原作は第34回柴田錬三郎賞を受賞した朝井リョウの長編小説。既に50万部を超えるベストセラーとなっている。原作本の解説には「解説を引き受けて、ほとほと後悔していた。一読して、すぐにわかった。この物語は手に余る」とあるが、説明しがたい、理解されにくい事象を扱っているからに他ならない。
主な登場人物は5人。小学生の一人息子が不登校になり、教育方針を巡って妻と衝突がたえない検事の寺井啓喜(稲垣吾郎)。ショッピングモールで販売員として働き、自ら世間との断絶を望む桐生夏月(新垣結衣)。夏月の同級生の佐々木佳道(磯村勇斗)。誰にも心を開かずに日々を過ごす大学生の諸橋大也(佐藤寛太)。大学の学園祭実行委員として大也を知り、自分の気持ちに戸惑いながらも心に従おうとする神戸八重子(東野絢香)。無関係にみえた5人の人生が、少しずつ少しずつ近付き交差していく。
夏月と佳道は中学時代に校舎裏で水道の蛇口を壊し一緒に水を浴びたことから共に同じ性的指向(水に性的興奮を覚える)を持つことに気づく。大人になり再会した二人は、結婚という形でこの世界に生き続けようと決意する。「この世界で生きていくために手を組みませんか」との佳道のプロポーズの言葉は切実で美しい響きをもつ。昨年放送されたドラマ「恋せぬふたり」でもアロマンティック・アセクシュアル(他者に恋愛的にも性的にも惹かれない)の二人(高橋一生・岸井ゆきの)が、契約結婚で生活を守るというストーリーが記憶に新しい。
新垣結衣の目が印象的。世界に向けシャッターを下ろしたような暗い目。今まで見たことのない彼女の目に思わず見入ってしまう。水からの連想で、今年6月公開の「渇水」を思い返す。磯村勇斗が水道料金を滞納する家庭の水道を止める職員を演じている。主演作も含め出演作品が立て続けに公開されている。役の幅が広く、どの役柄も説得力がある。インタビュー番組では少年のように目を輝かせ、今の仕事の充実感を語っていた。
「一人で大丈夫と思えるのは一人じゃないとわかった時」とは最近のあるドラマのセリフだが、この言葉は夏月と佳道にも当てはまる。共に暮らし始めた二人には変化が生じる。生きていたいと思えるのは、誰かとつながっていると実感出来るからに他ならない。
夏月と佳道が更なるつながりを求めて行動を起こしたことが、大也を巻き込み事件として裁かれることになる。性的指向を水にしたことは原作通りである。水が噴出する様子は映像との相性もいい。子どもと水遊びをすることが小児性愛者と疑われる事件へと発展していく流れも自然である。
事件を担当した啓喜は事務官から、過去に報じられたある水に関する事件との関連性を示唆されるが、一笑に付して取り合わない。夏月と対面し佳道への伝言は預かれないが参考までにと言うと「普通のことです。いなくならないからと」そう答えて夏月は静かに部屋を出て行く。普通という枠の中で生きてきた啓喜には、おそらく理解しがたいこの言葉。だが妻と離婚調停中で、正しいはずの人生が揺らいでいる今となってはぐさりと応える一言ではある。
この作品は多様性についての意味を問いかけているが、最後には反転して「普通って何だろう」との問いを突きつけてくる。
ラストシーンの稲垣吾郎の何とも言えない顔が忘れられない。(春雷)
監督:岸善幸
脚本:港岳彦
原作:朝井リョウ
撮影:夏海光造
出演:稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香、山田真歩、宇野祥平、渡辺大知、徳永えり、岩瀬亮、坂東希、山本浩司
主な登場人物は5人。小学生の一人息子が不登校になり、教育方針を巡って妻と衝突がたえない検事の寺井啓喜(稲垣吾郎)。ショッピングモールで販売員として働き、自ら世間との断絶を望む桐生夏月(新垣結衣)。夏月の同級生の佐々木佳道(磯村勇斗)。誰にも心を開かずに日々を過ごす大学生の諸橋大也(佐藤寛太)。大学の学園祭実行委員として大也を知り、自分の気持ちに戸惑いながらも心に従おうとする神戸八重子(東野絢香)。無関係にみえた5人の人生が、少しずつ少しずつ近付き交差していく。
夏月と佳道は中学時代に校舎裏で水道の蛇口を壊し一緒に水を浴びたことから共に同じ性的指向(水に性的興奮を覚える)を持つことに気づく。大人になり再会した二人は、結婚という形でこの世界に生き続けようと決意する。「この世界で生きていくために手を組みませんか」との佳道のプロポーズの言葉は切実で美しい響きをもつ。昨年放送されたドラマ「恋せぬふたり」でもアロマンティック・アセクシュアル(他者に恋愛的にも性的にも惹かれない)の二人(高橋一生・岸井ゆきの)が、契約結婚で生活を守るというストーリーが記憶に新しい。
新垣結衣の目が印象的。世界に向けシャッターを下ろしたような暗い目。今まで見たことのない彼女の目に思わず見入ってしまう。水からの連想で、今年6月公開の「渇水」を思い返す。磯村勇斗が水道料金を滞納する家庭の水道を止める職員を演じている。主演作も含め出演作品が立て続けに公開されている。役の幅が広く、どの役柄も説得力がある。インタビュー番組では少年のように目を輝かせ、今の仕事の充実感を語っていた。
「一人で大丈夫と思えるのは一人じゃないとわかった時」とは最近のあるドラマのセリフだが、この言葉は夏月と佳道にも当てはまる。共に暮らし始めた二人には変化が生じる。生きていたいと思えるのは、誰かとつながっていると実感出来るからに他ならない。
夏月と佳道が更なるつながりを求めて行動を起こしたことが、大也を巻き込み事件として裁かれることになる。性的指向を水にしたことは原作通りである。水が噴出する様子は映像との相性もいい。子どもと水遊びをすることが小児性愛者と疑われる事件へと発展していく流れも自然である。
事件を担当した啓喜は事務官から、過去に報じられたある水に関する事件との関連性を示唆されるが、一笑に付して取り合わない。夏月と対面し佳道への伝言は預かれないが参考までにと言うと「普通のことです。いなくならないからと」そう答えて夏月は静かに部屋を出て行く。普通という枠の中で生きてきた啓喜には、おそらく理解しがたいこの言葉。だが妻と離婚調停中で、正しいはずの人生が揺らいでいる今となってはぐさりと応える一言ではある。
この作品は多様性についての意味を問いかけているが、最後には反転して「普通って何だろう」との問いを突きつけてくる。
ラストシーンの稲垣吾郎の何とも言えない顔が忘れられない。(春雷)
監督:岸善幸
脚本:港岳彦
原作:朝井リョウ
撮影:夏海光造
出演:稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香、山田真歩、宇野祥平、渡辺大知、徳永えり、岩瀬亮、坂東希、山本浩司