OMOI-KOMI - 我流の作法 -

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実践(流れを経営する―持続的イノベーション企業の動態理論 遠山 亮子・平田 透・野中 郁次郎))

2011-08-31 21:25:41 | 本と雑誌

Muji  本書の前半は、野中氏の知識創造理論のアウトラインが説明されていますが、後半には、知識創造を実現しているいくつかの企業のケーススタディが紹介されています。
 それらの中から私の興味を惹いたものをご紹介します。

 まずは、「第8章 対話と実践による事業展開」の中から、「良品計画」の例です。
 「MUJI」「無印良品」のブランドで有名は「良品計画」では、その商品開発に顧客参画を活用していることはよく知られていますが、そのほかにも「取引先の知」を利用する仕掛けを有しています。商品企画担当者が「知の綜合」に関わるのです。

(p317より引用) メーカーは特定の専門分野に強いが、自分の分野以外のさまざまな技術との組合せによる商品化や市場性への理解という面が弱い。メーカー単独の商品化発想では限界があり、せっかくの技術や製品を広く応用できないままで抱えている場合もある。そこで、マーケットの知識を持つ良品計画がコーディネートし、複数のメーカーの技術を組み合わせる、マーケット情報と結びつけて共同で応用の方法を考える、といった方法で新商品開発へつなげていくのである。

 外部からの刺激を取り入れるプロセスを組み込むというのは、組織活性化の王道です。が、これがなかなか「言うは易し、行うは難し」です。内部のコミュニケーションの円滑化・活性化すら思ったようには進みません。

 また、「第9章 リーダーシップ」で採り上げられたのが「三井物産」
 総合商社の雄ですが、業績優先主義に走るあまり2000年代初、コンプライアンスに反する事件を惹起させました。その反省からスタートした企業再生の道程が説明されています。その中でのシンボリックな価値基準が、「良い仕事」という言葉でした。

(p335より引用) お客様の期待に応えているか?
新しい価値を創造しているか?
正当なプロセスを踏んだ仕事か?
社会にとって意味のある仕事か?

 シンプルですが大事な視点ですね。
 そしてもうひとつ、三井物産の「成果主義」の弊害を簡潔に言い表した言葉。

(p333より引用) 「最大のデメリットは、人と人とのつながりを大事にする社内風土から、人と人とが競争する風土に変わったこと。それにより商社が持つべき『人と人とのつながりに基づく総合力』を発揮できなくなっていった

 組織全体で知識を共有しようという風土がなくなり、知識創造のスパイラルが停止してしまったというのです。
 いままでも成果主義については様々な評価がなされていますが、この「人的関係性の崩壊」という指摘はとても重いものがあります。
 組織としてのシナジーの根本は、多種多様な人の知恵の化学反応による新たな知識創造にあることを踏まえると、こういった弊害の発生は企業にとって致命的です。成果主義を全否定するものではありませんが、「成果の把握単位」「成果への貢献因」に「他者(チーム)」という要素をうまく入れないと、「利己的成果至上主義」に陥ってしまうということです。

 さて最後に、本書のテーマからは少々外れますが、なるほどと思ったグラフィックデザイナー故田中一光氏の言葉を書き留めておきます。

(p328より引用) 日本の精神文化を背景にした美意識。故田中一光さんは、簡素が豪華に引け目を感じることなく、簡素に秘めた知性や感性が誇りに思える価値体系を日本は持っており、世界に発信すべきだと言っていました。

 侘び寂び・禅の世界についても、もっと勉強しなくてはなりません。


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理論その2(流れを経営する―持続的イノベーション企業の動態理論 遠山 亮子・平田 透・野中 郁次郎))

2011-08-28 08:51:44 | 本と雑誌

Small_world  知識ベース経営という観点から「組織」を捉えると、従来とは異なった意味づけがされます。
 ここでのキーコンセプトは「場」です。野中氏によると、「場」とは、「知識が共有され創造され、活用される共有された動的文脈」であり、「時空間における環境・組織・個人の相互浸透プロセス」であるとされています。参加者が共有・共感・共鳴(相互主観性)する動的な知識創造の場所なのです。

