コロンビアのボゴタ。ある朝、ジェシカ(ティルダ・スウィントン)は地の底が震えるような爆発音で目が覚める。それ以来、折に触れてこの音がするようになり、徐々にジェシカの日常を支配していく。どうやらこの爆発音はジェシカにしか聞こえないようだ。ジェシカが音響技師のエルナンに音の再生と記録を依頼する時に、件の音を<私の音>と言っている。突然やって来る爆発音に恐れおののきながらも、まるで思い出の品のように<私の音>を慈しみ、大切にしている。
本作はこの音の正体を探る<音のミステリー>である。音がミステリーの謎になっている珍しい作品で、そこにSF(宇宙)、宗教(輪廻)、ファンタジーの要素が盛り込まれているのだが、ストーリーの解読は極めてむずかしい。解釈は観客に委ねられていると言ってよいだろう。物語の全容を確信的に伝えることは困難であるが、以下に筆者が考えるストーリーを提示したいと思う。あくまでも筆者の個人的見解であることをご了承いただきたい。
ジェシカは、いつ頃からか、記憶の混乱に悩まされるようになっていた。妹夫妻に記憶違いを指摘され、音を再生してくれた音響技師のエルナンも実在したかどうかが怪しくなる。相変わらず爆発音は聞こえていて、精神科医に「標高のせいで血圧が上がり、音が聞こえるようになる」と言われ、心を落ち着けるために抗不安薬ではなく、宗教を勧められる始末。
ある日、ジェシカはせせらぎの音がする小さな村を訪れ、魚の鱗をとるエルナンという男(音響技師のエルナンとは別人物)と出会う。鱗とりのエルナン(以下エルナン)は「村を出たことがない。テレビや映画も見ない。すべてを記憶してしまうから目に入るものを制限している。経験は有害だ」と言う。また「自然界の物や人工物はすべて記憶をもっており、私はその波動を読み取ることができる」「私は宇宙で生まれた」と不思議なことばかり言うのだが、「記憶を制御できない」というエルナンの訴えは、ジェシカの症状とどこか似ている。ジェシカがエルナンの子供時代の記憶を読み取り、まるで自分の経験のように話すシーンがあるが、ジェシカにも他者が持つ記憶の波動を読み取る力があることがわかる。記憶をコントロールできない上に、他者の記憶も読み取ってしまうため、深刻な記憶の混乱に陥っているのではないか。エルナンとジェシカの症状には共通点があり、2人は類似した体質を持っていることがわかる。宇宙で生まれたと称するエルナンの発言が正しければ、ジェシカも他の星からやって来た地球外知的生命体かもしれない。
エルナンがジェシカの腕を掴むと、どこからか争うような声が聞こえてきた。激しいスコールの音。エルナンが静かに森の記憶の波動を読み始めると、驚くべきことに森の奥に巨大な宇宙船が現れ、地の底が震えるような爆発音と共に飛び立っていった。その爆発音がまさにジェシカが探し求めていた<私の音>であった。ということはジェシカは過去に宇宙船が飛び立つ瞬間を見ていたことになる。単なる目撃者か、それとも宇宙船の関係者かは定かではないが、何らかの形で宇宙船に関与していることは間違いない。
ジェシカは妹が入院する病院を訪れた時に、アニエスという考古学者と出会う。アニエスは6000年前の若い女性の人骨をジェシカに見せ、悪霊を追い出すために下顎骨に穴があけられたのだと説明する。映画の終わりの方で、放射能に汚染された6000年前の人骨が発見されたというラジオ放送が流れる。6000年前の人類が放射性物質を有していたとは考えにくく、この放射能汚染には地球外知的生命体が関与していることが推定される。つまり6000年前の地球に地球外知的生命体が来ていたのだ。400万年前の月の地層からモノリスが発見されたという『2001年宇宙の旅』と同じロジックである。少女の人骨、地球にやって来た宇宙人、宇宙船、ジェシカが同じ線上に浮かびあがってくる。
ここからは筆者の推測だが、ジェシカは6000年前の地球にやって来た地球外知的生命体の生まれ変わりではないか。乗って来た宇宙船で放射能事故があり、汚染したジェシカは母星に戻れなくなってしまう。ジェシカにだけ聞こえる<私の音>は宇宙船が出発するときの爆発音であり、地球に取り残されたジェシカは飛び立つ宇宙船を絶望的な眼差しで見ていたに違いない。やがて地球人に捕えられ、悪霊を取り除くために下顎骨に穴をあけられた。少女の人骨はジェシカの遺骨ではないか。輪廻転生して現在に生まれ変わったジェシカに前世の記憶(6000年前の宇宙船の爆発音)がフラッシュバックのように蘇る。それは家族や仲間との別れを余儀なくされた、孤独な少女の悲しみを象徴しているのかもしれない。(KOICHI)
原題:Memoria
