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わしの眼は十年先が見える―大原孫三郎の生涯 (城山 三郎)

2011-04-29 12:28:32 | 本と雑誌

Ohhara_bijyutsukan   倉敷美観地区にある大原美術館は、私の最も好きな美術館です。
 私の出身が岡山で、学生のころ長期休暇で実家に帰省していたときごとに訪れていたためでもありますが、都会の特別美術展の騒々しさとは無縁の雰囲気の中、素晴らしい常設作品を楽しめることが、その最大の理由です。

 本書は、この大原美術館を始め、数々の文化・社会施設を作り「社会から得た財はすべて社会に返す」という信念を貫いた実業家、大原孫三郎氏の生涯を描いた著作です。

 主人公の孫三郎は、地方の一紡績会社からはじめ、銀行・電力会社を含めた一大財閥を一代で築き上げた傑物です。その交友関係は広く、その知己のひとり経済学者大内兵衛が講演の中で語った大原評をご紹介しましょう。
 

(p14より引用) 金を儲けることにおいては大原孫三郎よりも偉大な財界人はたくさんいました。しかし金を散ずることにおいて高く自己の目標をかかげてそれに成功した人物として、日本の財界人でこのくらい成功した人はなかったといっていいでしょう。

 
 孫三郎の経営理念は、工員を人間として迎え入れ、自立した人間として送り出すということでした。そして、そういう理想を自ら「人格主義」と呼んだそうです。孫三郎は、自分に課した理想を実現するための投資は全く惜しみませんでした。
 

(p153より引用) とはいっても、孫三郎も経営者である。経営数字を無視しているわけではない。・・・
 ただし、数字さえよければよい、という見方ではない。出勤率が98パーセントという数字を見たとき、孫三郎はすぐ担当者を呼んで、注意した。
どこかで無理を強いなければ、こんな数字が出るはずはない

 
 こういった理想に根ざした信念を通す強硬な経営姿勢は、一人息子總一郎にも受け継がれました。
 

(p251より引用) 總一郎がまた晩年の父孫三郎からよく聞かされたのは、「十人の人間の中、五人が賛成するようなことは、たいてい手おくれだ。七、八人がいいと言ったら、もうやめた方がいい。二、三人ぐらいがいいという間に、仕事はやるべきものだ
 ・・・もっとも、父親の言葉には次のような続きがあった。
一人もいいと言わないときにやると、危ない

 
 さて最後に、本書を読んで、私にとっての「懐かしい発見」をひとつ。
 今から40年以上前、岡山に住んでいた当時です。私がおやつによく食べていた「ろうまん」という蒸しパンがあったのですが、それは大原孫三郎に関わりがあるとのこと。孫三郎が労働環境改善のために倉紡工場内に設立した「倉敷労働科学研究所」所縁のものでした。
 

(p167より引用) 若い研究員たちは、深夜作業につき合い、・・・栄養状態を手軽に改善するための饅頭までつくり出した。糖分を抑えた黒豆入りの蒸しパンで・・・名づけて「労研饅頭」
 ・・・この饅頭は「ろうまん」の名で岡山の町でも売られ・・・

 
 残念ながらこの「ろうまん」、製造販売を続けていた三笠屋が2007年廃業し、岡山ではもう作られていないとのことです。
 
 

わしの眼は十年先が見える―大原孫三郎の生涯 (新潮文庫) わしの眼は十年先が見える―大原孫三郎の生涯 (新潮文庫)
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「超」文章法 (野口 悠紀雄)

2011-04-23 12:51:23 | 本と雑誌

  野口氏の著作は、代表作の「『超』整理法」をはじめ、「『超』勉強法」等何冊か読んでいます。
 本書は、それら「超」シリーズ等の執筆を通して著者が整理した「文章法」を紹介したものです。10年ほど前の本ですが、まさに「野口流」、流石に要領よくまとまっています。
 そのあたり、目次を眺めるだけでもわかります。

  • 第一章 メッセージこそ重要だ
  • 第二章 骨組みを作る(1)内容面のプロット
  • 第三章 骨組みを作る(2)形式面の構成
  • 第四章 筋力増強―説得力を強める
  • 第五章 化粧する(1)わかりにくい文章と闘う
  • 第六章 化粧する(2)一〇〇回でも推敲する
  • 第七章 始めればできる

 第二章から第六章までは、論文・解説文・企画書・評論といったジャンルを対象にした、分かりやすい文章を書くための実践的なHow Toの紹介です。機械的・即物的ではありますが、その分、著者のアドバイスはすぐ実行できるレベルにまで具体化されています。

