心に響くような映画がある。橋口亮輔監督の7年ぶりの新作はそういう映画である。
何年も前に妻を通り魔に殺された若い男はその理不尽ともいえる運命を恨みながら生きる目的を見失って、ただただ犯人に対する憎しみだけを募らせている。弁当屋で働く中年主婦は覇気の消え失せたような無表情の夫と口うるさい姑に囲まれてつまらない毎日を送っているが、刺激を求めて火遊びに走る。おそらくこれまで(ゲイであること以外は)思いのままの人生を謳歌し、他人に対する思いやりなどどこかに置き忘れてきたのではないかと思わせる自己中心的な若手弁護士。そのかれが足を骨折した揚句、年下の同性のパートナーには愛想を尽かされるし学生時代からの親友との友情も変な誤解がもとで壊れるしで、初めてといってよい挫折を味わう。この三人のそれぞれの人生が交互に描かれ、時には交錯する。
橋口監督は、独特の間というか、場面転換をスパッと切らないで人物をしばらく撮り続けて余韻を漂わせるようなショットを積み重ねる。監督自らが編集しているので、拘りのあるスタイルなのだろう。それから、橋口は若書きともいえる処女作「二十歳の微熱」以降の数作で繰り返し描いた特殊な恋愛の世界を「ぐるりのこと」でもそうだったが、普遍化できるまでに成長した。53歳になる監督に「成長」とは失礼な言い方かもしれないが、これは褒め言葉である。
橋口は「シナリオ」誌のインタビューに答えて、妻を殺された男役の男優(篠原篤)が愛妻を偲んでしみじみ泣く場面でどうしても泣けないということがあって撮影を延ばし延ばしにして待った結果、ようやくその男優が本当に泣ける(つまり演技ではないということだ)心境にいたって撮影が無事終了したという話を披露していた。たしかに、この映画のハイライトともいえるその場面は演技を越えた迫真性があった。
主人公の三人の男女優はほとんど無名に近い人びとである。それを光石研や安藤玉恵といったクセ者の名脇役がしっかり支えて、日本映画が得意としてきた庶民生活の写実的スケッチに成功した。個々のエピソードの苦さは半端ではないにしても、ほのかな甘さがブレンドされた愛の物語である。(健)
監督・原作・脚本:橋口亮輔
撮影:上野彰吾
出演:篠原篤、成嶋瞳子、池田良、光石研、安藤玉恵、木野花、黒田大輔、リリー・フランキー