(p73より引用) 経済学起源のこれまでの経営学においては、組織はつまるところ、契約や資源の集合体であると見られてきたが、知識創造理論においては、組織は互いに重なりあう多種多様な場の有機的配置と捉えられる。・・・企業を組織的構造ではなく場の有機的配置と捉えることにより、組織を組織図ではなく知の流れによって把握することが可能となる。

 この組織の捉え方と「スモールワールド・ネットワーク」の考え方を連結すると、知識創造の拡大のヒントが見えてきます。

(p75より引用) たまにしか会わない人など「弱い紐帯」で結ばれた人々は、強い紐帯と呼ばれる緊密な関係性を持つもの同士とは異なり、相手が持っていない情報を保有している可能性が高いため、弱い紐帯を通して得た情報のほうが有用性が高い場合がある・・・強い紐帯は暗黙知の伝達に適しているが、形式知の伝達や新たな情報を探索するには弱い紐帯を使ったほうが効率的であり、遠く離れた場を弱い紐帯でつなぐことにより、組織の知識創造能力を高めることができる。

 スモールワールドの世界では「Hub」になるキーマンの存在が肝になります。このHubを通して遠い組織との連携を図るのです。まさに、プロセスを分断した機能別組織を有機的に駆動しようとするための重要なヒントです。Hubがトップひとりだとそれは階層的なピラミッド型組織と同値になります。適度に点在するミドルマネジメント層がHubとしては最適でしょう。

 となると、ミドルマネジメント層の活性化が、組織としての成果拡大の重要なポイントとなります。
 野中氏は、「トップダウン」「ボトムアップ」に対する概念として「ミドルアップダウン」マネジメントの重要性を説いていますが、現実の企業内の実態において、このミドル層の活性化すなわちモチベーションの向上の実現にはなかなか難しいものがあります。

 さて、組織についての考察は、「場」という概念を用いて深化していきます。
 本書では、その説明にあたっていくつかの企業の実例が紹介されていますが、その一つが「前川製作所」です。前川製作所では、「独法」という場を有機的に結合して一つの企業体として機能させているとのこと。元社長の前川正雄氏のことばです。

(p238より引用) 「企業が市場と一体化すれば、自ずから企業は重層的になり、重層的な体質と多様な単位集団を有した共同体になります

 この「独法」は、稲盛和夫氏のアメーバ経営にも似たコンセプトですが、アメーバ経営は「生産工程」を細分化しそのユニットに自律性をもたせ、他方、独法は「個社ニーズ」に対応した個別チームに独立性を持たせているという点に違いがあります。

 時間軸でとらえると、この「独法」もそれが自己目的化することにより、いわゆる部分最適・分割損というデメリット面が表出してきます。自律分散型の組織のよさを維持しつつ、その弊害を極小化していく営みは、同じく時間軸の中で止揚された形態に組織変遷を続けることにより実現されていくのでしょう。


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知識 (流れを経営する―持続的イノベーション企業の動態理論 遠山 亮子・平田 透・野中 郁次郎))

2011-08-25 20:36:40 | 本と雑誌

Seci_model  今までも野中郁次郎氏の著作は何冊か読んでいます。
 本書はそれらの中でも、野中氏の主張を俯瞰的・概括的にまとめた最新書だと位置づけられます。

 野中氏の経営論のエッセンスは、本書の「はじめに」の章において総論的にまとめられています。その中で特に私が共感を覚えたフレーズです。

(pⅵ) 知識ベースの経営理論においては、人間は決して没個性的な活動単位の集合体ではなく、環境に影響を受けながらも自ら環境を変え、経験に学びつつ自らの理想の未来に向けて進み続けることにより、新たな自己生成を繰り返していく能動的存在である。つまり、人間は管理されるべき不完全な部品ではなく、変化し成長し、他者と関係性を結んで自らが描いた未来の像に基づいて知識を創り出す創造的存在であり、個々人の差異は排除されるべきノイズではなく、新たな知識を生み出す源泉なのである。

