OMOI-KOMI - 我流の作法 -

For Ordinary Business People

コンセプト(ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (楠木建))

2010-10-31 11:00:47 | 本と雑誌

 ストーリーの始まりは、本質的な顧客価値を定義する「コンセプト」です。

 
(p248より引用) 優れたコンセプトを構想するためには、常に「誰に」と「何を」の組合せを考えることが大切です。「誰に」と「何を」を表裏一体で考えることによって「なぜ」が初めて姿を現すからです。
 「なぜ」は、戦略ストーリーにとって一番大切な問いかけです。ストーリーを動かす原動力は因果論理にあります。

 
 秀逸なコンセプトとして、著者はいくつかの実例を挙げています。
 その代表例が「アマゾン・ドット・コム」です。インターネットの普及に合わせて多くのEコマース企業が生れましたが、それらは従来からの小売業をネット化しただけのものでした。

 
(p257より引用) こうした安直なコンセプトをごく初期の段階から否定し、ユニークなコンセプトで独自の戦略ストーリーを構想した数少ない企業のひとつがアマゾン・ドット・コムです。創業経営者のジェフ・ベゾスさんは創業当初から「他社と決定的に異なるのは、アマゾンのビジネスの中核がモノを売るのではないということだ。われわれのビジネスの本質は人々の購買決断を助けることにある」と断言していました。

 
 この経営者が示す明確なコンセプトのもと、アマゾンは、ユーザによるレビュー購買履歴等に基づくレコメンデーションといった顧客の購買決断を支援する機能開発に多額の投資を行いました。これにより、売り手と買い手が双方向で情報を交換し販売・購入に活用するというダイナミックな関係性の構築に成功したのです。

 さらに、この「人々の購買決断を助ける」というコンセプトにもとづき、新品と中古品とを並べて顧客に表示するという「アマゾン・マーケットプレイス」も開始されました。結果は、一部で危惧されたチャネル間のカニバリズムによる相殺状況が生じたのではなく、購買チャンスの拡大・アマゾンへの顧客ロイヤリティの向上といったプラスの相乗効果が発揮されたのでした。

 もうひとつの例は、戦略ストーリーの古典的名作といわれる「サウスウェスト航空」
 CEOのハーブ・ケレハー氏によるとサウスウエストのコンセプトは「空飛ぶバス」とのこと。陸上交通機関の利用者を飛行機に乗せて飛ばそうとしたのです。したがって、戦略の基本の他社(競合航空会社)との「違い」は、「サウスウエストは航空会社ではない」ことでした。究極の違いですね。

 そして、そこで重要なポイント。サウスウェスト航空の打ち手の構成要素、「短距離国内便特化」「機内食は出さない」「座席指定はしない」等々は、この「空飛ぶバス」という基本コンセプトの自然な帰結(因果論理の一貫性)であるということです。

 以上のような「コンセプトの重要性」は従来からも指摘されていました。
 本書において楠木氏は、もう一歩踏み込んで、「誰に嫌われるか」の明確化がコンセプトメイキングにおいて大切だと説いています。「否定的な視点」から考え直すことによりコンセプトやストーリーにエッジを効かせブラッシュアップを図るのです。すべての顧客に受け入れられるコンセプトでは「戦略の差別化」はできないということです。

 さて、「コンセプト」の章での著者の最後の示唆は、「コンセプトは人間の本性を捉えるものでなくてはならない」という点です。

 
(p291より引用) 人間の本性を捉えた骨太のコンセプトを作るためには、その製品やサービスを本当に必要とするのは誰か、どのように利用し、なぜ喜び、なぜ満足を感じるのか、こうした顧客価値の細部についてのリアリティを突き詰めることが何よりも大切です。・・・特に大切なのは「なぜ」についてのリアリティです。

 
 そして、著者は、このリアリティは「自分自身」で考え抜いて追求するものだと説いています。

 
(p291より引用) 自分自身ほどリアリティを持って理解できる「顧客」は他にはありません。

 
 本田宗一郎氏の開発における信念と一種通じるところがありますね。
 
 

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books) ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)
価格:¥ 2,940(税込)
発売日:2010-04-23

 
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い
 
TREview
TREviewブログランキング
 
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

戦略ストーリー (ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (楠木建))

2010-10-30 15:39:35 | 本と雑誌

 楠木氏が提唱している「戦略ストーリー」ですが、具体的にビジネスの文脈の中で「競争戦略」として組み立てるには5つの柱が重要となります。「因果論理により結び付けられた、起・承・転・結」です。
 楠木氏は、それらを「戦略ストーリーの5C」と名付けています。

 
(p173より引用)
・競争優位(Competitive Advantage)
 ストーリーの「結」・・・利益創出の最終的な論理
・コンセプト(Concept)
 ストーリーの「起」・・・本質的な顧客価値の定義
・構成要素(Components)
 ストーリーの「承」・・・競合他社との「違い」 SP(戦略的ポジショニング)もしくはOC(組織能力))
・クリティカル・コア(Critical Core)
 ストーリーの「転」・・・独自性と一貫性の源泉となる中核的な構成要素
・一貫性(Consistency)
 ストーリーの評価基準・・・構成要素をつなぐ因果論理

 
 この「5C」で構成された「戦略ストーリー」は、事業開始にあたって当初からフルセットで完成されているものではありません。むしろ、その必要もないと楠木氏はいいます。

 
(p225より引用) 戦略ストーリーは、特定時点で完結する意思決定やデザインの問題ではありません。むしろ日々の経営の仕事の中で遭遇するさまざまな事象をストーリーの視点から考え、ストーリーに取り込み、ストーリーへと仕立てていく。この「ストーリー化」のプロセスに経営者なり戦略家の仕事の本領があります。

 
 経営者には「一本のストーリー」に収斂させていくという意識が重要なのです。一貫したストーリー化のプロセスを経て、企業の「戦略ストーリー」は「強く」「太く」「長く」なっていきます。

