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原点 (人間と国家―ある政治学徒の回想(上)(坂本 義和))

2011-10-30 08:57:12 | 本と雑誌

Jfk_meeting_khrushchev_3_june_1961  大学4年のとき、本書の著者坂本義和先生の国際政治のゼミをとっていました。もう30年ほど前、ちょうど第二回国連軍縮特別総会(SSDⅡ)が開催された頃です。

 本書は、坂本先生の少年時代から現在にいたるまでの回顧録。大変興味深いエピソードが多数綴られています。

 そのなかから、まず先生が東大助教授のころのアメリカ留学時の記述です。
 シカゴ大学の国際政治学の大家モーゲンソウ教授に対する質問に関するくだり。当時のモーゲンソウ教授の国際政治政策は「膨張主義的な帝国主義」と「現状維持」政策の2つであるとの前提に立っていたといいます。ここに、坂本先生は「縮小政策」の可能性を指摘しました。

(上 p130より引用) 私の趣旨は、主権国家間であれ、帝国と植民地間であれ、「現状維持政策か、膨張拡大政策か」とう選択肢しかありえないという問題設定そのものが、国際紛争の解決を、はじめから困難・不可能にしてしまうだけでなく、戦争や軍備競争などによって双方に不利益をもたらしさえする。それに対して、緊張緩和や紛争解決のためには、当事者の少なくとも一方、できれば双方が、既得権益縮小政策という第三の選択肢をとるという、一見譲歩と受け取られるイニシアティヴをとることによって、実は現状維持政策や拡大膨張政策よりも実益を確保できる場合があるという視点を重視すべきだ、という点にありました。

 大学での坂本先生の「国際政治」の講義の中で、今でも記憶に残っているのが、「軍縮に向かうプロセス」の一例としての「キューバ危機」における米ソ首脳の行動とその背景にある思考過程に関する解説でした。
 一触即発、核戦争の危機を目前にしたケネディとフルシチョフとの緊迫の交渉、フルシチョフの譲歩を契機とした第三次世界大戦開戦回避、さらには双方のミサイル撤去等、米ソ対立が沈静化に向かう流れ・・・。このコンテクストを語った坂本先生の立論の根底にあった思想を30年の時の隔たりを経て垣間見たような気がしました。

 この講義から、私は「指導者間の信頼」というある種個々人レベルの要素が、「行動(一方的イニシアティヴ)」という表象を通じて「国家間の信頼」に至る可能性があるということを知りましたし、その観点から「信頼」の普遍的な重要性を痛感したのを思い出します。

 もうひとつ、坂本先生の問題意識の根底を一貫している「平和」問題、特に「核時代」という歴史認識に関する部分。
 ヒロシマに投下された原爆による凄惨な被害写真を目にした坂本先生は、その意味づけをこう語っています。

(p166より引用) それを見た私の第一印象は、主権国家の終わりが始まったということでした。主権国家は、いざとなれば戦争をして生き残ることを目指す政策を常識としてきましたが、原爆を戦争に使うことが国家間で行われるようになれば、人間を殺しつくしてしまうことになる。それは戦争を手段として生き残るという形で、主権国家が戦争を当然の属性とする時代の終わりの始まりを意味するという強烈な実感でした。

 戦争は国家間の紛争を解決する最終手段とはなり得ない、当事者国家の破滅に至る「採り得ない選択肢」だという強固な確信です。この確信が、坂本先生のライフワークたる「平和研究」の中核となり、その活動の動因となったのです。


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夜叉ヶ池・天守物語 (泉 鏡花)

2011-10-27 22:20:53 | 本と雑誌

Tensyu_monogatari  教科書にも出てくる作家の作品を実はあまり読んだことがない・・・、その反省から先般も島崎藤村の「夜明け前」を読んでみたのですが、本書はその流れです。

 今回は「泉鏡花」の短編戯曲。妖怪と人間との絡み合い、鏡花の描く世界の中では人間界の方が不可解、魔界の方が純粋なようです。

 ストーリーものなので、過度な引用は避けますが、「天守物語」より1カ所、そういった人間界のしがらみや思いあがりに触れたくだりです。
 ちなみに、台詞の主の「夫人」富姫は妖怪です。

