今年の夏は天候不順が多く、猛暑日はほんのわずかでした。
そんな夏も終わりに近くなり、この歌が似合う季節になりました。
多くの歌手が歌っていますが、1965年、日野てる子の歌で100万枚のミリオン・セラーとなりました。
「夏の日の想い出」
作詞・作曲 鈴木道明 編曲 前田憲男 日本グラモフォン SDR-1060
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/41/b0/9fa23fdc0b50ac5d91ab68a45231a853_s.jpg)
当初は「ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー」のシングルB面で発売されました。
ヒットしたことでジャケットを替え、A面に変更して再発売されています。
上記レコードは初期のものです。
日野てる子(1945年7月13日 - 2008年9月9日) 愛媛県松山市出身
結婚後の本名:一ノ瀬 輝子 所属事務所はハブ・マーシー
フリー百科事典より抜粋
1962年、全日本ハワイアンコンテスト優勝をきっかけに1963年に上京。
バッキー白片らに師事する。
1964年、ハワイアン歌手として日本グラモフォンよりデビュー。
代表曲は1965年に発表した「夏の日の想い出」。
ハワイアンとは全く違う、スローテンポで哀愁のこもった曲であったが、100万枚を超えるミリオンセラーとなった。
ちなみにこの曲は当初「ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー」のシングルB面曲だったもので、ヒットにより後にA面としてジャケットを差し替え発売されている。
サザンオールスターズの原由子がアルバム『東京タムレ』でカバーしている。
歌うときは長いストレートの黒髪にハイビスカスの花を1輪飾っており、その姿が彼女のトレードマークのようになった。
NHK紅白歌合戦には、1965年から3回連続出場している。
1969年、作曲家・編曲家の一ノ瀬義孝と結婚したのを機に1970年で一時引退。
1男1女を儲け家庭に専念していたが、子育てが一段落したのを見計らって1978年に歌手として現役に復帰し、活動を続けていた。
2003年12月に肺癌と診断され、以後入退院を繰り返すようになる。
その間も活動は続けられたが、2007年12月を最後に休止。
2008年(平成20年)9月9日、肺がんのため東京都杉並区の病院で死去。63歳没。
長女の一ノ瀬トニカ、長男の一ノ瀬響は、ともに音楽家として活動している。
ディスコグラフィー (シングル)
「星かげの浜辺/別れの磯千鳥」 SDR-1007
「砂の上の影絵/砂丘の花」 SDR-1026
「泣きぬれる夕陽に/爪をかむ少女」(A面は同名のテレビ映画主題歌) SDR-1042
「ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー/夏の日の想い出」 SDR-1060 1965年発売
「北国の初恋/南の海が恋しいな」(A面はTBS田園ソング) SDR-1081
「南国の夜/月の夜は」 SDR-1090
「小さな竹の橋/カイマナ・ヒラ」 SDR-1091
「若い朝/そのことは云えない」 SDR-1123 (A面は連続テレビドラマ「寒い朝」主題歌、B面は同名のTBSドラマ主題歌)
「サビタの湖/ミモザの港」 SDR-1138 (A面はNHKきょうのうた)1965年発売
「港の丘に泪して/アルペン小唄」 SDR-1160
「さいはての湖/ふるさとが恋しいとき」 SDR-1187、1966年5月発売
「青山の灯も消えて/やさしく愛して」(A面は高城丈二とデュエット) SDR-1203、1966年7月発売
「道/水色の雨にぬれて」 SDR-1222、1966年9月発売
「霧の中のくちづけ/みんなさようなら」 SDR-1230、1966年11月発売
「島の別れ唄/瀬戸の子守唄」 SDR-1246、1967年1月発売
「浜辺は夜だった/恋の渚で」(B面の編曲は一ノ瀬義孝(夫)) SDR-1271、1967年5月発売
「南十字の星に泣く/海から来る人」(B面は朝日放送ホームソング)SDR-1292、1967年
「誰かしら/好きだと云って」(AB面共にロス・インディオスと) SDR-1319、1968年2月発売
「悲しい青空/夜の渚の君とぼく」 SDR-1336、1968年5月発売