 この人間の存在論を起点としているところに、野中氏の経営論の独自性と現実性を感得するのです。

 その他、本書の前半の理論編においては、野中氏の経営理論で登場する基本的なコンセプトやフレームワークが要領よく解説されています。それらの中から、改めて覚えとしていくつか書き留めておきます。
 まずは、野中氏が提唱する知識経営を理解する前提として、「知識」の定義から。

(p7より引用) 知識ベース企業の理論を構築するにあたり、われわれは知識を「個人の信念が真実へと正当化されるダイナミックな社会的プロセス」と定義する。

 分かりにくい定義ですが、もう少し噛み砕くとこういう説明になるようです。

(p7より引用) これは、知識の重要な特性はその絶対的「真実性(truth)」よりもむしろ対話と実践を通して「信念を正当化する(justifying belief)」点にあるとの考えに基づく。・・・つまり、知識とは他者との相互作用を通じて、何が真・善・美であるかを問い続けるプロセスであり、そうした信念(主観)と正当化(客観)の相互作用にこそ知識の本質がある

 私の場合は、この説明でも正直よく理解できていません・・・。

 野中理論においては、知識は与えられるものではなく、「創造」するプロセスとして位置づけられています。

(p16より引用) 知識は人と独立して外界に存在するのではなく、何かをなそうとする人によって作られるものなのである。組織における知識創造のプロセスとは、知識ビジョンなどの「どう成りたいか」という目的に動かされた成員が、互いに作用しながら自身の限界を超えて知識を創造することにより将来のビジョンを実現させるプロセスにほかならない。

 そして、この知識創造のプロセスは、主観と客観との間の往還運動によりスパイラルアップ的に止揚されていくのです。いわゆる「SECIモデル」です。

(p28より引用) われわれは、・・・暗黙知と形式知の相互作用こそが、知識創造の源泉であると考える。暗黙知と形式知の継続的な相互変換によって知識は生成され、変化し続けるのであり、その意味でプロセスなのである。
 この暗黙知と形式知の継続的な相互変換は、「共同化(Socialization)」「表出化(Externalization)」「連結化(Combination)」「内面化(Internalization)」という四つの変換モードからなる知識創造モデルによって表される。これをそれぞれの頭文字を取ってSECIモデルと呼ぶ。

 繰り返しますが、野中理論における「知識」はダイナミックなプロセスなのです。また、企業経営も、対話と実践の往還と重層的な場の形成といった動的関係性のなかで営まれるものと捉えられています。

(p394より引用) 複雑で常に変化する環境において、さまざまな矛盾を含んだ課題には、「あれかこれか(either or)」ではなく「あれもこれも(both and)」の命題で対処し、矛盾を綜合する弁証法的な思考法により、解決策を創造することが必要である。・・・知識創造とは本質的に帰納的であり、弁証法的プロセスなのである。

 このようなマネジメントを可能にするのが「フロネシス=賢慮=実践的知恵」だと野中氏は主張しています。


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現代語訳 論語と算盤 (渋沢 栄一)

2011-08-21 08:29:04 | 本と雑誌

Shibusawa_eiichi  渋沢栄一氏が論じる「論語」の本としては、以前「論語の読み方(竹内均 編)」を読んだことがあります。
 本書は、「道徳経済合一説」を唱えた渋沢氏の代表的著作「論語と算盤」の現代語訳です。

 本書において、渋沢氏は「論語」の教えに基づいた自己の思想や行動について分りやすいことばで説明していきます。
 たとえば、時折清濁併せ呑むという印象を与える渋沢氏の交友についてのくだりです。

(p72より引用) 悪人が悪いまま終わるとは限らず、善人がよいまま終わるわけでもない。悪人を悪人として憎まず、できればその人を善に導いてやりたいと考えている。だから、最初から悪人であることを知りながら世話をしてやることもあるのだ。