(p114より引用) 鷹は第一、誰のものだと思います。鷹には鷹の世界がある。露霜の清い林、朝嵐夕風の爽かな空があります。決して人間の持ちものではありません。諸侯なんどというものが、思上った行過ぎな、あの、鷹を、唯一人じめに自分のものと、つけ上りがしています。貴方はそうは思いませんか。

 典型的な食わず嫌いで近代文学はほとんど読んだことがありません。特に「戯曲」を手に取ったのは初めてでした。が、本作品、軽いインパクトを受けました。

 今までは戯曲といえば、定番のシェイクスピアの翻訳本をいくつか読んだぐらいだったのですが、この鏡花の作品は予想外に興味深いものでしたね。特に「天守物語」は、最後の幕の急展開も面白く、この作品が「舞台」ではどう演じられたのか、一度みてみたいという思いを強く持ちました。

 ちなみに「夜叉ヶ池」は、1979年に映画化されたとのこと。主演 坂東玉三郎、監督 篠田正浩、音楽 冨田勲という錚々たる顔ぶれです。また、「天守物語」は1995年、坂東玉三郎 監督・主演、その他、宮沢りえ、宍戸開、南美江、市川左團次といったキャストで映画となり、こちらはDVDも販売されているようです。ちょっと気になります。


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天災と日本人 寺田寅彦随筆選 (寺田 寅彦)

2011-10-23 09:10:25 | 本と雑誌

Sanriku_great_tsunami  今般の東日本大震災を機に、改めて災害に対する備えとそもそも災害も含めた自然観を振り返る意味で手にとった本です。

 著者は物理学者であり随筆の達人寺田寅彦氏。
 日本列島の地勢の特殊性を踏まえ、自然科学を礎としつつも日本人論にも踏み込んだそれぞれの作品は、今読んでもなお大変示唆に富むものです。

 本書の最初に掲げられた随筆「天災と国防」には、寺田氏によるまさに耳に痛い指摘が開陳されています。

(p9より引用) 統計に関する数理から考えてみると、一家なり一国なりにある年は災禍が重畳しまた他の年にはまったく無事な廻り合わせが来るということは、純粋な偶然の結果としても当然期待されうる「自然変異」の現象であって、・・・悪い年廻りはむしろいつかは廻って来るのが自然の鉄則であると覚悟を定めて良い年廻りの間に十分の用意をしておかなければならないということは、実に明白すぎるほど明白なことであるが、またこれほど万人が綺麗に忘れがちなことも稀である。

 また、同様のコメントは、過去二度にわたる三陸地方を襲った津波を題材にした「津波と人間」においても「科学の方則」として言及されています。

(p28より引用) 科学の方則とは畢竟「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。
 それだからこそ、二十世紀の文明という空虚な名をたのんで、安政の昔の経験を馬鹿にした東京は大正十二年の地震で焼き払われたのである。

 寺田氏は、科学者として「科学の有用性」を訴えながら、それを謙虚に行動に活かすことができない「人間」「社会」に警鐘を鳴らし続けました。その背景には、文明と災害との関係性の思想があります。

(p10より引用) 文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実である。

 未開の頃は災害があってもその範囲は限定的であり、その被害からの再生も容易でした。しかしながら、文明が進歩し都市が構造化され、それを支える社会インフラも複雑化している今日では、災害が社会生活に与えるダメージは過去と比較にならないくらい甚大なものになっているという指摘です。まさに、今回の東日本大震災とそれに伴う福島原子力発電所事故は、寺田氏の危惧がそのまま現実化されたものだといえるでしょう。

(p86より引用) 「地震の現象」と「地震による災害」とは区別して考えなければならない。現象のほうは人間の力でどうにもならなくても「災害」のほうは注意次第でどんなにでも軽減されうる可能性があるのである。

