駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

僅かなミスで台無しに

2017年12月25日 | 世の中

   

 連休で小旅行に行ってきた。新幹線の中で食べようとお好み寿司を買う。そこはお客が好きな握りずしを適宜選んで箱に詰めてもらえる方式でヒカリものの好きな私は、サバとコハダを二個づつと多めに選んで箱に詰めてもらった。 

 さて食べようとすると肝心なものが入っていない。箸、醤油、ショウガ、ワサビ、お茶が無くては困るのだが、一番肝心なワサビが入っていない。もう駅は二十キロ彼方、売り子の阿保と思ってもどうしようもない。私にはサビのない寿司は美味しさ半減でがっかりしながら食べた。ちなみに私にはワサビが一番大切で、醤油だと四割、ショウガだと三割、お茶は一割、味が落ちる。お箸などなくても何も困らない。ソースや芥子を忘れたりと、こうしたミスはファーストフード店では五年に一回つまり百回に一回くらいある感じだ。トトには当たらないのだが外れは平均より多いかもしてない。忙しい不慣れなど、理由はいろいろあるだろうが、本体価格に比べれば取るに足りないようでも、食べる方には大欠陥で憮然としてしまう。

 人間にはこうしたうっかりミスはつきものでベテランになれば減るのだろうが、なかなかゼロにはできない。勿論、遺憾ながら医療でもミスはゼロではないのだが、限りなくゼロに近くまで持って行けている。というのは三つ以上の目が行き届いているからだ。医師の他に看護師、受付、薬剤師のチェックが入るシステムにしているので、間違いがゼロとは言わないが、殆どない。独りの再確認よりも別人の再確認の方がうんとミスを防ぐ率は高くなるのだ。

 高々千円程度のファーストフードでは人手を増やすのは難しいだろうが、簡単なAIの導入でミスは防げると思う。点検にAIの導入をお勧めしたい。

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NHK解説委員、来年度予算に厳しい評価

2017年12月24日 | 小考

             

 内閣支持率は調査機関に依って随分違うようである。しかし首相を支持しない理由では人柄が信用できないが第一のようで、国民もかなり安倍戦略を見破り始めたようだ。これだけ人気を重要視する首相と官邸はなかったように思う。人気が出た人、人気のある人にあやかろうとし、嫌われる政策を先送りにする戦略が透いて見える。予算も膨張するばかりで内容は総花的で、どこから突かれてもそれなりに言い訳できるようにしてある。

 しかし肝心の中長期を考慮した抜本策は先送りで、人気と危機でその場を凌ごうとしている。沖縄に対する仕打ちは酷いもので、多大な犠牲を強いている沖縄国民を気に入らない知事のために冷遇している。

 こうした見方を邪推と退けたり権力維持のためには当然と考える方も居られるようだが、じっと手を見て欲しい。守ってくれない大樹に寄り添っても忖度しても、恵まれないし楽にはならない。

 NHKの解説委員は度胸があるというか真っ当だ。この予算編成に実に厳しい評価を下した。

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担う人物の力量が問われる

2017年12月22日 | 政治経済

    

 保守とリベラルが対立した概念なのかはっきりしないが、最近のマスコミでは対立した考え方のように扱われている。保守というのは現状や伝統を守る立場というので内容が比較的はっきりしているのだがリベラルというのは自由と公正を重んずる流儀で内容よりも手法に重きが置かれている感じがして、必ずしも対立概念ではないように感じる。これは専門的な知識のない人間の理解印象で、専門的学問的には不正確不十分だろう。

 まあしかし、多くの人はこうした理解だろうし、記者さえもその程度の理解ではないかと忖度する。

 保守とリベラルの内容は重要なのだが、現実には保守とされる人とリベラルとされる人の内容の方が大きな問題だ。どうも保守では真っ当な保守ではなくて自守の人が幅を利かせている。自分と自分の仲間というか近しい人を利するように動き、しばしば愛い奴を厚遇するのでは保守ではなく自守に見える。リベラルでは心狭く貧しい頑なで不寛容な人が肩をそびやかしておられる。これでは息苦しくて明るく風通しの良いはずの自由が満喫できない。

