細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

「土木構造物の打放しコンクリートの評価」 (2016年3月11日 76委員会での講演原稿)

2016-03-02 14:47:40 | 研究のこと

3月11日(東日本大震災からちょうど5年の日ですね)に、日本学術振興会の建設材料第76委員会が開催する「打放しコンクリートの美観向上と評価」というパネルディスカッションで45分の基調講演を行います。私の講演タイトルは、「土木構造物の打放しコンクリートの評価」というタイトルです。先方に決められたタイトルでして、土木はそもそもほとんどすべて打放しコンクリートで、建築とは違います。

以下、講演に先立ち、原稿の提出を依頼されましたので、その原稿です。講演ではパワーポイントを使いますが、エッセンスは以下にまとめられています。

「筆者は,土木のコンクリート構造物の表層品質の評価の研究に携わっており,2015年12月に東北地方整備局から通知された「コンクリート構造物の品質確保の手引き(案)(橋脚,橋台,函渠,擁壁編)」においては,表層目視評価,表層透気試験,表面吸水試験が品質の評価手法として活用されている。2016年3月末までに,「コンクリート構造物の品質確保の手引き(案)(トンネル覆工コンクリート編)」も通知される予定であり,同様の表層品質評価手法が活用される。これらの品質評価の必要性をついて本稿で述べる。

東北地方整備局で展開されているコンクリート構造物の品質確保・耐久性確保の取組みの発端となったのは,山口県のひび割れ抑制システムである。2005年に実構造物を活用した試験施工を開始し,2007年からひび割れ抑制システムが運用され,2014年からは品質確保システムへと移行している。2007年にスタートしたひび割れ抑制システムは,橋台やボックスカルバート等のRC構造物に発生する有害なひび割れを防止するためのものである。施工の基本事項が遵守される独自の仕組みを構築し,「施工由来のひび割れ」がほぼ根絶された上で,適切な施工だけで抑制できないひび割れに対しては,補強鉄筋の追加や膨張材の使用等を,発注者が材料費・施工費を計上する形で活用している。ひび割れ抑制システムの運用前後の構造物群に対して,筆者らの開発した目視評価法で品質を比較したところ,ひび割れ抑制システムの運用後の構造物で評価点が明らかに高い結果が得られた。沈みひび割れ,気泡,打重ね線,型枠継ぎ目のノロ漏れ,砂すじ等の施工中に生じる不具合が抑制されていたのである。山口システムにより,施工由来のひび割れの根絶のみならず,表層品質全体が向上していることは,目視評価法だけでなく,表面吸水試験や表層透気試験でも確認されている。筆者らが,表層目視評価法を品質確保システムの根幹に据える理由は,施工中に構造物の表面に生じる不具合を,コンクリートからのサインと捉え,これを低減するようにPDCAを機能させたり,適切に事前準備を行うことが,構造物のひび割れ抵抗性を高め,さらには表層コンクリートが緻密になり,高い耐久性につながるからである。「木を見て森を見ず」ではなく,「森のために木を見ている」のである。

東北地方整備局の品質確保の手引きにおいては,「表層目視評価法」と,山口県で開発された「施工状況把握チェックシート」を活用して施工の基本事項の遵守を達成し,「均質かつ密実で一体性のある」コンクリートとし,その上で適切に養生を行うことで耐久性のために必要な「緻密性」を目指し,緻密性を表層透気試験もしくは表面吸水試験で評価することとした。現場では,品質確保のための様々な工夫がなされ,それらの効果が検証され,水平展開も図られている。また,トンネル覆工コンクリートにおいては,「均質かつ密実で一体性のある」コンクリートを得るための施工の努力,厳しい環境作用にさらされる坑口部分の適切な養生に加えて,施工目地部に発生するうき・はく離・はく落を防止するための対策を取ることとし,メインテナンスフリーの覆工コンクリートを目指す手引きができつつある。

耐久性の高いコンクリート構造物を建設するための方策は様々なものがあり得る。筆者が教えを受けた岡村甫先生らにより提唱,開発された自己充填コンクリートを活用することもその一つであろう。筆者らも,東北の実践においては,施工の影響を受けにくいコンクリートも状況に応じて活用している。しかし,筆者は,元来が手のかかる材料であるコンクリートに対して,目視評価法等を活用した施工の基本事項の遵守を根幹に据える手法を用いることで,構造物の建設に関わる無数のプレーヤーの協働を生み出し,人財育成につなげ,さらには品質確保や耐久性確保に関連する建設システムや規基準類の整備・改善までを視野に入れたチャレンジを続けたいと考えている。」


平成の時代のコンクリート技術の進歩と今後の展望 (「コンクリート工学」5月号の原稿)

2016-03-02 14:42:34 | 研究のこと

以下、「コンクリート工学」の2016年5月号特集号の掲載される予定の原稿です。2ページで、「です、ます調」で書くように依頼がありましたので、少し毛色の異なるトーンとなっております。