 この「災難雑考」の章で述べられている寺田氏の主張は、まさに東日本大震災の被害を目の当たりにしている今、なおさらに活きる至玉の箴言だと思います。

 さて、本随筆集の終章は「日本人の自然観」というタイトルの小文です。
 その中から、いかにも寺田氏といった感性と筆致が現れているくだりを最後にひとつご紹介します。

(p122より引用) 日本の自然界は気象学的地形学的生物学的その他あらゆる方面から見ても時間的ならびに空間的にきわめて多様多彩な分化のあらゆる段階を具備し、そうした多彩の要素のスペクトラが、およそ考え得らるべき多種多様な結合をなして我が邦土を彩っており、しかもその色彩は時々刻々に変化して自然の舞台を絶え間なく活動させているのである。

 この多種多様な、寺田氏流の表現では「慈母」と「厳父」の性格を併せ持った日本の自然風土が母体となり、大陸の辺境に位置する日本人独特の日常生活・精神生活が生起したとの説です。


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ウィキリークスの衝撃 世界を揺るがす機密漏洩の正体 (菅原 出)

2011-10-20 23:01:00 | 本と雑誌

Wikileaks  ウィキリークスにより夥しい量の機密外交文書がオープンにされて約1年。
 本書は、「ウィキリークス」とその創設者「ジュリアン・アサンジ」をテーマにしたノンフィクションです。

 従前の軍事・外交における「常識」を根底から覆し世界に激震を走らせたウィキリークスですが、その特異な行動の目的について、アサンジはこう語っています。

(p36より引用) 我々のゴールはより透明性の高い社会を実現することではなく、より公平な社会を実現することである。透明性が高くオープンであることは、多くの場合、そうしたゴールに社会を導く傾向がある。なぜならば、権力を乱用する計画や振る舞いは市民の反対を受けるし、権力者はそうした計画を実施する前に人々の反対に遭うことになるからだ。

 ウィキリークスで公開された25万点以上にのぼる国務省の外交公電等の漏洩元は、イラクに派遣されていた米陸軍インテリジェンス分析官だと目されています。
 なぜ、一陸軍軍人が国家機密情報にアクセスし持ち出すことができたのか、その背景について著者はこう説明しています。

(p84より引用) 9.11テロは米国のインテリジェンス・コミュニティや国家安全保障サークルに深い傷を残した。「もっとお互いに連携し、情報を共有していれば、あの惨事を防げたかもしれない・・・」。このトラウマが、かつてない大規模な機密情報の共有ネットワークの構築を可能にした。・・・9.11後の「情報“共有”革命」の結果、60万人もの米軍人・米国防総省の文官たちがこのネットワークにアクセスすることが可能になっていた。

 この中の一人が、漏洩元ブラッドリー・マニングだったのです。

(p86より引用) 米国防総省は、SIPRNETの機密情報の不正なコピーを防ぐため、USBメモリーや外付けのデータ記録用デバイスの使用を禁止していたが、CDは禁止項目に入っていなかった。マニングはこの抜け穴を利用して、SIPRNETにアクセス可能なインテリジェンス・センターのコンピューターに空のCDを持ち込んでは、機密情報をコピーしていたのである。

 しかし、これが事実ならあまりにも杜撰と言わざるを得ません。(正直なところ、国家機密情報の管理がこの程度の厳格さであったという説明内容はどうしても信じられませんが・・・)
 そして、もう一つの誘引に、対イラク戦の不調がありました。

(p91より引用) 9.11テロのトラウマから情報共有を促進したこと、泥沼のイラクから抜け出すために現場の兵士たちにより多くの機密文書へのアクセスを許したこと。この2つの流れが前代未聞の機密情報の大量漏洩を可能にする舞台を設定したのであった。

 インターネットは、世界中の情報の流れを一変させました。日本においても、尖閣諸島中国漁船衝突事件における実写ビデオの流出に見られるように、「機密情報」に係る一人の判断と行動がとてつもなく大きな社会影響を与えうることが実証されています。