 
(p228より引用) ストーリーの戦略論とは、個別の打ち手でいきなり勝負するのではなく、因果論理でつながった打ち手の「合わせ技」を重視する戦略思考です。

 
 「合わせ技」で複雑になった因果論理の束こそ、簡単に他社に模倣されない強固で独創的な競争戦略となるのです。
 楠木氏のいう「ストーリー」とは、whyで始まる論理です。SP・OCといった個別の構成要素を首尾一貫した因果論理で結びつけ競争優位を導く「媒介(=つなげるもの)」なのです。
 
 

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books) ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)
価格:¥ 2,940(税込)
発売日:2010-04-23

 
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い
 
TREview
TREviewブログランキング
 
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

競争戦略の基本論理 (ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (楠木建))

2010-10-27 22:53:56 | 本と雑誌

 本書は、「ストーリー」という視点で競争戦略を論じたものですが、立論を進める前段の第二章で競争戦略の基本論理を概説しています。
 その中で「競争優位の源泉」について説明しているくだりを何点か覚えに書き記しておきます。

 楠木氏いわく、「競争戦略」の本質は「違いをつくる」ことですが、この違いの作り方よって「競争戦略」には2つの考え方があるとのこと、「種類の違い」を重視する「ポジショニング」と、「程度の違い」を重視する「組織能力」です。

 
(p125より引用) SP(Strategic Positioning)が「他社と違ったことをする」のに対して、OC(Organizational Capability)は「他社と違ったものを持つ」という考え方です。・・・
 SPの戦略論が企業を取り巻く外的な要因(その際たるものが業界の競争構造)を重視するのに対して、OCの戦略論は企業の内的な要因に競争優位の源泉を求めるという考え方です。
 つまり、「競争に勝つためには独自の強みを持ちましょう」という考え方です。

 
 ちなみに「競争戦略」といえば必ず登場するポーター氏の戦略論はご存知のとおり「ポジショニング」です。

 
(p120より引用) ポーター戦略論も、ファイブフォースだけでなく、基本的な競争戦略の類型論や戦略グループといったさまざまなフレームワークを提示でしています。しかし、以前の戦略論と決定的に違うのは、使われた概念や提案されたフレームワークのすべてが一つの論理、すなわち「ポジショニング」という考え方で貫かれているということです。・・・ポーター戦略論は、個別の技法を超えて、一つの論理で一貫して組み立てられた思考体系です。

 
 ポジショニング戦略の要諦は、「what」=何をするかという決断です。これはもうひとつの選択肢との訣別でもあります。

 
(p124より引用) SPとは、競争上必要となるトレードオフを行うことにほかなりません。・・・だからこそ、「何をやらないか」という選択が大切になるのです。ポジショニングの戦略論の根底には、このシンプルな論理があります。

 
 競争優位の源泉たる「違い」をポジショニング(=位置どり)で実現するのですから中途半端は許容しません。

 
(p116より引用) SP(Strategic Positioning)の戦略論は、程度問題としての違いをOE(Operational Effectiveness)と呼び、SPとは明確に区別して考えています。戦略はSPの選択にかかっており、OEの追求は戦略ではない、というのがポジショニングの考え方です。

 
 「程度の差」はすぐに他社にキャッチアップされてしまいます。また「程度の差」をつけることに注力し始めると貴重な経営リソースが分散してしまうというデメリットも生じますし、程度の差が顧客に響くかといえば、それは別問題になります。

 さて、競争戦略の2型「SP」と「OC」ですが、これらは相反するものではありません。

 
(p146より引用) 現実の戦略はSPとOCとの組合せであるのが普通です。・・・優れた経営にとってはどちらも必要です。

 
 時間軸でみると、多くの場合、SPからOCへという変遷が見えてきます。
 そこで、この2つの戦略を組み合わせたマトリックス(SP-OCマトリックス)の中で企業を位置づけるといろいろと示唆に富む気づきが得られます。一般的には、欧米の企業はSP型、日本企業はOC型が多いようです。

 
(p162より引用) SP先行型の企業には一つの大きな強みがあります。それは、業績が悪くなるときに、はっきりと、しかも早く悪くなれるということです。・・・これは必ずしも悪いことではありません。経営陣や社員が今そこにある危機をはっきりと認識できるため、揺り戻しがかかりやすいのです。・・・
 これに対してOC先行型の企業では、厨房が徐々にダメになっていく、という怖さがあります。・・・マネジメントや社員もはっきりとした危機感を持ちにくい。

 
 このあたり、著者が挙げている、SPの例としての「HP」、OCの例としての「カネボウ」は確かに典型的なものとして納得感がありますね。
 
 

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books) ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)
価格:¥ 2,940(税込)
発売日:2010-04-23

 
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い
 
TREview
TREviewブログランキング
 
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ストーリー (ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (楠木建))

2010-10-24 11:06:36 | 本と雑誌

 以前、野中郁次郎教授・竹内弘高教授が主催するフォーラムに参加していたので、著者の楠木氏のことは気になっていたのですが、著作を読むのは初めてです。
 多くの具体的な事例をもとに、「ストーリー」という視点から競争優位をもたらす論理を解説していきます。

 まずは、楠木氏による「戦略」の定義です。

 
(p13より引用) 「違いをつくって、つなげる」、一言でいうとこれが戦略の本質です。・・・
 戦略は因果論理のシンセシスであり、それは「特定の文脈に埋め込まれた特殊解」という本質を持っています。優れた戦略立案の「普遍の法則」がありえないのは、戦略がどこまでいっても特定の文脈に依存したシンセシスだからです。