「南の誘惑/云いだせなくて」 SDR-1356、1968年7月発売
「堂ヶ島慕情/青い汐風」 SDR-1397、1968年12月発売
「夕日のアベ・マリア」 DR-1619
「夏の終りに」「ヨットは白い帆をあげて」
「海ほうずきの想い出」「いつか来た道」
「サビタの湖」「星影の浜辺」(A面はNHKきょうの歌)
「海ほうずきの思い出」「南国の夜」
「しゃんしゃん花嫁」「夏の日の思い出」
「港の丘に泪して」「北国の初恋」
「サビタの湖」「若い朝」
「恋路」「別れ歌」
「赤い傘にひとり」「海はきらい」
「花びらの涙」「夢を呼ぶ渚」
「ユーアンド・ミーアンド・マイラブ」「女ごころ」
「なつかしの日本平」(ご当地ソング、片面)
「雨の出船」「シャンシャン花嫁」
ハワイアンはスタンダードナンバーを中心にレコードが発売された。
他に、上記の歌が入った33回転EP版が3種ある。
1.「夏の日の想い出/ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー/サビタの湖/星かげの浜辺」 SKR-1009、1966年発売
2.「別れの磯千鳥/小さな竹の橋/南国の夜/月の夜は」 SLKJ-72、1966年発売
3.「道/水色の雨にぬれて/恋路/別れの歌」
ハイビスカスの花が似合うジャケットのアルバムをもう1枚、
「南十字の星に泣く」 「海からくる人」
作詞 岩谷時子 作曲 日野隆一 編曲 森岡賢一郎
日本グラモフォン SDR-1292 1967年発売
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/1f/f8/75c875c9b7460a2aff6af596da5a86b6_s.jpg)
彼女が亡くなって、今年で6年になりました。
そんな夏も終わりに近くなり、この歌が似合う季節になりました。
多くの歌手が歌っていますが、1965年、日野てる子の歌で100万枚のミリオン・セラーとなりました。
「夏の日の想い出」
作詞・作曲 鈴木道明 編曲 前田憲男 日本グラモフォン SDR-1060
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/61/c0/eeac4d1b3622cfc78bb0c90ea8399639_s.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/2a/91/64b487465b0a85d21e29034e2c9fc887_s.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/41/b0/9fa23fdc0b50ac5d91ab68a45231a853_s.jpg)
当初は「ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー」のシングルB面で発売されました。
ヒットしたことでジャケットを替え、A面に変更して再発売されています。
上記レコードは初期のものです。
日野てる子(1945年7月13日 - 2008年9月9日) 愛媛県松山市出身
結婚後の本名:一ノ瀬 輝子 所属事務所はハブ・マーシー
フリー百科事典より抜粋
1962年、全日本ハワイアンコンテスト優勝をきっかけに1963年に上京。
バッキー白片らに師事する。
1964年、ハワイアン歌手として日本グラモフォンよりデビュー。
代表曲は1965年に発表した「夏の日の想い出」。
ハワイアンとは全く違う、スローテンポで哀愁のこもった曲であったが、100万枚を超えるミリオンセラーとなった。
ちなみにこの曲は当初「ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー」のシングルB面曲だったもので、ヒットにより後にA面としてジャケットを差し替え発売されている。
サザンオールスターズの原由子がアルバム『東京タムレ』でカバーしている。
歌うときは長いストレートの黒髪にハイビスカスの花を1輪飾っており、その姿が彼女のトレードマークのようになった。
NHK紅白歌合戦には、1965年から3回連続出場している。
1969年、作曲家・編曲家の一ノ瀬義孝と結婚したのを機に1970年で一時引退。
1男1女を儲け家庭に専念していたが、子育てが一段落したのを見計らって1978年に歌手として現役に復帰し、活動を続けていた。
