OMOI-KOMI - 我流の作法 -

For Ordinary Business People

予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ダン・アリエリー)

2009-04-30 22:32:02 | 本と雑誌

 最近、行動経済学に関心があって、ちょっと前にも「経済は感情で動く― はじめての行動経済学」という本を読んだところでした。
 似たような内容だったので、「相対的」にインパクトは弱いのは已むをえません。

 ただ、改めて復習の意味でも、人びとが「予想どおり」に不合理な行動をとってしまう要因について、いくつか列挙しておきましょう。

 まずは、人は比べやすいものから選ぶという「相対性」についてです。

 
(p33より引用) 相対性には、絶えずわたしたちの足をすくう要素がひとつある。わたしたちはものごとをなんでも比べたがるが、それだけでなく、比べやすいものだけを一所懸命に比べて、比べにくいものは無視する傾向がある。

 
 そのほかにも、人は、「最初に受けた記憶」に引きずられたり、「無料」という特別な価格?に飛びついたりします。

 定価300円の50%引き(150円)で売られているゴディバのチョコレートと10円のキスチョコが並べられていると、多くの人はお買い得だと思って150円のゴディバを選びます。
 しかしながら、(それぞれ10円値下げして、)140円のゴディバと「無料」のキスチョコが並んでいると、同じ人がキスチョコを選んでしまうのです。

 伝統的な経済学では、市場において需要と供給の均衡点で価格が決定されると考えられています。その前提には、人は常に「合理的な判断」をするとの考え方があります。
 しかしながら、行動経済学の実験は、消費者の支払い意志が「相対性」や「アンカリング」に影響されることを実証しているのです。

 この点では、行動経済学は、市場万能自由主義に対するアンチテーゼでもあります。

 
(p81より引用) たしかに人間がほんとうに合理的なら、需要と供給にもとづいた摩擦のない自由市場は理想だ。とはいえ、わたしたちは合理的ではなく非合理的なのだから、政策もこの重要な要素を考慮すべきではないだろうか。

 
 さて、本書を読んでの新たな気づきをひとつ。

 それは、「五十歩百歩の選択」についてです。
 似たようなもののうちからどちらかを選ぶという場合、結構考え込んだりします。が、そこに落とし穴があるというのです。

 
(p208より引用) ふたつのものごとの類似点とわずかな相違点に注目していたとき、わたしの友人が・・・忘れていたのは、「決断しないことによる影響」を考えに入れることだ。

 
 どちらを選んでも大差がないにも関わらず、その選択に必要以上の手間や時間をかけてしまうことがあります。
 こういうときには、どちらかに決めてさっさと行動に移すべきです。何もしないでいる間の逸失利益を考慮すると、ああでもない、こうでもないと考えて時間を浪費するのは、合理的な行動ではないということです。
 
 

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戦後を動かすインテリジェンス (昭和史を動かしたアメリカ情報機関(有馬哲夫))

2009-04-28 22:47:14 | 本と雑誌

Mujyoken  アメリカの情報機関は、戦後日本の基本的枠組みを規定する重要な決定プロセスに深く関与していました。

 たとえば、天皇制存続における戦時情報局を中心とした動きです。

 当時、国務長官代理として戦時情報局に大きな影響力を有していたグルーは、戦後の日本統治の枠組みを戦略的に構築しようとしていました。
 そのアクションプランのひとつが米国政府および米国国民の世論形成でした。グルーの頭の中には、無条件降伏を突きつけられて、国民が絶望的抵抗へと動いたドイツの姿がありました。

 
(p75より引用) グルーは、日本はそうならないように、早く無条件降伏の定義を明らかにしたいと思ったのだ。つまり、無条件降伏とは軍事的なものであって、政治的なものではないということ、国民の生命や尊厳を奪うものではないということだ。
 グルーはこのように日本人の無条件降伏に対する恐怖心を和らげておいて、いよいよ日本に天皇制存置を盛り込んだ宥和的幸福条件を提示しようとした。

 
 このグルーの計画は、後の国務省の不同意により、そのままの形では遂行されませんでした。
 しかしながら、その方針はポツダム宣言を経て、終戦後の象徴天皇制存置という結果に連なっていったのでした。

 そのほか、日本の戦後史に大きな影響を与えたアメリカ軍の組織としては、いわゆる「参謀二部」があります。
 参謀二部は、もともと心理戦を行う部局であり「諜報、保安、検閲など」を担っていました。

 
(p156より引用) 占領期において、参謀二部は民政局と日本の占領政策において、日本改造において激しい主導権争いを演じた。
 とくに政治の分野では、民政局は左翼勢力を支援し、片山哲や芦田均を政権につけた。一方、参謀二部は保守勢力に肩入れし、左翼政権の前後に吉田内閣を実現させた。日本の戦後体制はこの二つの勢力のぶつかりあいのなかで形づくられたといっていい。

 
 戦後日本の保守主流の政治潮流は、「参謀二部」の政治的成果の表れとも言えるようです。

 
(p163より引用) 軍事戦で勝利しただけでは、政治的目的は達成できない。政治戦と心理戦によって敗戦国をコントロールしなければ、政治的成果は得られないし、それは永続的なものにならない。参謀二部は正力や岸や重光を自らの政治戦のコマに使ったのだ。

 
 さらに、有力新聞や放送網も押さえたメディア・コントロールの枠組みは、占領後も根強く残り続けたと著者は指摘しています。
 
 

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アメリカドラマと情報機関 (昭和史を動かしたアメリカ情報機関(有馬哲夫))

2009-04-26 12:58:34 | 本と雑誌

Ghq_4   第二次大戦の大勢が決した以降、戦後日本の社会体制の立ち上げにあたっては、アメリカの情報機関が大きな役割を果たしていました。

 本書は、昭和史の重大局面においてアメリカ情報機関が関与した具体的な活動を、アメリカ公文書館等で蒐集した多くの資料をもとに明らかにしたものです。

 さて、アメリカの情報機関といえば、現在はCIA(アメリカ中央情報局Central Intelligence Agency)が有名ですが、その「I」は、informationではなくintelligenceです。