「タイトル:平成の時代のコンクリート技術の進歩と今後の展望

1. はじめに

長いスパンで見れば,歴史においてはいつの時代も激動ですが,阪神・淡路大震災と東日本大震災の二つの巨大災害が発生し,総人口もついに減少に転じた平成という時代は,日本の長い歴史においても大きな転換点の一つとして記憶される時代になると思います。諸説ありますが,1997年(平成9年)4月の消費税増税を契機に日本の経済も低迷を始め,長く苦しいデフレの状況からいまだに脱し切れない,苦しい状況が続いています。しかし,社会全体の成長が感じられない平成においても,コンクリート工学の技術は着実に進歩してきたと思っています。私にはコンクリート工学全体の技術を語る知識もありませんし,紙面も限られていますので,私の関心が強いことに限定せざるを得ませんが,平成時代の進歩と今後の展望を述べさせていただきます。なお,本誌2015年9月号の座談会『コンクリート工学の持続可能な発展のために』(中堅編)にて私の考えを述べていますので参照いただければ幸いです。

2. デフレ下の耐震補強

阪神・淡路大震災が大きな契機となり,平成の時代に進められたコンクリート構造物の耐震補強は極めて意義が大きいと思います。多くの技術開発と実装がなされ,高架橋下が店舗等で利用されている状況,河川堤防に埋まった橋台・橋脚等,様々な困難な状況にも対応してきたことには日本人らしさを感じます。国土の強靱化に多大な貢献をし,今後も幾度となく襲ってくる大地震に対して,我が国の経済の毀損を食い止めるための偉大な取組みとして後世からも評価されると思います。「デフレであったからこそ耐震補強を推進できた」と仁杉巌博士もおっしゃいました。まだまだ耐震性の低い構造物・建築物が多い状況にあるので,今後も津々浦々で国土強靭化が推進されることを切に願います。

3. 数値シミュレーション技術

コンピュータの計算能力の急速な進展に支えられ,高度な数値シミュレーション技術が一般的に使用できるようになったことも,この時代の特徴であると思います。このような数値シミュレーション技術が無いと実現できない構造設計や課題解決等に多大な貢献をしてきたと思います。一方で,設計計算書が煩雑になること,不適切な入力やモデル化による間違いを見つけるのが大変なこと,必ずしも必要でない状況にも適用される手段の目的化,等の問題も生じていると思います。数値シミュレーション技術は今後も必ず進歩するでしょう。一方で,石橋忠良博士の言われるように,高度な技術に裏付けされた簡単な設計マニュアルも必要で,何度も簡単に設計計算をやり直せて,間違いがあっても見つけやすくする効果があります。このような地域ごとの設計マニュアルを作る過程では人も育つと思います。これも一種の技術開発です。猫も杓子も高度シミュレーション,である必要は全くなく,限られたマンパワーで良質の仕事をしていく仕組みが構築されることを期待します。今後の日本は,総需要を意味する総人口の減少は軽微ですが,供給力を担う生産年齢人口は確実に急激に減少します。インフラの整備も供給力の向上に多大な貢献をしますが,設計業務の生産性の向上は必須であると思います。なお,内藤廣先生は,我々は今,「情報革命」のど真ん中にいて,そう遠くない未来において,シリコンの処理能力を遥かに超えて,分子を記憶媒体にする分子コンピュータの時代に突入し,とんでもない能力のコンピュータがデザインの対象であるモノとヒトの境界線や,仕事のプロセスに想像も付かない変化をもたらすであろうと述べられています1)。私の生きている間に土木のコンクリート分野にもどのような変化が生じるのか楽しみです。

4. 「量」から「質」へ

誤解を恐れずに言えば,昭和の特に高度成長時代にはたくさんのインフラが整備され,著しい経済発展を支えましたが,平成は「量」から「質」へ目が向いた時代であったとも言えると思います。しかし,1991年以降の独占禁止法の強化(この背景にはグローバリズムが大いに関係していると思います)を契機とした一般競争入札の本格的な採用により,公共工事の品質の確保が非常に重要で困難な課題となりました。本質的でない事務仕事が増える一方の状況において,コンクリート構造物の品質,そして耐久性を確保することは容易なことではありません。容易でないため,やりがいのあるチャレンジとなります。本誌でも何度か紹介させていただいた,山口県のひび割れ抑制・品質確保システム,また,それに端を発した東北地方整備局の復興道路等での品質確保・耐久性確保の取組みは,現場での産官学の協働での課題解決の実践,仕組み作り,人財育成のチャンレンジです。私もこれらの実践的な取組みの中で大いに鍛えられていると思っています。日本の各地域で地域特性を考慮した先端的な取組みが,設計,材料・施工,維持管理の分野で実践され,好例と知恵を共有し,地域のガイドラインとコンクリート標準示方書や土木工事共通仕様書等の規基準類との間の適切でダイナミックなインタラクションが形成されていくことに大いに期待していますし,私自身も少しでも貢献したいと思っています。