 
 楠木氏はこの「つなげる:因果論理のシンセシス」というコンセプトから「ストーリーとしての競争戦略」という視点にたどり着きます。

 この「ストーリー」という考え方を説明するのに、楠木氏は面白い工夫をしました。「『ストーリー』とは何でないか」を列挙するという方法です。それによると、「ストーリー」は、「アクションリスト」「法則」「テンプレート」「ベストプラクティス」「シミュレーション」「ゲーム」ではないといいます。
 その一連の説明の中から「テンプレート否定」のくだりをご紹介しておきます。

 
(p32より引用) 考えてみれば、テンプレートの戦略論は戦略の本質にことごとく逆行しています。シンセシスであるはずの戦略立案が、テンプレートのマス目を埋めていくというアナリシスに変容します。戦略をその文脈から無理やり引きはがし、構成要素の因果論理や相互作用を隠してしまいます。本来は動きのあるストーリーのはずの戦略は、かくして限りなく静止画へと後退していきます。

 
 静的なテンプレートに構成要素を当てはめていくだけでは、本質的な差別化戦略は生れてきません。
 最近のビジネス書の多くが説くHow To思考に対するアンチテーゼです。

 さて、このあといくつかのエントリーに分けて、本書で特に私の興味を惹いたポイントを覚えとして記してたいと思いますが、最終の第7章に「戦略ストーリーの『骨法10カ条』」として著者の主張のエッセンスが紹介されていますので、そちらもメモしておきましょう。

 
(p429以降より引用)
骨法その1 エンディングから考える
骨法その2 「普通の人々」の本性を直視する
骨法その3 悲観主義で論理を詰める
骨法その4 物事が起こる順序にこだわる
骨法その5 過去から未来を構想する
骨法その6 失敗を避けようとしない
骨法その7 「賢者の盲点」を衝く
骨法その8 競合他社に対してオープンに構える
骨法その9 抽象化で本質をつかむ
骨法その10 思わず人に話したくなる話をする

 
 この中の「その6」での箴言をひとつ。

 
(p467より引用) 大切なことは、失敗を避けることではなく、「早く」「小さく」「はっきりと」失敗することです。

 
 確かに、失敗は「遅く」「大きく」「あいまい」に気づくものですね。
 先ずはトライして、細かくPDCAを回しましょう。
 
 

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books) ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)
価格:¥ 2,940(税込)
発売日:2010-04-23

 
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い
 
TREview
TREviewブログランキング
 
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

考えよ! ―なぜ日本人はリスクを冒さないのか? (イビチャ・オシム)

2010-10-22 23:26:08 | 本と雑誌

 日本代表監督も務めたイビチャ・オシム氏が、W杯南アフリカ大会を前にして、日本サッカーとそこに表れる日本人の国民性・精神性について語ったものです。

 W杯南アフリカ大会に関する部分は、今となっては結果が判明しているので、オシム氏の予言どおりではない点ももちろんいくつかはあります。イタリアやフランスが予選で敗退することを予想することは、誰にとっても困難だったでしょう。しかしながら、事実の把握と分析をもとに将来を予測するというロジカルな推論の結果としては、随所に流石というオシム氏の慧眼が光ります。

 たとえば、岡田監督が採用した4-5-1の布陣と同じ観点からの指摘の部分です。

 
(p110より引用) 1つだけ要注意点を言うならば、チームにアーティストはいらない。
 あまりにもたくさんのアーティストがいると、チームは手痛い代償を払うことにもなる。日本に必要なのは、アーティストではなく、5番目のミッドフィルダーである。ディフェンスの前で仕事をする選手だ。

 
 まさに今回の日本代表のW杯での結果は、この布陣を選択した賜物だったといえるでしょう。アーティストタイプの中村俊輔選手をベンチにさげ、4バックの前に泥臭い仕事を献身的にこなす阿部勇樹選手を配したフォーメーションです。阿部選手は見事に与えられた役割を果たしました。

 また、「走る」ことを重視するプレースタイルも南アフリカ大会では奏功しました。走りながらプレーする、走りながら素早く考えるのです。

 
(p112より引用) 残念ながら日本には、テクニックのある選手はあまり走らなくてもいいと考える傾向があるようだ。逆ではないか?テクニックのある選手がもっと走れば、より次元の高いサッカーができる。そう考えるべきではないか。

 
 今回のW杯では、サイドバックの長友選手を筆頭に、遠藤選手が最長距離を走った試合もありました。走ることにより遠藤選手は確実に日本代表の中心選手になりました。

 さて、これら具体的なサッカーの話題に加えて、より一般的な日本人論も随所に登場します。
 その中でも特に私の関心を惹いたのが、「リスペクトと責任感」との関係を語ったくだりでした。

 
(p32より引用) リスペクトはしなければならないが、脅威に感じることはないのだ。
 日本代表チームは、たぶんにリスペクトを払いすぎるのだ。リスペクトとは相手の力がノーマルだと考えることである。どのチームもストロングポイントとウィークポイントを持っている。どんな場合も、それを客観的に精査しなければならない。

 
 この客観的分析がポジティブシンキングと合体したときに「平常心」が生まれるとオシム氏は説いています。

 
(p33より引用) だが、リスペクトの仕方を間違うと、とんでもないことになる。日本代表チームは、チームの責任、選手の責任を相手チームの凄さに責任転嫁してしまう傾向がある。
 日本人は責任を他人に投げてしまうことに慣れすぎている。

 
 とはいえ、オシム氏によると、この「責任転嫁」は単なる「責任感の欠如」ではないというのです。

 
(p94より引用) 「日本人には責任感がない」とは決して言えない。日本人のメンタリティの問題は「責任感がない」のではなく、その責任感に自分で限界を作ってしまうことではないか。自分で勝手に仕事の範疇を決めてしまい、それを達成すると、「後は自分の責任ではない」と考える。

 
 たとえば、自分のマークする選手だけを追って、それだけやれば「後は知らない」と勝手に考えてしまうメンタリティです。後は知らないという思考は、他に頼るという姿勢と同根のものです。