 
(p9より引用) インテリジェンスと情報とは同じではない。インテリジェンスとは、軍事行動とか政策について決断するときに使われるもので、専門家による分析や評価と経たのちに「知識」まで高められたものだ。情報はその素材にすぎない。
 通信社や新聞やテレビのレポーターが飛び回って集めた情報は、それだけではインテリジェンスにはならない。だが、深い知識を持ち経験を積んだ軍事や外交の専門家がそれらを分析し、評価すると、インテリジェンスになりうる。

 
 戦争の分類として、「軍事戦」「政治戦」「心理戦」といった分け方があります。
 こういったそれぞれの側面をもつ戦いを遂行していくために、専門組織がつくられていきました。その変遷は、アメリカの国際社会での立場や国内の政治状況、その時期の財政状況等にも左右されました。

 たとえば、第一次世界大戦勃発に伴い、暗号解読のための組織である陸軍・海軍併設のブラック・チェンバーが創設されたのですが、戦後1929年に廃止されました。
 その際の考え方には、当時のインテリジェンス活動の位置づけが投影されています。

 
(p38より引用) 国務長官スティムソンは、「紳士は相手の手紙を読まないものだ」といって1929年に廃止した。
 これは単にスティムソンがいささか古臭い騎士道的道徳観を持っていたということだけを示すのではない。暗号解読情報というものが当時の政治エリートたちにどう受け止められていたかを示すものでもある。
 つまり、外交とは信義を重んじなければならない。相手を欺いて、いっとき勝利を収めたとしても、信義を失えば長期的には不利益になる。

 
 インテリジェンス活動は、特に「心理戦」において、対象の社会生活にも大きな影響を及ぼします。
 本書の中で著者は、戦後整備された「日本テレビ放送網」設立にあたって、反共産主義的プロパガンダの手段に加え、戦時においてレーダー・航空管制に使用できるマイクロ波通信網構築という目的があったことを明らかにしています。

 このような、戦後の日本へのテレビ導入の背景を踏まえると、当時流行したアメリカドラマにも別の意味づけがなされます。

 
(p224より引用) 日本のテレビ放送は、始まるとまもなくアメリカのテレビ番組にゴールデンアワーを占領されるようになった。これが、アメリカの心理戦の一環だったことは、テレビ導入の経緯からも否定しようがない。その計画立案にあたったのも心理戦委員会(およびそのメンバーの国務省、国防総省、中央情報局)だったのだ。

 
 

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弱い絆のすごい力 (複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線(マーク・ブキャナン))

2009-04-25 15:55:09 | 本と雑誌

 「スモールワールド・ネットワーク」の基本構造は、大きく2つの類型に分かれるようです。
 いずれもクラスター間をつなぐリンクがポイントです。

 
(p188より引用) どうやらスモールワールド・ネットワークには二つの類型があるようだ。すべての要素がほぼ同数のリンクをもっている平等主義的ネットワークと、リンク数に大きな差があることを特徴とする貴族主義的ネットワークである。・・・貴族主義的なネットワークのいずれにも、おそらく金持ちほどますます豊かになっていった結果であると思われるハブ、すなわちコネクターが存在している。

 
 「スモールワールド」の特性を有するネットワークにおいて、それを構成するエンティティの性質・位置づけは各々異なります。したがって、その多様なエンティティの個々の変化(増加・減少・消滅等)は、想定以上の複雑な影響をネットワーク内に及ぼします。

 
(p242より引用) 食物網内の大半の種は互いに『近辺に』位置し、おどろくほどの『スモールワールド』に存在していると考えられる。・・・このことは、種を加えたり、取り除いたり、あるいは変更したりした場合の影響が、大きく複雑な生物群集内部に広範かつ急速に伝播していくことを物語っている

 
 また、このネットワークへの影響は漸進的なものではありません。液体から固体に変化するような「相変化」が起こります。
 この場合、ある一定の閾値(ティッピング・ポイント)を越えるかどうかがポイントとなります。

 
(p255より引用) 『ティッピング・ポイント』の中心をなす考えは、些細で重要とは思えない変化がしばしば不相応なほど大きな結果をもたらすことがあるというものだ。

 
 変化が閾値内におさまっていれば、部分の変化はネットワーク内で自然に抑え込まれます。
 逆に、閾値を越えると、部分の変化は一気にネットワーク内に伝播・拡大するのです。

 本書では、「スモールワールド・ネットワーク」の考え方を物理学・生物学といった自然科学の分野にとどまらず、社会科学の範疇にも応用できないか試みています。
 たとえば、「2:8の法則」として知られる「パレートの法則」についてのフレーズです。

 
(p307より引用) パレートの法則は、個人に関するものではない。この法則が表しているのは、多数の個人が集まった集団レベルで出現するパターンである。・・・おそらくパレートの法則は、人間の文化や行動、知性の特徴を反映したものではなく、むしろもっと根源的な組織化原理のようなものがもたらした結果なのだろう。

 
 このパレートの法則への適用にみられるように、本書の主張の興味深いところは、「スモールワールド・ネットワーク」の社会科学への影響を、人間の意思のレベルよりもさらにベーシックなものとして位置づけている点です。
 たとえば、最近流行の「行動経済学」に関しても、その行動の源泉は、個々人の意思ではなく集団のネットワーク構造によるとの考え方を示しています。

 社会の基本構造を「スモールワールド・ネットワーク型」と想定すると、その特質を理解したうえでの効果的な行動が可能になります。

 
(p336より引用) 社会的な事例では、スモールワールド・ネットワークはクラスター化と個々のクラスターどうしを結びつける弱いリンクがともに有効に組み合わされているように見える。クラスター化は、社会という織り地をきめ細かいものにするのに寄与し、社会資本の形成を可能にする。・・・同時に、弱い絆のほうは、コミュニティがどれほど大きなものであろうと、すべての人がコミュニティの残りの人たちと社会的な意味で身近な状態になっているのを保ち、そうすることで、だれもがより大きな組織がもつ情報や財産を利用できるようにしている。おそらく、組織やコミュニティは、スモールワールドの線に沿って意図的に作るべきなのだろう。

