「デルタ航空の成田撤退から考える成田空港の将来」 松田 大生
2020年3月28日。アトランタ行きのデルタ航空DL296便をもってデルタ航空は成田空港を撤退した。デルタ航空と2009年に合併したノースウエスト航空も含めて遡ると、成田空港開港から、同航空会社の成田における42年の歴史が幕を閉じた。デルタ航空はアメリカの航空会社であるが、合併したノースウエスト航空の成田ハブを受け継ぎ、以遠権を行使して成田からのアジア路線やグアム・ミクロネシア路線を運航していた。だが2010年台から徐々にアジア方面の以遠権路線を中心に運休。そして先述の2020年3月。同年に開催が予定されていた東京オリンピック・パラリンピックに併せて実施された羽田空港の発着枠配当に伴い、残っていたアメリカ路線を羽田空港に移管。成田空港を撤退した(その後コロナウイルス流行に伴い運休期間に入る)。デルタ航空が成田から撤退した要因はいくつかあるが、それらから今後成田空港が置かれていく状況を考える。
デルタ航空の撤退要因としてまず挙げられるのは日本国内においての提携パートナーの航空会社がいないことがあった。デルタ航空はスカイチームという航空アライアンスに加盟している。だが日本国内の大手航空会社の日本航空はワンワールド、全日空はスターアライアンスと別のアライアンスに加盟しておりそれぞれ同アライアンスに加盟しているアメリカン航空、ユナイテッド航空とそれぞれ提携し、国内線や東京発のアジア路線を中心にコードシェア便として運航を行っている。だが、デルタ航空にはそのパートナーがいなかった。そのため、自らの力でノースウエスト航空から成田ハブを引き継ぎ、運航していたのである。一時期はシンガポール、バンコク、マニラ、上海浦東、ソウル仁川、北京、香港などのアジアの大都市にサイパンやグアム、パラオなどのミクロネシア路線といった、国内航空会社に引けを取らない路線網を持っていたのである。ノースウエスト航空はアジア本土への乗り継ぎを重視していたがデルタ航空の方針としては直行便を重視した。そのため成田を最終的に撤退したのである。アジアにおいてのハブ空港は同社と同じスカイチームに加盟する大韓航空がハブとしている韓国のソウル仁川空港へと移った。また、上記の路線を減らしていく展開で、2016年には羽田発のロサンゼルスとミネアポリス線の運航許可を得た際に「日本でパートナーがいない中で羽田成田の2つの空港においての運航を強いられた際に、客は羽田-成田の移動を強いる同社よりも羽田どうしで接続できる他社の便を使うであろう」として、合理的な理由で成田撤退と羽田への移行、そして日本路線の集客層を日米間の客に絞ったのであった。
また、デルタ航空の場合ではないが、羽田空港の国際化に前後していくつかの航空会社が成田空港を撤退している。この中で問題に挙がるのがロンドン線を運航していたイギリスのヴァージンアトランティック航空の日本路線撤退である。同航空は羽田移管を図ろうとしたものの、国土交通省が設定した、「羽田路線を持つ航空会社は成田線も維持しなければならない」という暗黙のルールである「成田縛り」に邪魔をされ羽田に移管が出来ず、かつ成田だけでは競争力が弱く日本路線から撤退していった。成田空港から羽田空港へのビジネス路線の流出を防ぐべく図られた方法であったが、これは結果的にいくつかの航空会社を撤退させてしまうという結果になってしまった。余談になるが、数年後には成田縛りは事実上なくなった。そのため現在は先述のデルタ航空のアメリカ路線、ルフトハンザ航空のフランクフルト線、全日空のロンドン線など、成田縛りを破って運航している路線も多くある。そのため撤退したヴァージンや羽田路線を開設できなかったKLMオランダ航空などがいたたまれないと個人的には思う。
地元住民や左派団体と大きい闘争があって最終的に開業した成田空港であるが、2010年からの羽田空港の再国際化によって現在のままでは窮地に立たされているのではないかと考える。成田空港と比較しての羽田空港の利点としてはやはり立地の近さである。京急線で品川まで最速で12分で出られるのはやはり大きい。2010年の京成成田スカイアクセス線開業による特急スカイライナー運行開始により日暮里成田空港が最速36分と所要時間が縮まったが、やはり羽田の近さにはかなわない。また、国内線の規模の大きさによる国内からの乗り継ぎ需要といった利点もある。国内線と言ったらまず羽田に飛び、成田に飛ぶ国内線は、LCC参入以前は大阪、福岡、新千歳、那覇といった一部の空港にしか路線がなかった。これの利点は国内線網が豊富な大手航空会社、そして大手航空会社と提携している海外の航空会社に顕著である。海外の航空会社も全日空や日本航空とのコードシェアで国内線を運航でき、そして羽田乗り継ぎで日本各地からの客を獲得することができるのである。他にも、羽田空港は24時間飛行機の発着が可能である。成田空港は周辺住民との闘争の結果化から騒音対策として厳しく運用時間を制限している(現在は6-23時)。一方で羽田空港は24時間運用が可能であり、シンガポール線、ドバイやドーハといった中東路線、オーストラリア線をメインに深夜路線が現在も飛んでいる。羽田にはこのようなメリットがあり、実際に成田空港の会社や国土交通省は高需要ビジネス路線を中心とした稼げる路線が羽田に流出することを危惧し、それで成田縛りを実行したのだった。
