シリアの首都ダマスカスのアパートで、夫の留守を預かる女主人ウンム・ヤザン。内戦の終息が見えないある日の朝、家の中には2人の娘、息子、義父、メイド、上の娘のボーイフレンド、身を寄せている隣人のハリマ夫婦とその赤ん坊、そしてウンムの10人がいた。早朝、レバノンに脱出する手続きをするため外出したハリマの夫がスナイパーに狙撃され倒れた。目撃して動揺するメイドに、ウンムはハリマに知らせないように口止めする。助けに行こうとすれば新たな犠牲を出す危険があるからだ。
戦闘シーンは出てこないが、戦争・紛争・内戦の恐ろしさは十分に伝わってくる。ヘリコプターの飛行音、街のどこかで始まった銃撃戦、爆撃で振動する建物。割れたガラスなどで負傷しないように窓のない台所にみんなが集まってきて、小さな声で歌を歌い出す、恐怖を心から追い払うために。
爆撃で破壊された建物跡をあさる強盗も危険な存在だ。ガラス戸を割って2人組の強盗が侵入してきた時、台所に逃げ遅れてしまったハリマが捕まりレイプされる。扉の向こうからは男たちの怒鳴り声と抵抗するハリマの声が聞こえてくるが、誰がハリマを助けるために台所から出ていくことができただろう。扉の内側で息をひそめるウンムを誰が非難できるだろう。固く扉を締め切ったウンムとレイプに耐えたハリマ、2人が守ろうとしたのはわが子や家人の命だった。
「すごく怖かったの。自分じゃなくてよかったと思ってしまったの。ごめんなさい」と、強盗が去ったあと、下の娘がハリマに告白する胸の痛むシーンもある。アパートの1室の24時間、武器を持たない一般市民、女性の視点で戦争の恐怖と暴力の残酷さ、そんな中で営まれる日常が描かれる。
2011年に北アフリカのチュニジアから端を発した「アラブの春」を契機に、シリア南部で起きたアサド政権に抗議する反政府デモは瞬く間にシリア全土に広がった。アサド政権は武力鎮圧を開始するが、反体制派は湾岸諸国を後ろ盾に主要地域を奪取、さらにイスラム国(IS)をはじめとするイスラム過激派が台頭してきた。本映画の舞台となる2016年頃は、反体制派・ISと激しく対立していたアサド政権が、ロシアの軍事介入で力を回復しつつある時期だった。2020年3月時点で、死者38万人以上、難民1100万人以上にのぼるシリア内戦は今も続いている。
24時間のドラマのあとも彼らにはただ絶望的な時間が流れたかもしれない。内戦とコロナ、シリアの人々はどのように生命を守ったのだろうか。(久)
原題:Insyriated
監督:フィリップ・ヴァン・レウ
脚本:フィリップ・ヴァン・レウ
撮影:ビルジニー・スルデー
出演:ヒアム・アッバス、ディアマンド・アブ・アブード、ジョリエット・ナウィス、モーセン・アッバス、モスタファ・アルカール
戦闘シーンは出てこないが、戦争・紛争・内戦の恐ろしさは十分に伝わってくる。ヘリコプターの飛行音、街のどこかで始まった銃撃戦、爆撃で振動する建物。割れたガラスなどで負傷しないように窓のない台所にみんなが集まってきて、小さな声で歌を歌い出す、恐怖を心から追い払うために。
爆撃で破壊された建物跡をあさる強盗も危険な存在だ。ガラス戸を割って2人組の強盗が侵入してきた時、台所に逃げ遅れてしまったハリマが捕まりレイプされる。扉の向こうからは男たちの怒鳴り声と抵抗するハリマの声が聞こえてくるが、誰がハリマを助けるために台所から出ていくことができただろう。扉の内側で息をひそめるウンムを誰が非難できるだろう。固く扉を締め切ったウンムとレイプに耐えたハリマ、2人が守ろうとしたのはわが子や家人の命だった。
「すごく怖かったの。自分じゃなくてよかったと思ってしまったの。ごめんなさい」と、強盗が去ったあと、下の娘がハリマに告白する胸の痛むシーンもある。アパートの1室の24時間、武器を持たない一般市民、女性の視点で戦争の恐怖と暴力の残酷さ、そんな中で営まれる日常が描かれる。
2011年に北アフリカのチュニジアから端を発した「アラブの春」を契機に、シリア南部で起きたアサド政権に抗議する反政府デモは瞬く間にシリア全土に広がった。アサド政権は武力鎮圧を開始するが、反体制派は湾岸諸国を後ろ盾に主要地域を奪取、さらにイスラム国(IS)をはじめとするイスラム過激派が台頭してきた。本映画の舞台となる2016年頃は、反体制派・ISと激しく対立していたアサド政権が、ロシアの軍事介入で力を回復しつつある時期だった。2020年3月時点で、死者38万人以上、難民1100万人以上にのぼるシリア内戦は今も続いている。
24時間のドラマのあとも彼らにはただ絶望的な時間が流れたかもしれない。内戦とコロナ、シリアの人々はどのように生命を守ったのだろうか。(久)
原題:Insyriated
監督:フィリップ・ヴァン・レウ
脚本:フィリップ・ヴァン・レウ
撮影:ビルジニー・スルデー
出演:ヒアム・アッバス、ディアマンド・アブ・アブード、ジョリエット・ナウィス、モーセン・アッバス、モスタファ・アルカール