 
 これは、「スモールワールド・ネットワーク型組織」の創出を意図的に志向すべきという、著者からのさらに一歩進んだメッセージです。
 
 

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スモールワールド・ネットワーク (複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線(マーク・ブキャナ

2009-04-24 22:31:17 | 本と雑誌

 「わずか6人をたどるだけで、世界中の任意の2人は結び付けられる」、思っているよりずっと世界は狭い・・・。
 こういった状況を解き明かす「スモールワールド・ネットワーク」という概念の解説書です。

 生態系のような因果関係が複雑に絡まる事象も、その根本原因は、共通に見られる特徴的なネットワーク構造にあるという考え方です。
 そのキーになる構造が「スモールワールド・ネットワーク」です。この特殊なネットワーク構造の肝は、近接点をつなげたクラスターの中に時おり混在している「遠くに延びた『弱い絆』」です。

 この点について、ジョンズ・ホプキンズ大学に勤務していたグラノヴェターはこう語っています。

 
(p67より引用) 社会という織り物では、なじみの薄い知人どうしの橋渡しをする絆が非常に大きな重要性をもっているということだ。弱い絆なしでは、コミュニティは無数の孤立したバラバラの小集団になってしまうだろう。

 
 同じような構成イメージを、コーネル大学の数学者ワッツとストロガッツは「規則性とランダムさの混在」と表わしました。

 
(p78より引用) 社会のネットワークを正しく作るには、ともかくも一つのネットワーク内に規則性とランダムさとが独特の混在の仕方をして含まれていなければならないだろうという点で一致した。

 
 こういった「スモールワールド・ネットワーク」は、私たちの身近なあらゆるところで現出しています。
 もっとも身近な?ところでは、「脳」内のニューロンのつながりがそうです。

 
(p100より引用) スモールワールドのパターンは、脳のさまざまな機能部位を互いに数段階の隔たりのところに位置させることで、ネットワーク全体が一つの緊密なまとまりをもった単一体になるのを確実なものにしている。

 
 また、自律的に拡大していくインターネットの構造も「スモールワールド・ネットワーク」といえます。
 ただ、この場合は、初期のネットワーク科学で取り扱われていた構造、すなわち「規則性とランダムさの適度な混在」とはちょっと異なるもののようです。

 
(p134より引用) インターネットもワールド・ワイド・ウェブも、ワッツとストロガッツのパターンにはまったく当てはまらないが、別のやり方-少数の要素が莫大な数のリンクをもつこと-でスモールワールドを実現している。言いかえると、ネットワークをスモールワールド化する方法は一つではないということである。

 
 

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粗にして野だが卑ではない―石田禮助の生涯 (城山 三郎)

2009-04-19 16:34:54 | 本と雑誌

 今年は年初に、読書のジャンルとして「小説」のボリュームを増やそうと決めたので、その第二弾として読んでみたものです。(ちなみに第一弾は、井上靖氏の「おろしや国酔夢譚」でした)
 城山三郎氏の作品は、今までも「官僚たちの夏」「毎日が日曜日」等何冊かは読んでいます。
 今回の作品の主人公は、石田禮助。実在の人物ですから、小説というよりは城山流伝記という趣きです。

 石田氏は、西伊豆の松崎の生まれ。東京高商(現一橋大学)を卒業後三井物産に就職、35年間在職の大半は海外勤務でした。その後昭和38年、当時の池田首相に請われ財界人から初めて国鉄総裁になりました。その時、齢78歳。

 石田氏が少年時代を過ごした松崎は伊豆の港町です。石田少年は毎日海と向い合っていました。

 
(p42より引用) 海を壁と見るか、広い道と見るか、そこで人生の貌もまた変わってくる。
 多少の危険があっても、海の外へ-それは、松崎の少年の胸に点る思いであったはずである。

 
 三井物産での長期にわたる海外勤務は、生来アグレッシブな性格だった石田氏には相応しかったようです。特に30歳代、シアトルでの勤務は、石田氏に徹底した合理的思考と公共的精神を植えつけました。

 
(p61より引用) 政府にたのまれたり、社会事業に手を貸したり。公職として給与が出ても、形式的に1ドル受けとるだけ。「ワンダラー・マン」と呼ばれるそういう男たちが居ることが、石田には強い印象になって残った。

 
 昭和16年、代表取締役を経て三井物産を退社、戦後は国府津にて晴耕雨読の日々を過ごします。
 その後、第5代国鉄総裁として、正に「粗にして野だが卑ではない」というタイトルどおりの人生を歩んだのです。

 昭和44年、国鉄総裁を辞する時の新聞記者の石田氏評です。

 
(p214より引用) 「閥をつくらぬし、あんなに尊敬できる人はいない。総裁を天職と信じ、生き方に自信があった。人間のスケールがちがっていた」

 
 本書の表紙は、国府津駅での石田氏の写真です。帽子に蝶ネクタイ、見るからに頑固一徹、厳とした老紳士の姿がそこにあります。

 
 

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超凡思考 (岩瀬 大輔・伊藤 真)

2009-04-18 12:37:41 | 本と雑誌

 現在、司法試験用の塾を主宰している伊藤真氏と、ネット生命保険会社の副社長岩瀬大輔氏という師弟コンビの著した本です。
 内容は、二人の思考法・表現法等を開陳したHow Toです。

 残念ながら、これといって特に目新しい気づきはありませんでしたが、いくつかのフレーズを覚えに記しておきます。

 まず、「自分の弱点を直視すべき」とのアドバイスにおいて、岩瀬氏が紹介しているある投資家の言葉です。

 
(p32より引用) 僕は、誰よりも早く間違いに気づくことができるし、また間違いを認めることができる。大切なのは真実にたどり着くことであって、そのための力が必要なんだ