 勿論と言えるのかどうか、所謂保守論客にも不寛容な方は多く、リベラルと称される方にもお仲間最優先の方が居られる。

 どうやら、保守やリベラルといった概念がどのように保守やリベラルと称される政治家や人間に体現されているかが問題で、そこにはさまざまなズレがあるようだ。自民党を誉めるわけではないが、野党に力がないのは狭く頑なで貧しい印象の人物が多いからかもしれない。

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嘆きの壁はどこにも

2017年12月21日 | 人生

  

 今朝は昨日と打って変わり、放射冷却かぐっと冷え込み、頬と耳に当る風が冷たい通勤路であった。信号待ちをしていると、いい年の親父が洒落た耳当てをしてスイスイと道を横切って行った。北国から引っ越してきた人なのか、準備怠りない人なのか、お主やるなと思った。

 エルサレムには嘆きの壁があるそうだが、嘆きは人類の人生に付き纏う。診察室は時に嘆きの部屋になる。Mさんは八十三歳、面長で品の良いお婆さんだ。高血圧症でもう十年ほど通っておられる。三つばかり年上のご主人が居られ、当初は二人でというかMさんが引っ張って二三年通われたのだが、爺さんの方は痛くも痒くもないのに医者に通うなんてと通院を止めてしまった。忖度すれば、我が家では儂が一番偉い、家内の言うことなんか聞いていられるか、飯は美味いし動くに不自由ない、医者にあれこれ注意されるのは不愉快だということのようだった。確かに高血圧の患者さんの中には元気溢れる人も居られる。Mさんにいつもお父さんは我儘でと聞かされていた。

 去年の冬、ご主人が動けなくなったと急な往診を頼まれ訪れると、居間に横たわりこわばった表情で呻いていた。横には五十がらみの男性がおどおどと立ち尽くしていた。一見して麻痺と意識混濁から脳梗塞と考え救急車を要請した。

 先日、受診された折り、もう家はバラバラでとひとしきり嘆かれた。ご主人は施設に入所し、息子さんも自立できないようで、寄る年波を感じ過ぎ越し方を振り返りこれからを考え、ついかかりつけ医の私に運の悪さを嘆かずにはいられなかったのだろう。

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九と十の違い

2017年12月20日 | 小考

   

 今日は風もなく暖かく穏やかな朝で、一電車遅れたけれどものんびり出てきた。師走も半ば過ぎ、Time and tide wait for no man と言うように、ブレーキは利かず容赦なく時は過ぎてゆく。十二月最後の十日間は一日30時間にして欲しいと思う人は多いだろう。

 整然清潔は日本人の得意とするところのようだけれども、もう少し余裕がと思うことも多い。街中の有料駐車場など、どうも九台分のスペースに十台止めさせているように感じる。確かに幅寄せとかバック駐車とか得意な方が多いかもしれないが、きちんと止めてもそっとドアを開けないと隣の車にぶつかりそうな間隔しかないのは嬉しくない。あと10cmは心の余裕と広くしてほしい。限られたスペース、より多くの人が駐車できるようにという理由だけではないと思う。

 国民性というと大げさだが、そうした違いが駐車スペースにも出ていそうだ。尤も多少広くても真っ直ぐ止めない止められない国の人も多そうだ。国とまではゆかなくても県民性というか地方で多少違う感じがする。名古屋辺りだと東京のようにきちんと列を作らない傾向があるし顔見知り優先のところがあるので、タモリは嫌な思いをしたことがあるのかもしれない。唯、土地は広いので駐車場の幅は東京より広そうだ。

 狭い日本そんなに急いで何処へ行くと言われたが、狭いのは土地で人口は多いし土地柄の違いはかなりのもので、微妙な違いは奥深い。駐車場の幅など些細なことのようで、数cm違っているかもしれない。

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