 もうひとつ「修養」、すなわち自分を磨くことについて。

(p134より引用) 理論と現実というものは、お互いに一緒になって成長していかないと、国家の本当の発展には結びついていかない。・・・現代において自分を磨くこととは、現実のなかでの努力と勤勉によって、知恵や道徳を完璧にしていくことなのだ。つまり、精神面の鍛錬に力を入れつつ、知識や見識を磨きあげていくわけだ。

 この考えにおいて渋沢氏は、論語と実業とを結びつけていました。

 当初、尊皇攘夷の志士であった渋沢氏は、一橋家家臣、幕臣、明治政府官僚とその活躍の場を移していきました。1873年、大蔵官僚を辞して実業界に転身した当時の渋沢氏の懸念は、同時代の商工業者の道徳観念の希薄さでした。これは契約遵守という商習慣の根本を蔑ろにするものであり、国際的な信用にも悪影響を及ぼしているとの国家的見地からの危惧です。渋沢氏はこの要因を、過去からの教育の弊害だと考えました。

(p176より引用) 『論語』にある
「人民とは、政策に従わせればよいのであって、その理由まで知らせてはならない」
 という考え方が、江戸時代に定着していたことは確かだろう。儒教のなかでも朱子学を信奉する林家(林羅山の家系)という家柄があった。この林家が明治維新までの幕府の教育権限を一手に握り、この考えを浸透させてきたのだ。治められる側にいた農業や工業、商売に従事する生産者たちは、道徳教育とは無関係に置かれ続けた。

 「論語」に心酔する渋沢氏も、儒教の教えの全てを受容していたのではないのです。これは、女性の尊重という考え方にも表れていました。

(p197より引用) 人類社会において男性が重んじられているように、女性も重んじられなくてはならない。・・・女性に対する昔からの馬鹿にした考え方を取り除き、女性にも男性と同じ国民としての才能や知恵、道徳を与え、ともに助け合っていかなければならない。

 実業教育や女性教育の重要性を強く認識していた渋沢氏は、一流の実業家であったと同時に、先進的な視野をもった教育者でもあったようです。

 さて、最後に「第10章 成敗と運命」で語られている渋沢氏の言葉を書き止めておきます。

(p220より引用) 成功や失敗といった価値観から抜け出して、超然と自立し、正しい行為の道筋にそって行動し続けるなら、成功や失敗などとはレベルの違う、価値ある生涯を送ることができる。成功など、人として為すべきことを果たした結果生まれるカスにすぎない以上、気にする必要などまったくないのである。

 正に、達観の境地です。


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観照的な知 (アリストテレスの言葉―経営の天啓(古我知史・日高幹生))

2011-08-19 09:08:10 | 本と雑誌

Platon  アリストテレスは、師のプラトンに比較して実践を重んじる哲学者とされていました。しかし、この点は短絡的に考えてはいけないようです。

(p119より引用) 「経験家より技術家(理論家)のほうがいっそう多く知恵あるものだとわれわれは判断している。すなわち経験家のほうは、物事のそうあるということ(事実)を知ってはいるが、それが何ゆえであるかについては知っていない。しかるに他方(理論家)は、この何ゆえかを、すなわちそれの原因を認知している」と語っている。・・・経験を単なる経験としてしかとらえない行動に対しては批判的であるということである。

 このアリストテレスの姿勢は、とても参考になります。この点を捉えて、著者はこう指摘しています。

(p119より引用) 顧客の声を聞け、イノベーションは現場から、という掛け声は確かに多くの企業の共感を呼ぶ。それは、経営者にとっても時に心地よい響きである。しかしそれがいま、「思考停止」的スローガンの性格を持ち、経営上の大きなリスクファクターとなってはいないだろうか。

