戦国~安土・桃山時代は好きな方が多いので
「実際はちがう!」とか「この人はもっと素晴らしい人で・・・」などと
思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、これは数多くある1つの話なんだ、
と思って頂けると幸いです。
ではでは、安土・桃山時代の授業の続きを行います。
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「さて、さっきまでは、戦国時代の全体のことと鉄砲&キリスト教の伝来について行ったね。」
「うん、そして、戦国時代を終わらせたのが織田信長だということはわかったよ。」
「そうね。では今度は織田信長がどのように戦国時代を終わらせたか、を説明していくね。
まずは、戦争でひしめいきあっていた戦国大名(守護大名あがりの戦国大名も含む)たちを
信長が倒していくことから見ていきましょう。」
「自分が一番強い、逆らえない!ということで戦乱の世を平定しようとしていたんだったね。」
「よくもわるくもそうね。
織田信長が行った戦いというのはいくつもあるんだけど、入試で出る戦いは2つ。
桶狭間の戦い(おけはざまのたたかい)と長篠の戦い(ながしののたたかい)。」
「聞いたことある・・というか、ぼくの実家は桶狭間の近く。」
「地図を思い描いてごらん。織田信長の本拠地は尾張、つまり愛知。
その愛知周辺の大名を倒したあたりから、どんどん信長は力をつけ始めるの。
その周辺といったら・・・。」
「長野?岐阜?三重?静岡?」
「その中に正解があるよ!静岡。
(もちろん、岐阜なども戦いを行っております。岐阜という名は信長によってつけられました)」
静岡の中央部あたりを駿河(するが)というんだけど、
その駿河を治めていた今川義元(いまがわよしもと)を
織田信長が倒す。
その戦いを、桶狭間の戦いと言います。」
「あ!桶狭間!ぼくの実家だ!名古屋市緑区!」
「当時は、尾張の小さな大名の信長が、伝統のある大きな今川家に勝てるはずもない!と思われていたの。
そうしたら、なんと勝ったので、みんなびっくり!」
「まさに英雄だね!」
「信長は、新しいもの好きで、いろいろと最先端のことをやったり失敗したり、
身分とか関係なく、力のあるものを自分の部下にしたり、
農民たちにもくったくなく明るく接していたので、人気があったみたいね。
上のものからしたら、なんて下品な、とか、理解できない!馬鹿じゃない?と思われたみたいだけど、
下のものからしたら、なんておもしろい人なんだ!と思ってなつかれたみたいね。」
「誰からも認められなきゃ大成できないわけではないんだー。
ぼくも今は馬鹿にされても、自分なりの方法でがんばっていけばいつかは・・・ってことだって
あるかもしれないよね。」
「うん。一般の人々(とくに上の人)から自分の能力を認められないのは辛くて、
何度も苦しい思いはするんだけど、
それでもあきらめずに力をつけていく努力をしていくと、
いつかはわかってくれる(とくに年下)人が現れるかもしてないのでがんばって!」
「はーい!」
「この桶狭間の戦いで勢いをつけた信長は、
ついに、1573年に、室町幕府15代将軍の足利義昭(あしかがよしあき)を
京都から追い出して、室町幕府を滅ぼすの。
これで戦国時代は終わり、安土時代に突入します。」
「え?そのときまで室町幕府ってほろんでなかったの?というか将軍いたの?」
「うん、いたの。将軍という名だけで実質的に力はなかったんだけど、一応戦国大名たちは
「おれらは室町幕府将軍に従っているよ!」と言って、将軍の名のもとに自分勝手に動いていたのよ。」
「ほえー。」
「つまり、将軍はいるだけで、戦国大名は自分たちの領地に将軍の意見を入れずにやっていたってこと。
しかし、その文句をいわない状態の将軍そのものがいなくなったってことは、
戦国大名たちは誰に従うことになるってこと?」
「あ・・・。」
「そこで、信長は自分に従え!というわけよ。」
「でも、みんなそれで言うこと聞いたの?」
「ううん。それで結局、また戦争。
信長の仲間の領地に信長の敵の軍に入られて戦うことも。
しかし、信長がどんどん勝っていくの。
その1つがさっき言った、長篠の戦い。(ながしののたたかい)」
「長篠の戦いはどんなだったのかな?」
「まず、戦った相手は、甲斐(かい:現在の山梨)の武田氏。
武田氏は騎馬で戦うことが得意で、強かったそうよ。」
「そんな相手によく勝てたね。」
「そう思うでしょ。色々説があるんだけど、信長の、新しい戦闘方法が勝利に導いた!とも言われているわ。」
「新しい戦闘方法?」
「信長って新しい物好きだと話したよね。それで外国からわたってきた新しい物を使うってことで・・。」
「あ、わかった!鉄砲!」
「そう鉄砲(火縄銃)を使ったの。
でも、当時の鉄砲って、今みたいに連続して楽に放てるものではなくて、
火薬をつめて、火をつけて、しばらくまって・・・、という1発撃つのに長い時間がかかったの。
だからほとんどの武将が、そんな鉄砲より刀の方が良いだろ!といって、
あまり鉄砲は愛用されなかった。
でも、信長は、足軽という歩兵たちで鉄砲隊というのを組織させて、
一番前の人が鉄砲を撃ったら、
その人は後ろにまわって(また火薬を詰めなおす作業を始める)、
