細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

学生による論文⑦ 「縦割り組織」と土木技術を脅かす「包括的民間委託」(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2021-11-26 09:10:35 | 教育のこと

タイトル:「縦割り組織」と土木技術を脅かす「包括的民間委託」

 縦割り組織は様々な弊害を生み出すことが知られてきているため、組織の構造を見直す事例が増えている。直近の例では今月16日、芝浦工業大学は工学部の学科を廃止する方針を示した。これまで、この大学の教育カリキュラムは、機械、材料、電気電子、土木、化学、情報、先進国際の7つの分野に明確に分かれていた。生徒は、一つの専門分野を重点的に学ぶカリキュラムとなっており、それ以外の分野に触れる機会が少なかったようだ。また各学科には15名程度の教員が所属し、一度所属した教員は定年になるまであまり移動はない。教員は、ムラ社会に近いような状態となっており、上の年代の教員の影響が強く、新しい時代に対応した教育が行われづらい環境であった。新たな教育カリキュラムでは、「学科」を「課程(コース)」という区分けに改めて、生徒が分野をまたいだ学習をできるように、環境整備がなされる。教員も学部所属という形になり、複数分野の生徒に指導を行い、自由でのびのびとした講義が行える環境となる。大学という場で、一つの分野や課題を掘り下げて学問を学ぶ姿勢はもちろん大事である一方、現実の課題は複数の分野が複雑に絡んでいることがほとんどであるから、分野をまたいだ知見や考察も非常に大切だろう。芝浦工業大学は今回、工学部内の教員を一つの組織にするようであるが、さらに法律や経済に精通した教員をこの組織に加えると、より現実に近い知見や考察につながると私は考える。組織の縦割りという状況を緩和させることで、組織の中の個人の能力はよりよくなるだろう。

 一方、土木分野においては、教育改革の流れとは反対で縦割り組織の構造を新たに生み出す事例がある。例えば、私が最近土木技術者から直接伺うことのできた例で、ダム管理が挙げられる。ダムの管理者は、政府直轄事業者、地方自治体、電気事業者、民間企業など様々である。しかしながら、水資源機構に勤めており比奈知ダムを管理されている技術者の方によると、たとえ政府直轄事業者がダムを管理していても、漏水や揚圧力などの日常点検の測定作業を民間委託している場合が、2000年代以降増えているという。ある技術者の方は、20年から30年前の若かった頃は、ダムに関わるほとんどの仕事を重労働ながらこなしていた。また2000年代の旧水資源開発公団解散や民主党政権の政策などによって、業務内容は減っていったという。そして、現在水資源機構が行っている定期検査の仕事は、民間企業が計測した値を記録することのみであるという。その技術者の方は、現在の仕事場であるダムの施工にも関わっていた経緯もあり、ダム管理の仕事に情熱的で誇りを持っておられた。しかしながら、現在のダム管理の制度は国や省庁が決めているため、与えられた仕事以上のことはできないようである。国による水資源機構と民間企業の2つの縦割り組織の形成は、土木技術者にも影響を与える。水資源機構の若手の方は、ダムの詳細な設備を経験する機会が失われているという。本来、ダムを管理する中心であるべき組織の水資源機構の職員が、日常点検の様子を知らないという非常に危険な事態になっていると私は考える。ダムの設計は、ある程度は理論的に導き出されているが、現場にある堤体、地盤の設計図との誤差、それによる臨機応変な対応といったことは、現場でなければわからない。ダムの管理についても同じである。このままの環境が続けば、将来もしダムに異常が発生した場合に、迅速に適切な対応がとれるのか疑問であると私は考える。

 このような構造を生み出したきっかけは、2002年の旧水資源開発公団解散である。それまで公団で特殊法人だった旧水資源開発公団は、免税や国から資金の補助を受けられる環境を失った。また、2001年から下水道事業において、一定の質を確保することを条件に施設の運転方法などの役務を民間企業が担うという「包括的民間委託」が推進されたこともきっかけだ。下水道施設の包括的民間委託により、民間企業は複数施設で数年単位の契約を行い、下水道施設の維持、管理を一定の質で効率的に行えるようになったと各自治体は評価している。その後は、下水道事業以外の公共事業についても、国や地方だけが管理するのではなく民間も含めて進める動きとなった。

 包括的民間委託は、受託する民間事業者がもつ技術で効率的かつ効果的に公共サービスが行われるとされている。先で述べたダム、下水道のような施設を複数同時に管理することで、確かに効率は上がるかもしれない。しかしながら、インフラの老朽化やコスト削減、技術系職員の減少、民間企業への事業提供といった表面的な効果のみを狙った包括的民間委託という考え方に私は賛同できない。

 土木技術の継承や技術系職員の育成、レジリエンスのことを考えると、包括的民間委託に頼った現在の公共事業の仕組みは、あまりふさわしいものではないからだ。土木技術者は各々、専門分野や現場の経験が異なる。仕事内容と技術者の組み合わせ次第で、技術力に差が生じることがある。そのため、若手の土木技術者は、数年おきに他分野の現場に配属されて様々な分野の技術、能力を身に着けることが多い。しかしながら、公共事業の包括的民間委託、つまり効率重視の維持管理が普及すると、国や省庁、民間問わず現場に配属されてもそこで経験できる作業は減るだろう。そして、技術者としてのノウハウが養われず、非常事態の際に発揮されるインフラ管理者の判断力が鈍り、有事の臨機応変な対応が望めなくなると私は考える。

 


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