 若いうちに現場を経験させる、CRMの仕掛けで現場からの情報を吸い上げる・・・、そこまでで、何かパラダイムシフトした気になっていないかというのです。

(p121より引用) これからの日本企業にとって、現場の知を扱うことの意味は極めて大きい。・・・コミュニケーションがとれているから、あるいは報告はあがってきているから、というレベルの問題ではない。確かにことの始まりは現場に現れる。しかし、そのことが何を意味するのか、どんなリスクや可能性が内包されているのか、このことを突き止める仕組みを本当に持っているのか。実はこれが、いま厳しく問われている。

 かつて、日本企業の現場は強かった、商社もメーカーもです。しかしながら、昨今の日本企業の衰退、それに代わる韓国をはじめとするアジア諸国の台頭を鑑みるに、「現場は強いが戦略構築力あるいは大きな構想力で劣る」という日本企業に対する評価が、今、定着しつつあります。
 新たな「知的生産の方法」を作り上げるべく、まさに「観照知」の出番です。

 さて、最後に、アリストテレスからは離れますが、私の興味を惹いた孟子に関わるくだりも書き止めておきます。

(p27より引用) 仁斎は、有徳の人間になるために孟子の「四端拡充」の考え方を参考にした。「四端」とは、「惻隠(あわれみの心)」、「羞悪(自分の欠点を恥じ、他人の悪を憎む心)」、「辞譲(譲る心)」、「是非(善悪を判断する心)」という四つ、すなわち生来の善の心の在り様だ。人間の多様な個性はこれらの善の心から徳に至る拡充の道がそれぞれに異なることから生じると考えた。善のおおもとは普遍的だが、善の志向とその道のりは個性的だという意味である。

 普遍的なものと多様化を是認するものとの関係性の整理が明確です。


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能動的な構え (アリストテレスの言葉―経営の天啓(古我知史・日高幹生))

2011-08-17 09:35:57 | 本と雑誌

Aristoteles  アリストテレス哲学を経営学と結びつけた指摘は、以前読んだ野中郁次郎氏の「美徳の経営」にも詳しく紹介されています。
 その著作の立論において重要なコンセプトは、「フロネシス(賢慮)」です。野中氏の定義によると、賢慮とは「個別具体の場において、その本質を把握しつつ、同時に全体の善のために最良の行為を選び実践できる知恵」とされています。

 本書の著者たちの主張も、この野中氏の指摘と軌を一にしています。

 ギリシャの哲学者は考察のスタイルは、ソクラテス・プラトンをはじめとして「対話」を重んじるものでした。今日の企業でいえば「コミュニケーション」の重視です。

(p108より引用) 組織における共通の利益を実現するために、個人としての独立性、自律性を持ち、自身内での問答的推論の対話ができる個人が組織内の同じく主体的な他者と問答的推論の対話をしながら、一所懸命努力することが、住みやすい組織風土や文化を創造するのである。

 このコミュニケーションの活性化はイノベーションに繋がっていきます。

(p109より引用) さらに大事なことは、これが組織内部から発して、外部とのネットワーキングに拡張していくことである。・・・
 多様性の深い交錯によって、異種交配による革新が生じる。これが一企業の組織内に留まらず、広く外部を巻き込み、それに目標のベクトルをうまく合わせることで「オープンイノベーション」が実現するのである。

 コミュニケーションにより、組織内に知識が集積される同時に、それらの組織間交流により知識の有機的化学反応が発現するのです。

 もうひとつ、アリストテレスの哲学の中核には「中庸」の理論があるといいます。
 この「中庸」は「適度」とか「中間」とか「足して二で割る」といった概念とは全く別ものです。

(p197より引用) 「中庸」とは、あらゆる手だてを尽くして情報を収集したうえでの正確な情勢判断と、それに基づく果断な意思決定という意味を内包するような概念であり、ギリギリの現実に直面しその打開のための判断基準とは、というところから導き出されたものであると感じる。単に自分のわかっている範囲、見えている範囲での判断、というレベルを超えたハイパーな想像力の発動が必要である。