 それらTipsの紹介に先立ち、著者は、本書の冒頭で「メッセージ」の重要性を説いています。論文・解説文等の文章を書くにあたっては「メッセージが8割の重要性」を持つという主張です。(反面、著者は、小説等ではメッセージは重要ではないとしています)要するに、「何を言いたいのか」「何が結論なのか」に尽きるということです。

 「結論」は「明快な主張」でなくてはなりません。その観点からは「外見」も重要です。著者は、「メッセージ」の最も重要な条件をこう規定しています。

(p12より引用) ある命題を「メッセージ」と言えるかどうかは、どのように判断できるか?
 第一の条件は、「ひとことで言えること」だ。

 その点から著者は、旧来の「生活綴方運動」に始まる「見たまま感じたままを書く」との考え方に異を唱えています。 

(p18より引用) 文章を書く作業は、見たまま、感じたままを書くことではない。その中から書くに値するものを抽出することだ。見たこと、感じたこと、考えていることの大部分を切り捨て、書くに値するものを抽出する。これは、訓練しないとできないことである。

 「主張」のある文章は、その内容の当否にかかわらず発展性があります。これも意味のあることです。 

(p22より引用) あなたの文章が出発点になって、さまざまな議論が展開してゆくかもしれない。それは、最初の議論が不十分であったことを意味するものではなく、むしろ重要な問題を見出したことの証拠なのである。

 こういった効用のあるメッセージですが、「的確」なメッセージを固めるのはなかなか容易にはできません。とても苦しいものです。考えて考えて考え抜かなくてはなりません。

 本章で著者が紹介している「メッセージ(=テーマ)の見つけ方」のヒントをひとつ書き留めておきます。対象をとらえる「切り口」の工夫です。 

(p23より引用) 「見えるものの中からとくに目立つもの」を指摘するのは、素人にもできる。しかし、「あって然るべきものがない」と指摘するには、対象に関する深い知識が必要である。だから、プロにしかできない。

 「見えていないもの」に気づくのは確かに難しいのですが、それこそが独創性のある「新たな視点」になるという指摘です。

 さて、最後に、著者が語るシニカルなコメントを。 

(p211より引用) 「私が言うとおりにせよ」と注意するのは簡単だが、「私がするとおりにせよ」と示すのは至難のわざだ。

 本書のあとがきで、著者自ら、「『私の文章読本』を書いてしまった」と記しています。

 

「超」文章法 (中公新書) 「超」文章法 (中公新書)
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素晴らしきラジオ体操 (高橋 秀実)

2011-04-16 14:22:01 | 本と雑誌

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YouTube: ラジオ体操第1・第2

 私が小中学校の頃の運動会・体育祭のプログラムは「ラジオ体操」で始まりました。
 「ラジオ体操第一~ぃ」、未だにあのピアノのメロディと体の動きは忘れていません。

 書評によると、本書は、たいていの日本人が知っているラジオ体操をテーマにしたエッセイ風の「昭和日本文化論」だと紹介されています。

(p26より引用) ラジオ体操は共振現象なのである。ラジオの音楽、先生の声、そして目の前のラジオ体操人の動き。これらの生み出す波動に共振して、私たちはラジオ体操をしてしまう。・・・

 これはただの健康体操なのだろうか。大体、ラジオ体操は運動としては楽すぎる。それに雨に打たれながらラジオ体操をする様は不健康である。体操というより、むしろ日本人の習俗、教義こそないがまるで「宗教儀式」のようである。

 ラジオ体操の発祥の地はアメリカ。1925年、メトロポリタン生命保険会社が、「生命保険の宣伝」のためにラジオを通じて20分間の「体操」を流したのが始まりです。それを当時の逓信省簡易保険局が真似ようとしたのですが、日本放送協会によってその性格が変容したのでした。その理由は「宣伝は放送事業の主旨に反する」というものでした。

(p65より引用) こうしてラジオ体操の元来の目的であった「保険思想の普及、死亡率の低下」は表面上姿を消すことになった。そして新たに掲げられたのが「集団的精神の培養」だった。

 そして、不幸な戦争に突き進む昭和12年。

(p140より引用) 文部省は「国民精神の作興」を目的とした「国民心身鍛錬運動」なるキャンペーンを実施した。その最重点項目に、精神具現が非常にやりやすく、わかりやすい毎朝のラジオ体操を挙げたのであった。

