祝!アカデミー賞の脚本賞受賞!
作品賞は2月に取り上げた「コーダ あいのうた」
これだけきな臭い世情の中、かえって戦争臭を避けるというバランス感覚が働いた結果かと、うがった見方をするが、作品賞受賞作は間違いなく、心を温かくする作品だったので、ブラナー推しの私も満足している。偉そうに(笑)
北アイルランドの町、ベルファスト。タイタニック号もここで建造されたらしく、モニュメントもある。
キリスト教プロテスタント信者の一部がカトリック信者を排斥しようと、騒動を起こしたのが1969年8月15日。監督のケネス・ブラナーはその時9歳の少年。
労働者の町、いわゆる下町で貧しいながらも家族の愛情に包まれて、健やかに育ってきたバディ少年9歳の目の高さで見る、日常生活が一変した日。ケネス・ブラナー自身の体験を通して、町の人たちの騒動の渦中でも存在する「日常生活」が描かれる。
ブラナー監督自身が、あの時期の町がモノクロに見えたという。グラニーと見る舞台「クリスマス・キャロル」や、私自身にも懐かしくて思わず身体も揺れ、口ずさんでしまう「チキチキ・バンバン」は、モノクロの世界の中に挟まれるカラフルな世界。色鮮やかな舞台や映画に惹きつけられた監督の経験が今につながっていることを知る。
暗くなるはずの話を気の利いたジョークで笑い飛ばしながら、その中にも深遠な真理をはめ込んでいくセリフ回しは、やはりシェイクスピア俳優のなせる技なのか、それがアイルランド人気質かはわからないけれど。ブラナー作品にはふふっとこぼれ笑したくなるセリフがちりばめられている。だから、脚本賞なのか。もちろん作品賞をとってほしくはあったけれど。
祖父母の出会った頃のエピソードや、「50年一緒にいてもおばあちゃんの言葉がわからない」と冗談を言うおじいちゃん。いえ、冗談ではなく、そういうものよね。相手に聞く気が無ければ言葉は通じない。おじいちゃん、聞く気なかったんか!笑
パパはママに「立派に二人の子を育て上げてくれた」
いえいえ、ママ一人で育てたわけではないけれども、ひとまずこう言ってもらうと、確かに嬉しい気はするのよね。
お姉さん格の少女はちょい悪で、バディは振り回されている。アブナイ世界に一歩を踏み入れた時の興奮と、それを知った母の𠮟りようはすさまじい。
クラスメイトの優等生の女の子と隣に座りたくて、がんばって勉強もする。ちょっとズルをおじいちゃんに教えてもらったりしながら。やっと前列に座れたのに、あれれ・・・・
でも、彼女とは仲良くなれた。将来はあの子と結婚したいけれど宗派が違うからダメなのかな。パパは「お前の愛する人なら宗派は関係ないよ」と希望を与えてくれる。
9歳の少年の日常は決して特別なモノでなく、どれも自分たちの子ども時代に重なってくる。
パンデミックに加え、ウクライナ情勢も絡んできての現在、前評判が高くなるのもうなづける。50数年前に起こったことが決して過去のものではなく、今現在も。
民族、宗教、なぜ人間は違いを認め合い、共存する事ができないのだろうか。
観る前はかなり肩に力が入ってしまったが、見終えると、混乱の中にあってもユーモアを忘れない家族の力強さに大いに励まされ、心地よい快感に包まれた。
「故郷を離れても、生きていく!」
エンドロールに、「残った人に捧げる、去った人に捧げる、亡くなった人に捧げる」とあった。
あの日のバディ一家の決断のおかげで、今私たちはケネス・ブラナーの多彩な映像作品を目にする事ができるのだと、改めて感慨深い。
「けっして振り返るな」とベルファストに1人残って、息子一家を見送るグラニーの、あの決意に溢れたまなざしに感謝しよう。ブラナー作品には欠かせない存在のジュディ・デンチ圧巻の締めの演技。
(アロママ)
原題 BELFAST
監督、脚本:ケネス・ブラナー
撮影:ハリス・サンバーラウコス
出演:カトリーナ・パルフ、ジュディ・デンチ、ジェイミー・ドーナン、キアラン・ハインズ、ジュード・ヒル