 
 次に、「専門性を大事にせよ」との主張のなかで述べられている岩瀬氏の一人立ちするための王道です。

 
(p45より引用) どんなに狭いニッチな分野であっても、そこを極めれば、必ず道は拓けるものだと実感しました。・・・まずは狭い分野で認められることが先決ではないでしょうか。認められれば、その後、必ず世界は拓けて、いろいろな分野に乗り出すことができます。

 
 どんな些細なことにも全力を尽くす。そこで自信をつけ認められることが次の躍進の第一歩になるという考え方です。特に、入社したての若い人に伝えたい姿勢です。

 昨今のネット社会では、玉石混淆の大量の情報を入手することができます。その中から如何にして自分にとって意味のある情報を抽出することができるか。
 岩瀬氏は、有益な「情報の集め方」についてもコメントしています。

 
(p122より引用) いかに自分でテーマを設定するかです。ひとつあるいは複数のトピックを予め自分のなかに設定しておくと、さまざまな経験をしたり、読み聞いたりする際にそのトピックに関連する情報が自然と自分に集まってきます。

 
 そして集まってきた情報に「so what?」と問いかけて、具体的に役立つ点を掘り出していくというやり方です。これは、コンサルタントの基本的なHow Toですね。

 さて、師匠格の伊藤氏のコメントに移りましょう。
 伊藤氏の説く「伝える技術」です。

 
(p174より引用) コミュニケーションの本質は、相手が聞きたいこと、知りたいこと、欲しているものしか伝わらない点にあります。・・・
 話す力とは、言い方を換えると、相手の求めているものを読み取る力、感じ取る力と同義です。

 
 伊藤氏は、伝えたいことを確実に伝える、つまり相手に「理解」させさらに「納得」させるためには、内容に「客観性」が必要だといいます。
 その「客観性」をもたせる一つの方法が「リーガル・マインド」の考え方です。

 
(p192より引用) 法律の世界では、絶対的な真理は端から存在しません。よって、いろいろな考え方に対してまず敬意を払う姿勢が求められます。ひとつの学説に対して、それを唱える学者や識者に対して、一定の配慮を示したうえで、「この説によれば〈確かに〉こうです。〈しかし〉私はこう考えます。〈従って〉・・・」いうパターンでものを考えます。

 
 著者たちは、最近のベストセラーとなっているビジネス書にみられるいわゆる「仕事術」には懐疑的です。

 
(p208より引用) 伊藤 結局、いちばん大切なことは、たくさんの知、たくさんの情報のなかで、自分は何を取り入れるべきか。そこの見極めではないでしょうか。・・・
 あくまで自分が主体ということを忘れない。そこをきちんと知る。

 
 本書も、内容は間違いなく「How To本」です。
 しかしながら、多くのHow To本と一線を画すのは、著者たち自身が「自著の方法論はあくまで参考であり、読者自身で自分に適した方法を見出すことを薦めている」という点でしょうか。
 
 

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昭和なつかし博物学―「そういえばあったね!!」を探検する (周 達生)

2009-04-16 22:00:00 | 本と雑誌

Yadokari  ちょっと前にも、半藤一利・保阪正康両氏による「「昭和」を点検する」という本を読んだのですが、今回も、「そういえばあったね!!」というタイトルに惹かれて手に取ってみた本です。

 著者の周達生氏は、動物生態学・民族学の専門家で国立民族学博物館名誉教授、広汎な文献調査と実物・事実を求めてのフィールドワークで、昭和期の懐かしい身近な風物を紹介していきます。

 テーマとして取り上げられているのは「ウグイスの糞」「ガマの油売り」「ヤマガラの芸」・・・。
 「ウグイスの糞」の章では、こんなコメントがありました。

 
(p35より引用) ナマコを最初に食べた人はエライとよくいうが、ウグイスの糞で最初に洗顔した人もエライと思われる。だが、誰が始めたかは、もちろんわからない。

 
 著者によると、「ウグイスの糞」は、平安時代に着物のしみ抜きで使われ始め、江戸時代に役者や芸者が顔に塗るようになったのだそうです。科学的にも、「糞」に含まれる酵素が効いているのだとか。

 ただ、私も、「ウグイスの糞」「ガマの油売り」「ヤマガラの芸」の実物にはお目にかかったことはありません。

 本書で紹介されたもので、実体験として私の記憶にあるのは「金魚すくい」「ヤドカリ」「綿菓子」あたりでしょうか。

 私が幼い時分、旧盆のころ近所で縁日がひらかれていました。地元では「土曜夜市」といって、土曜日の夕方になると商店街の入口あたりにいくつもの夜店が並びました。
 金魚すくい・ヨーヨー釣り・お面売り・・・、いろいろな露店が出ていましたが、私の一番の楽しみは「ヤドカリ」でしたね。親指の爪ぐらいの小さなものから赤ちゃんのこぶしぐらいある大きなものまで・・・。
 もちろん、大きなヤドカリは高くて手が出ません。時折、中ぐらいのものを買ってもらったときにはとても嬉しかったのを思い出しました。
 
 

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プロスペクト理論 (経済は感情で動く― はじめての行動経済学(マッテオ・モッテルリーニ))

2009-04-14 22:14:55 | 本と雑誌

 標準的な経済学では、「期待値(=効用×確率)」という「水準そのもの」に基づき意思決定されると考えられていますが、プロスペクト理論では、経済的水準の「違い」が決定項になるといいます。

 
(p131より引用) 利得の場面では危険回避型(確実性を好む)、損失の場面では危険追求型(賭けを好む)で、利得・損失が小さい場合は変化に敏感で、大きくなると感応度が鈍くなる。同額であれば、利得獲得による満足度より、損失負担による悔しさのほうが大きい(損失回避性)。