火薬を詰め終わって準備ができている2番目で待っていた人が鉄砲を撃つ、
そして次にに三番目の人が・・・という形でやったの。
当時は1対1の一騎打ちの戦法が主流だったのに対し、信長軍は、集団戦法を使ったの。
この鉄砲による集団戦法を初めて活用したのが長篠の戦いで、
この戦法が勝敗を大きくわけたという説もあるわ。
(一説には、鉄砲の集団戦法は使われたが、勝利したのは別の理由があるという説もある。)」
「たしかに、武田軍の騎馬が強いっていったって、信長軍の近く まで馬が来れなきゃ勝てないもんね。
鉄砲で邪魔されて・・。」
「そうね。ほかにも馬が入ってこれないように柵(馬防柵:ばぼうさく)を置いたり、
色々と策略がねられたみたいね。」
「では長篠の戦いをまとめるね。
長篠の戦いは1575年におこり、織田信長は徳川家康と組んで、甲斐の武田氏(武田勝頼)を
愛知の長篠で破った。その際に、信長軍は、鉄砲による集団戦法を使った。ということね。」
「ほえー。これで、ほとんど信長中心になっていくのかな。」
「そうね。
あと、信長は、琵琶湖のほとりに安土城を築いて、その城を拠点にして全国統一していったの。」
「琵琶湖ってことは今の滋賀県。」
「なんで、出身地の尾張(愛知)じゃないの?」
「一説には、滋賀が一番見はりとしても交通の便としてもよかったからだそうよ。
当時は陸路より水路の方が便利だったから。」
「あー、そうか!琵琶湖は大きいし、大阪の淀川などにもつながっているから、
京都にも大阪にも行きやすいし、地元(味方)の愛知にも近いもんね。」
「室町幕府があった、京都にも近いと、旧幕府軍の反乱分子もみはりやすいだろうし。
京都には朝廷もあるし・・・。」
「そういうことね。
あと、特定の商業者が力を持つのをなくそうとしたの。
商工業者の特権を守るために閉鎖的になっていたので、この時期には
商工業の発展を妨げるようになっててね。
商工業がさらに発展すれば、新しく便利なものが次々と発明されるかもしれないしね・・。」
「特定の商工業者って、同業者ごとに組んだ座のことだよね。座を廃止したってことかな?」
「全国で~というわけではないし、さまざまな戦国大名たちが同じようなことをしていたんだけど、
一番有名なのが、織田信長が自分の城である安土城の城下町で行った楽市・楽座。
楽市・楽座では座を廃止して、自由に商工業ができるようにしたのよ。」
「だれでもお金をかせぐことができるようになったんだね。」
「楽座というので意味がわかりやしかも。
楽=フリーとおもったら、座がフリー、座がない、ってことかな?と。
楽市も、市場税という税金がかからない、つまり市場税フリーってことね。」
「フリーペーパーのフリーも、お金を必要としない、という意味だもんね。」
「漢字を見て意味を覚えるようになると忘れないものね♪
楽市・楽座は今でいう自由貿易と思えばいいよ。」
「あと、信長は、戦争以外にも、加賀の一向一揆をおさえたり、延暦寺を焼き討ちするなど、
自分に反対する仏教勢力を抑えようとしたりしたの。」
「焼き討ちって過激な・・。」
「延暦寺って平安時代に最澄が開いた天台宗の寺だったよね。」
「よく覚えているね。延暦寺は武田氏と結んで、信長に反抗する武将の援助を受けて、
信長に反抗したために、信長の焼き討ちにあってしまい・・。」
「信長さんは過激だ・・。」
「そう、彼は過激だったのよ。
また「戦争をなくし強い日本を・・」という明確なビジョンはあったとは思うんだけど、
急ぎすぎ&やりすぎちゃったのよね。
だから敵もつくりやすい。味方の中にも、信長のやり方についていけない・・という人も現れてね、
そしてついに、信長は味方に裏切られて死んでしまうの。
それが、本能寺の変。」
「うわー。」
「信長は、中国地方に向かおうとしている途中に、京都の本能寺に泊まったの。
そのときに、部下の明智光秀(あけちみつひで)に攻められ、
「ぜひもなし(もう万事休すだ、しょうがない!)」と悟ったらしく、そこで自害してしまったの。」
「ということは、次に中心になるのは明智光秀。」
「そう。でも明智光秀の天下は短期間で終わる。
おなじく信長の部下であった豊臣秀吉によって負けてしまう。
その戦いを山崎の戦いと言います。」
「そうだったんだ。」
「このことから、三日天下という言葉も生まれたのよ。
実際には11日天下だったらしいけど、3日の方がゴロがいいからかな?
三日天下とは短時間しか権力をもつことができない、という意味で・・・。」
「あ、三日天下は聞いたことある!あれって明智光秀さんのことだったんだ。」
「織田信長がいなくなったことで安土時代は終わりをつげ、
明智光秀に勝利した豊臣秀吉が信長の意志をついで
天下統一&戦争のない世の中
にしていく桃山時代が始まります。
(実際には安土・桃山時代で1つの時代なので、明確な区切りはありません)。」
「次は秀吉かァ。」
「楽しみ。」
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続く。
わかりやすく解説していので、「こういう説もある!」という専門的なことを
引き合いに出されてもお答えできないことがあるかもしれません。申し訳ありません。
不快な気持ちになった方には申し訳ありません。