元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「その土曜日、7時58分」

2008-12-02 06:27:52 | 映画の感想(さ行)

 (原題:Before the Devil Knows You're Dead)これは、全盛時のシドニー・ルメット監督の切れ味鋭いタッチが戻ってきたような快作だ。何より登場人物に対する容赦のない内面描写が素晴らしい。

 土曜日の朝、ニューヨーク郊外の小さな宝石店が強盗に入られる。店番をしていた老婦人は犯人からの銃弾を食らい意識不明の重体になった後、病院で死亡。犯人も彼女に護身用の銃で撃たれて即死する。実はこの事件、店を経営する老夫婦の息子達が金に困った挙げ句に仕掛けたものだ。店は保険に入っているから実害はない上、盗んだ宝石は闇でさばいて濡れ手で粟の大儲け・・・・のはずだったのだが、臆病者の弟が事情を知らない他人に犯行を依頼したため、思わぬ惨劇に繋がってしまう。

 映画はそれから時制をさかのぼり、各関係者の事件に至るプロセスが語られる。不動産会社の幹部として働く兄は、傍目にはリッチながら実はクスリに溺れて、会社の金にまで手を出している。甲斐性なしの弟は離婚した妻に払う慰謝料にも事欠く始末。そんなドン詰まりの二人が計画する狂言強盗は、よく考えれば段取りが穴だらけで実現性が薄い。それでも彼らは成功を信じて犯行の準備に邁進してしまうのだ。その愚かしさは痛々しいが、映画はさらに二人がそんなレベルの低い犯罪に手を染めるような、考えの浅い人間に育ってしまったのか、その背景までえぐり出す。

 父親は小さい頃は如才ない利発な子であったであろう長男よりも、出来が悪くても愛嬌のある次男を溺愛した。対して、母親の影は薄い。小さいながらも自分の店を持ち、地元民からも信用される好漢である父親は、家庭内では威圧的なワンマンだったのだろう。だからこそ、今回家族が不幸に見舞われても過去の屈託を吐露するばかりで、今後のことなんか何も考えようとしない。要するに、この一家には真の“教養”が存在していなかったのだ。

 不完全な愛情しかない家庭に育った子は、自らも満足な家庭を築けない。冒頭、旅行先のホテルのベッドで久々に燃える長男夫婦が描き出されるが、それは単に“いつもとは違う場所”であるから気分が変わっただけで、すぐに日頃の鬱屈が二人に戻ってきてしまう。このあたりが実にやるせない。

 兄弟を演じるフィリップ・シーモア・ホフマンとイーサン・ホークは見事だ。半端な人間に育ってしまったことを気付きもせず、一発逆転を信じて疑わない図々しさをリアリスティックに実体化する。父親役のアルバート・フィニーも素晴らしい。自責の念に駆られた挙げ句、畜生道を歩んでしまうダメ男を切迫したパフォーマンスで表現。兄の妻に扮するマリサ・トメイは意外な大胆演技で画面を盛り上げる。映画は暗転に次ぐ暗転で、彼岸の世界を垣間見せるようなラストも印象的だが、それを一種のスペクタクルに昇華させるルメット演出は冴えに冴えている。本年度屈指の秀作だ。
コメント
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