 
 「価値の絶対値」が同じX円であっても、人はX円を得た「嬉しさ」よりも、X円を失った「悔しさ」の方を約2倍も強く感じるというのです。

 「悔しさ」に代表される「不快感」は「リスク」が大きいほど強くなります。「リスク」が大きいというのは、マイナスの量が大きい、もしくは、マイナスが生じる確率が高い場合をいいます。

 さてこのリスクですが、その表現方法によって大きく印象は異なってきます。
 「リスクが2倍になる」(相対的リスク)といっても、絶対的リスクが「1%が2%になる」のと「40%が80%になる」のとでは大違いです。

 
(p165より引用) 新聞やテレビの報道を見るときに、各種の統計数字については、母体数がどれだけかを確認し、%表示であれば実数に、実数表示であれば%表示に、置き換える頭をもとう。そうすれば、最初に受けた印象と異なり、騒ぐようなことではない、とわかるかもしれない。また、%表示を見たら、残りの%が何なのかを問いかけることで、事の本質を見抜く眼をもとう。

 
 本書の後半では、神経経済学(neuroeconomics)について触れています。
 神経経済学とは、脳神経学と経済学が融合した新しい経済学で、「行動」のもととなる神経生物学から、経済における選択の理論をつくりあげよういう試みです。

 この解説の中で興味深かったのが、「感情」の意味づけについてのくだりです。

 
(p271より引用) 正しい決定も、それを心に刻む感情が結びついていなければ、忘れ去られてしまい、過去の経験や知識を基礎にして活動することができない。感情やそれに関連する身体細胞の活動は、だから、有効な記憶と将来のシナリオに直結する力を保つための増幅装置として、決定のプロセスに不可欠な役目を果たしているのである。

 
 「感情」は、決定のプロセスにおいて「攪乱要因」ではないのです。合理性と感情とは対立するものではありません。

 
(p296より引用) 合理的な人とは感情のない人ではなくて、感情の操縦方法をよく知っている人なのだ。

 
 その他、本書では、「非合理的な判断」を材料にした多くの人々の典型的な思考/行動様式を指摘しています。
 その中で、古今東西を問わずよく見られる傾向は、「自分への甘さ」です。

 
(p176より引用) 私たちの行動や信念の正しさを裏づけるような何かいいことが起こったときは、その出来事を、自分だけが持つ能力のためだと考えがちだ。ところがことがうまく運ばないで、こっちが間違っていたり、こっちの考えがおかしかったりしたときには、誤りを認めてそこから学ぼうとはしないで、その不快な出来事の原因を、自分の考えや行動などとは切り離し、たとえば運のせいなどにしたりする。

 
 また、「選択」に関わる重要な示唆も語られています。

 
(p113より引用) 結果が同じでも、しなかったことより積極的にしたことのほうがよほどこたえるのだ。だれだって後悔にともなう嫌な気分は避けたいから、現状を変えようと決意することのほうが、現状を維持しようとすることよりむずかしい。

 
 ここで大事なのは、これに続く以下のフレーズです。

 
(p113より引用) 人は短期的には失敗した行為のほうに強い後悔の念を覚えるが、長期的にはやらなかったことを悔やんで心を痛める。

 
 

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非合理な決定 (経済は感情で動く― はじめての行動経済学(マッテオ・モッテルリーニ))

2009-04-12 15:11:33 | 本と雑誌

 これも最近流行の「行動経済学」の本です。
 クイズ形式で読者の選択を求めながら解説が進んでいきます。クイズに対する自分自身の答えを振り返ることによって、自分の「非合理度?」を感じながら読み進めることができます。

 本書で紹介されている身の回りでよく見られる「非合理」的な行動様式の例です。

 まずは、「選択肢が多くなると判断は混乱する」という傾向の指摘です。
 これは、昨今の政治課題の扱いにも見られていますね。

 
(p29より引用) 選択肢の数が増えるにつれて、判断を先延ばしにする傾向が強まることがわかった。判断するときの葛藤が深まると、しまいに判断力が衰えるということだ。

 
 次に、「質問が肯定型か否定型かによって異なった判断を示す」という傾向について。
 多くの人は、肯定型の問いの場合は肯定的な面に、否定型の問いの場合は否定的な面に、より注目するのだそうです。

 また、これもよく見られる「コンコルドの誤謬」「サンクコスト(効果)の過大視」という現象についても言及しています。

 
(p61より引用) 先行投資額が巨大だと、損失回避の傾向から、人は未来の予測をしばしば誤る

 
 これらのほか、非合理的行動の原因のうち代表的なものとしては、先入観や直感に基づく「思考の近道」があります。
 これについて解説した章では、以前読んだ三谷宏治氏による「観想力」という本にも登場していた「ヒューリスティック・バイアス」がとり上げられていました。

 
(p75より引用) 人が意思決定をしたり、判断を下すときには、厳密な論理で一歩一歩答えに迫るアルゴリズムとは別に、直感で素早く解に到達する方法がある。これをヒューリスティクスと言う。・・・トヴェルスキーとカーネマンは、確かな手がかりのない不確実性状況下で、人はヒューリスティクスをとりがちだが、そのために、ときに非合理的な判断と意思決定をすることを実証した。かれらは、人が合理的な判断をすることを否定したのではない。「完全合理性」の人間像を仮定した標準的な経済学の誤りを指摘したのである。

 
 ヒューリスティック・バイアスの第一の要因は「代表性」です。
 これは、典型的と思われる「ステレオタイプ(固定観念)」を判断の基準とするものです。
 こういった固定観念は、ものごとを安易かつ過度に法則化しようとします。数回同じことが起こっただけで次はこうなるだろうと推測してしまう「小数の法則」や、単に平均値にもどっただけなのに「2年目のジンクス」と言ったりする「平均値への回帰の過小評価」がこれにあたります。
 これらは、統計的サンプルが少なくて判断不可能な場合でも、ともかく一般化しようとする傾向を映しています。

 第二の要因は「利用可能性」。すなわち思いつきやすさです。
 これは、マスコミ等で大きく取り上げられることにより判断にバイアスがかかり、つい実際の生起確率より高い確率で発生すると評価してしまうものです。確率から言えば、鳥インフルエンザを気にするよりも、本当は交通事故にあわないように注意すべきなのです。