 多様な価値観の存在は、決して否定されるべきものではありません。その条件の中で、守られるべき権利・権益等をどう捉えるか、異なる価値が交錯する具体的事例を前にしてどう対応・対処するか、非常に悩ましい問題です。

 さて、最後に本書の印象です。
 見開きには「全ての謎に迫る渾身のノンフィクション」と大書されていますがどうでしょう・・・。著作のボリュームとしては、ウィキリークスが公開した情報の紹介・解説がかなりのページを占めていて、実際の「ウィキリークス」という組織の内情の追究・「ジュリアン・アサンジ」というベールに包まれた人物の深堀りといった点では、正直なところかなり物足りなさを感じました。


ウィキリークスの衝撃 世界を揺るがす機密漏洩の正体 ウィキリークスの衝撃 世界を揺るがす機密漏洩の正体
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第二部から 想いの瓦解 (夜明け前(島崎藤村))

2011-10-15 09:25:36 | 本と雑誌

Magome_2   「夜明け前」、第二部は、大政奉還以降です。徳川の時代は終わり、半蔵にとっては待ちに待った新たな時代の幕が開きました。

(二部上p158より引用) 「王政復古は来ているのに、今更、勤王や佐幕でもないじゃないか。」
 寝覚の蕎麦屋で逢った時の友人の口から聞いて来た言葉が、枕の上で彼の胸に浮かんだ。彼は乱れ放題乱れた社会にまた統一の曙光の見えて来たのも、一つは日本の国柄であることを想像し、この古めかしく疲れ果てた街道にも生気のそそぎ入れられる日の来ることを想像した。彼はその想像を古代の方へも馳せ、遠く神武の帝の東征にまで持って行って見た。

 とはいえ、半蔵は、未だに木曾街道の中、馬籠の宿にいます。
 半蔵の本陣の前、街道を行き交う様々な人々。彼らの足取りで世情や人情を計り知ることができます。江戸に向かう諸藩混合の東山道軍の足取りは、人それぞれの思いが入り混じったものでした。

(二部上p171より引用) まったく、足音ほど隠せないものはない。あるものは躊躇いがちに、あるものは荒々しく、あるものはまた、多数の力に引き摺られるようにしてこの街道を踏んで行った。

 様々な思いを引きずりながら、しかし、確実に世の中は大きく転換していきました。昨日まで「攘夷」を叫んでいた京都の空気も一変していました。

(二部上p178より引用) 「しかし、半蔵さん、今度わたしは京都の方へ行って見て、猫も杓子も万国公法を振り廻すにはたまげました。外国交際の話が出ると、直ぐ万国公法だ。あれにはわたしも当てられて来ましたよ。あれだけは味噌ですね。」

 明治維新は、日本の歴史を振り返ってみても、太平洋戦争の敗戦と並ぶ「最大の転換」だったと思います。双方とも外圧が大きなきっかけになったのですが、幕末から明治維新の時代は、日本の中にも変革を望むエネルギーが充満していました。ただ、そのエネルギーのベクトルは様々でした。

(二部下p120より引用) 明治御一新の理想と現実-この二つのものの複雑微妙な展きは決してそう順調に成し就げられて行ったものではなかった。その理想のみを見て現実を見ないものの多くは躓いた。その現実のみを見て理想を見ないものの多くもまた躓いた。

 半蔵は、前者でした。
 そして、半蔵は遂に心を病むに至ります。最期は座敷牢の中。

(二部下p411より引用) その時になって見ると、旧庄屋として、また旧本陣問屋としての半蔵の生涯もすべて後方になった。すべて、すべて後方になった。ひとり彼の生涯が終を告げたばかりでなく、維新以来の明治の舞台もその十九年あたりまでを一つの過渡期として大きく廻りかけていた。人々は進歩を孕んだ昨日の保守に疲れ、保守を孕んだ昨日の進歩にも疲れた。

 「夜明け前」、この歳になって初めて通読した藤村作品でした。自らの父親をモデルにした半蔵の生涯を経糸に、幕末から明治初期の世情を織り込んだ大作です。
 今の時代、こういった作品を書き込める作家がいるのか・・・、正直、圧倒されました。