 変化への対応を前提とした柔軟ではあるが考え抜いた構えというイメージですね。この概念を組織論に敷衍するとドラッカーのメッセージと軌を一にします。

(p115より引用) 「組織設計とは唯一の最善の方法の探究ではなく、リスクをいとわない意思決定の連続だと結論づけることができる」・・・
 組織体制に正解はないし、絶対もない。軸足を明確にした変化への適応力、すなわち「中庸」をビルトインすることから始めることしかないのだ。

 著者は、この「中庸」という概念をリーダーシップ論においても展開しています。

(p197より引用) 「発意」がリーダーシップの必要条件だとしたら、「中庸」をいくための手立てを尽くすことこそがリーダーの十分条件、と言えるかもしれない。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉もあるが、知的活動という意味においても組織として、あるいは個人としてとことん考え抜かれた結果の決断と、安直な準備による安易な妥協としての決断の差は「納得性」という形ではっきり出るのである。

 この能動的な姿勢としての「中庸」という捕らえ方は、とても新鮮です。


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歌謡曲社会学 (歌謡曲―時代を彩った歌たち(高 護))

2011-08-16 08:30:36 | 本と雑誌

Kayoukyoku  本書では、「歌謡曲」という対象を多面的に考察しています。

 歌唱・作詞・作曲・編曲・演奏といったパーツを多様な観点からテクニカルに分析したところもありますし、ミキサー・エコライザー・シンセサイザー等、音づくりに関する機器の技術面からの解説も興味深いものです。ちょっと長い引用になりますが、こんな感じです。

(p70より引用) いしだあゆみと奥村チヨの歌唱に共通する「小唄風」の歌い回しは同様の手法で、微細な表現を「レコーディング」という作業において可能にしたのは歌手の個性と技量はもちろんだが、ヴォーカルのトラックが他の楽器類とは完全に独立していることにある。・・・
 これ以降、音楽レコードはより立体的かつ臨場感あふれる芸術へと進化を遂げ、レコーディング・システムにおける歌手の表現方法は無限ともいえる広がりをみせて、奥村チヨの悩殺歌唱やいしだあゆみの小唄風ヴィブラートといった独創性が大いに発揮されることになる。90年代にCHARAやUAの臨場感に満ちた個性的な歌唱が多くのフォロワーを生んだが、先駆者は68~69年のいしだあゆみであり奥村チヨである。

 録音技術の進歩をトリガーに、奥村チヨとCHARAとを結びつける視点は著者ならではでしょう。

 多面的な考察のもう一つの視点が「世相」という切り口です。
 たとえば、1969年、佐良直美の「いいじゃないの幸せならば」

(p78より引用) 「いいじゃないの幸せならば」は異色ともいえる四行詩で「恋の季節」と同じように時代の空気を鮮やかに切り取った作品である。激化する政治闘争と、70年代に中産階級を形成することになる一般市民の価値観や理想と現実のギャップが、後に「シラケ」という言葉で表現されることになるが、そのような時代の雰囲気が、抑制された曲調や演奏、歌唱と一体化されてクールに醸しだされている。

 岩谷時子作詞、いずみたく作曲の60年代最後(1969年)のレコード大賞受賞曲です。

 もうひとつ、1982年、中森明菜の「少女A」

(p219より引用) 世の中は以前にもまして少しずつ軋みつつあったし、外形的な取り繕いもそろそろ疲弊しはじめていた。「少女A」は物質文明と管理社会のもたらした閉塞感や既成概念や規範への反発と同時に、社会に埋没してしまう「個」の不安を歌ったきわめて同世代的な歌謡である。

 この曲が流行ったのも、もう30年も前のことなのですね。
 歌謡曲は、大衆文化の代表的な具現形態ですから、その時代を象徴するタイムカプセルとしてひとりひとりの記憶の中に残り続けています。想い出の歌を耳にするとタイムカプセルが開き、その当時の懐かしいシーンが、また気分が活き活きとあるいは薄いベールを被って甦るのです。


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平凡・明星(歌謡曲―時代を彩った歌たち(高 護))

