飄(つむじ風)

純粋な理知をブログに注ぐ。

日本の裁判官達の生態!!

2008-08-17 15:19:02 | 日本

個人が組織に埋没する、依拠する。
考えられる構図........。!!

それでは、崇高な人間としての使命は、単なるゴミ箱行きか!!

 それぞれの持ち場に、使命を感じて全うする。それが仕事というものである。『仕事』は事に仕えると書く。missionであり、単なるjobではない。何もかもjobに成り下がったのか。

 『give and give』 を伴うものがmissionである。『give and take』だけだと、jobになる。『take and take』だと、盗賊だ。動物以下である。

 ましてや、事の善し悪しを委ねられた裁判官に、jobは考えられない。mission中のmissionでなければならない。裁判官のjob感覚は、それ自体、犯罪である。罪一等加罰が必要である。法律にはその定めがないが、下記、転載記事が実情を一部でも表しているとしたら、考えなければならない所であろう。

 が、何が何でも、法律で定めて事が治まるものではない。missionは心のあり方を問われているのである。jobの中にもmissionはあるし、動物は無意識の中に『give and give』を織りなして存在する。その昔、職人は職に賭するものを言った。

 裁判官は、裁判という職に賭するものでなければならない。立身出世など存外の職である。裁判に地・高・最高の区別はない。その制度そのものを根底から見直す必要がある。裁判官に必要なものは、熟練の心眼と、法の識見力(見識力)である。そして、内在する良心への忠誠心ではなかろうか。

 そうでなければ、最後に悔やむのは、自分である。因果律は、全てを貫く法則であるからだ。『人にウソはつけても、自分にはウソがつけない。』

<裁判官の異例の告白(再掲)>

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こういう裁判官は、7ヶ月で職を辞するという、不条理!!......涙無しでは、見られない。

【転載開始】日本の裁判官達の生態

<オルタナティブ通信 http://alternativereport1.seesaa.net/article/104732618.htmlより>

 日本の裁判官達は、地方裁、高等裁、最高裁へと順当であれば出世して行くが、実際に裁判を行っているのは地方裁だけである。

高等裁は、地方裁の裁判結果を、ほぼ、そのまま「うのみ」にして判決を出す。証拠文書等に目を通さない事が多い。つまり「何も仕事をしない」。

地 方裁で有罪であった判決を、高等裁で無罪に持って行くには、相当、新しい証拠を探し、裁判過程で「激しく騒がないと」、新しい証拠に高等裁の裁判官は「目 も向けない」。「何も仕事をしたくないが、うるさいから、しかたない、証拠を見てやるか」という状態に追い込まなければならない。

一方、最高裁は、法律審であり、事実審ではない。つまり高等裁の判決の中の、証拠が正しいか、原告・被告の、どちらの主張が正しいか等は、最初から最高裁は判断しない。高等裁の判決が憲法に違反していないか、だけを判断する。

最高裁の判決は、場合によっては、高等裁の判断基準になった法律が、憲法に違反しているか、どうかの問題になり、違憲判決を出せば、国会で、法律を改正しなくてはならなくなり、「裁判所は国会で作った法律が粗悪品だと判断します」と言った事になり、大問題になる。

そうした「大騒ぎ」を引き起こせば、出世に「さしさわり」が出てくるので、最高裁も、ほとんど99%、高等裁の判決を「踏襲」する。

つまり地方裁だけが、刑事裁判では有罪・無罪の判断を行い、民事裁判では勝敗の判断を行っている。高等裁・最高裁は「右習え」であり、何も仕事を、していない。

  裁判官も人間である以上、誤った判断を行う事がある、慎重に判断するために、地方裁・高等裁・最高裁と、三回、裁判を行うと言う、三審制度は、無実の人間 を刑務所に入れる事が無いように、誤った判決を出さないための、基本的人権重視のために設けられた。この三審制度は、現在では、「なし崩し」的に、崩壊さ せられている。

日本の裁判所は、「基本的人権」など、「どうでも良い」のである。

 もちろん、時々、地方裁の判決を高等裁が「引っくり返す」事がある。

裁判官にも派閥があり、Aと言う派閥の裁判官が地方裁で出した無罪判決を、対立するBと言う派閥の高等裁の裁判官が「引っくり返し」、有罪にし、嫌がらせ、を行う。

派閥争いであり、地方裁で無罪であった人間が有罪だと、高等裁が「中味を判断したのでは全く無い」。

もちろん判決では、頭の良い裁判官は「もっともらしい理由」を付けるが、単なる派閥争いであり、地方裁でAの派閥の裁判官が出した判決を、高等裁でBの派閥の裁判官が「引っくり返し」、顔に泥を塗ってやった、だけである。

逆に、しばらくすると、今度は、別の裁判で、地方裁でBの派閥の裁判官が出した判決を、高等裁でAの派閥の裁判官が「引っくり返し」、仕返しを行い、顔に泥を塗ってやった、という抗争が起こる。

子供のケンカである。

こうして本当に犯罪を犯した人間が、無罪となり、社会に「野放しになり」、全く無実の人間が数十年、刑務所に入れられ、死刑になっている。【転載終了】