東宝映画1000本製作記念として作られた182分の大作で、ヤマトタケルノミコトの英雄譚を中心に、天岩戸神話やスサノオノミコトの八岐大蛇退治等が神代のドラマとして挿入されている。「古事記」「日本書紀」の世界を実写で描いているため、ともすれば荒唐無稽な展開になってしまうところを、特技監督の円谷英二が異次元の世界を幻想的で臨場感のある映像に仕上げている。
日食を背景とした荘重なオープニング。天地開闢、高天原、イザナギ・イザナミの誕生、国生み神話・・・と神々が支配していた時代の話が続いた後に、物語はヤマトタケルの時代へと下る。熊襲征伐に成功したヤマトタケルは、父親である景行天皇から休む間もなく東国征伐を命じられる。父への不信感を抱いたまま伊勢を訪れ、叔母であるヤマトヒメノミコトから草薙剣を授かる。やがて戦いの無意味さに気づいたヤマトタケルは征伐を中止して帰途につくが、彼を皇位につけたくない大伴氏の一派のだまし討ちにあい命を落とす。死後その魂は白鳥へと変わり、大伴氏の一派は神罰により溶岩流と洪水に呑まれて全滅する。巨大な地割れの中に敵兵が落ちていくシーンは、人工的に作った地面に地割れを起こして実際に人間を落としたらしい。スケールの大きな映像は円谷英二の面目躍如たるところだ。
太平洋戦争中、軍の要請を受けて東宝は戦意高揚映画の制作に乗り出した。若き日より特撮を研究してきた円谷は活動の場を戦争映画に見出し、「ハワイ・マレー沖海戦」(42)や「加藤隼戦闘隊」(44)等の成功によって一躍時の人となる。戦後は一時期公職を追放されるが、東宝に復帰してからは「ゴジラ」をはじめとする怪獣映画で目覚ましい活躍を見せた。特撮が戦争によって花開き、映画技術を飛躍的に向上させたという歴史の皮肉がここにある。
興味深いことに原作の「古事記」「日本書紀」には大伴一派の裏切りや溶岩流と洪水の場面はない。クライマックスを際立たせるための東宝製作部の脚色である。原作ではヤマトタケルは伊吹山の神が降らせた雹(ひょう)に当たって、体を弱らせ絶命する。山の神を侮ったために神の逆鱗に触れたのだ。ヤマトタケルは猛々しく勇敢な反面、自分の力に対する傲りがあり、けして完成された人間ではない。未熟で壊れやすく、やさしさと残酷さを併せ持つ矛盾した主人公である。スサノオノミコトと並ぶ日本神話のヒーローであるにもかかわらず、女性に変装して熊襲に近づき殺したり、友だちになった出雲建に偽の刀をもたせて殺害したりと、現代人から見れば違和感を覚えるような行動もとっている。「古事記」ではライバルを倒すときに非情で卑劣な手段をとることが多々あり、この時代にだまし討ちが悪であるという価値観はなかったようではあるが・・・いずれにせよ、こういう善悪両面を備えたキャラクターが活躍するのが「古事記」の魅力なのだが、映画では掘り下げた人物造形はしていない。ヤマトタケルは父親との愛憎関係に悩むナイーブな青年として描かれている。
オトタチバナヒメやミヤズヒメとの悲恋が切なく、若くして亡くなったヤマトタケルの英雄譚は叙事詩というよりも抒情詩に近い。悲劇の英雄として日本人に愛されている。死の間際に詠んだ歌4首は国偲びの歌として著名であり、また死後に后や御子が詠んだ喪歌4首を「大御葬の歌(おおみはふりのうた)」といい、現在でも天皇の葬儀の際に演奏されている。ヤマトタケルの伝説は今でも生き続けているのだ。(KOICHI)
監督:稲垣浩
特技監督:円谷英二
脚本:八住利雄 菊島隆三
撮影:山田一夫 有川貞昌
出演:三船敏郎 司葉子 香川京子 原節子 二代目中村鴈治郎
日食を背景とした荘重なオープニング。天地開闢、高天原、イザナギ・イザナミの誕生、国生み神話・・・と神々が支配していた時代の話が続いた後に、物語はヤマトタケルの時代へと下る。熊襲征伐に成功したヤマトタケルは、父親である景行天皇から休む間もなく東国征伐を命じられる。父への不信感を抱いたまま伊勢を訪れ、叔母であるヤマトヒメノミコトから草薙剣を授かる。やがて戦いの無意味さに気づいたヤマトタケルは征伐を中止して帰途につくが、彼を皇位につけたくない大伴氏の一派のだまし討ちにあい命を落とす。死後その魂は白鳥へと変わり、大伴氏の一派は神罰により溶岩流と洪水に呑まれて全滅する。巨大な地割れの中に敵兵が落ちていくシーンは、人工的に作った地面に地割れを起こして実際に人間を落としたらしい。スケールの大きな映像は円谷英二の面目躍如たるところだ。
太平洋戦争中、軍の要請を受けて東宝は戦意高揚映画の制作に乗り出した。若き日より特撮を研究してきた円谷は活動の場を戦争映画に見出し、「ハワイ・マレー沖海戦」(42)や「加藤隼戦闘隊」(44)等の成功によって一躍時の人となる。戦後は一時期公職を追放されるが、東宝に復帰してからは「ゴジラ」をはじめとする怪獣映画で目覚ましい活躍を見せた。特撮が戦争によって花開き、映画技術を飛躍的に向上させたという歴史の皮肉がここにある。
興味深いことに原作の「古事記」「日本書紀」には大伴一派の裏切りや溶岩流と洪水の場面はない。クライマックスを際立たせるための東宝製作部の脚色である。原作ではヤマトタケルは伊吹山の神が降らせた雹(ひょう)に当たって、体を弱らせ絶命する。山の神を侮ったために神の逆鱗に触れたのだ。ヤマトタケルは猛々しく勇敢な反面、自分の力に対する傲りがあり、けして完成された人間ではない。未熟で壊れやすく、やさしさと残酷さを併せ持つ矛盾した主人公である。スサノオノミコトと並ぶ日本神話のヒーローであるにもかかわらず、女性に変装して熊襲に近づき殺したり、友だちになった出雲建に偽の刀をもたせて殺害したりと、現代人から見れば違和感を覚えるような行動もとっている。「古事記」ではライバルを倒すときに非情で卑劣な手段をとることが多々あり、この時代にだまし討ちが悪であるという価値観はなかったようではあるが・・・いずれにせよ、こういう善悪両面を備えたキャラクターが活躍するのが「古事記」の魅力なのだが、映画では掘り下げた人物造形はしていない。ヤマトタケルは父親との愛憎関係に悩むナイーブな青年として描かれている。
オトタチバナヒメやミヤズヒメとの悲恋が切なく、若くして亡くなったヤマトタケルの英雄譚は叙事詩というよりも抒情詩に近い。悲劇の英雄として日本人に愛されている。死の間際に詠んだ歌4首は国偲びの歌として著名であり、また死後に后や御子が詠んだ喪歌4首を「大御葬の歌(おおみはふりのうた)」といい、現在でも天皇の葬儀の際に演奏されている。ヤマトタケルの伝説は今でも生き続けているのだ。(KOICHI)
監督:稲垣浩
特技監督:円谷英二
脚本:八住利雄 菊島隆三
撮影:山田一夫 有川貞昌
出演:三船敏郎 司葉子 香川京子 原節子 二代目中村鴈治郎