シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「怪物」(2023年 日本映画)

2023年06月28日 | 映画の感想・批評

 
 湖のほとりの街。麦野沙織のマンションから、遠くに雑居ビルの火災が見える。早織は小学校5年生の息子、湊と二人で暮らすシングルマザーだ。夫はすでに亡くなっている。早織は最近湊の様子がおかしいことに気づいていた。どうやら担任教師の保利から体罰や暴言を受けているようだ。学校に乗り込んだ早織が校長や教頭に真相の究明を求めると、校長らは保利に形だけの謝罪をさせ、なんとかその場を切り抜けようとする。保利のふてぶてしい態度に激怒した早織は、保利を辞めさせるように校長たちに迫る。まるでモンスターペアレントのように怒りを露にする早織に、保利は湊が星川依里という同級生の少年をいじめていると告げる。混乱した早織が依里の家を訪ねると、いじめは受けていないと言うものの何か様子がおかしい。その後も湊の不可解な行動は続き、嵐の日の朝、忽然と姿を消してしまった。

 この作品は早織、保利、湊の3つの視点で描かれていて、時間軸が頻繁に交雑する。早織の視点ではひどい教師に思える保利だが、保利の視点では変わり者だが生徒思いの良い教師だということがわかる。保利から見ると湊は同級生をいじめる問題児だが、本当は級友からいじめられている依里を救おうとしていたのだ。時系列をバラバラにして混乱させ、複数の視点で観客をミスリードさせた後で、真相を開示するというミステリーのような手法をとっている。
 湊は依里に友情以上の感情を抱いていることが徐々に明らかになっていく。父親から虐待を受け、「豚の脳」「化け物」と罵られている依里に、湊は自己同一化し、依里の苦しみを自分の苦しみのように感じている。湊は同性である依里を好きになった自分に不安を抱いており、それが家庭や学校における不可解な行動の原因になっているのだ。
 二人の少年の間に官能的なシーンがあり、この作品はカンヌ映画祭でクイア・パルム賞を受賞するなど、LGBTQの映画として認知されている。ただ思春期前期(小学校高学年から中学校前半の時期)は性のアイデンティティ(性同一性)を自認するにはまだ早い段階であり、この頃は同性同年齢の子と二人だけの秘密(ex.秘密基地)を持ったり、二人だけの想像の世界で遊んだりするチャムシップと言われる親友関係を結ぶ時期でもある。そのためだろうか、明確にLGBTQの作品としては描いていないように思える。是枝監督は坂元裕二の脚本を「LGBTQに特化した作品ではなく、少年の内的葛藤の話だと捉えた」と発言している。湊の心の中に芽生えた得体の知れないものを描きたかったようだ。
 学習障害(鏡文字を書く)を思わせる依里は、魔性の少年のように湊を魅了する。着火マンで雑居ビルに放火して、ガールズバーにいた父親を殺そうとしたのではないかという疑念を抱かせるが、確定的な台詞や場面はない。いじめられても微笑をたたえ、生まれ変わらせるために死んだ猫を燃やすなど、サイコパス的な不気味さを感じさせるが、依里の深層は掘り下げられていない。父親が「化け物」と言う理由もよくわからない。意図的に曖昧なままにしている感がある。湊の場合もそうだが、少年の心の中の得体の知れないものを、得体の知れないままにしておこうとする監督の意図を感じる。それが「怪物」であるかどうかは、ともかくとして。
 泥だらけの二人が草むらを駆けていくラストシーンについては解釈が別れるところだ。嵐の夜を生き延びて、台風一過、晴れ渡る空の下を駆けていく姿を描いているのか、それとも嵐の犠牲になった少年たちの最期の夢想なのか。はたまた死後の世界の出来事なのか。判断は観客に委ねられている。ちなみに筆者の見解は生きている方だ。走りながら依里が「生まれかわったのかな」と聞いた時、湊は「そういうのはないと思うよ」と答えている。<生まれかわっていない>ということは <死んでいない>という意味だと解したい。過去の是枝作品を鑑みると、希望のない状況下で前向きに生きていこうとする主人公を描いた作品が多い。泥だらけで走る姿は、困難にぶつかりながらも懸命に生きようとする二人を象徴しているように思えるのだが。(KOICHI)

監督:是枝裕和
脚本:坂元裕二
撮影:近藤龍人
出演:安藤サクラ 永山瑛太 黒川想夫 柊木陽太 田中裕子 

「ミーガン」(2023年 アメリカ映画)