 
(p105より引用) 1億人を超す人口を誇る日本では、国としてのディシプリンや責任感、ヒエラルキー無しでは生きていくことはできないのかもしれない。だから、いつも常に誰かに意見やアドバイスを求めているように思える。自分で考えることをせずにディシプリンやルールを重視した行動をとってしまっている。

 
 自分で考え尽くすのが苦手、他に依存しがちなために瞬時に判断するのが苦手・・・、こういう特性は、確かに日本人には見られがちなものだと思いますね。
 「日本人は・・・」と安易にひと括りにして議論することは危険なことではありますが、自分のことを振り返る大事な契機になります。今回も私は反省です。
 
 

考えよ! ――なぜ日本人はリスクを冒さないのか? (角川oneテーマ21 A 114) 考えよ! ――なぜ日本人はリスクを冒さないのか? (角川oneテーマ21 A 114)
価格:¥ 760(税込)
発売日:2010-04-10

 
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い
 
TREview
TREviewブログランキング
 
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

だれかを犠牲にする経済は、もういらない (原 丈人・金児 昭)

2010-10-20 23:59:35 | 本と雑誌

 原丈人氏の著作も金児昭氏の著作も、以前読んだことがありますが、とても真っ当な論調であった印象が残っています。
 本書は、そのお二人による「資本主義のあり方」に関する対談を起こしたものです。第一印象としては、今のキャリアに至る道程がかなり違うので、どんな対談になるのかと思いましたが、内容はなかなか興味深いものでした。

 タイトルにもあるように、お二人とも今の金融経済状況に大きな危機感をいだいています。

 
(p21より引用) 個人、法人、機関投資家の資金が、投機的なゼロサムゲームに流れるのを止め、長い目で見ればはるかに大きなリターンを人類にもたらす研究開発などの中長期の投資に対して流れていくような、税制、金融制度、証券制度などを日本が先んじて整えることができれば、金融不安の循環による世界の混乱をくい止める役割を日本が果たすことになります。

 
 こう語る原氏の主張は極めてクリアです。目指すのは「公益資本主義」、それはアメリカ型の金融資本主義の否定から始まります。

 
(p24より引用) アメリカの金融資本主義のおおもとにあるのは、二つの「間違い」です。一つは、「市場万能主義」、つまり市場にすべてを任せるべきだという新古典派の経済学です。もう一つは、「株主万能主義」、つまり、会社は株主のものという考え方です。この間違った理論と間違った思想を正さなければいけないということに、はやく世界が気づかないといけません。

 
 先の世界的な金融危機は、リスクマネジメント不在の金融工学が生み出した新手の金融商品の取引によるものでした。そこには金融取引で儲けようとする多くの投資銀行やファンドの存在がありました。彼らはありとあらゆる方法で形振り構わず利益を求めます。

 
(p149より引用) 欧米の金融資本主義信奉者たちは、ファンド運用者の利益に合わなくなったら、おおもとのルールを平然と変えようとしているわけです。・・・
 これからも、英米を中心とする、金融資本主義信奉者たちは、ルールや基準をつくっては、「グローバルスタンダードだ」と、みんなが飛びつくような甘言を使って、「世界の皆さんはそれに従いなさいという姿勢をとりつづけるでしょう。

 
 問題は、「しからばどうするか」ということになります。
 企業の内部統制に係るSO法にしろ新たな国際会計基準IFRSにしろ、少なくとも欧米で上場していたり欧米と取引があったりする企業は否が応でも従わざるを得ないでしょう。
 そもそものルール作りの場で影響力を発揮するにはどうすればいいか、それを真剣に考える必要があるということです。

 さて、本書のもうひとつの楽しみは、こうした新たな資本主義を目指した議論の合間で語られるお二人の「考え方」「姿勢」に触れたくだりです。
 その中でも特に印象に残ったのが、金子氏のいう「あきらめる力」についてのお話です。

 
(p119より引用) 目の前のことを一生懸命に考えない。やらない人ほど、遠い未来のことを夢想しがちです。目先のことをやらずに漫然と過ごす。そういう生き方をしていると、自分の不遇を他人のせいにしたくなってしまいます。その時点、時点で、自分にとってどうにもならない境遇や実力不足は、あきらめる。ないものねだりはしない。できないことに無理にしがみつかずに、いまできること一つひとつ、一歩前に進めるようにする大切さを、私もやっとわかってきたのです。

 
 謙虚な語り口ではありますが、直面したすべてのことに一生懸命全力を尽くされてきたうえでの達観だと思います。軽々に語ることができるものではありません。
 
 

だれかを犠牲にする経済は、もういらない だれかを犠牲にする経済は、もういらない
価格:¥ 900(税込)
発売日:2010-06

 
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い
 
TREview
TREviewブログランキング
 
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ぶらりミクロ散歩―電子顕微鏡で覗く世界 (田中 敬一)

2010-10-17 08:35:29 | 本と雑誌

T4  著者の田中敬一氏は鳥取大学名誉教授、顕微解剖学の専門家です。
 自宅に電子顕微鏡を配備した研究所も開設しており、走査電子顕微鏡の世界的権威としても著名な方です。

 著者は、その自宅の電子顕微鏡を駆使して、ごくごく身近な身の回りの世界の中で興味を持ったものをあれこれ覗いてみます。
 アリの口、ミジンコ、納豆、梅干、エビの目・カニの目、湯豆腐、シタビラメの鱗・・・ そこには、私たちの想像を超えたとても興味深い光景が現出します。

 本書は、そういった数々の電子顕微鏡写真を材料にしたエッセイ集です。写真を眺めるだけでも楽しめますし、ユーモアに富んだ著者の小文も秀逸です。
 たとえば、「貝のボタンと模造のプラスチックボタン」を見比べた「シャツのボタン」という小文の一節です。