 最後に、本書で紹介されている数々の「日常の非合理」の中で、改めてなるほどと思った事例を覚えに記しておきます。
 3つの選択肢が示された場合の「妨害効果」と「誘引効果」についての指摘です。

 
(p37より引用) すでに示されている二つの選択肢のなかの、一方にきわめてよく似た選択肢が追加されると、一種の「妨害効果」が生じて、それらとはまったく異なる選択肢(二番目のケースでは五〇〇円)が選ばれる比率が高まる。一方で、新たに加わった選択肢がほかの二つのうちの一方よりはるかに劣っている場合(ここではプラスティック製のボールペン)には、追加された選択肢が「餌」になって、メタルのボールペンの魅力がぐっと上がり、それが選ばれる確率がきわめて高まるというわけだ。

 
 

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雪 (中谷 宇吉郎)

2009-04-11 18:12:06 | 本と雑誌

Yuki  いつか読んでみようと思いながら今に至った本です。

 専門的な研究内容の説明は最小限にとどめつつ、一科学者としての、科学に取り組む純朴な姿勢、そこに住む人々へ科学をもって貢献したいとの真剣な想いが丁寧に書き込まれた著作です。寺田寅彦氏に師事したとの経歴も頷けます。

 著作の中心は「雪の結晶」の研究の紹介で、雪の分類・雪の人工生成に関するくだりは大変興味深く読めました。
 たとえば、こういった記述です。

 
(p104より引用) (観測の)結果を整理して見てはつきりと分つたことであるが、殆どすべての降雪は各種の結晶の混合から成つて居るのである。・・・
 かういふ現象は、上空の気象状態が非常に複雑だといふことを示すのである。即ち上空の各層の気象状態が夫々異り、各々の層で別の形の結晶が出来、地表に近い所で出来た結晶はその儘に近い形で地表に達し、上層で出来たものは落下途中で更に色々な成長をなして地上に達する。所が結晶の形によつて落下速度が異る為に、落下の途中で前後が生じ、色々の形の結晶が入り乱れて同時に地上に達するものと思はれる。それに上昇気流や下向気流が加はるので問題は一層複雑になるのであらう。

 
 その他、地道な研究に愚直に取り組む学究の想いが垣間見られるフレーズをいくつかご紹介します。

 まずは、「日本に根ざした研究へのプライド」を示すコメントです。

 
(p14より引用) アメリカで立派に役立つからと言つて、そのまゝそれが雪質の全然違ふ日本で立派に役立つなどと考へるのが既に最初の錯誤であらう。アメリカへ支払ふラッセル車一台の購入費を投げ出して、日本に降る雪の性質を根本的に研究したならば、日本のために真に役立つ除雪車は必ず出来るに違ひない。鉄道のみに限らず、あらゆる部門でかゝる哀しむべき事実が数多く行はれてゐることであらう。

 
 もうひとつ、「顕微鏡写真の弊害」について。

 
(p32より引用) この点で顕微鏡写真の発達はかへつて、一時科学的な雪の結晶の研究を阻礙したとも言ひ得るのである。・・・つまり一口に言へば、顕微鏡を覗いて見て、美しくないものは写真に撮らない。模様的に美しく、しかも平面的なもののみを撮る傾向がある為に、一般の人々に雪の結晶がさういふものだと思ひ込ませるやうになつたのである。

 
 確かに、私も「雪の結晶といえば、この形」といった固定観念を持っていました。本書で紹介されている結晶の分類についての解説で、その多種多様な姿を知った次第です。

 さて、本書ですが、ひとつの研究に対し一途に真正面から取り組んできた科学者の、静かではありますが熱い気概がしっかりと感じられる著作でした。

 
(p149より引用) 研究といふものは、このやうに何度でもぐるぐる廻りをして居る中に少し宛進歩して行くもので、丁度ねぢの運行のやうなものなのである。

 
 「附記」でもこう語っています。

 
(p160より引用) 或る主の仕事は、何年やつてもその効果が蓄積しないものであるが、科学的の研究は、本当の事柄を一度知つて置けば、その後の研究はそれから発達することが出来るのであるから、さういふ意味で決して迂遠な道ではなく、寧ろ最も正確な近路を歩いてゐることになると少くとも科学者はさういふ風に思つてゐるのである。

 
 著者は、謙遜して以下のように書かれていますが、科学の説明に止まらず雪国の生活をも思いやった素晴らしい内容だと思います。

 
(p158より引用) それで極めて平凡な一人の学徒の平凡な研究の話も一部の読者には興味があるかも知れないと思つたのがこの本を作つた主旨である。もし料理屋の立派な御馳走を喰べ馴れて居る人に、茶漬のやうな味を味はつて貰へたら望外の喜びである。

 
 第1版は昭和13年の岩波新書。
 いかにも旧仮名遣いが似合う作品です。
 
 

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活眼 活学 (安岡 正篤)

2009-04-08 22:35:44 | 本と雑誌

 著者の安岡正篤氏は東洋思想研究家ですが、研究者としてよりもむしろ、東洋宰相学・帝王学に立脚した人間学を説く政治家・財界人の精神的指導者としての活動が有名です。

 本書は、氏の昭和30年から50年代にかけての氏の論講の中から数編を選び出し採録したものです。

 説かれている内容は、実践を重視する陽明学の思想が底流にあるように感じられます。中国・日本を中心とする東洋の古典から「かくあるべき」との箴言が語られているのですが、正直なところ、特に目新しい気づきは少なかったというのが実感です。
 これは、もちろん、読む私側の素養にも拠るところが大きいのですが・・・

 そういった中でから、安岡氏の思想の基本的姿勢にかかわる点で、私の興味をひいたフレーズをご紹介します。

 まずは、安岡氏の「国際関係観」についてです。

 
(p92より引用) 本当の意味の世界的発展というものは、やはりその中に限りなき多様性・進化性、いわゆるヴァラィエティ variety とかディヴァーシティ diversity とかいうものを持たなければならない。それでなければ本当の意味の造化にならない。活世界にならない。