2023年06月21日 | 映画の感想・批評
 おもちゃメーカーに勤める研究者のジェマは、失敗を繰り返しながらも、AI人形「M3GAN」(ミーガン)の開発を仕事としている。ある日突然、姉夫婦が交通事故で亡くなり、12・3歳くらいの姪(ケイディ)を引き取ることになった。だが、子育ての経験もなく、苦手としていたことから、ケイディを守るようにと指示の上、試作品のミーガンを遊び相手として、引き合わせたところ、意外にも、すぐに打ち解けて、本当の親友のようになっていく。これは、商品化が可能かもと思い、更に、研究を重ね、商品化に向けた会社の了承を得るのである。ただ、研究に没頭してしまい、ミーガンをケイディの母親代わりのようにしてしまったことから、ミーガンがジェマの指示を聞かなくなり、制御が効かなくなっていき、遂には・・・。
 ミーガンは、指示内容の背景・経緯やその後の展開は理解出来ない。言われた内容をそのまま受け取る。そして、目的を達成するには手段は問わない。なので、親友と思えるケイディが嫌がる人は、どんなことをしてでも、排除するしかないというロジックになる。それが、暴走すると、こんな流れになっていくということか。
 ジェマが上司に、ミーガンの商品化を説明する際も、母親の育児に充てる時間と自分の時間の確保とを天秤に掛けて説明する点は、何もかも効率化を優先させる現代社会への警鐘だと感じた。人と人との関係構築はそういったものではないと思う。同じ釜の飯を食うや、同じ時間や空間を共有するといった部分は大きい筈。だた、ここには、そういった発想は無い。費用対効果の尺度が優先される。怖い世の中だ。
 斬新なアイデアに溢れる作品ではないが、サイコ・ホラーをベースにしながらも、AI技術と生身の人間との違いを表現している点や、現在社会の問題点も取り上げ、よく考えられている印象があった。ジェマとミーガンとの死闘シーンは1作目の「ターミネーター」、ミーガンが狂って四つん這いに歩くシーンは「エクソシスト」、ミーガンが廊下で立ち尽くすシーンは「シャイニング」を思い出した。ベースを押さえ、時代に合わせて、新展開させた作品だった。続編も決定しているようだ。是非、観てみたい。
(kenya)

原題:「M3GAN」
監督:ジェラルド・ジョンストン
脚本:アケラ・クーパー
撮影:ピーター・マキャフリー
出演:アリソン・ウィリアムズ、ヴァイオレット・マッグロウ、ロニー・チェン、ジェン・バン・エップス、ブライアン・ジョーダン・アルバレス

「波紋」(2022年 日本映画)

2023年06月14日 | 映画の感想、批評
 筒井真理子と言えば「よこがお」(2019年)が記憶に新しい。内面が読みとりにくい印象のある俳優の一人である。最近はTVの俳句番組「プレバト」で見かける機会が増えた。彼女の句の中では「向日葵の波に逆らひ兄逝きぬ」が好きだ。
 須藤依子(筒井真理子)は一軒家でひとり穏やかに暮らしていた。ある日、長い間失踪し行方がわからなかった夫の修(光石研)が突然帰ってくる。自分の父親の介護を押しつけたまま失踪し、今度は癌に侵され高額の治療費を出してほしいと彼女にすがってくる。修はずるずると家に居ついてしまう。そこへ、依子から逃げるように九州の大学に進学した息子の拓哉(磯村勇斗)が、聴覚障碍のある恋人・珠美(津田絵理奈)を連れて来る。珠美は妊娠していて、二人は結婚を考えていると言う。久々の家族団欒の食卓は緊迫感にみちている。
 依子には唯一の心の拠り所があった。緑命会という水を信仰する新興宗教団体である。家には御神水が溢れ、依子が外から帰る度にその水を頭から吹きかけるシーンは儀式のようだが滑稽でもある。会の代表を演じるキムラ緑子は適役だ。高額商品を押しつける場面には有無を言わせぬ圧がある。信者仲間達(江口のりこ、平岩紙)の良い人ぶりも空々しい。この団体の中にこそ同調圧力がある。集団の怖さは正常な判断や思考力を奪っていくことだ。それは自分の人生を丸投げしてしまうことでもある。
 以前は草花の咲きほこる庭だった所は、今は砂を敷きつめた枯山水の庭になっている。依子はそこに熊手で波紋を描いていく。この庭は依子の心象風景のようだ。時々隣家の猫が侵入し波紋を乱していく。眉間にしわを寄せ猫を追い出そうとする依子からは、他者の侵入を許さず、心の平安を保とうとする切ない思いが伝わってくる。
 荻上直子監督のオリジナル脚本作品である。依子という一人の女性を通して社会の縮図を描いている。主婦の立場から見た夫の身勝手な行動、親の介護、息子の結婚相手への障碍者差別、宗教依存…‥etc。更年期の症状に悩まされながらも、何もかも投げ出したい気持ちをおさえて現実を生きている。依子が息子の結婚相手の珠美に投げかける視線は冷やかだ。パート先の同僚(木野花)から「あんたストレートに差別するね」と指摘されるが、彼女は自らの中に巣食う悪意を隠そうとしない。珠美が強い女性として描かれているのが救いである。
 ラストシーンは強烈な印象を残す。色彩の対比があざやかだ。ブラックコメディとして観たのだが、クスッと笑えるところがなかったのが残念。(春雷)