 
(p49より引用) その微細構造の美しさという点では、まったく及びもつかないことがわかった。つまり、このことに関しては、人間の技術は「有殻軟体動物」の力に到底かなわないということである。
 ・・・動物の系統図では下等とされる動物が、人類に真似のできない素晴らしい能力をもつことを知る機会になった。

 
 百聞は一見に如かず、顕微鏡下に現れる興味深い姿を目にすると、生物の造型の深遠さを思わずにはいられません。電子顕微鏡の素晴らしさは、立体像を確認できることですね。ミクロの世界のリアリティは圧巻で摩訶不思議です。
 
 

ぶらりミクロ散歩――電子顕微鏡で覗く世界 (岩波新書) ぶらりミクロ散歩――電子顕微鏡で覗く世界 (岩波新書)
価格:¥ 756(税込)
発売日:2010-08-21

 
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い
 
TREview
TREviewブログランキング
 
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

わが記者会見のノウハウ―スキャンダル克服の秘訣 (佐々 淳行)

2010-10-14 22:45:58 | 本と雑誌

 著者の佐々淳行氏は、警察庁OBで初代内閣安全保障室長も勤めた「危機管理」の専門家です。
 本書は、数々の危機管理の修羅場を経験した著者の体験談と、それに基づく危機回避のアドバイスを記したものです。

 紹介されているケースはどれも記憶にあるものばかりで、そこで語られる著者の言葉にも(思想的な立場はさておき、)十分なリアリティが感じられます。
 たとえば、「交渉の場」での実体験を語ったくだりです。

 
(p28より引用) 論理的思考ができることが知性の証だとか、リーダーの資質であるなどと思われているようですが、・・・討論や交渉の場で威力を発揮しているのは、理路整然とした三段論法でもなければ、ドイツ観念論の弁証法でもありません。支離滅裂な「理外の理」だったり、感情論だったり、利益誘導や威嚇恫喝というのが実情でしょう。
 とくに国益などの理外関係に関わる討論などではその傾向が強まります。

 
 確かに、国家間の交渉ともなると、拠って立つ事実認識の部分からズレがあるケースが多いわけですから、論理的な論法を使おうとしてもそもそも口火すら切れないということになってしまうのでしょう。そうなると勢い非論理の世界での戦いとなるのです。

 さて、本書では、危機対応の場に際してのアドバイスが数多く示されていますが、その中から、これはというものをいくつかご紹介しましょう。

 まずは、「ネガティブリスト」の重要性について。

 
(p91より引用) 何か問題が起きて発表しなければならなくなったとき、危機管理の担当者が真っ先にしなければならない仕事に「ネガティブリストの作成」があります。
 ネガティブリストとは「何を言ってはいけないか」を書き出したリスト、べからず集のことです。・・・
 ところが危機管理を担当したことのない人たちは「これから発表する事項10項目」のような「何を発表するか」のリスト作りを始めます。普通の官僚的な発想ではそれが当たり前なのですが、これは記者会見では役に立ちません。
 その項目にないことを、必ず記者は質問してくるからです。

 
 このあたりのアドバイスは非常に実践的です。対外対応をコントロールする要諦は、複数の口から発信される情報間の矛盾・齟齬を来たさないようにすることですが、この目的のためにも「ネガティブリスト」の共有は有効です。

 かく言う、著者にも失敗はあったとのこと。

 
(p184より引用) 「言葉」とは実に恐ろしいものです。“口は災いの元”とよく言われるようにTPOによっては「言っていいこと」と「言ってはいけないこと」があるからです。・・・
 「暴言」や「失言」の特効薬は、「あんなこと言わなきゃよかった」という理性的な反省と、タイミングのいい素直な「陳謝」です。

 
 ただ、この「タイミング」が難しい。結果として後手を踏んでしまいがちです。だからこそ、最初から「舌禍」を招かない注意・準備が大事になるのでしょう。

 もうひとつ、著者が巻末に記した「記者会見の心得10カ条」。原則論から具体的方法まで雑多で体系的に整理されてはいませんが、現実のシーンでは参考になります。

 
(p208より引用)
第一条=嘘は禁物
第二条=言えないことは「言えない」と言う
第三条=知ったかぶりは禁物
第四条=ミスリード的相槌を慎む
第五条=逃げない、待たせない
第六条=締め切り時間への配慮
第七条=オフレコの活用
第八条=資料は先手を打って配布する
第九条=素直な陳謝
第十条=解禁条件付きの発表方法

 
 特に私が注意すべき心得は、第四条です。まさに著者の指摘のように、「相手の言うことは理解した」というつもりで「うなづく」ことは結構ありますから。確かに、これは誤解を与えるもとになりますね。
 
 

わが記者会見のノウハウ―スキャンダル克服の秘訣 わが記者会見のノウハウ―スキャンダル克服の秘訣
価格:¥ 1,600(税込)
発売日:2010-02

 
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い
 
TREview
TREviewブログランキング
 
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カントの正義 (これからの「正義」の話をしよう(マイケル・サンデル))

2010-10-11 09:31:50 | 本と雑誌

Kant  サンデル教授によると、カントの思想は「正義を自由と結びつける」アプローチだと言います。それはカントの著作「道徳形而上学言論」で説かれているとのことですが、このあたりの解説は私にはさすがに難解でした。

 ということで、自分で理解できていないという前提で、いくつかのフレーズを覚えとして記していきます。

 
(p143より引用) カントの考える自由な行動とは、自律的に行動することだ。自律的な行動とは、自然の命令や社会的な因習ではなく、自分が定めた法則に従って行動することである。

 
 この「自律」の概念はひとつのポイントです。

 
(p170より引用) 逆説的だが、カントの自律の概念は、われわれが自分自身を扱う方法に一定の制約を課す。自律とは、自分が定めた法則に従うことだ・・・自分を含めたあらゆる人格を、単なる手段としてではなく、それ自体を究極目的として尊重することを求める。カントにとって、自律的な行動とは自分自身を尊重し、物扱いしないことだ。自分の肉体だからと言って、好き勝手にはできないのである。