2011-08-13 09:15:05 | 本と雑誌

Heibon  もう40年近く前になりますが、私が中学生のころは、月刊の「平凡」「明星」の付録についていた歌本が大流行していました。放課後には誰かのギターを囲んで、という風景です。

 本書は、私と同じ世代の方にはとても懐かしくまた面白く感じられるのではないでしょうか。「歌謡曲」を媒体にした世相史という位置づけも可能ですが、素直に「歌謡曲」の足跡をたどる目録・年表として眺めても十分充実した内容です。

 さて、そういう話題満載の本書から、特に印象に残ったくだりをいくつか書き留めておきます。
 まずは、「第1章 和製ポップスへの道」から。

(p17より引用) 日本の大衆音楽の歴史上、最も大きなムーヴメントのひとつであるグループ・サウンズ(GS)ブームとモダン・フォークの関係については注意深く多面的に認識する必要がある。・・・はじまりはエレキバンドが歌うことであり、フォーク・グループがロック化することだった。フォーク・グループのGS化の代表ともいえるのが、ヴィレッジ・シンガーズで、エレキ・バンドがフォーク寄りの楽曲でヴォーカルに取り組んだのがザ・サベージである。

 もちろんここには「ビートルズ」が厳然と際立ったエポックメーカーとして存在しています。

 つぎは、「女の子なんだもん」を歌った初期のアイドル派歌手「麻丘めぐみ」さんの評価について。

(p106より引用) 麻丘めぐみは自己を歌うのではなく、ひたすら「聴き手=あなた」を対象に歌うのである。聴き手はもちろん同世代の男性である。聴き手は歌い手(主人公)の心情や物語に感情移入するのではなく、歌われている世界に自己投影するわけで、これは歌謡曲のパーソナル化ともいえる現象で特筆に値する。千家和也による麻丘めぐみは南沙織によってはじまったアイドル・ポップスの進化型であり、ひとつの大きなエポックである。

 麻丘さんは私より少し年上になりますが、もちろんキラキラと輝いていたアイドル時代も知っています。さらには、今年(2011年)春、会社のイベントでお呼びしたのでとても親近感を感じているのですが、こういう位置づけの評価は新鮮です。

 そして、当然のごとく登場する吉田拓郎井上陽水

(p108より引用) 井上陽水の音楽はそれ以前の日本のポピュラー音楽にはみられなかった歌詞が特徴である。よしだたくろう「人間なんて」の外に向けたメッセージは同世代の同性に多くの共感を呼んだが、「心もよう」に象徴される井上陽水の自己に向けた内省的な歌詞は文学的で自由詩の要素を多く含んでいた。

 この二人にかぐや姫が加わると、まさに私の中学時代の音楽の原点の登場ということになります。最初に買ったアルバムも拓郎でした。

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賢者が教える25の物語 (植西 聰)

2011-08-08 21:54:46 | 本と雑誌

Roushi  この本もタイトルが気になって読んでみたものです。

 内容は・・・といえば、かなり物足りないと感じる人が多いと思います。25の物語といっても、ごく簡潔な小文で、その中から抽出された教訓も極めてステレオタイプな指摘に止まっています。また、紹介されている実例も、言い方は適切ではありませんが、稚拙なものが多く切迫感が感じられません。

 とはいえ、本書を読んで改めて思い起こす教訓ももちろんありました。
 たとえば、沢庵禅師「傾聴」について採り上げた章から。

(p69より引用) 彼はよく弟子たちに向かって、「聞くとは、人を尊ぶための妙法なり」を口ぐせにしていたといいます。・・・
 その観点からいえば、相手の話を親身になって聞くという行為は、まさに目の前の人を大切にするための最善の方法といっていいのかもしれません。

 あと本書で気になったフレーズといえば、孔子(論語)からの教えである「万象我が師」でしょうか。
 子の曰わく、我れ三人行なえば必らず我が師を得
 其の善き者を択びてこれに従う
 其の善からざる者にしてこれを改む

