ある書籍のために原稿執筆を求められました。ほとんど一般の人の目に触れない本と思いますので、これからいろいろ修正も入るでしょうから、初稿ということでブログで一般公開したいと思います。私に与えられたお題は、「都市づくりとコンクリート工学」でした。
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「都市づくりとコンクリート工学」
■都市とインフラと日本人
近代の都市を除いて,古代から世界の都市の多くは囲郭都市であった。農耕によって穀物を集積し,富を蓄え,大勢が集まって住む集落を,周囲の部族からの攻撃や略奪から守るためには,城壁や環濠で防御することが不可欠であり,集落が発展して都市となったもののうち,その周囲に防御壁を巡らせたものが囲郭都市である(参考文献1)。大陸にできた都市の多くは,防御壁なしでは成り立たず,もし無かったとしたら略奪と虐殺が待ち受けているだけであった。自分の愛する家族を虐殺されるというこれ以上ない悲しい経験を重ねてきた大陸の都市に住む人間は,自分たちの命を守るインフラの役割を本能的に理解していると思われる。一方で,日本は歴史的に主たる敵が自然災害であり,相手を憎もうにも憎めず,インフラによって合理的に相手に備えていく,という思考をしにくい環境であるという考察ができる。
■近代都市とインフラとコンクリート
都市を形成する際にインフラは不可欠であるが,近代の都市においては,過去に比べてさらに高度なインフラが必要となった。都市に求められる機能が高度で複雑になったためである。そして,産業革命以降,セメントの工業生産が1850年ごろに可能となり,引張に弱いコンクリートを鉄筋で補強する鉄筋コンクリートが19世紀後半に実用化されたことにより,膨大なインフラがコンクリートで建設されるようになり,現在に至っている。なぜ,これだけコンクリートが多用されるのであろうか。コンクリートの主要材料であるセメントは,石灰石が主原料であるが,セメントを構成する元素はクラーク数の上位5元素,すなわちO,Si,Al,Fe,Caである。セメントとは,地表部付近の素材を活用した地産地消の材料であるため,世界中のどこでも生産でき,安価であるため,多用されるようになったのである。なお,セメントの主原料である石灰石は化石であり,砂利や砂をセメントペーストで接着したコンクリートは無機質な印象を与える場合が多いが,過去に生きた膨大な生物の化石がコンクリートを成り立たせていることを付記しておく。
■コンクリートの長所と短所
都市づくりの観点から,コンクリートの長所と短所について述べる。
長所として,価格が安いこと,耐震性,耐火性,遮音性,適切に設計・施工された場合の耐久性や,巨大な構造物の建設が可能であることなどが挙げられる。コンクリートの技術が無ければ,これだけ密集した巨大都市において,安全で便利で快適な生活や社会活動を営むことは不可能であろう。特に,地震国である日本においては,耐震性と耐火性に優れたコンクリートのインフラが社会を支えていることを強調しておきたい。また,日本では,道路舗装の95%程度がアスファルト舗装であり,この数字は諸外国と比べて非常に高い。コンクリート舗装は白舗装と通称で呼ばれることもあるが,日射による温度上昇はアスファルト舗装よりも低いことが知られており,耐久性にも優れることから,快適でサステイナブルな都市づくりにおいて今後も活用が拡大されていくと思われる。
短所として,不適切な設計・施工がなされた場合に生じる劣化の維持管理に膨大なコストがかかることや,美観や景観の観点で難癖が付けられる場合がある。前者については,そのような劣化が生じないように適切に設計・施工をしたり,深刻な劣化に至る前に適切な予防保全をしながら活用していくべきであり,人間側の問題であろう。後者は主観の問題でもあるが,本来,コンクリートは任意の形状を創ることができるのが長所の一つであり,コンクリートの本来の能力を引き出し切れていない人間側の問題と捉えることもできる。
■今後の都市づくりとコンクリート工学
コンクリート構造物は耐震性に優れると前述したが,これはコンクリート工学における耐震設計の改善や耐震補強技術の開発の結果である。土木構造物の場合,1978年の宮城県沖地震や,特に1995年の阪神淡路大震災が契機となり,耐震設計が大幅に見直され,現在に至っている。また,供用期間の極めて長い土木構造物の場合,既存不適格の耐震性の低い構造物が無数に存在し,それらを最新の設計基準の要求水準を満たすようにするための耐震補強が必要であり,様々な補強工法が開発され,実用されてきた。しかし,大都市を巨大地震が襲ったときの被害想定はいまだに想像を絶する大きさであり(参考文献2),構造物や建築物の耐震性も含めた都市の強靭性の向上は,都市が存在する限り永続しなければならない取組みと言える。
もう一点,明確に意識しなければならない観点はサステイナビリティである。本原稿執筆時点は,人類史上最も資源がふんだんに使用されている瞬間であろうが,資源の枯渇や供給可能量の急激な減少が人類を襲うであろう。特に日本は現時点では資源の自給率の極めて低い状況にあり,豊かな生活レベルを維持しつつ,サステイナブルな社会を構築するために取り組むべきことはまさに無数にある。
完全な純国産のエネルギーであるダムによる水力発電は有望で,既存のダムの嵩上げや運用方法の見直し等により,周辺環境への影響をほとんど与えずに,現在の2倍程度の発電が可能である。
生産年齢人口が急減していく社会においては,生産性の向上は必須である。都市部のみでなく国土全体のインフラの質の向上と,車両等に関する技術開発等により,生産性の圧倒的な向上と,エネルギー消費量の大幅な削減を,同時に達成できるはずである。
気象環境の厳しい日本において,インフラの長寿命化も重要な課題である。資源が枯渇していく中で,コンクリートの使用材料,設計,生産,施工方法,維持管理等の技術も現時点では想像できないような変化が待ち受けているはずで,それをさらなる発展の契機と捉えたい。
参考文献:
1) 合田良実:土木文明史概論,p.23,鹿島出版会,2001
2) 土木学会,平成 29 年度会長特別委員会 レジリエンス確保に関する技術検討委員会:「国難」をもたらす 巨大災害対策についての 技術検討報告書,2018.6