 日本国中の愛国団体が、全国統一組織「ラジオ体操連盟」に参加していきました。
 とはいえ、当時の様子を辿ろうとする著者のインタビューに答える人からは、「御国のためにやっていた」という声は聞こえてきませんでした。「ずっとやっているから」「日課だから」「ラジオ体操は楽しかったから」、ラジオ体操を続けていたというのです。

(p196より引用) 軍国主義と民主主義を呑み込むようにして、ラジオ体操は進化を遂げた。そして人々を「安心の間」へとつりこみながら、共振の渦を再び拡げていったのである。

 さて、本書、書評にあるように、「ラジオ体操」をテーマにした「日本人論」「日本文化論」だと位置づけると大いに物足りなさが残ります。あえて硬派的な言い方をすると、高齢者問題を中心とした「都市社会学」のフィールドワークとも言えるかもしません。

 ただ、あれこれの能書きはともかく、取り上げられた「素材」が独創的なだけに、ひとつの薀蓄を語る読み物としてはなかなかユニークで面白いものでした。

 
素晴らしきラジオ体操 素晴らしきラジオ体操
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無縁社会 (NHK「無縁社会プロジェクト」取材班)

2011-04-09 12:01:23 | 本と雑誌

 2010年1月31日放送のNHKスペシャル「無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃~」を書籍化したものです。内容は、当時の取材メモや関連放送等をもとに大幅に加筆されています。

 身元不明でなくなった方は、官報に「行旅死亡人」という呼称で告知されるとのこと。その数は年間32,000人にも上ります。

 
(p73より引用) 「単身化」、「未婚化」、「少子化」といった家族のあり方の変容が、「無縁社会」の拡大を推し進めている現実が見えてきた。

 
 この現実を、取材班は地道な調査と関係者へのインタビューで掘り下げ、以下の7つの章で詳しく紹介していきます。
 

  • 第一章 追跡「行旅死亡人」----わずか数行まとめられた人生
  • 第二章 薄れる家族の絆----「引き取り拒否」の遺体の行方
  • 第三章 単身化の時代----「生涯未婚」の急増
  • 第四章 社縁が切れた後に----疑似家族に頼る人々①
  • 第五章 "おひとりさま"の女性たち----疑似家族に頼る人々②
  • 第六章 若い世代に広がる「無縁死」の恐怖----ツイッターでつぶやく将来の不安
  • 第七章 絆を取り戻すために----二度の人生を生きた男

 
 本書を読んで衝撃的だったことは、“無縁死”した方々に、頼るべき家族・親戚・縁者が全く無かったわけではないということでした。

 
(p130より引用) ・・・ふと湧き上がる孤独感。・・・
 それでも、ひとりで暮らし続ける高齢者たち。そこには、「迷惑をかけてはいけない」という家族への切ない優しさと、孤独や不安に立ち向かおうとする懸命な姿があった。

 
 兄弟姉妹や独立していった子どもたち、そういった家族にもそれぞれの暮らしがある、「迷惑をかけられない」と思いやり独居に耐える高齢の方々。そして、その結末としての「孤独死」「引き取り拒否」・・・。

 さらに、こういった世情は、雇用環境の悪化に伴い30代から40代の世代にも広がりつつあります。

 
(p236より引用) 「現実社会では、人間関係もあってホンネは言えない。ツイッターの私がホントの私」
 「無縁社会が他人事ではない・・・」とツイッターでつぶやく三十代、四十代の人たち。・・・そのやりとりを見ると、「誰かに聞いてほしい、誰かに気づいてほしい」という若い世代の心の叫びのように私たちには感じられた。

 
 先に読んだ藤森克彦氏による「単身急増社会の衝撃」で示された現実もそうですが、デモグラフィックス上近未来に発生する蓋然性が高い課題について、どれだけそれに正対し「我がこと」として捉えるか、「リアイティへの真摯さ」が益々重要になっていると感じます。

 冷静に考えると、短期間で今のデモグラフィックスの傾向を変化させることは不可能です。「家族の絆」を復活させると唱えたところで、具体的な良案があるわけではなく、また、それで全てが解決するわけではありません。
 「無縁死」の増加は一つの表象であり、より根本的な問題は、将来における「人間の共同体のあり方」でしょう。そこには、「感性」に拠るものもあれば、まさに「社会の仕組み」として構想すべきものもあります。

 本書の中で著者の一人である記者も忸怩たる思いで語っていますが、この重い課題は、未だ「解決」に向けて動き出しているとは言えない状況です・・・。
 
 

無縁社会 無縁社会
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発売日:2010-11-12

 
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停電の夜に (ジュンパ・ラヒリ)

