(原題:SOLARIS )2002年作品。スタニスワフ・レムによる原作の前回の映画化(72年。アンドレイ・タルコフスキー監督)は間違いなく映画史上に残る傑作なので、今回の作品をそれと比べることはナンセンスである。しかしそれでも、30年前の映画よりもSFXの出来が劣っているとなれば愉快な気分はしない(笑)。安っぽいCG処理の連続は、そのまま映画自体の低調ぶりを象徴しているかのようだ。
ここでスティーヴン・ソダーバーグ監督がやりたかったのは、自身の出世作「セックスと嘘とビデオテープ」の“宇宙版”であろう。もちろん、作家が“原点に戻る”ことは悪いことではない。問題は本作が舞台を宇宙に置いた必然性がまったくないことだ。亡き妻に対する微妙な確執を表現するのに、近付く者の深層心理を実体化する“ソラリスの海”という御大層な事物を持ち出す必要性がどこにあったのだろうか。こういう“不可解なもの”を相手に右往左往しているだけでは時間ばかり食って観る者は退屈するだけ。普通のメロドラマなら1時間半でカタがつくはずだ。
加えてジョージ・クルーニーという、どう考えても内面的小芝居に向いていない者が主役を張っているおかげで、印象は冗長そのもの。ラストのオチも取って付けたようだ。作者の素材の選び方と、その距離感が不適切とも言える失敗作である。ヒロイン役の女優(ナターシャ・マケルホーン)が魅力に乏しいのもマイナス。
ここでスティーヴン・ソダーバーグ監督がやりたかったのは、自身の出世作「セックスと嘘とビデオテープ」の“宇宙版”であろう。もちろん、作家が“原点に戻る”ことは悪いことではない。問題は本作が舞台を宇宙に置いた必然性がまったくないことだ。亡き妻に対する微妙な確執を表現するのに、近付く者の深層心理を実体化する“ソラリスの海”という御大層な事物を持ち出す必要性がどこにあったのだろうか。こういう“不可解なもの”を相手に右往左往しているだけでは時間ばかり食って観る者は退屈するだけ。普通のメロドラマなら1時間半でカタがつくはずだ。
加えてジョージ・クルーニーという、どう考えても内面的小芝居に向いていない者が主役を張っているおかげで、印象は冗長そのもの。ラストのオチも取って付けたようだ。作者の素材の選び方と、その距離感が不適切とも言える失敗作である。ヒロイン役の女優(ナターシャ・マケルホーン)が魅力に乏しいのもマイナス。