監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
脚本:アピチャッポン・ウィーラセタクン
撮影:サヨムプー・ムックディプローム
出演:ティルダ・スウィントン エルキン・ディアス ジャンヌ・バリバール
本作はこの音の正体を探る<音のミステリー>である。音がミステリーの謎になっている珍しい作品で、そこにSF(宇宙)、宗教(輪廻)、ファンタジーの要素が盛り込まれているのだが、ストーリーの解読は極めてむずかしい。解釈は観客に委ねられていると言ってよいだろう。物語の全容を確信的に伝えることは困難であるが、以下に筆者が考えるストーリーを提示したいと思う。あくまでも筆者の個人的見解であることをご了承いただきたい。
ジェシカは、いつ頃からか、記憶の混乱に悩まされるようになっていた。妹夫妻に記憶違いを指摘され、音を再生してくれた音響技師のエルナンも実在したかどうかが怪しくなる。相変わらず爆発音は聞こえていて、精神科医に「標高のせいで血圧が上がり、音が聞こえるようになる」と言われ、心を落ち着けるために抗不安薬ではなく、宗教を勧められる始末。
ある日、ジェシカはせせらぎの音がする小さな村を訪れ、魚の鱗をとるエルナンという男(音響技師のエルナンとは別人物)と出会う。鱗とりのエルナン(以下エルナン)は「村を出たことがない。テレビや映画も見ない。すべてを記憶してしまうから目に入るものを制限している。経験は有害だ」と言う。また「自然界の物や人工物はすべて記憶をもっており、私はその波動を読み取ることができる」「私は宇宙で生まれた」と不思議なことばかり言うのだが、「記憶を制御できない」というエルナンの訴えは、ジェシカの症状とどこか似ている。ジェシカがエルナンの子供時代の記憶を読み取り、まるで自分の経験のように話すシーンがあるが、ジェシカにも他者が持つ記憶の波動を読み取る力があることがわかる。記憶をコントロールできない上に、他者の記憶も読み取ってしまうため、深刻な記憶の混乱に陥っているのではないか。エルナンとジェシカの症状には共通点があり、2人は類似した体質を持っていることがわかる。宇宙で生まれたと称するエルナンの発言が正しければ、ジェシカも他の星からやって来た地球外知的生命体かもしれない。
エルナンがジェシカの腕を掴むと、どこからか争うような声が聞こえてきた。激しいスコールの音。エルナンが静かに森の記憶の波動を読み始めると、驚くべきことに森の奥に巨大な宇宙船が現れ、地の底が震えるような爆発音と共に飛び立っていった。その爆発音がまさにジェシカが探し求めていた<私の音>であった。ということはジェシカは過去に宇宙船が飛び立つ瞬間を見ていたことになる。単なる目撃者か、それとも宇宙船の関係者かは定かではないが、何らかの形で宇宙船に関与していることは間違いない。
ジェシカは妹が入院する病院を訪れた時に、アニエスという考古学者と出会う。アニエスは6000年前の若い女性の人骨をジェシカに見せ、悪霊を追い出すために下顎骨に穴があけられたのだと説明する。映画の終わりの方で、放射能に汚染された6000年前の人骨が発見されたというラジオ放送が流れる。6000年前の人類が放射性物質を有していたとは考えにくく、この放射能汚染には地球外知的生命体が関与していることが推定される。つまり6000年前の地球に地球外知的生命体が来ていたのだ。400万年前の月の地層からモノリスが発見されたという『2001年宇宙の旅』と同じロジックである。少女の人骨、地球にやって来た宇宙人、宇宙船、ジェシカが同じ線上に浮かびあがってくる。
ここからは筆者の推測だが、ジェシカは6000年前の地球にやって来た地球外知的生命体の生まれ変わりではないか。乗って来た宇宙船で放射能事故があり、汚染したジェシカは母星に戻れなくなってしまう。ジェシカにだけ聞こえる<私の音>は宇宙船が出発するときの爆発音であり、地球に取り残されたジェシカは飛び立つ宇宙船を絶望的な眼差しで見ていたに違いない。やがて地球人に捕えられ、悪霊を取り除くために下顎骨に穴をあけられた。少女の人骨はジェシカの遺骨ではないか。輪廻転生して現在に生まれ変わったジェシカに前世の記憶(6000年前の宇宙船の爆発音)がフラッシュバックのように蘇る。それは家族や仲間との別れを余儀なくされた、孤独な少女の悲しみを象徴しているのかもしれない。(KOICHI)
原題:Memoria
監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
脚本:アピチャッポン・ウィーラセタクン
撮影:サヨムプー・ムックディプローム
出演:ティルダ・スウィントン エルキン・ディアス ジャンヌ・バリバール