J.J氏が亡くなって.40年以上にもなるから、当然ながら今の若い人は誰も知らないわけだ。
植草甚一。
ちょっと読み返してみたい気もする、サブカルの嚆矢かな?
だけど特に刺さるわけでもない。
私は、共感する事もない。実は全くしない。
行間に漂う雰囲気が好きなだけだ。
現代的、あるいは文学的な意味は多分ない。
大橋巨泉の文も多分、返り見られることもない。
「夏服を着た女たち 」 アーウィン・ショー著は 常盤 新平さんの訳ですが、その頃の、その感じ。 ・・よりもちょっと「ニセモノっぽい」感じ
まだ、「サブカル」なんて言葉がなかったような時代。
今のサブカルは、半分マニアに、90年代はドラッグに、今は暴力系に被ってます。
色々な人のコラム読みたさに雑誌を買っていた。挿し絵でBOW.コラムで三本のCG。神足、ナベゾー画伯の頃のNAVI.
JJ は晶文社? 晶文社は他も30年以上読んでない。あんなにハマっていたのにな。「サイ」(動物の) マークが背表紙の上に・・
一つ前の世代は団いくま(漢字忘れた)、北杜夫だろうけどね。
どっかでJJ氏の本を手に取っても、パラパラで終わる気はする。
こっちも歳とってんだ!
今更、サブカルもねえ、笑
「サブカル」雑誌が出たころにはサブカルは終わる。
そこにあるのは立派な大人のビジネスで、ガンダムだろうが、宮崎アニメだろうが、「コア」だと自分自身(客)に言い聞かせるビジネス。
グッズ収集は購買である。何回も同じアニメを見た=興行成績でしかない。
そういう意味で JJは物体が何もない。その夏服を着る気分である。
その時代の息抜きかな
上手いな今日の文章は・・・アーウィン・ショーまで出ちゃったしね。
ちょっと、まともな文でも書こかな?