これは山尾根にあるコンクリート台ですが・・?
不思議発見かと思いますが、長安口ダムの建設時に現美波町の大浜海岸から那賀町宮浜の長安口ダムまで砂やセメントを運ぶための索道(停留所)跡です。
資料によりますと九ヶ所の停留所が設けられていたようです。
日和佐荷積、奥潟屈曲、寺野起動緊張、川口起動分索、日浦緊張分索、正木谷屈曲、臼ケ谷屈曲、谷口屈曲、長安荷降し
その寺野起動緊張の場所で、子供の頃はここに登り基地ごっこ遊びをした思い出場所です。
この前後の山尾根には滑車台跡が残されています。(ここも確認済み)
ところで、こんなものが現在あることを知る方は少ないと思います。
以前には長安口ダムの土砂堆積問題がありましたが、その時にダンプ輸送以外にこのルートで、昔と逆に日和佐・大浜海岸まで送る案も出たようです。
大浜海岸の砂も以前に比べ相当減少しているので、この堆積砂(小石)で埋めれば復活したかも分かりませんが、海亀さんにとっては迷惑なことでしょう。
もちろん、海岸は国定公園であり亀も特別天然記念物なので無理であります。
木頭などは一時期に海部郡だったとか・・?
低い海部山地なら考えられますが、峠越えが大変だったのは間違いありませんね。我が家の近くも昔は郡境の時代があったようです。