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第一部から 木曾山中の苦悶 (夜明け前(島崎藤村))

2011-10-12 21:42:33 | 本と雑誌

Magome  教科書にも載っているような有名な作家の代表作品は数多くありますが、正直なところあまり読んでいません。それではまずいということで、機会をつくって少しでも手にとってみようと思っています。

 さて、今回は島崎藤村の「夜明け前」。恥ずかしながら、この歳になって初めて読みます。
 書き出しはとても有名です。

(一部上p7より引用) 木曾路はすべて山の中である。あるところは岨づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。

 幕末から明治初期を舞台にした本作品の主人公は半蔵
 半蔵は馬籠に生まれた平田派国学を学ぶ若者でした。木曾の山中で、彼は世情の騒乱に心を惹かれ憂いを感じます。ペリーの黒船が二度目の来航を果たしたころのことです。

(一部上p87より引用) 「こんな山の中にばかり引込んでいると、何だか俺は気でも違いそうだ。みんな、のんきなことを言っているが、そんな時世じゃない。」
と考えた。

 「黒船」は、当時の日本にとってはこう映っていました。

(一部上p186より引用) 不幸にも、欧羅巴人は世界に亙っての土地征服者として、先ずこの島国の人の眼に映った。「人間の組織的な意志の壮大な権化、人間の合理的な利益のためにはいかなる原始的な自然の状態にあるものをも克服し尽そうというごとき勇猛な目的を決定するもの」-それが黒船であったのだ。

 歳を重ねた半蔵は、平田国学の学徒とともに、江戸末期の尊皇攘夷・倒幕の活動の場に身をおくことを望んでいました。しかし、それも叶わず木曾街道馬籠宿に止まるのでした。

(一部下p85より引用) これから五ヶ月もの長さに亙って続いて行く山家の寒さ、石を載せた板屋根でも吹きめくる風と雪-人を眠らせにやって来るようなそれらの冬の感じが、破って出たくも容易に出られない一切の現状の遣瀬なさに混って、彼の胸に掩いかぶさって来ていた。

 半蔵の忸怩たる思いは積もりつつ物語は進むのですが、そのストーリー展開において、当時の思想の一つの潮流であった国学や水戸学が人々に与えた影響も大きな要素になっています。
 半蔵は国学を志すものでしたが、彼は国学を復古思想としてではなく、新たな時代を拓くものとして意味づけていました。

(一部下p222より引用) 古代に帰ることは即ち自然に帰ることであり、自然に帰るとは即ち新しき古を発見することである。中世は捨てねばならぬ。近つ代は迎えねばならぬ。どうかして現代の生活を根から覆して、全く新規なものを始めたい。

 反面、攘夷という手段においては類似の方向を志向した水戸学については、こう捉えていました。

(一部下p228より引用) 武家中心の時は漸く過ぎ去りつつある。先輩義髄が西の志士らと共に画策するところのあったということも、もしそれば自分らの生活を根から新しくするようなものでなくて、徳川氏に代るもの出でよというにとどまるなら、日頃彼が本居平田諸大人から学んだ中世の否定とはかなり遠いものであった。その心から、彼は言いあらわしがたい憂いを誘われた。

 朱子学の思想から出た水戸学においては、上下の君臣秩序の枠組みを超えるものではなく、そこにおいて、自己の目指すところとは大きな相違が生じると理解したのでした。

 さて、その水戸の流れを汲む第15代将軍、徳川慶喜

(一部下p352より引用) 慶喜の意は決した。・・・あだかも高く飛ぶことを知る鳥は、風を迎え翼を収めることをも知っていて、自然と自分を持って行ってくれる風の力に身を任せようとするかのように。

 本長編の第一部は、幕末、慶喜の大政奉還をもって終わります。


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サンデル教授の対話術 (マイケル・サンデル)