 
 従ってカントは、自殺や売春を認めません。カントは、すべての人に平等に備わっている理性的能力への尊敬を説きます。他者を尊重することは人間の義務だとの考えです。

 
(p160より引用) カントにとっては、自尊心も他者を尊重する気持ちもまったく同じ原理から生じる。

 
 このあたりの考え方は、夏目漱石の「私の個人主義」のなかにも同種のものが見受けられました。

 さて、こういったカントの道徳哲学の思想のなかでもうひとつ私の興味を惹いたのが「嘘」に関するカントの考え方です。

 
(p172より引用) カントは嘘をつくという行為に非常に厳しい。『道徳形而上学言論』では、嘘は不道徳な行為の最たるものとしてやり玉に挙げられている。・・・「真実を述べることは、相手が誰であっても適用される正式の義務だ。たとえそれが本人や他者に対して、著しく不利な状況をもたらそうとも」
 ・・・嘘はどんなものであっても、「正しいことの根源を傷つける。・・・したがってつねに真実を語ること(正直であること)は、いかなる都合も認めず、つねに例外なく適用される神聖な理性の法則なのだ」。

 
 カントは「真実を告げる」という義務を重視します。したがって、「嘘と誤解を招く真実とのあいだには道徳的な違いがある」というのがカントの考えです。

 
(p178より引用) カントの道徳論では、重要なのは意図、すなわち動機なのである。・・・念入りにこしらえた言い逃れは、真実を告げるという義務に敬意を払っている。だが、真っ赤な嘘は違う。単純な嘘をつけば用が足りるのに、わざわざ誤解は招くが厳密には嘘ではない表現を使う人は、遠回しであっても、道徳法則に敬意を示しているのだ。

 
 「真実ではあっても誤解を招く言い様」は、結構身近でもお目にかかります。私自身も正直なところ心当たりがあります。詭弁的な言い方は、越えてはならない最後の一線への正直さの現われでもあるのでしょう。

 最後に、「功利主義」に対するカントの姿勢をメモしておきます。

 
(p180より引用) カントは功利主義を個人の道徳のよりどころとしてはもちろん、法則のよりどころとしても認めていない。・・・効用は正義と権利の基盤とはなりえない。・・・権利の根拠を効用に求めると、社会は特定の幸福観を、ほかの幸福観よりも支持したり、後押ししたりすることになるからだ。・・・「何人も自分の考える幸福観に従って幸せになることを私に強いることはできない。なぜなら他者の自由を侵害しないかぎり、人間はみな自分に合った幸福を探すことができるからだ。

 
 カントは、人々がそれぞれに持つ多様な価値観を重視します。特定の価値観の押付けには断固として反対するのです。
 
 

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学 これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
価格:¥ 2,415(税込)
発売日:2010-05-22

 
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い
 
TREview
TREviewブログランキング
 
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「正義」へのアプローチ (これからの「正義」の話をしよう(マイケル・サンデル))

2010-10-09 13:20:09 | 本と雑誌

Bentham   ハーバード大学の超人気講義とのこと。NHK教育テレビでの放送も見られなかったので、楽しみにして手にした本です。

 「正義」という根源的なテーマ。サンデル教授は、具体的な事例における意見の対立を示しながら、その意見の対立の元にある「思想・価値観」等を論じていきます。
 まずは、議論のはじめにこういったくだりがありました。

 
(p17より引用) 正義をめぐる古代の理論は美徳から出発し、近現代の理論は自由から出発すると言えるかもしれない。・・・だが、こうした対比は誤解を招くおそれがあることは、最初に知っておいていいだろう。
 というのも、現代政治を動かしている正義-哲学者ではなく一般市民にとっての正義-に目を向ければ、状況はもっと複雑だからだ。・・・正義には選択の自由はもちろん美徳も含まれるという信念は根深いものだ。正義について考えるなら、われわれは否が応でも最善の生き方について考えざるをえないのである。

 
 本書が「正義」を狭義の「哲学」の中で論じようとしていないことの表明です。

 さて、本論。まずは、「分配の際の公平さ」という切り口から入っていきます。

 
(p29より引用) ある社会が公正かどうかを問うことは、われわれが大切にするもの-収入や財産、義務や権利・・・-がどう分配されるかを問うことである。・・・
 われわれは・・・価値あるものの分配にアプローチする三つの観点を明らかにしてきた。つまり、幸福、自由、美徳である。これらの理念はそれぞれ、正義について異なる考え方を示している。
 われわれの議論のいくつかには、幸福の最大化、自由の尊重、美徳の涵養といったことが何を意味するのかについて見解の相違が表われている。また別の議論には、これらの理念同士が衝突する場合にどうすべきかについて意見の対立が含まれている。

 
 ここで示された「正義に関する三つのアプローチ」が、本書におけるサンデル教授の論考の軸になります。

 最初の「幸福の最大化」で採り上げられるのがベンサムを代表とする「功利主義」の考え方です。

 
(p47より引用) 救命ボートの事例をめぐる・・・二つの考え方から、正義への二つの対立するアプローチが明らかになる。第一のアプローチは、行動の道徳性は行動がもたらす結果だけに依存しているとするものだ。つまり正しい行ないとは、総合的に考えて、最善の状況を生み出すすべてのことだというわけである。第二のアプローチは、道徳的に言えば、結果だけを考えれば良いわけではないとするものだ。つまり、いくつかの義務や権利は、社会的結果とは無関係に尊重されるべきだというのである。

 
 後者の立場に立つならば、「どんな義務や権利が、結果に関わらず尊重されるべきか」という点が問題になります。しかし、功利主義は、こういう道徳的義務や人権を認めません。

