シャープ & ふらっと

半音上がって半音下がる。 それが楽しい、美しい。
思ったこと、感じたことはナチュラルに。  writer カノン

ある馬と、ある女性

2007-05-27 13:07:00 | 世の中あれこれ
今日は、競馬の祭典・日本ダービーの日だ。

昨年も、ダービーに関する記事を書いた。
→2006-5,27「日本ダービーと作家の人生」
馬と人のつながり。
そして、今年もふと思い出した。


1973年(昭和48年)、日本ダービー。
この年は、「怪物」ハイセイコーが登場。
このレースも、ハイセイコー人気一辺倒だった。


このレースで、一頭の馬が出走した。
名前を「ボージェスト」といった。
映画の題名なのだが、
直訳すると、「遺児」 「忘れ形見」である。


この前年の、ある町の女の話である。
彼女は、転落の人生を歩んでいた。
水商売、風俗、ドラッグ・・なんでもやった。
そして、行きずりの男と恋をした。

結果、しばらくして、望まない事実を迎える。
彼女は悩んだ末、産むことを決める。
相手の男は、打ち明けた直後に姿をくらました。

そして場末の病院で、ひっそりと出産した。
男の子だった。


彼女は、この子に 「遺児 (ゆいじ)」と名付けようとした。
「父親がいないんだもの。遺児でいいじゃない。」
しかし、周囲に反対される。 『子供がかわいそうだよ』
結局、ごく普通の名前をつけた。

翌年、彼女は子供を抱えながらバーで働く。
5月のある日、客の一人が
『明日はハイセイコーで決まるかねぇ』
と言って、競馬新聞を出す。

彼女は、競馬はまったくわからない。
しかし、客の新聞を覗きこんで、
ある一頭の馬の名前が目に飛び込んできた。

『ボージェスト』

彼女は、息子に「遺児」と名付けようとした時、
英語では「ボージェスト」という事を知っていた。

「○○さん、明日、この馬の券を買ってきて」
客は怪訝そうな顔をする。
『ボージェスト・・? こんな馬、たぶんビリだよ』
「いいの、買って来て」

彼女は、有り金をすべて客に渡した。
翌日、客は言われた通り、ボージェストの単勝を買う。
そして・・

ボージェストは、最下位だった。


客はその晩、彼女を慰めに行く。
『ほらごらん。本当は買うのやめて、金を返そうと思ったけど』
「いいの。○○さんありがとう」

客が帰ったあと、彼女はつぶやいた。
「この子のミルク代、消えちゃった・・・」


ボージェストは、その後の成績も振るわず、
ひっそりと引退した。
だが、この馬の母は、優秀な短距離馬だった。
しかし、子供に恵まれず、
まともに走れた馬は、このボージェストだけであった。

ボージェストもまた、「忘れ形見」だったのだ。


彼女のその後の人生は、わからない。
だが、最下位とわかっている馬に託した思い・・。
この年の日本ダービーには、
そんな、一人の女性と馬のつながりが、たしかにあった。



まもなく、今年のダービーはスタートする。
18頭のそれぞれに、
誰かの思いと人生が乗っている。