入院当日、病院に向かう直前に煙草を吸いました。残っていた最後の一本でした。体調はすこぶる悪かったのに、惰性で吸いました。その一本を吸ったのは、午後二時ごろだったと思います。
そのまま入院という事態になるとは思ってもいなかったので、診察を受けた帰りに煙草を買うつもりで、ライターも携帯灰皿も持って出かけています。
担当医師によると、入院当夜は胃癌の可能性も疑われるような病状だったので、私も極度に衰弱していて、喫煙など考えるような状態ではありませんでした。
再び煙草を意識するようになったのは入院二日目の昼ごろ。そういえば、そろそろ丸一日になるな、と思ったときでした。
煙草を吸わない人の家を雑誌の取材で訪問したときなど、数時間喫煙しない、ということはたびたびありましたが、息を止めて水の中に潜っているような気分で、息苦しくて仕方がなかったことを思い出していました。
しかし、今回は病院にいる、という無意識の意識があるのか、居ても立ってもいられないということはありません。自由に煙草を吸える環境だったら吸っているだろう、と思うことはありましたが、そう思ったことはすぐに忘れています。
かつてなんらかの事情で煙草をやめなければならないとしたら、と想像したとき、禁断症状が出て、喉を掻きむしりたくなるような枯渇感に見舞われるのではないか、と思ったことがありますが、幸いにして禁断症状はありません。
何かで気を紛らせないと我慢できないというものでもない。
私のいた四階は病室専用のフロアでした。
だから当たり前、と考えるのか、「禁煙」という表示があるのは見舞客も利用するエレベーター前だけです。前は喫煙場所があったらしく、病院敷地内全域を禁煙にしたという但し書きがついていました。
高校二年生の二月一日、通称ロングピースが発売された日以来、四十五年の長きにわたって、一日も欠かさず、ほとんど銘柄を変えることもなく、不断に紫煙をくゆらせてきました。
そんな私にとって、今回の入院による断煙は一大事のはずですが、吸いたくて吸いたくて七転八倒する、というようなイベントもなく、淡々と時は過ぎて行きます。
入院中に小外出したとき、禁煙パイポを買いました。口寂しさを紛らそうと思ったのですが、こんなものをくわえていると、かえって煙草を思い出してしまいます。
退院して今日で六日。
今週から仕事にも復帰して、ときおり通院するほかはほぼ前の生活に戻りましたが、煙草は吸わず、アルコールも呑んでいません。
ときどき吸いたいなァと思うことはあります。吸いたいというより、目の前にお菓子類があれば、つい手を伸ばしてしまうように、無意識の裡に手が伸びるのだろうと思います。
酒は気が向いたら呑めばよいと思っていますが、いまのところ呑む気にはなりません。急に体調の悪さを感じた入院二日前の十一月十八日から呑んでいませんので、今日で丸二十日ということになります。
前は焼酎の一升瓶を一週間で空にしていましたが、入院して留守にしていたこともあり、一か月前に買った焼酎瓶にいまだに残りがあります。
入院する直前に吸って、空のまま残されたパッケージです。
退院してからも、そのまま机の上に残されています。四十五年間も親しんだパッケージだと思うと、棄てるのは忍びない。未練があるわけではないのですが、しばらくこのまま置いておこうかと思います。
入院六日目の朝食~夕食です。三分粥から五分粥になりました。
入院七日目の朝食~夕食。七分粥になりました。
入院八日目の昼食と夕食。全粥になりました。この日の朝は内視鏡検査があったので、絶食でした。
翌九日目からは普通の米飯になりました。