 
 著者は、行き過ぎたナショナリズムは否定していますが、国際社会における「個」としてのナショナリティ・国民性・民族性は尊重すべきとの考えです。

 もうひとつ、氏の主張する「政治リーダー」の在り様についてです。

 
(p135より引用) 現代の悩みの究極は果たして偉大な道徳的人物が排出し得るかということであり、そういう人物が乏しくないとしても、いかにしてそれらを有力な政治的地位に配置し得るかということである。哲人政治というものが新たな世界の最大の政治的課題であると信ずる

 
 優れた政治家が一般大衆を率いていくという社会の姿を前提にしている考えのようです。
 「政治」という世界がある以上、ある意味当然の考え方だとも思いますが、政治はやはり市民が付託した営みであるべきでしょう。古今の書物に学んだ哲人政治家を望むのは、今日、ちょっと無理な注文です。

 最後に、本書の中で毛色の変わったコメントをひとつ。

 
(p191より引用) 理屈なんていうものは枝葉末節のものに過ぎない、さびしいものである。

 
 

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世の中にひとこと (池内 紀)

2009-04-05 13:27:07 | 本と雑誌

 たまたま図書館の新着図書の棚にあったので手にとってみました。
 著者は、ドイツ文学者でありエッセイスト。
 本書は、信州の地方紙に掲載された著者のコラムを再録整理したものです。
 全体を「春夏秋冬」の4章にわけ、一話2・3ページのボリュームでテンポよくエッセイが並びます。

 その中から気になったフレーズをいくつかご紹介します。

 まずは、信州松本にある喫茶店を訪れた際の、著者の「文化」にまつわる感想です。

 
(p29より引用) 年に一度出かけるかどうかの豪華な文化会館よりも、毎日やさしく迎えられ、くつろげるところ、そんな場を身近に持つことこそ文化なのだ。

 
 また、ネット情報に判断や自分の好みさえも委ねる「情報社会」について。

 
(p75より引用) いっさいをインターネットやホームページの情報にゆだねるのは、せっかくの機会を“情報屋”に売り渡したことにならないか。誰が選んだとも知れない「おすすめの店」で、「おすすめ料理」を食べるのは、つまるところ情報を食べているだけのことではないか。

 
 政治や権威については、著者の切り込みはさらに厳しくなります。
 「リストラ」「ローン」「セーフティネット」等に代表される片仮名語、また「後期高齢者」といった官製語を取り上げてその欺瞞的姿勢を批判します。

 
(p136より引用) 政治学では「ユーフェミズム(euphemism)」という。「遠まわしの言い方」で事実をごまかすこと。政府や権力側が使う常套手段であって、大衆操作の道具とされている。

 
 また、「裁判員制度」をテーマにした章では、日本人の心性の観点から、その導入の拙速に警鐘を鳴らしています。

 
(p169より引用) そもそも日本人は、こういう形で人を裁く資格をもつかどうかの根本的な疑問からだ。
 社会的な事柄に関して、この国では幼い頃から議論をする習慣をやしなってこなかった。長じてもその訓練を一切しようとしない。
 ものごとを判断するとき、「なんとなく」といった感覚優先で、おそろしく情にもろい。それは文化の基底にも流れていて、日本人の心性そのものではあるまいか。

 
 こういった昨今の社会に関する著者の辛口のコメントには、首肯する人が多いのはないでしょうか。

 最後ご紹介するフレーズは、「平成の大合併の愚」について。
 瀬戸内の小さな町を走るバスの中の風景に接して、著者はこう語ります。

 
(p15より引用) 合併によって人口が倍増したり、面積がグンと大きくなった。それを誇らしげに口にする首長の談話を見かけたが、愚かしい限りである。行政区が人間的尺度を無視して一定の限度をこえると、ムリ、ムダが生じ、しわ寄せが、まず幼い者や老いた者にいく。つぎには暮らしそのものが成り立たなくなる。
 小さな手を握りしめ、じっとうつ向いていた女の子は訴えていた。放課後、仲よしと遊ぶまもなくバスに乗せられる。毎日、往復一時間の乗車を強いて、それを乗客数にカウントする大人たちの身勝手さ。

 
 著者の厳しい指摘と優しい視線です。
 
 

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ザ・チョイス―複雑さに惑わされるな! (エリヤフ・ゴールドラット)

2009-04-04 15:32:13 | 本と雑誌

 ゴールドラット氏の著作は「ザ・ゴール」以降、何冊か読んでいます。
 本書も、基本は「Theory of Constraints(制約条件の理論)」の応用ですが、主張の内容はかなり趣きが異なっています。

 著者の主張の大きな柱のひとつは、「ものごとは、そもそもシンプルである」という考え方です。
 本書は、ゴールドラット博士と娘エフラットとの会話という形でストーリーが進んでいくのですが、この「ものごとはシンプル」という主張は、ニュートンの考え方を紹介する形で説明されています。

 
(p62より引用) ニュートンが言っているのは、その反対だ。ものごとは収束していくと言うんだ。深く掘り下げれば掘り下げるほど、共通の原因が現われてくる。十分掘り下げると、根底にはすべてに共通した少数の原因、根本的な原因しか存在していない。原因と結果の関係を通して、これらの根本的な原因がシステム全体を支配しているというんだ。つまり、『どうして』『なぜ』を繰り返すことは、ものごとを複雑にするどころか、逆にすばらしくシンプルにしてくれると彼は言っているんだよ。

 
 このあたりは、トヨタが「なぜなぜを5回」で課題解決の本質的原因に迫っていく取り組みと似た発想です。
 「Theory of Constraints(制約条件の理論)」自体、「トヨタ生産方式」によるプロセス改善と類似したアプローチですから当然といえば当然ですね。

