オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

早いもので・・・

2016-02-26 | Weblog

2/26(金) 今朝も弁当を作る。バカの一つ覚えと云うか、弁当作りを日課としてから満八年となる。このBLOGを始めたのが弁当作りから遅れること半年余。BLOGを習慣づけるために、「オヤジの弁当箱」と名付けて日々の弁当をテーマにした。

何の趣味も取り柄も、勉強をする習慣もない小生が、唯一続けているのが「弁当作り」と「BLOG」だ。弁当の方は、一時は自分用に、バイトのKやスタッフにも振舞った時期があったが、今は娘と家人用に徹している。BLOGの方は、古くからの友人・知人に向けた『未だ生きてるぜ! 』メッセージのようなものだ。「あいつは、相変わらずバカをやりながら生きてるな」と、笑ってもらえればいい。

一昨日、昨晩に会った熊本のSEIさんから、メールで上京の知らせが。時をおかず、大阪の某社で監査役をしている後輩、UEDA君から電話をもらった。「3月のはじめに東京に行くので、予定はどうですか」とのことだった。最後に奴が言ったのは「おんちゃんも先が長うないにろうきに、今のうちにおうちょこう思うて」と、土佐弁だった。”おんちゃん”と言うのは、オジサンと云う土佐言葉だ。

斯様に歳若の友人が云うように、何時いなくなってもおかしくないが。そんなことよりも、こっちの気掛かりは齢若の友人たちのことだ。病気をするのも結構いるので、その連中のことを心配する。今のうちに会っておこうと、機会を作っては出掛けるようにしてはいるが・・・・・。

ついつい余談が長びーた。今朝の弁当に入ろう・・・。

今朝の起床は六時、前日より二時間も遅いが、前夜長時間飲んでいた所為かも。前夜は、六時半から「ちょっぷく」で、SEIさんが福島から帰るのをHIROさんと二人で待っていた。彼が一時間遅れで着き、河岸を変えるつもりだったのがそのまま安酒場に居続けとなった。

五十歳を過ぎて始めた専業農園主としての仕事、暮らし向き、これからの計画等々、話が尽きないが、途中でTOKIOが参入してから面倒な会話になった。会話のリードのし方を間違ったようだ。結局、四時間に渡って安酒を飲み続けたことになる。

 

今日のメイン・メニューは「焼き肉」。それに「ジャーマンポテト」「小松菜と薄揚げの薄味煮」「紅鮭焼き一切れ」「卵焼き」である。焼肉には、九条ネギとシメジを一緒に炒めた。他のメニューに言はない、定番・オーソドックスな食材と味付けである。

                         

長女の弁当は、焼肉丼風に。家人は今日も忙しくて「ご飯を食べる時間があるかどうか?」とかで、軽めの弁当にしてある(しっかり食べて、しっかり働けと言いたいが、殴られそうだ・・・)。

                         

最後に余談を・・・・。昨年の11月中旬に始まった500円玉貯金の貯金BOXが満杯になった。目標の百万円じゃない、十万円貯まるという小口BOXだ。今朝、小銭入れで見つけた一枚の玉を入れのにも苦労した。早急に大型の預金箱の準備をしなければ・・・百万円が遠くなる!

もう一つ、年末に注文した「土佐文旦」が漸く届き始めたようだ。今年の文旦は例年より玉が大きい。オイラの畑の文旦も、これぐらい綺麗で美味ければ皆さんにお裾分けできるのだが・・・・・残念!

                          

 

 

 

 

 

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