のエリコ・ロウは、カナダ在住のジャーナリストで、「天下り」「愛国主義」「人種差別」「キリスト教」「政治と大企業」「ウォルマート」「ニュース・メディア」といったキーワードを挙げて、現代アメリカの実態を次々に指摘していきます。

 たとえば、「ニュース・メディア」についてはこんな感じです。

 
(p169より引用) 元CBSのプロデューサーのクリスティーナ・ボルジェソンによれば、企業や国が世間に知れてはまずいと考える事件を取材したり報道すれば、自分が職を追われることになることは、もはやアメリカの大手メディアのジャーナリストの間では常識とされている。

 
 日本のメディアの実態はどこまでアメリカナイズしているのでしょうか。

 
(p174より引用) ニュース番組はスタジオ討論番組と化し、しかも番組が替わっても、キャスターが替わるだけで、識者や解説役は相も変わらぬ局お抱えの評論家筋ばかりだ。
 視聴者層が高齢化したネットワーク・ニュースでは、・・・自局の他の番組や系列出版社の雑誌の宣伝が目的としか思えないようなニュースも少なくない。

 
 著者は、カナダのニュース番組と比較して、「アメリカのニュースは総じて怠惰で無責任で低俗志向なのだ」と指摘しています。ただ、このあたりのくだりは、残念ながら、昨今の日本の様子を思い浮かべても首肯できるところがありますね。

 さて、本書ですが、「超・格差社会アメリカの真実」「ルポ 貧困大国アメリカ」等と比較すると、ルポルタージュとしての色合いが少々薄い印象です。語られている内容は現代アメリカ社会の実態なのでしょうが、対象に対する肉薄感があまり感じられません。
 また、著者の政治的な立ち位置があまりにも明白なことも、この類のテーマにおいては、必ずしもプラスの影響を残しているとは言えませんね。
 
 

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100 POSTCARDS―月日は流れ わたしは送る 100通の絵葉書― (四方田犬彦)

2010-05-03 16:17:47 | 本と雑誌

 著者の四方田犬彦氏は比較文学者です。
 映画にも造詣の深い著者が、著者自身が選んだ絵や写真を添えた絵葉書のスタイルで、100人の友人知人に宛てにメッセージを送ります。とても変わった体裁の本です。

 100の宛先のほとんどは私の知らない方々ですが、著者からの葉書の文面から、それぞれの人となりについていろいろなイメージが浮かんできます。
 そのうちのいくつかをご紹介します。

 まずは、草月流家元であり映画監督でもある勅使河原宏にあてた葉書から。

 
(p47より引用) 僕が出会った芸術家のなかで
あなたはもっとも難解な孤独を抱えこんだ人だった。・・・

 
 また、こんな言葉もありました。フランスの美術史家ジョルジュ・ディディ=ユベルマンへの言葉から。

 
(p65より引用) 僕がアウシュヴィッツで戦慄を感じたのは
洗濯場の壁に 天使や少女や子猫の絵が描かれてあったこと。
あれはいったい誰が 誰のために描いたのか。
ドイツ人が描いたのか? ユダヤ人に描かせたのか?
まさかユダヤ人がみずからを慰めるために 率先して描いたのか?

 
 絵葉書の写真は、若橋一三氏による「アウシュヴィッツ強制収容所の洗面室」です。

 そして、最後にご紹介するのは、著者の祖母、四方田美恵に送る絵葉書です。

 
(p99より引用) 旅行に出たらかならず音信をしなさいといってましたね。
あなたの引出しには何十枚という絵葉書が、
昔の一円銀貨といっしょに仕舞ってあった。
それはわたしが十歳のときから機会あるたびに送っていたものだった。
別府。大島。十和田湖。ソウル。ローマ。コロンボ・・・
絵葉書というのはどちらが表で、どちらが裏か、わかりますか。これはわたしが出す最後の絵葉書です。

