知る人ぞ知る世界最高峰のテノール歌手、アンドレア・ボチェッリ自身が執筆した自伝的小説「The Music of Silence」を「イル・ポスティーノ」のマイケル・ラドフォード監督が完全映画化。舞台は「イル・ポスティーノ」と同じイタリア。今回はトスカーナ地方で、イギリス出身のラドフォード監督、イタリアがよほどお気に入りのようだ。その小さな村に住むアモスは生まれつき眼球に血液異常の持病を抱えていたが、盲学校での体育の授業中にサッカーボールが頭に当たり、病気が悪化。ついに失明してしまう。自由のきかない生活からくるストレスで両親を困らせていたアモスだが、見かねた叔父のジョヴァンニが元来の美しい歌声を活かそうと、音楽コンクールに連れて行ったことから、アモスの人生が大きく切り開かれていく。
大人になったアモスを演じるのはイギリス生まれの新鋭トビー・セバスチャン。さすがにミュージシャンだけあって歌うシーンは堂々たるもの。カリスマ的存在ともなる若きボチェッリを見事に演じきった。また、アモスを息子のように厳しく、愛情を持って指導するマエストロ役を演じるスペイン出身のアントニオ・バンデラスが素晴らしい。彼との出会いがあったからこそ、テノール歌手として生きていく道が開かれていったのだが、まさに理想の指導者たる風格がにじみ出ていて唸らせる。
そして真の主役ともいえるのが、ボチェッリ本人の声だろう。実は作品の中での歌唱シーンの歌声のほとんどが、ボチェッリ本人の吹き替えなのである。96年に世界中でヒットした「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」をはじめ、「アヴェ・マリア」「誰も寝てはならぬ(トゥーランドットより)」などを披露しているが、その美しい声は圧巻。聞いているだけで身震いがし、涙が溢れてくるのだからその力は計り知れない。人々を魅了するとはこういうものなのか。
冬の到来とともにシーズンが始まったフィギュアスケートを見ていて気がついた。どこかで聞いたことがあるなあと思っていた演技中に流れる曲は、ボチェッリが歌っていた曲だったのだ。美しいスケートの演技を盛り上げるのに欠かせないのがバックミュージック。ボチェッリの美しい歌声がそこに活かされているのは言うまでもない。昨年、14年ぶりに全世界で完全オリジナルのアルバムを発表したボチェッリ。その活躍ぶりは盲目であることを忘れてしまうほどだが、その存在と素晴らしい生き方を教えてくれたこの作品に出会えたことが、この上なく嬉しい。
(HIRO)
原題:The Music of Silence
監督:マイケル・ラドフォード
脚本:アンナ・パヴィニャーノ、マイケル・ラドフォード
撮影:ステファーノ・ファリヴェーネ
出演:トビー・セバスチャン、アントニオ・バンデラス、ルイーザ・ラニエリ、ジョルディ・モリャ、エンニオ・ファンタスティキーニ、ナディール・ガゼッリ