ずいぶん前に、トイレの花子さんや動く二ノ宮金次郎像などの学校の怪談物がブームになりました。
こういった話は学校には付物らしく、チエちゃんの通う小学校にも、まことしやかな怪談話が伝わっておりました。
村立小学校は、明治年間築の木造校舎でボロボロでしたが、床だけはピカピカに磨き上げられておりました。
そして、玄関脇の国旗掲揚塔のそばには、薪を背負った二宮金次郎さんが居りましたし、薄暗い理科室には、臓器が取り外しできる人体模型、保存ビンに入ったカエルやフナのホルマリン漬けもあったのです。
トイレといえば、水洗であろうはずもなく、ドアは立て付けが悪く、開閉するたびにギィーーと不気味な音をたてていたのでした。
その怪談話というのは、こうです。
校舎の一番西端にポツンと建てられた音楽室で、誰もいないというのに、夜中になると女の人のか細い歌声が聞こえてくるというのです。
宿直に当たった先生方が何度か耳にしているということが話に信憑性を持たせていました。
実は、音楽室の建てられている場所というのが、その昔、墓場だったというのです。
その日、チエちゃんは先生のお手伝いをしていて、帰りが遅くなりました。ランドセルを背負って帰ろうとした時、音楽室に縦笛を忘れたことを思い出したのです。今日習った曲をおうちで練習してくるという宿題が出ていたからです。
一瞬、「いやだな」という思いが過ぎりましたが、夕闇が迫る中を急いで音楽室へと向かいました。
窓際の後ろから2番目の席。
あった。
縦笛を手にしたチエちゃんが、戻ろうとしたその時です。
ガタッ・・・・・
チエちゃんの身体がビクッと反応しました。
まさか、あんな話ただの作り話、それにまだ明るい。
それでも、あわてて音楽室を飛び出しました。
すると、そこに居たものは・・・・・
にゃあ
かすれた声の三毛猫でした。
猫は用務員のおじさんが飼っているよぼよぼの年寄り猫です。
いつもは用務員室のある校舎東側の渡り廊下のあたりで日向ぼっこをしています。
どんなに突こうが一向に動こうとしない年寄り猫です。
なあんだ、ネコか。
ホッとしたチエちゃんは昇降口へ向かい、廊下の角を曲がる所で、何気なく猫へ目を向けました。
その時、老猫がチエちゃんに向かいウィンクをしたように思えたのでした。