現在単独で採算がとれるようなビジネス客中心の高需要路線が羽田に移管し、成田空港はどのような方策を採ればよいのか。考えられるのは乗り継ぎ路線の誘致、貨物路線の誘致、新規路線を優先的に成田へと就航させるといったところであろうか。だが現在航空業界はボーイング747やエアバスA380のような大型機でハブ空港を結び、そしてそこから中小規模の路線を飛ばすハブ&スポークよりも、一回り小さな旅客機で様々な都市へ直行便を飛ばすポイント・トゥ・ポイントへトレンドが移行している。13,000kmレベルの長距離を飛べる中型機ボーイング787や単通路機ながら7,400kmを飛ぶことができるエアバスA321LR型機、更にその長距離型で10,000kmを飛ぶことができるA321XLR型機といった航空機が飛ぶように売れている現状からも、これからもこの傾向が強くなっていくであろう。そのため乗り継ぎハブとしての発展は現実的ではない。先述のデルタ航空の成田空港撤退の要因はこれである。また、貨物ハブも24時間運用可能ではないことが足を引っ張ってしまう。実際に、世界最大手の貨物航空会社であるフェデックスは日本のハブ空港に選定したのは24時間運航が可能な関西国際空港であり、24時間運用できるメリットを最大限に活かして貨物便を運航している。また成田空港を貨物ハブとして運航している貨物航空会社は日本貨物航空とANAカーゴのみである。世界最大の都市圏である東京が近く、また羽田空港とは違い発着枠にまだ余裕がある中、この点はもったいないように感じる。
だが、成田空港に一切メリットがないわけではない。先述した発着枠の問題などでは大きく成田空港は羽田空港に勝っている。羽田空港は国内線を多く運航し、また都心から距離が近いこともあり発着枠はいつも上限いっぱいに使われる。発着枠を巡った航空会社同士の争いも日常茶飯事である。また着陸料も安くない。そのため羽田空港に新規に就航することは簡単なことではない。だが成田空港においてはまだ発着枠に余裕があり、新規の路線なども簡単に受け入れることができる。実際に近年ではカザフスタンのSCAT航空によるヌルスルタン線、ネパール航空によるカトマンズ線などの中央アジア線や来年三月に開設されるイスラエルのエルアル航空によるテルアビブ線といったこれまで開設されてこなかった路線が多く就航している。LCCが成田空港を中心に展開している理由もこれである。また既存の航空会社が飛んでいる国から東京へ新たなLCCが就航しようとしても、ほとんどが成田空港に就航し、羽田空港に就航するLCCはごくわずかである。また、羽田空港には超大型機エアバスA380型機が事実上就航できないというデメリットが存在する。これは機体の重量からくる使用できる誘導路の制限やこの航空機の後方乱気流が航空路を乱してしまうという理由である。だが4,000mの滑走路を持ち、運用の制限が少ない成田空港にはA380型機は制限なしに就航が可能である。実際に、羽田空港の再国際化の前にはルフトハンザドイツ航空やブリティッシュエアウェイズ、エールフランス航空といった羽田へ移管を進めた航空会社はA380型機で成田線を飛ばしていた。
確かに成田空港が置かれている状況は以前とは変わっている。羽田の再国際化による高需要路線の流出や世界的なハブ&スポークからポイント・トゥ・ポイントへのトレンドの移行、そして全世界的なLCCの成長。そして新型コロナウイルスによる生活・ビジネス・旅行の様式の変革。このような航空業界の変化の中で、いかにして成田空港は自身の立ち位置を確保していくのか。だが、成田空港に全く未来がないわけではない。例を挙げるとコロナ前はLCCやこれまで就航してこなかった航空会社が新たに就航し、エミレーツ航空やシンガポール航空、タイ国際航空といった成田空港での乗り継ぎ需要にあまり縁のない航空会社がエアバスA380型機を就航させていた。コロナ禍では貨物を多く受け入れ、そして最近コロナ禍により姿を消していたエアバスA380型機の姿も成田に戻り始め、新たな路線・航空会社の就航もぽつりぽつりと始まっている。このように、成田空港にはまだまだポテンシャルがあるように感じる。第三滑走路の建設、24時間運用、そして不便な分離しているターミナルの解消。これらにどう対応するかでこれから成田空港の未来は変わってくるであろう。また、新たな路線・航空会社を受け入れるために着陸料を引き下げるという方法も考えられる。いかにして成田空港はアフターコロナの航空業界で生き残っていくのか、その様子をこれからも注視したい。
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