木下惠介監督の諸作が劇中に挿入されるが、これが無駄に長い。作者が木下作品に強い思い入れを持っていることは理解出来るが、ヨソの映画を必要以上に引用することは作劇のバランスを崩すことになり、また私のような性格の悪い(笑)観客にしてみれば“そんなに出来映えに自信が無いのか”と思ってしまう。しかしそのことを除けば、これは主人公の映画への愛着と親子愛が丁寧に描かれた良い映画だと言える。
昭和19年に作られた木下惠介の「陸軍」は、政府から“戦意高揚映画にしてはラストが女々しい”と非難され、木下の次回作も製作中止になってしまう。嫌気がさした彼は映画会社に辞めることを告げ、実家の浜松に戻る。そこでは脳溢血で倒れた母が療養中であったが、戦局の悪化に伴い浜松も安全ではなくなり、彼は兄と共に母をリヤカーに乗せて山向こうの疎開先に赴くことになる。
この出来事自体は実話だが、当然のことながら映画化にあたっては脚色が成されている。一種のロードムービーなのだが、道中で殊更大きなトラブルに巻き込まれることもないのに(まあ、雨中で苦労する場面はあるが ^^;)退屈させないのは、人物の配置が巧みだからだ。
その代表が、彼らと行動を共にする若い便利屋だ。切羽詰まった木下とその兄とは対照的に、便利屋は実に楽天的。この時期、十分に身体が動ける者ならば誰でも赤紙を受け取っても不思議では無く、便利屋だって例外ではない。仕事が終わって家に帰ったら、召集令状が届いているかもしれないのだ。
しかし、彼はたとえそんなことになっても“それも運命さ”と受け流し、定めに従うのかもしれない。ただし、そんな彼でも自分の親兄弟を想う気持ちは人一倍ある。そのことを、自分が以前観た「陸軍」の終盤の場面に重ね合わせてしみじみと語る場面は、切ない感動を呼ぶ。また、それが映画に対して木下自身の映画に対する迷いと、それを踏み越えて一歩前に進む決意をも照射しており、このあたりの作劇は上手い。
発作により口をきくこともままならない母親が、息子達を見守り応援している様子をちゃんと表現していることも感心した。木下に扮する加瀬亮と、その兄を演じるユースケ・サンタマリアとの演技のコンビネーションも素晴らしい。
しっかりと家族を守る気概を見せる兄が、好きなことを仕事にすることが出来た弟を羨みながらも、年長者としての自分の役割を果たしていく。その構図を違和感なく描出している。母親役の田中裕子は貫禄というしかなく、ラスト近くにやっとセリフを述べるあたりの気持ちの高ぶりも遺憾なく表現する。そして便利屋役の濱田岳は抜群のコメディ・リリーフだ。彼がいなかったら、良質ではあるが生真面目なだけの映画になっていたかもしれない。
原恵一監督としては初めての実写映画となったが、数々のアニメーション映画の秀作をモノにした彼の力量はここでも発揮されている。もういちど木下作品を観てみたくなる、生誕100年の記念映画にふさわしい良作だ。