 「万象我が師の精神で生きる」という姿勢を薦めるこの言葉は、シニカルな言い様ではありますが、本書を読むことの意味としても振り返るべき箴言です。

 さて、最後に正直な感想です。

 本書を読むのであれば、本書に登場する人物、すなわち、釈迦をはじめ、孔子・老子・空海・道元・一休・天海・沢庵・白隠・良寛・林羅山・徳川光圀・新井白石・荻生徂徠・水野南北・吉田松陰・二宮尊徳・福沢諭吉・中村天風らに関する本を、なんでもいいので1冊手に取った方がためになると思いますね。
 部分的な引用から過度に一般化・大衆化された教訓的フレーズを求めるのは、やはり安直です。本人の著作丸ごとでなくてもいい、簡単な解説本でもいいので、その人物の思想を辿ってみることは大切だと思います。


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有機化学が好きになる (米山 正・安藤 宏)

2011-08-06 09:35:22 | 本と雑誌

Ch4  いつも行っている図書館の新着図書の棚で目に付いたので手にとってみました。「新装版」とありますが、もとは1981年に初版が発行されたものとのこと。

 私は高校(もう30年以上前のことですが)で文科系コースを選んだので、「有機化学」についてはほんのさわりぐらいしか習っていません。が、当時から理科系の科目は大好きで、その手の話題にはとても興味をもっていました。天体関連のテーマを中心に、中学時代からブルーバックスも結構読んでいましたね。本書は、まさに「タイトル」に嵌ったという感じです。

 さて、本書ですが、有機化学の基礎知識を順を追って分かりやすく説明しています。C(炭素)とH(水素)だけでできる化合物(CnH2n+2)の数が多い理由、異性体の立体構造等、ごく基本的な事項については改めてきちんと理解できました。

 そういう理論的な解説のほかに現実的な場を想定した補足説明も加えられています。
 たとえば、アセチレンから、硫化水銀(Ⅱ)を触媒にしてさらに水を付加し、アセトアルデヒドや酢酸を作る工程についてです。

(p99より引用) 今の水の付加反応では、アセトアルデヒドのできる反応が主反応です。その反応式の中には、たしかに水銀は入っておらず、反応には関係しないといえます。しかし、副反応がおこるかもしれない。このあたりが、工業的に大々的に行う反応と、教科書に書かれている実験室レベルの反応との違いです。・・・実際、実験室レベルでは、発生する有機水銀は無視してよい量です。ところが工業的規模になると、無視できない量になります。

 このことが現実に悲惨な結果として表れたのが「水俣病」でした。

 本書前半の有機化学の基礎的説明に続いて、後半では、主に有機化学の研究の実際を分かりやすく解説しています。このあたりから少々ややこしくなっていくのですが、実験の現実が、地道な試行錯誤の連続であることはよく伝わってきます。

(p234より引用) 「・・・あなた方は、うまく行ったか行かなかったか、黒か白かはっきり決めたいでしょうね。しかし、このような実験では、うまく行ったとか行かなかったという評価をしてはダメなのです。どのような条件のときに目的とする反応が多くて、副反応を少なく抑えることができるかという“条件探し”の実験なのですからね。・・・こうして話せば1分そこそこですが、これだけのことが言えるために数年間の実験期間があったのですから、研究というものは、海の中に岩石を投げ込むように、なかなか成果の見えないものなのですよ。

 新たな事柄を発見する、すなわち創造的な活動には、それ相応の時間と行動が必要だということを改めて感じます。そして、その地道な粘り強い努力に心からの敬意を表します。

(p235より引用) 「・・・若い人には長い苦労がわからないのと同時に、一つの結果を得たときの喜びや感激も知らない・・・」

 ネット上の検索行動による受動的な発見は、所詮二次情報、他力でしかありません。「創造」の源泉は、確固たる強い意志と継続的な実践力、すなわち、ありきたりの言葉ですが研究者としての「情熱」であり「信念」なのでしょう。


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