シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「淵に立つ」(2016年日本映画)

2018年11月28日 | 映画の感想・批評
下町で小さな金属加工工場を営みながら平穏に暮らしを送っていた夫婦と娘の元に、ある日突然夫の昔の知人である前科者の男・八坂が現われる。奇妙な共同生活が始める。そんな中、やがて男は残酷な爪痕?を残して姿を消す。8年後、皮肉な巡り合わせから、遂に八坂の消息をつかむのだが、そのことによって夫婦が心の奥底に抱えてきた秘密があぶり出されていく。
カンヌ映画祭「ある視点」審査員賞受賞作品です。当時それなりに話題になった作品です。
まず思う所がタイトルの「淵に立つ」よく考えられたタイトルだと思います。作品を見ていて、(演者さんの演技が素晴らしいのですが)皆、ギリギリのラインで生きている感じがもの凄く伝わってきます。淵すれすれで、不安定な心情で出来上がっている作品です。
説明過多になりがちな日本の商業映画の中にあって、台詞や表情の控え目なニュアンスで、過去の出来事や人間関係の情報を小出しにする深田晃司監督の姿勢が好ましいと感じました。
あと、この作品の中で1番驚いたのが、母親役の筒井真理子さんの演技です。八坂が家に住むようになってからの色気と若返りから8年後の別人のごとく変わってしまった枯れた姿。(太ってる?)この見た目の変化と、それに反応するような内面の変化に、8年前の出来事の大きさと、過ごしてきた壮絶な苦しみや苦労を感じさせられました。あと最近ちょくちょく見るようになってきた古舘寛治さんのディテールの高い演技も見逃せません。
あと、画的に川原のカットがあるんですが、青山真治監督の「ユリイカ」を見た時のような不思議な感覚に陥りましたね。映画なんで画は重要ですからね。

この映画の中の一番最大のシーンである、娘の蛍が公園で八坂に何かをされたのか?血を流して倒れている娘を発見した。その直後八坂は姿をくらませんてしまう。何気にこの問題のシーンの伏線になっているのが、八坂の失踪後夫婦の元に尋ねて来、そのまま働く事になった八坂の息子の孝司と娘、蛍と母親、章江のシーンに隠されているように思う。事件の後遺症として重度の障害で寝たきりの蛍の顔に触れようとして、章江に「何してるの!勝手に触らないで!」と勘違いから責められ、そのまま家から失踪するという描写がある。
この描写から考えれば、8年前の八坂の行動も彼自身が手を下したものでなく、息子の孝司と同様に「勝手な勘違い」だったと考えることが出来るのではないかと思う。

最後にこの映画の主人公は誰なんだろう?
そう考えたんですよ。

夫役の古舘寛治さん?母親役の筒井真理子さん?それとも浅野忠信さん?
露出度では古舘さんかな?一番目立ってたのは筒井さん?ネームバリューでは浅野さん?
正解は浅野さんでした。

やっぱりキャリアって大きいですね。
(chidu)

監督:深田晃司
脚本:深田晃司
撮影:根岸憲一
出演:浅野忠信、古舘寛治、筒井真理子、太賀、篠川桃音、三浦貴大、真広佳奈他

「ハッピーアワー」   (2015年 日本映画)

2018年11月21日 | 映画の感想・批評
 神戸で暮らす桜子、純、あかり、芙美。4人のアラフォー女性の友情と反発、危機的な夫婦関係や恋愛関係が赤裸々に描かれている。5時間17分に及ぶ長尺の作品だが、それほど長さを感じさせないのは、演劇的な会話によって生み出される不協和音が物語を引っ張っているからだ。登場人物は一様に饒舌であり、ワークショップや朗読会の後の打ち上げで自分や他人のプライバシーを暴露し、相手を鋭く攻撃する。およそ打ち上げという局面では考えられないような激しいバトルがあり、穏やかなパーティがディスカッションの場となってしまう。修羅場を見ているような緊張感を覚えながら、観客は映画の中に引きこまれていく。不協和音からドラマが動き出し、混迷が作品を推し進めていく。
 4人のうち桜子と純は中学時代からのつきあいであり、30歳以降のつきあいであるあかりは純が桜子だけに離婚調停中であるという秘密を打ち明けたことに激怒する。純は離婚裁判に負けて行方をくらますが、離婚調停中であるにも関わらず夫の子供を妊娠する。桜子の息子は同級生の女の子を妊娠させるが、夫は仕事を理由に子供の問題に対峙しようとしない。桜子は芙美にセックスレスであることを告白し、ワークショップで知り合った若い男性と性的関係をもつ。職場のストレスを抱えたあかりは恋人を求めてさまよい、芙美は夫の女性関係を非難し離婚を決意する・・・ドラマは次々と展開していくが、女性たちの言動には利己的で不可解と思えるところも多い。また女性の描き方が細やかなのに比して、男性の描き方が紋切型であるという印象は拭えない。それでもこの映画がそれなりの説得力をもっているのは、逆説的だが人間関係の矛盾が物語の原動力になっているからだ。
 この作品はドラマの展開が映像で示されるのではなく、会話の中で説明されるところに特徴がある。それでもラストに近づくにつれテンポが速くなり、映像で見せるシーンが増えてくる。長尺になった理由のひとつは、直接ストーリーとは関係のないシーン(ワークショップ、純がバスの中で会う滝好きの女性との会話、あかりと鵜飼の妹の恋愛談義、こずえの朗読会等)をコラージュのように貼り付けているからだ。ゴダールの「中国女」で哲学者のフランシス・ジャンソンとアンヌ・ヴィアゼムスキーが列車の中で行う長い議論を思い出させる。個々のエピソードは面白いが、ストーリーの流れを停滞させる原因になっているのが残念だ。
 多くの問題を抱えたまま映画は終わる。結末は描かれていないが、ある種の希望を感じさせるラストではある。4人の女性の友情は盤石ではなく、それぞれの夫婦関係や恋愛関係も危ういが、絆は保たれている。紆余曲折がありながらも関係性は断たれておらず、別離も描かれていない。おそらくこの作品は結果を求める映画ではなく、不調和というプロセスを楽しむ映画なのだろう。(KOICHI)

