毎日毎日患者の心音を聞いている。循環器が専門ではないが、年に一人くらいは弁膜疾患を見付け専門医に送ってきた。そのうち三人に一人くらい手術になるから、今までに十二、三人が手術になった。気が付かなかった心臓病を重い心不全になる前に治療することが出来たわけだ。比較的早期と言っても手術適応になるくらいだから、本人が気付いていなかった心不全症状が取れ感謝されることが多い。手術に比べれば、聴診で異常を見付けることなど百分の一くらいたやすいことなのだが、それでも感謝して下さるのは嬉しい。
勿論、そうして病気を見付けることも内科医冥利に尽きることなのだが、実は何でもない正常の心音を聞くことも嬉しいと思うようになった。それは十年二十年と一つの場所で診療を続けて初めて気付く感覚で、無事これ名馬に通じると思う。自分の患者と言うのは妙な言い方に響くかも知れないが、十年二十年と診ているとそういう感じがして、その患者さんの心音が綺麗なのを確認すると微かに良かったと感じる。
正常の心音など若い医者には何にも面白くないだろうが、長く街中で医者をやっていると別の響きがあるのだ。