2011-04-06 21:25:25 | 本と雑誌

 かなり以前、何かの書評で紹介されていた本です。今年の読書の目標のひとつが、「小説」のウェイトを高めるということでもあるので読んでみました。

 著者のジュンパ・ラヒリは1967年ロンドン生まれ、本デビュー作以来数多くの賞を受賞している新進気鋭の作家とのこと。
 本書に収められているのは表題となった「停電の夜に」等全9作。華美な修飾のない落ち着いた文体で、夫婦・家族・そして市井の人々の感情を淡々と描いていきます。
 どの作品もインドの人たちが主人公。こういう舞台設定の物語を読むのは初めてです。

 小説なので個々の内容をご紹介することは控えたいと思いますが、9編の中で私の好みの作品はといえば、最後に採録されている「三度目で最後の大陸」でしょうか。

 
(p315より引用) ようやくミセス・クロフトが言いたいことを口にした。疑わしさとうれしさを等量に込めた、あの口調だった。
「完璧。いい人を見つけたね!」
 今度は私が笑う番だった。そうっと笑ったからミセス・クロフトには聞かれなかったろう。だがマーラは聞いていた。そして初めて、私たちは見つめ合い、笑顔になった。

 
 インド生まれの主人公と100歳を越えるアメリカの老婦人との交流を、穏やかな余韻を残しつつ抑揚を抑えた筆致で描いていきます。
 その他にも、「停電の夜に」「ピルザダさんが食事に来たころ」「病気の通訳」あたりも面白かったですね。
 
 

停電の夜に (新潮文庫) 停電の夜に (新潮文庫)
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発売日:2003-02

 
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Twitterの神々 新聞・テレビの時代は終わった (田原 総一朗)

2011-04-02 09:08:49 | 本と雑誌

 最近大流行のソーシャルメディアである「Twitter」がタイトルに掲げられた本ですが、著者はオールドメディア世代だと目されていた田原総一朗氏。
 その田原氏と、ソーシャルメディアを駆使して活動している三木谷浩史氏・佐々木俊尚氏・津田大介氏・上杉隆氏・堀江貴文氏・夏野剛氏といった面々が語り合います。

 2010年3月、田原氏の看板番組「サンデープロジェクト」の放送が打ち切りになったこと、ちょうどその当時の対談で佐々木俊尚氏に薦められたことがきっかけとなって、田原氏はツイッターデビューしました。田原氏のメディアスタイルの特徴は、「朝まで生テレビ!」や「サンデープロジェクト」に見られるようなライブ感にありましたから、そもそも親和性は高かったのだと思います。

 田原氏は、ツイッターの魅力を津田大介氏との対談の中でこう語っています。

 
(p104より引用) 田原 僕はね、本当はITなんてろくに分からない。だけど、ツイッターをやってハマリ込んだ。一つつぶやくと100くらい返信がくるんです。いろんな考え方があって、もちろん揚げ足取りのあるんだけど(笑)、面白いなぁと。

 
 ここで言われているように、ツイッターの魅力は強力な拡散力リアルタイムのレスポンスにあります。しかしながら、こういった魅力を最大限に享受できるのは、やはりこの世界での著名人に限られるというのが現状でしょう。ふつうの個人ベースの場合、少々つぶやいたところで反応が返ってこないのが通常です。

 このままツイッターが浸透していくのか、それともより密着度の高いSNSであるfacebookに軸足が移っていくのか、あるいはまた共存共栄していくのか・・・、非常に興味深いところです。

 ところで本書ですが、私は「タイトル」を勝手に誤解していました。「Twitter」をテーマにした論考かと思いきや、そうではありませんでした。
 大半はTwitterをいろいろな意味で発信メディアとして有効に活用している「ネット有名人」と田原氏との対談集です。週刊誌的なネタもあれば、今までも散々語りつくされているような内容も多く見られます。それこそ、Twitterでフォローしていれば十分かもしれません。

 とはいえ、第3章の「ツイッター激論シンポジウム」では、「アジェンダ設定力」とか「ツイッター送金」といった興味深い議論もいくつかありました。
 そういう中で、東京新聞の長谷川幸洋氏のコメントを、改めての指摘として書き留めておきます。

 
(p270より引用) いろんなパーツとしては、いい技術があったりいいアイデアがあったりするんだけれど、それを全部まとめて一つの政策体系なり商品・プロダクトにまとめていく力、いわば大きなデザイン力が決定的に欠けているんじゃないですかね。

 
  「構成力」「構築力」・・・、プロデュースする力は大事です。
 
 

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発売日:2010-12-21

 
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