 
(p48より引用) 道徳の至高の原理は幸福、すなわち苦痛に対する快楽の割合を最大化することだというものだ。ベンサムによれば、正しい行ないとは「効用」を最大にするあらゆるものだという。・・・あらゆる道徳的議論は、暗黙のうちに幸福の最大化という考え方に依存せざるをえない。人びとは、ある種の絶対的で無条件な義務や権利を信じていると言うだろう。だが、こうした義務や権利を尊重することが、少なくとも長期的には幸福を最大化すると信じていないかぎり、人びとがそうした義務や権利を擁護する根拠はないのだ。

 
 徹底した「最大幸福原理」です。

 二つ目の「自由」についての議論は別に触れるとして、三つ目の「美徳」に関する議論はアリストテレスの思想が登場します。

 
(p242より引用) アリストテレスにとって、正義とは人びとに自分に値するものを与えること、一人ひとりにふさわしいものを与えることを意味する。

 
 この「ふさわしいもの」とはなにか、その判断のためには「目的論的思考」が重要だといいます。

 
(p244より引用) 物の正しい分配方法を決めるには、分配されるもののテロスすなわち目的を調べなくてはいけない

 
 この考え方は、「目的」に合致した判断をするというものですから、現在の私たちにとっても理解しやすいものだと思います。

 
(p248より引用) 正義と権利をめぐる議論は、社会制度の目的をめぐる議論でもあり、また、その制度が称え、報いを与えるべき美徳をめぐって対立するさまざまな概念の反映でもあることが多い。

 
 サンデル教授は、本書に記された考察を通して、この「三つ目の考え方」、すなわち「正義には美徳を涵養することと共通善について判断することが含まれる」との見解が自らの立場であると明らかにしています。

 
(p335より引用) 公正な社会は、ただ効用を最大化したり選択の自由を保証したりするだけでは、達成できない。公正な社会を達成するためには、善良な生活の意味をわれわれがともに考え、避けられない不一致を受け入れられる公共の文化をつくりださなくてはいけない。

 
 最後に、本書の中で紹介されたロバート.F.ケネディの演説の一節を書きとめておきます。

 
(p337より引用) 要するに、GNPが評価するものは、生き甲斐のある人生をつくるもの以外のすべてだ。そして、GNPはアメリカのすべてをわれわれに教えるが、アメリカ人であることを誇りに思う理由だけは、教えてくれない。

 
 そういえば、今年、日本はGDPで世界2位から3位になるのでした。
 
 

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学 これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
価格:¥ 2,415(税込)
発売日:2010-05-22

 
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い
 
TREview
TREviewブログランキング
 
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不機嫌な職場-なぜ社員同士で協力できないのか (河合 太介 他)

2010-10-07 23:13:33 | 本と雑誌

 帯には、「あなたの職場がギスギスしている本当の理由 社内の人間関係を改善する具体的な方法をグーグルなどの事例もあげて教えます」と書かれています。
 会社には、いろいろな職種・階層を問わず、何とかして活き活きとした職場にしたいと考え悩んでいる人は数知れずいますね。

 さて、著者たちは、この問題の原因分析と対策検討にあたって、「役割構造」「評判情報」「インセンティブ」の三つのフレームワークを用いて議論を進めていきます。

 その中の「役割構造」でのキーワードは「組織のタコツボ化」です。人に帰納させると「属人化」ということになります。

 
(p44より引用) グローバル化だけでなく、現在の団塊の世代の大量退職に伴うスキル伝承の問題などに直面し、企業組織として次の段階に移らなければならないいま、日本企業の過度の仕事の「属人化」がさまざまな面で大きな問題となっている。
 仕事が属人化してしまうため、経営トップから「見えない」、新たな経営の方針に基づいて仕事も変化すべきなのに「変わらない」、次の世代や世界の同僚に伝えるべき内容も「伝わらない」、これらの問題を引き起こしているのだ。

 
 二つ目の「評判情報」。これは、「相手のことを知る」ことがスタートになります。そのための方法として誰でも思いつくのが「ソーシャルメディア」の社内活用です。

 
(p166より引用) 多くの会社が社内ブログやイントラネットを活用したが、上手くいっていないと聞く。なぜ、サイバーエージェントではそれが上手く機能しているのだろうか、と。
 堪えは単純明快である。それは、彼らの社内ブログやイントラネットが、圧倒的に面白いからである。外にあるブログやホームページと比べて、競争力のあるレベルで面白いから、人は、そこを訪れるのである。・・・
 本気でやる覚悟。外部競争力を持つくらいのクオリティーに対する工夫。これが必要なのである。

 
 この著者たちのコメントは、一面真実だと思いますが、世の中の多くの企業の実態を抑えていない結論でもありますね。
 企業内でこういった情報共有・連携ツールを浸透させるには「面白さ」だけでは無理です。そこには「ツールを使う必然性」が条件に加わってきます。いくら面白いブログでも、自分の業務に役立たなくては結局は使われないのです。
 それから、もうひとつ。「そもそもこの手の仕掛けに響かないメンバも厳然と存在する」という現実もあります。これは、良い悪いの問題ではなく、所与の環境条件です。私自身、1年以上にわたって社内SNSの試行をやってきていますが、未だにこれらの壁を乗り越えられないのです。

 三つ目は「インセンティブ」。この最後の点が最大のポイントです。

 
(p188より引用) 協力し合える組織に変えていく方法を、役割構造、評判情報、インセンティブの三つのフレームで見てきた。
 お互いがタコツボに入り込んでしまうような状況をつくらず、お互いをよく知る、お互いの意図や人となりを知ることができる状況をつくりだす。その上で、根源的な感情、すなわち感謝や認知を通じた効力感というインセンティブが働くようにする。一つひとつの取り組みが、こうした連鎖を生み出したとき、協力し合える組織へと変わっていくことができる。

 
 いかに仕組みができても、とどのつまりは「マインド」の問題が残るのです。
 この点が最も悩ましいところです。著者たちも十分に認識しています。みんな気になっている、現状には心を痛めている、でも「協力への第一歩」が踏み出せない・・・。