2011-10-10 08:43:19 | 本と雑誌

Sokrates   「ハーバード白熱教室」で大いに話題になったM.サンデル氏の教授法につついて、氏自らが語ります。本書の後半は、サンデル氏と交流の深い千葉大学小林正弥教授によるサンデル氏の講義術の解説となっています。

 さて、最も気になる、サンデル氏の「ソクラテス方式」と呼ばれる対話中心の授業スタイルの誕生の背景についてですが、本書の前半のインタビューの中でこう語っています。

(p29より引用) 私は学生時代の自分が興味を持つことができるような授業を構想したいと思ったのです。
 哲学における大きな考え方を、政治や法、日常の生活で私たちが毎日直面している具体的な論争やジレンマなどと結びつける講義です。・・・私がハーバード大学で試してみたかったのは、対話のために自分自身で考えるといった、チュートリアル・メソッドにおける相互作用の興味深い要素を、もっと大きな教室のなかに適用することだったのです。

 さらに、この教授法の目指すところについて、サンデル氏はこう続けます。

(p32より引用) 私が学生にこの教え方から学んでほしいと思っていることの一つは、講義を集中して聴くこと以外に、“真剣にその題材(material)に向き合い、自分自身のために深く考え、他者の議論に敬意を払ってしっかりと聴く”ということなのです。

 自己と他者との真摯な思考の往還ですね。
 この「往還」がまさに「対話」という形で行われるわけですが、サンデル氏が、プラトンの著作である対話篇に顕れる「ソクラテス」の方法と自らの技法との違いについて触れているくだりをご紹介します。

(p35より引用) ソクラテスの〔登場する〕「対話篇」を読んでみると、その質問がいかに攻撃的であったかがすぐに理解できます。ソクラテスは、時に答えを聞くことを目的に質問するのではなく、誘導するために質問していました。・・・この点では、私はソクラテスを真似たいとは思いません。私は、対話のなかで、ソクラテスよりも敬意を払って人の話を聞きたいですね。

 といはいえ、もちろんサンデル氏も、講義の目的を意識しその論点を目指した質問を発しているわけですから、ある種「誘導的質問」があることは認めています。
 そういう方法をとることにより、「最高の教育とは、自分自身でいかに考えるかと学ぶことである」というメッセージを強く発信しているのです。

 さて、本書の感想ですが、前半のサンデル氏へのインタビュー形式によるサンデル流講義法の要諦や今日における哲学的思考の勧めを語っている章はとても興味深かったですね。ティーチング・フェローによるセッションとセットにしたハーバードの教育方式も参考に大いに参考になりました。
 ただ、反面、小林氏による後半の「日本版白熱教室」へのチャレンジのくだりは、具体的で有益なTipsも紹介されてはいるのですが、少々冗長な感は否めませんでした。ちょっと残念です。


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絆回廊 新宿鮫X (大沢 在昌)

2011-10-08 08:24:17 | 本と雑誌

Kabukicyo  この手の読物を昔の言い様では「ハードボイルド」というのでしょう。「新宿鮫」もシリーズ10を数えました。

 20~30年ほど前、大藪春彦氏や北方謙三氏の作品を結構読んでいたころもあったのですが、最近はこういうジャンルの本は全くといっていいほど読まないですね。
 その中でも、大沢在昌氏のこの作品群だけはずっとフォローしています。前作「狼花」から約5年を経ての登場。ただ、もうそろそろ卒業かもしれません。

 どんなシリーズ物にもいえることですが、「水戸黄門」や「浅見光彦」のように「超マンネリによる安心充足感」を求めない限りは、初期の作品で感じた型破りのインパクトや強烈なパワーを越え続けるのは難しいようですね。主人公のキャラクターが魅力的であればあるほど、尚更です。

 エンターテインメント小説なので過度な引用はやめておきますが、ワンフレーズだけ。

(p312より引用) あんたが誰かの命より、あたしを優先したら、がっかりだよ。だって、あんたは新宿鮫なんだぜ


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たった2つの質問だけ! いちばんシンプルな問題解決の方法 (諏訪 良武)