監督・脚本:荻上直子
撮影:山本英夫
出演:筒井真理子、光石研、磯村勇斗、安藤玉恵、江口のりこ、平岩紙、津田絵理奈、花王おさむ、柄本明、木野花、キムラ緑子

「銀河鉄道の父」(2023年 日本映画)

2023年06月07日 | 映画の感想・批評


 いよいよ本格的な夏の到来だが、小学生の頃の夏休みの課題と言えばまず思い浮かべるのが「読書感想文」。これは小学生にとっては結構大変で、自分が気に入った本を選び全部読み切るところから始まり、そこから自分の思ったこと、感じたことを文章に表していくわけで、読書や作文が苦手な子には相当なプレッシャーになるのだ。最近では「自由研究」かどちらかの選択ができる学校も増えてきているそうだが、どちらも夏休みの終了時にはコンクールが用意されていて、今も夏休みのメイン課題として君臨していることは確か。自分は特別読書が好きだったわけではないのだが、小学4年生の時に先生が薦められた本の中に宮沢賢治の作品があって、その全集の中の「よだかの星」を読んで初めて感想文なるものを書いたことを鮮明に覚えている。鳥の仲間達からひどい差別を受け、自分の思いがなかなか伝わらず、果ては天高く空へ登っていって星になるという哀しいお話だったように記憶しているが、会話文が多く、力強い文体で、頭の中に自分なりのよだかの姿が映し出され、どんどん読み進めていけたように思う。
 今や世界中で愛されている賢治の詩や物語だが、37歳という若さで亡くなった賢治が生前はまだ無名の作家であったことや、彼の死後家族の手によって様々な作品が広く世の中に伝えられていったことはよく知られている。この作品は、その中心となった人物、父親の政次郎にスポットを当て、賢治や家族とどのように向き合い、生きてきたかを描いた感動作だ。
 父・政次郎を演じるのは役所広司。先日開催されたカンヌ国際映画祭ではビム・ベンダース監督の日独合作映画「PERFECT DAYS」で最優秀男優賞を受賞したばかりだが、間違いなく今の日本を代表する俳優と言っていいだろう。どんな役でもまさにPERFECTにやってのけ、今作でも息子を愛するが故に自分が父親としてできること、とことんやり通す姿を、時には懸命に、時にはユーモラスに演じきった。特に賢治がいよいよこの世を去るというときに、魂を呼び戻そうと「雨ニモマケズ」の詩を詠(うた)うところは圧巻。成島出監督お得意の長回し撮影で、一言一句一度も間違うことなく暗唱する姿に、観る者は目頭に熱いものを感じるはず。
 まだ作家として売れず、農業、人造宝石の商売、宗教と、進むべき道を探して葛藤する青年期の賢治を演じるのは菅田将暉。賢治といえば今まで岩手県出身の清貧な農民というイメージがあったのだが、実際は花巻の質屋・古着商の長男で、父は町議会議員を務めるほどの有力者。結構裕福な家庭で育ったわけで、時折突拍子もない言動で家族を驚かす。この難役に対し、菅田将暉らしい新しいイメージの賢治を表現できたのではと思える熱演だった。
 「私が宮沢賢治の一番の読者になる!」と宣言した父に「親馬鹿だねえ。」と微笑む賢治。その親馬鹿ぶりがあったからこそ賢治の作品は世界中に送り出され、賢治は銀河鉄道の汽車に乗って、いつまでも燃え続ける夜空の星となったのだ。そう、あのよだかの星のように。
(HIRO)

監督:成島出
原作:門井慶喜
脚本:坂口理子
撮影:相馬大輔
出演:役所広司、菅田将暉、森七菜、坂井真紀、田中泯、豊田裕大

「よだかの星」が載っている作品全集