明日は70回目を迎える珠洲市一周青年駅伝大会。
主催は珠洲市青年団協議会。
珠洲に青年いるの?と揶揄する声も聞こえてきそうだが、珠洲市は県内でも有数の青年団活動が盛んな地域だ。
市内10地区すべてに青年団があり、今年度の登録人数は189人。
その青年団が集まった珠洲市青年団協議会が主催するビッグイベントの一つが駅伝大会だ。
今年のサブスローガンは「以心伝心~70年分のありがとう~」。
どういう思いを込めての言葉か、直接役員の皆さんから聞いたわけではないが「70年分」には単に節目の「70」以上の想いが込められているのではないかと思えてならない。
実は珠洲市青年団協議会は昨年度、戦争経験者の話を記録し、DVDにまとめ、上映会を開催するなど平和活動にも熱心に取り組んでいる(こちら参照)。
そんな中での「70年分のありがとう」である。
今年が70回ということは第1回は1947年。
敗戦直後の混乱期である。
戦争が終わり、戦地で銃を取り、あるいは学徒動員で軍需工場などで働いていた青年たちが徐々に珠洲に帰り(当時は珠洲市政施行前)、敗戦から1年も経たない1946年6年、県内でいち早く珠洲郡連合青年団が結成された。
ちなみに結成当時の団員は2800人。
そして翌1947年5月3日、新憲法の施行を記念して小木(現在の能登町小木)-狼煙間で開催されたという。
この時代にこのような行事が開催できたこと自体、青年団の皆さんにとって感謝だろうが、タスキをかけた多くの青年が地域を駆け抜ける姿自体が戦争が終わって、平和な時代が到来したことの象徴でもある。
地域の人たちにとっても感謝の行事だったことだろう。
その後、昭和の大合併による珠洲市の発足、団員の減少、コースの変更など紆余曲折を経ながら70回目の明日を迎える。
日本国憲法が施行されて丸69年。
この間、先の大戦時のように青年団が学徒隊に編入されるような時代が訪れることもなく駅伝大会は回数を重ねられてきた。
「70年分のありがとう」には駅伝大会を応援してくれた地域の皆さんへの感謝、回数を重ねてきた諸先輩への感謝はもちろんだろうが、大会開催の大前提である平和にも感謝が込められているのではないか(と以心伝心、勝手に解釈させてもらいたい)。
(※「珠洲のれきし」参照させてもらいました)
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