2003年12月に肺癌と診断され、以後入退院を繰り返すようになる。
その間も活動は続けられたが、2007年12月を最後に休止。
2008年(平成20年)9月9日、肺がんのため東京都杉並区の病院で死去。63歳没。
長女の一ノ瀬トニカ、長男の一ノ瀬響は、ともに音楽家として活動している。
ディスコグラフィー (シングル)
「星かげの浜辺/別れの磯千鳥」 SDR-1007
「砂の上の影絵/砂丘の花」 SDR-1026
「泣きぬれる夕陽に/爪をかむ少女」(A面は同名のテレビ映画主題歌) SDR-1042
「ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー/夏の日の想い出」 SDR-1060 1965年発売
「北国の初恋/南の海が恋しいな」(A面はTBS田園ソング) SDR-1081
「南国の夜/月の夜は」 SDR-1090
「小さな竹の橋/カイマナ・ヒラ」 SDR-1091
「若い朝/そのことは云えない」 SDR-1123 (A面は連続テレビドラマ「寒い朝」主題歌、B面は同名のTBSドラマ主題歌)
「サビタの湖/ミモザの港」 SDR-1138 (A面はNHKきょうのうた)1965年発売
「港の丘に泪して/アルペン小唄」 SDR-1160
「さいはての湖/ふるさとが恋しいとき」 SDR-1187、1966年5月発売
「青山の灯も消えて/やさしく愛して」(A面は高城丈二とデュエット) SDR-1203、1966年7月発売
「道/水色の雨にぬれて」 SDR-1222、1966年9月発売
「霧の中のくちづけ/みんなさようなら」 SDR-1230、1966年11月発売
「島の別れ唄/瀬戸の子守唄」 SDR-1246、1967年1月発売
「浜辺は夜だった/恋の渚で」(B面の編曲は一ノ瀬義孝(夫)) SDR-1271、1967年5月発売
「南十字の星に泣く/海から来る人」(B面は朝日放送ホームソング)SDR-1292、1967年
「誰かしら/好きだと云って」(AB面共にロス・インディオスと) SDR-1319、1968年2月発売
「悲しい青空/夜の渚の君とぼく」 SDR-1336、1968年5月発売
「南の誘惑/云いだせなくて」 SDR-1356、1968年7月発売
「堂ヶ島慕情/青い汐風」 SDR-1397、1968年12月発売
「夕日のアベ・マリア」 DR-1619
「夏の終りに」「ヨットは白い帆をあげて」
「海ほうずきの想い出」「いつか来た道」
「サビタの湖」「星影の浜辺」(A面はNHKきょうの歌)
「海ほうずきの思い出」「南国の夜」
「しゃんしゃん花嫁」「夏の日の思い出」
「港の丘に泪して」「北国の初恋」
「サビタの湖」「若い朝」
「恋路」「別れ歌」
「赤い傘にひとり」「海はきらい」
「花びらの涙」「夢を呼ぶ渚」
「ユーアンド・ミーアンド・マイラブ」「女ごころ」
「なつかしの日本平」(ご当地ソング、片面)
「雨の出船」「シャンシャン花嫁」
ハワイアンはスタンダードナンバーを中心にレコードが発売された。
他に、上記の歌が入った33回転EP版が3種ある。
1.「夏の日の想い出/ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー/サビタの湖/星かげの浜辺」 SKR-1009、1966年発売
2.「別れの磯千鳥/小さな竹の橋/南国の夜/月の夜は」 SLKJ-72、1966年発売
3.「道/水色の雨にぬれて/恋路/別れの歌」
ハイビスカスの花が似合うジャケットのアルバムをもう1枚、
「南十字の星に泣く」 「海からくる人」
作詞 岩谷時子 作曲 日野隆一 編曲 森岡賢一郎
日本グラモフォン SDR-1292 1967年発売
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/20/d3/77e807ce5bdd29edb3f31acb76eb16ce_s.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/1f/cc/01fac691c67ae6db6a334bdb0f8823fd_s.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/1f/f8/75c875c9b7460a2aff6af596da5a86b6_s.jpg)
彼女が亡くなって、今年で6年になりました。