「都市計画で失われうる都市の歴史的価値 ~かぎ型の交差点は、令和の時代に残すべきだろうか~」 天野 雄浩
日本の国土強靭化を考える上で、都市にある歴史的価値を忘れてはならないと私は考える。昨今、コンパクトシティの有効性や土地区画整備事業の重要性が注目されがちである。確かに、人口減少問題、行政サービス費用問題、医療問題、災害対策などの点で効果のある方法である。しかし、日本文化を破壊してまで行われるこれらの方法には賛同できない。都市の歴史的価値への意識の重要性を、城下町に現存する特徴的な道路形状を軸に説明したいと思う。
日本では江戸時代まで城下町や街を繋ぐほとんどの道路の道幅は狭く、現代主流の規格とは大きく異なるものであった。江戸時代の城下町から周辺地域に伸びる道路の道幅は2,3メートルであり、城下町の中でも侍屋敷で10メートル、町屋で5メートルであった。当時の主な交通手段は徒歩であるから、現代の規格からすると足りない幅でも十分機能していたようだ。また、江戸時代までの道路は防衛機能を持たせた工夫がみられる。城下町にはしばしば「鍵の手」や「食い違い」、「丁字路」、「袋小路」と呼ばれる道路形状がみられる。「鍵の手」とは、クランク状に道路を屈折させた構造である。「食い違い」とは、道路の交差部を直交させずわざとずらした構造である。「丁字路」とは、道路の交差部で進行方向を建物とする構造である。「袋小路」とは、道路が行き止まりになっていて進行方向に抜けられない構造である。これらの道路形状によって、敵軍の視界を遮断することや進攻の速度を落とすことが期待されていた。
城下町の名残は、現代の日本の一部都市で見られる。代表的なものに長野県松本市のものである。松本城の北東方面、善光寺通りの裏の道には、「袋町の鍵ノ手」と呼ばれる鍵の手が現存する。松本城の南側、中町通りにある多くの交差点で「食い違い」、「丁字路」が見られる。そして、松本城周辺全域に数多くの「袋小路」が見られる。第二次世界大戦による戦災を免れた松本市では、こうした多くの歴史的な道路形状を見ることができる。また、山梨県甲府市のものも特徴的だ。旧甲州街道の一部である国道411号線の善光寺駅周辺には2か所の「鍵の手」が見られる他、道路改良がなされた「食い違い」の跡地がある。山梨県甲府市は第二次世界大戦で空襲の被害にあったものの、土地区画整理事業が都市計画通りに行われなかったので、このような道路形状を見ることができる。
このような城下町の名残としてのこうした道路形状は、都市の歴史を現代に残す重要な史跡であると私は考える。都市は長い年月の中、人々が暮らし続けてきた場所であり、その土地の文化や生活様式の跡は都市を意味づける重要な役割を持つものであろう。都市が積み上げてきた歴史の象徴として価値を持つものと私は考える。
一方で、こうした道路形状は交通の障害にもなり得る。防御機能のためにつくられた通行しづらい道路は、モータリゼーションの進んだ現代においてストック効果を妨げる不便なものとなってしまった。かつては人々が生活するために工夫が施された道路も、時代が変われば生活様式が変わりかつての工夫は活かしづらくなる。これは、長期間にわたって人間に恩恵を生み出すインフラストラクチャには避けて通ることのできない問題の一つであろう。
それでは、こうした特徴を持った道路形状を取り壊して、現代にあった合理的な構造に変えていった方がよいのだろうか。私はそのように考えない。タイトルでも登場する「かぎ型の交差点」をはじめとして、日本の都市には歴史的価値を形成するものが数多く存在すると私は考える。安易に都市内部のものを壊して改善策を施すのではなく、都市の文化を踏まえた改善策を模索すべきであろう。
私が本講義で最も印象に残ったことに、大石久和さんの一つの考え方「日本と諸外国の違いで、日本は建築物や商品の変化を好み、仕組みややり方の変化を嫌う」というものがあった。道路や街景観に関して考えると、日本の街並みは諸外国に比べて新しく直す方法がとられがちな一方、制度や考え方の面では諸外国に比べて遅れている。実際、環状道路やラウンドアバウト、コンパクトシティといった考え方は、諸外国からきたものであり、諸外国での成功例を待ってから日本に導入されている。
私は、「諸外国の良いものを日本に取り入れる」というやり方は大いに賛成する。なぜなら、日本国内のみに視点を向けるよりも、国外の優れたもの、発想にまで注目した方がより賢い解決策が得られると考えるからだ。一方で、国外の優れたものを取り入れた際に国内のよさ、文化を失わないように留意すべきだ。諸外国では、旧市街地は道幅が日本と同様に狭く、そのような特徴を保ちながら新たな交通への考え方が生まれている。日本はこのように自国の都市の歴史的価値を重視する諸外国の行動まで模倣していくべきである。
先に述べた城下町の特徴的な道路形状に関していえば、過去の生活の痕跡として道路そのものを残しつつ、現道に不足した機能、ストック効果を補う新たなバイパス道路を周辺に建設されるのが望まれる。場所によっては、城下町を囲った環状道路をつくることで適切なインフラ機能を補完出来るだろう。郊外の広い土地を走る環状道路であればさらに、信号制御の不要なラウンドアバウトによる交差点運用も可能かもしれない。日本各地の土地や文化に合わせて都市計画の方法は工夫されるべきである。
日本の国土強靭化を考える上で、日本がこれまで培ってきた都市の歴史的価値の維持は欠かせないと私は考える。道路をはじめとした都市のインフラストラクチャ―は、長期間機能するものであるから時代の変化によって、本来の機能を発揮できなくなることがある。こうした際、安易に都市を破壊し変化させて対処するのはよくないだろう。都市の歴史的価値を尊重した方法が望まれると私は考える。城下町の道路形状についていえば、モータリゼーションの進んだ現代であってもかぎ型の交差点を残すような解決策がふさわしいだろう。
参考文献
・食違・丁字路・鍵の手、「国宝松本城を世界遺産に」推進実行委員会 事務局、2009-11-19、2021-12-24閲覧、https://www.oshiro-m.org/wp-content/uploads/2015/04/20091119.pdf
・2 道路整備が街づくりをリードする、四国社会資本アーカイブス、2020、2021-12-24閲覧、https://www.shikoku-shakaishihon.com/pdf/story/road_2.pdf
・城東通りのクランクの謎?、甲府市、2019-8-22、2021-12-24閲覧、https://www.city.kofu.yamanashi.jp/senior/kamejii/010.html
・ストック効果としてのネットワーク、大石久和、2021-12-24閲覧、https://www.zenken.com/kikkansi/zyoutokufutoku/zyoutoku/zk_zyoutoku1612.pdf
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