 
 この祖母の言いつけが、本書の構想のきっかけになったということです。

 ちなみに、本書ですが、巻末にすべての葉書のメッセージの英訳が載せられています。100のメッセージのうちひとつがハングルで書かれていたので、それだけは英訳のお世話になりました。
 
 
100postcards





 
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全体を見る「構造化」(全体最適の問題解決入門―「木を見て森も見る」思考プロセスを身につけよう!(岸良

2010-05-01 15:41:08 | 本と雑誌

 多くの問題解決法に共通する「はじめの一歩」は「課題の明確化」です。

 もちろん、そのステップ自体は正しいものですが、事象を分析的に分割して考え始めると、しばしば「部分最適」の罠に陥ってしまいます。
 たとえば、「利益が上がらない」という課題に対してその原因を「コスト増」にも求め、ひたすら「コスト削減運動」に取組んで縮小均衡のスパイラルに落ち込んでしまうといった具合です。

 そういった短絡的な部分最適追求行動を回避する方法のひとつが「現象の構造化」です。

 
(p72より引用) 構造化していけば、一見複雑に見える現象の数々も、つなげることによってけっこうシンプルにわかりやすく理解することができる。そして、どこから手をつけていいかも明白で、根本問題から手をつけていくことが、もっともスピーディーで効果的な問題解決の突破口となるのだ。

 
 著者は、この構造を顕在化したチャートを「現状ツリー(Current Reality Tree)」と名付けています。システム開発でいえば「E-R図」的な図柄です。

 事象を「個々の要素」とその「つながり」で構造化して、まず、全体的な問題構造を俯瞰的に把握する、そして、その「つながり」を辿り根本原因を明らかにして、そこにアクションをうつというのが、この「現状ツリー」にもとづく課題解決のやり方です。

 「対立の解消」もこの構造化の方法が適用されています。
 すなわち、対立している行動をスタートに、それぞれの行動の背景となる要因(要望)を明らかにします。そして、それらの要望が共通に掲げることのできる「目的」にまで遡るのです。そして、その「目的達成」にベクトルを合わせて「相自時妙」で対立を解消するという段取りです。

 著者は、これらの営みを、関係者数人で、声を出しながら行うことを勧めています。刺激を与えながら「三人寄れば文殊の知恵」を活用する実践的な工夫だといえますね。

 さて、その他、本書を読んで書き留めておくべき点を以下にご紹介します。

 一つ目は、ゴールドラット氏が「ザ・ゴール」で提唱したTOC(Theory of Constraints=制約理論)の復習です。
 本書では、「目先の活動が、ロジカルに全体最適になり、最短・最速で変革を実現するための方法論」として紹介されています。「5つの集中ステップ(Five Focusing Steps)」です。

 
(p92より引用) ステップ1 制約を見つける
ステップ2 制約を徹底活用する
ステップ3 制約にその他のすべてを従属させる
ステップ4 制約の能力を高める
ステップ5 惰性に気をつけながらステップ1に戻る

 
 このステップで重要なのは、ステップ4にいきなり飛びつかないことです。
 まず「制約」をフル稼働させ、それ以外のプロセスを「制約に合わせるというステップ3を経ることがポイントです。これにより、余剰稼働を生み出すことができますし、無駄なコストも削ぎ落とすことができるのです。これだけでも現場には大きな余裕が出てくると著者は説いています。

 もう一つ、「戦略」と「戦術」の現実的な定義です。

 
(p161より引用) ・戦略とは、「何のために?」それを行なうのかという質問に答えるものである
戦術とは「どうやって?」という質問に答えるものである

 
 多くの場合、戦略と戦術との関係は、それらを策定する「組織の上下関係」で説明されていました。が、上記の考え方は、戦略と戦術は「ある事柄」の表裏だというのです。
 こう考えると、「戦略と戦術はそれぞれ切り離されうるものではなく、同期して機能するものである」との意識が強まります。
 
 

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