原題:ハッピーアワー
監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介 野原位 高橋知由
撮影:北川喜雄
出演:田中幸恵 菊池葉月 三原麻衣子 川村りら

「スマホを落としただけなのに」(2018年日本映画)

2018年11月14日 | 映画の感想・批評


 ごく普通の男性サラリーマンがスマホをタクシーに忘れてしまったことから、それを悪用され、恋人や会社の人を巻き込んで、恐ろしい事件へと発展していく様を描きながら、スマホ依存社会への警鐘と、家族との繋がりを考える映画である。
 スマホが自分の一部となっている世代の主人公が、ネット環境にあまりにも警戒感が少ないのが気になるが、気付かず内に、自らの一部であるスマホ(個人データ)を乗っ取られるのである。
 ただ、題名からは想像されないくらい取り扱うテーマは、幼児虐待、リベンジポルノ、家族のあり方等々、多層に構成され、映画全体に深みを与えているように思う。その中で、主人公二人のラブストーリーとして成立させているのは監督と脚本の手腕だろうか。
 残念なのは、別の映画でも書いたが、原作があったとしても、もう少し、題名に工夫があれば、多くの客層に受けるのではないか。勿体ない。インパクトのあるキャッチフレーズで、「観たい!」と思わせる方法があったのではないだろうか。2018年5月の博報堂の発表では、スマホの所有率は約80%ということなので、身近な話題の筈であることは間違いない。メールだけで会話(会話と呼べるのか分からないが)をするや、物事を調べる際は、インターネットの検索サイトで検索するだけといった、人の温もりが薄くなっている今だからこそ、この映画があるのではないかと思う。是非、多くの人に、特に、若い人に観てもらいたい。
 最後に、本作は、前述のように、人の温もりが無い世界を描いている一方で、捜査を追いかける刑事と犯人との幼年期の同じ境遇が、事件を解決に導くヒントに繋がるシーンは、年少期の環境から生まれる人間の深い奥底の感情を表現していて、人間臭さも感じられた。想像以上に深い映画だった。
(kenya)

監督:中田秀夫
脚本:大石哲也
原作:志駕晃「スマホを落としただけなのに」
撮影:月永雄太
出演:北川景子、千葉雄太、バカリズム、要潤、高橋メアリージュン、酒井健太、筧美和子、原田泰造、成田凌、田中圭他

華氏119(2018年アメリカ)

2018年11月07日 | 映画の感想・批評
 何で今ごろ「華氏911」などと思った慌て者はいないだろうか?実は私もそんな慌て者の一人だったのだが…。9・11米同時多発テロ以降のジョージ・W・ブッシュ政権の問題点を徹底検証し、2004年カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した「華氏911」から14年、“アポなし突撃男”マイケル・ムーア監督が、2016年11月9日ドナルド・トランプが米大統領選の勝利宣言をした日をタイトルに、タイムリーなドキュメンタリー映画を製作した。
 2016年11月、誰もが「あり得ない」と思っていた事態が起こった。アメリカ合衆国大統領選挙で、共和党のドナルド・トランプが民主党のヒラリー・クリントンを破って当選したのだ。一体なぜこんなことになったのか?
 当選してからは言いたい放題、やりたい放題のトランプ大統領だ。「すべてのイスラム教徒のアメリカ入国拒否」、「メキシコとの国境に万里の長城をつくろう」、「世界同時株安は中国のせい」、「地球温暖化?嘘っぱちだ」などなど。「アメリカは日本を守るために多額の金を払っている。日本から米軍を撤退させるべきだ」とおっしゃるトランプ大統領、これに関してはぜひとも実現を!!
 アメリカファーストという過激な言葉で現状に不満を抱く人々をあおり、世界に分断を持ちこむトランプ大統領に呼応するような事態が、世界のあちこちに起きている。ヨーロッパでは反EU、移民排斥を掲げる政党が議席を伸ばしている。つい最近もブラジルファーストを叫ぶボルソナロ大統領が誕生した。
 ムーア監督はトランプ政権のからくりを暴くだけでなく、民主党にも批判の矛先を向けている。潤沢な企業献金で選挙戦を戦う共和党に勝つため、民主党は共和党のような政策を進めて支持者を失望させていると。
 そんな中で中間選挙に向けて民主党から連邦議会に立候補して、草の根の選挙運動を始めた新人たちがいる。また、今年2月14日フロリダの高校で起きた銃乱射事件で生き残った高校生たちの銃規制強化の訴え、教師による賃上げ要求ストライキ、汚染水問題に抗議する住民など、巨悪に立ち向かう個人の勇気ある行動も紹介している。
 当初はすぐに本性を現わし、無能もばれて、世界中からのブーイングで“任期途中で罷免”などという予想が飛び交っていたトランプ大統領。あれから2年、国際社会をますます混乱に陥れて、ついに大統領当選後初めての中間選挙を迎えている。「華氏119」が2018年11月6日の中間選挙、さらに次の“再選”を阻止するための一撃となるか。日本時間の11月7日昼過ぎには大勢が判明する。(久)

原題:FAHRENHEIT 11/9
監督:マイケル・ムーア
脚本:マイケル・ムーア
撮影:ジェイミー・ロイ、ルーク・ゲイスブーラー
出演:ドナルド・トランプ、マイケル・ムーア、ヒラリー・クリントン、バーニー・サンダース