5. 混和材料

私たちの社会はすでに化学革命を経験しているわけですが,コンクリート分野における化学混和剤の発展と普及は平成においても目覚ましいものがあったと思います。もはや,化学混和剤なしでは施工のできない部材も少なくないと思いますが,構造物の性能,耐久性が確実に発揮されるよう,慎重な技術開発と実装を期待します。また,化学混和剤に比べると,粉体系の混和材は利用拡大の余地がさらに大きいと私は感じています。タイ王国という先例もあるわけですから,フライアッシュはセメント原料およびセメント用混和材としてすべて有効活用できる仕組みを構築できる日が来ることを期待しています。フライアッシュや高炉スラグ微粉末が適切に活用され,ASRや塩害が新設構造物から根絶される日が来るのを願っています。また,セメント産業は静脈産業としての役割も極めて大きいので,クリンカを細骨材等として活用していくための研究も重要と思っています。

6. 津波防災

私は2011年4月に,土木学会・日本都市計画学会・地盤工学会の東日本大震災 第一次総合調査団(団長:阪田憲次先生)の総合構造物班(班長:丸山久一先生)の幹事として被災地の調査に従事しました。そのときに受けた衝撃は決して忘れませんし,土木工学の意義を初めて腹の底から認識できたこと,分野横断的な課題解決の必要性を心の底から感じたこと,はその後の私の原動力にもなっています。250以上の橋梁が流失した事態を受けて,土木学会の「津波による橋梁構造物に及ぼす波力の評価に関する調査研究委員会」では幹事長として勉強させていただきました。津波作用と橋梁の被害の関係はかなり分析が進んできていますが,津波作用を橋梁の設計で考慮する体系の確立には至っていません。また,プレストレストコンクリート工学会で活動中の「大規模自然災害に対応可能なPC構造に関する研究委員会」(筆者は副委員長)は,2015年8月31日に「津波防災のためのPC構造物の可能性を探る」と題したシンポジウムを開催し,3件の特別講演と16件の一般講演があり,高い関心を感じました。津波防災にコンクリート工学の分野の研究者・技術者が貢献できることは数知れず,将来の悲劇的な災害を抑制,防止できるよう,分野横断的な研究,実践を期待します。

7. グローバル,インターナショナル

世界初の橋梁形式であるバタフライウェブ等を開発してきた春日昭夫氏は,私の尊敬する技術者ですが,私のフランス留学中に春日氏のフレシネートロフィー授賞式に参加する機会がありました2)。FREYSSINETの創立70周年でもあり,盛大なセレモニーでした。欧州以外からの初の受賞者で,春日氏が関わられた小田原ブルーウェイブリッジ,青雲橋,田久保川橋等がVirlogeux選考委員長から紹介され,FREYSSINETのCEOからは「僕らはせいぜい3つや5つのInnovationだけど,Akioは10や15のInnovationだからね」などの賛辞の言葉とともにトロフィーが渡されました。極東の地にある日本が世界にプレゼンスを示すために何が必要かを,春日氏からパーティーやその後の二人の夕食でお聴きすることができました。筆者は,日本が国際的に科学技術の分野でトップレベルを維持し,国際社会をリードすることを願っている一人です。

前述の本誌2015年9月の座談会のp.845では,「国際化に力を割きたいと思いますか」という兼松学先生からの問いに対して,私が「心から思えない。行った先に破滅があるような気がする。」と答えている部分があります。この部分に対して,春日氏や,学会活動を国際的に牽引してきたある先生からも真意の問い合わせがありました。私が国際化に反対していると誤解されたようです。私の認識では,現在はグローバリズムの流れが非常に強まっており,そのために世界中で多くのほころびが顕在化している危険な状況にあると思っています。一部の人のみが得をするグローバリズムには断固反対で,各国が母国語,文化,習慣,技術,自然環境等を大切にし,その上でのインターナショナリズムが健全に機能する状況に変化することを強く願います。その中で,国際的な研究活動や貢献が活き活きと行われることが私の理想です。

8. おわりに

今後も時代の激動は混迷を極めると思います。本稿で記した私の展望がすべて実現するなどと夢にも思っていませんが,よほどのことが無い限り,コンクリートはしばらくは私たちの文明社会を支え続けるものと思います。コンクリートに携われていることを誇りに,チャレンジを重ねたいと思います。拙稿が皆様の何らかのご参考になれば幸いです。

参考文献:
1) 内藤廣:形態デザイン講義,pp.228-229,王国社,2013.10
2) 細田 暁:時とコンクリート,コンクリート工学,Vol.52,No.6,pp.552-553,2014.6