2011-10-05 21:45:41 | 本と雑誌

 かなり以前に、お付き合いのある会社の方からいただいていた本です。テーマは「問題解決の方法」

 著者のメッセージは本の帯にシンプルに書かれています。
 「「タテの質問」で掘り下げて本当の問題を見つけ出し、さらに「ヨコの質問」で問題の全体像を把握すれば、どんな問題も解決できてしまう」

 まず、「はじめに」の章で著者はこう切り出します。

(p iv) 問題を解決できない理由は、2つあります。
本当の問題を見つけていないのに、解決策を作成してしまった
問題の全体像を把握できないままに、解決策を作成してしまった
①・・・は、思い込みなどで、問題の本質をちゃんと見ず、解決策を作ってしまうことです。・・・
②・・・は、問題を引き起こしているすべての原因を把握せずに、一部の原因だけしか見ず、すべてが解決できると思ってしまうことによる失敗です。

 この2つの理由に対応した解決方法が、著者の主張する「タテ×ヨコの問題解決法」です。

(p xi) 「タテの質問」とは、『その原因を1つあげてください。』
「ヨコの質問」とは、『その原因(それらの原因)が解決できると、この問題はすべて解決できますか?』
 ごく簡単に言えば、「タテの質問」で問題を掘り下げます。そして「ヨコの質問」で問題の全体像を描くのです

 この「問題解決手法」は一人での思考にも適用できますが、幅広い分野から集まった数人で議論しながら進めると、さらに効果的になります。

(p118より引用) 問題を分析し、解決する価値のある「本当の問題」を探すためには、「問題の全体像を把握する」ことが不可欠です。・・・
 問題を分析していくにあたっては、「問題を議論するメンバー」を次の2つのことを考えて人選すべきです。
全体像を描ききる情報を持ったメンバー
②かつ、解決策を実行できるメンバー

 この2点はとても重要ですね。真の問題の掘り起こしには、異なった立場からの指摘が有効ですし、実行メンバーは検討時点から巻き込んでおくことも大事なことです。
 いくら素晴らしい「問題発見手法」で解決策が明らかになったとしても、それが実行され問題が解消されなくては何の意味もありません。


たった2つの質問だけ! いちばんシンプルな問題解決の方法―「タテの質問」で掘り下げ、「ヨコの質問」で全体像をあぶり出す たった2つの質問だけ! いちばんシンプルな問題解決の方法―「タテの質問」で掘り下げ、「ヨコの質問」で全体像をあぶり出す
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オンリー・ミー―私だけを (三谷 幸喜)

2011-10-02 08:12:05 | 本と雑誌

 混んだ通勤電車の中で読む文庫本が切れたので、手近にあった本を手に取りました。

 いろいろなジャンルの本を読んでみようということもあり、今回は脚本家三谷幸喜さんの軽めのエッセイ。10年ほど前の本です。

 内容は玉石混交ですが、ともかく毎回何がしかの書き物を搾り出している点は、私には到底真似のできるところではありません。「ネタ」を探し出すだけでも大変だと思います。

 三谷氏と同じような経験をしながらも、こういう風な結論には持っていけないなと痛感するものもそこそこありました。
 そういった類のものとして、新幹線の「リクライニング」を材料にしたくだりをご紹介します。

(p183より引用) ここで提案を一つ。全国の気の弱い気配り屋さんのために、あのリクライニング・シートの改良を望みたい。どうするかというと、つまり、平常の状態で、すでに背もたれが倒れているような形の椅子にするのである。そして、ちょっと角度を付けたいな、と思う人だけレバーを引いて、背もたれを起こすのだ。このシステムなら、どんな小心者の方でも、快適な旅が出来ること請け合いである。

 娯楽用のエッセイなので、今回の引用はこれだけにしておきます。
 こういった本を読むと、硬直した頭をほぐす「視点の転換」の勉強にはなりますね。ただ、そもそものセンス・才能も必要なので、私はやはりこの手のノリの書き手にはなれません。(当然か・・・)


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