 ただ、「『ものごとはシンプルだ』と信じて課題解決に取り組む」というアプローチ手法は参考になります。

 
(p81より引用) 『ものごとは、そもそもシンプルである』というのは、現実は、現実のあらゆる面は、すべてごく少数の要素によって支配されていて、どんな対立も解消することができるということだ

 
 著者も、それにより「明晰な思考」ができるようになると説いています。

 逆に、物事は複雑なものだと考えると解決への道は遠くなります。
 著者は、そういった問題解決を阻む「障害」を3つにまとめています。

 
(p124より引用) 一つ目の障害は、現実が複雑だと考えること。二つ目の障害は、対立は当たり前で仕方のないことだと考えること。この二つの障害が、必要な変化を導き出す邪魔をしているというのだ。

 
 そして三つ目の障害は、「人には、他人を責める習性があること」だといいます。
 「自責」で考えなさいということです。結局のところ、課題というものは、自分が主体的に動かないと、自分が自分のこととして解決するという強い意思をもたないと、解決しないということなのでしょう。

 もうひとつ、本書の中で印象に残ったフレーズをご紹介しておきます。
 「ロジックと直感」の関係についての著者の考えです。

 
(p253より引用) ロジック、つまり論理を展開していくには、直感に基づいて原因と結果の関係を次から次へと供給していかなければいけない。仮説を立てるにも、あるいは結果を予想するにも、直感なくしては無理なんだ。どんな前提があるのか、それを見つけ出すにも、やはり直感が必要だ

 
 さて、最後に本書の感想ですが、ちょっと冗長で主張に今ひとつ切れがないかなという印象です。数年前読んだ同じ著者の代表作「ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か」のインパクトが際立っていたからかもしれません。
 
 

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論理化・抽象化 (「日本の経営」を創る(三枝匡・伊丹敬之))

2009-04-03 22:23:56 | 本と雑誌

 アメリカの大学で学び、アメリカの企業・大学での勤務経験のある二人は、第一章でアメリカ流経営の9つの弱みを指摘します。

  1. 安易な多角化
  2. 高過ぎる配当性向
  3. 短期リターン志向
  4. 組織の非継続性
  5. 品質よりも目先の利益追求
  6. ものつくりの弱さ
  7. インスタント成金主義
  8. 社員の低コミットメント
  9. 所得配分の過度の偏り

 上記の弱点のひとつである「高い配当性向」の話から、伊丹氏は企業経営の基本姿勢について以下のように語っています。

 
(p21より引用) 企業は、「働いて会社を発展させている人々」への遇し方と、「お金を出してくれた株主」に対する遇し方の二つの間で、バランスをとらなければならない。このバランスのとり方で企業経営の原点は決まります。

 
 他方、日本企業にも数多くの弱点があります。

 三枝氏が指摘するそのひとつが、「コンセプト化能力の弱さ」です。

 
(p116より引用) みんなで残業して工夫をするとか、提案箱にたくさん提案を入れるなど、文字どおり汗を流して生産現場で「作り込む」ことは、アメリカ人など足元にも及ばないほど日本人は頑張ったのに、その現場手法を一段高いところから分析し、論理化し、新しい改革論や組織論に敷衍化し、それで会社を変えていくというような発想は、われわれ日本のビジネスマンは持てなかった。それが今日の日本企業の弱さを招いている面があると思います。

 
 この点については、伊丹氏も同様の主張をしています。

 
(p122より引用) 現実の自分の周りをしっかり観察し、自分や他人の過去のさまざまな成功と失敗の経験の中から、自分なりの「経験の理論」あるいは「経営の原理」を抽象化できない人には、新しい環境の中で自社がどのような具体的な経営策をとったらいいのか、を考える基礎を持てない。だから、誰か他人の真似をしたり、ベンチマークと称していいとこどりを目指すしかなくなる。しかし、ベンチマークしても何をしても、自分の置かれた環境でどのような具体的な経営が最も適切なのか、その判断基準(つまり原理)のない人には新しい経営策の積極的な選択はできないのである。

 
 現場での経験を、一度「抽象化」した「経営原理」のレベルに引き上げないと別環境には適用できないとの考えです。
 そのことを伊丹氏は、「経営の具体策=原理(理念)×環境」という方程式で表しています。抽象度の高い原理(理念)を具体的な実環境にあてはめることにより、新たな具体的打ち手が生まれるということです。

 もうひとつ、本書で明らかにされているユニークな主張は、経営における「マインド」面の重視です。

 三枝氏は「マインド連鎖」、伊丹氏は「戦略の組織適合」というコンセプトで表しています。

 
(p153より引用) 組織適合という言葉の意味は戦略に合わせた組織を作るという意味じゃなくて、むしろ逆です。戦略の内容そのものが人の心を動かすようにできていることを、戦略の組織適合と言ったんです。人の心を動かせる戦略が重要だと言い出したんです。

 
 アメリカでは、戦略の内容と戦略の実行プロセスが二分されています。「戦略」は「経済学/マーケティングベース」、「実行」は「組織論/プロセスベース」です。

 こういった考え方に対し、伊丹氏は、

 
(p154より引用) わたしは、その二分法は間違っている、と言い出したんです。戦略の内容を考えるときにすでに、組織の人々の心理を考えなければダメだ、と言いたかった。

 
 最後に、数多くの企業再生案件に取り組んだ三枝氏の「再生・改革・改善」についてのコメントです。

(p241より引用) 重要なことですが、改善をたくさん積み上げたら改革に至るという考え方を、私は真っ向から否定しています。・・・
 よく「抜本改革」という言葉を聞きますけど、それが文字どおり「根こそぎ直す」ことを意味しているのであれば、再生という言葉の意味に近いと思います。ただ、抜本改革なんで呼んでも実際は大したことをやらない会社の方が多いし、改善程度のことを大げさに改革と呼んでいる場合もよくあります。世の中では言葉と実際がワンランクずれて使われていることが多いように思いますね。

 
 誰にでも心当たりのある指摘ですね。もちろん、私も含めてです。
 
 

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