 
(p196より引用) 人は助けて欲しいと言われたときに、周囲に自分以外の人がいれば、つい傍観者になってしまうことが起きやすい

 
 これが「援助行動の傍観者効果」といわれるものです。この「傍観者」を生まないようにする方法が難しいのです。
 著者たちは、このためには、「感謝と認知のフィードバック」が重要だと説いています。が、このあたりになると俄然具体性に乏しい立論になってしまいます。

 
(p200より引用) 本書で繰り返し述べてきたように、協力の問題は単に個人の意識の問題ではなく、組織の問題であり、社会の問題である。

 
 本書の物足りなさは、まさにこの主張にあります。「マインド」の部分、すなわち「応用心理学」的観点からの分析やアプローチが弱いのです。
 読み通してみて、本書の示唆にはリアリティの希薄さを感じざるを得ませんでした。200ページ程度の新書ですが、内容は20~30ページもあれば伝え切れる感じです。残念ながら、現場の一人ひとりの「心」の実態に刺さり込んでいない表層的な処方箋だという印象が残りましたね。
 
 

不機嫌な職場~なぜ社員同士で協力できないのか (講談社現代新書) 不機嫌な職場~なぜ社員同士で協力できないのか (講談社現代新書)
価格:¥ 756(税込)
発売日:2008-01-18

 
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い
 
TREview
TREviewブログランキング
 
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

佐藤可士和のクリエイティブシンキング (佐藤 可士和)

2010-10-03 10:08:31 | 本と雑誌

Uniqlo  ご存知の通り、著者の佐藤可士和氏は、最近脚光を浴びているクリエーターです。
 以前、柳井正氏監修の「ユニクロ思考術」という本を読んだとき、その中で紹介されていたのでちょっと気になっていました。

 本書は、その佐藤氏が語る「クリエイティブシンキング」のすすめです。
 語り口は柔らかですが、随所に興味を惹く指摘が見られました。

 まずは、「本質をつかむ」ための「見立て」の活用です。
 「見立て」とは、茶の湯や和歌等の世界で使われていた「あるものを別の何かになぞらえて見る」という手法のことです。

 
(p35より引用) この“見立て”の習慣を、ぜひコミュニケーションスキルとして、普段の会話に積極的に取り入れてみてほしいと思います。・・・
 全く別々の事象を的確につなげることは、モノの本質をつかむ絶好のトレーニングになります。・・・視点を変えて再解釈することで、本質が浮き彫りになるという見立ての行為自体が、非常にクリエイティブだと思います。

 
 この「本質」は、プロジェクトワークにおいては「コンセプト」と同値です。

 
(p111より引用) まず大切だと思うのは、プロジェクトのビジョンを示すこと。つまり、コンセプトメイキングです。・・・
 さらに、コンセプト設定の際、誰もが明確にイメージできるようなキーワードを提示できれば、コミュニケーションが断然スムーズになります。「要するにこういうこと」というふうに、プロジェクトの目的を短い言葉でまとめるのです。ユニクロのプロジェクトの場合は、「美意識ある超合理性」をデザインのキーワードにしました。

 
 このあたりの考え方は、プロジェクト推進の要諦を説く妹尾堅一郎教授の主張と多くの点で重なるところがあります。妹尾教授は、コンセプトの共有の有効な手段として、「メタファー」の活用も勧めています。これは、佐藤氏のいう「見立て」の意味するところや目的と同じです。

 もうひとつは、「ストーリー」
 この「コトをつなぐ物語性」も、最近のマネジメントやマーケティングの世界でもよく登場するキーワードです。
 佐藤氏の活動は、デザイナーからクリエイティブディレクターへと変化してきたとのこと。

 
(p114より引用) その中で、最近特に実感しているのが、“コンテンツからコンテクストを作る”ことの重要性です。コンテンツは個々の内容、コンテクストはそれらがつながった文脈ということになります。・・・この場合のコンテクストやストーリーとは、いわゆる物語というよりは、ブランドのバックグラウンドやコンセプトなどの大きな軸に沿って、一つひとつの要素がつながり文脈を成している状態を指しています。

 
 この指摘もとても重要です。佐藤氏はさらにこう続けます。

 
(p116より引用) ストーリーやコンテクストが重視されるようになってきた背景には、世の中の情報の肥大化や、企業の事業の複雑化も大きく関係していると思います。・・・
 こうした時代背景もあり、“コンテンツからコンテクストを作る”、すなわちストーリーを描いていくことが、ブランディングの核心だと考えるようになりました。現在だけでなく過去の要素も整理してつなげながら、未来に向けての方向性を作っていくことで、自然とブランドのビジョンを構築できるようになったのです。

 
 そして、このくだりの締めの表現は、まさに佐藤氏らしいものでした。

 
(p117より引用) 以前はブランディングに対して“立体的なイメージを構築する”という三次元的な捉え方をしていましたが、ストーリーを意識するようになってからは、さらにこの時間軸の視点が加わって四次元的に捉えられるようになり、より滑らかな構築ができるようになりました。

 
 さて、最後にご紹介するのは、佐藤氏が指摘する「現代のキーワード」です。

 
 (p65より引用) 僕は今、時代のキーワードは“リアリティ”だと思っています。暮らしを取り巻くあらゆる環境が目まぐるしく変化する現代においては、表層的で飽きられやすいトレンドではなく、より本質的で現実の生活にフィットした感覚で、消費者の心を自然に捉えることが求められていると感じています。

 
 Twitterに代表されるような「バーチャルな緩いつながり」が流行っている現代に見えますが、それだからこそ、実態としては、「時代が求めている感覚」はリアルなものとして通底しているいうことなのでしょう。
 
 

佐藤可士和のクリエイティブシンキング 佐藤可士和のクリエイティブシンキング
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2010-06-26

 
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い
 
TREview
TREviewブログランキング
 
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする